ロックインは市場の失敗か

2016年10月22日

競争が進歩をもたらすと考えるならば、デファクトスタンダードのロックインは、標準をめぐる競争を終わらせるのだから、文明の進歩にとって望ましくないように見える。劣悪なデファクトスタンダードが市場をロックインした時にはなおさらである。

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1. ボタンの掛け違いから生まれる非合理

悪しきデファクトスタンダードの例としてよく引き合いに出されるのが、みなさんの目の前にあるQWERTYキーボードである。

1873年に活版職工のクリストファー・スコールズが、タイピストが速くタイプを打ってタイプライターを故障させないように、よく使う文字を隔離したキーボードのQWERTY配列を考案した。レミントン社がこの配列のタイプライターを大量生産した結果、多くのタイピストがQWERTY配列を覚えてしまったので、他のタイプライター製造会社もQWERTY配列に追随した。

やがてタイプライターの技術が進歩し、早くキーボードを打っても機械が壊れないようになった。1936年にオーガスト・ドボルザークが、指の動きを最小にする合理的なキーボード配列を考案し、入力速度を10%向上させたが、タイピストたちは、既に慣れ親しんでいるQWERTY配列のキーボードを使い続けたため、ドボルザーク配列は普及しなかった。

これはボタンの掛け違い(path dependence 経路依存)から起きる非合理である。最悪のものが、しかも最悪のものだけが市場競争に生き残るというのは、いかにもパラドキシカルである。

非効率なデファクトスタンダードのもう一つの例は、Windows OS である。私のパソコンは128MBメモリだが、Windows 98 があまりにも多くのメモリーリソースを使うので、一時間に一回リブートしなければ、すぐにシステムが不安定になってしまう[w]。また OS がクラッシュして入力したデータをすべて消してしまうこともまれではない。それでも、OS を乗り換えると埋没コストが大きいので、私はWindows OS を使い続けている。

[w] Windows 98 では、128MBメモリだと、64MBメモリよりも遅くなるのだそうだ。なお、この弊害は、WindowsXPでは解消された。

2. ロックインが進化を速めるパラドックス

では、自由競争が適者生存をもたらすと考えることは間違っているのだろうか。デファクトスタンダードのロックインは、市場の失敗なのだろうか。そうではないことを証明しよう:

市場を独占するデファクトスタンダードは、良質であるか悪質であるかのどちらかである。

もしデファクトスタンダードが良質ならば、それはそのパラダイムであるデファクトスタンダードに適合的な「パズル解き」的技術革新を促進することを通して、社会の進歩に貢献する。

もしデファクトスタンダードが悪質ならば、それは次のパラダイムへの革命を促進することを通して、社会の進歩に貢献する。

ゆえに、デファクトスタンダードは、少なくとも長期的観点からすれば、進歩を促進する。

デファクトスタンダードの支配は永遠には続かない。VHS は、DVD への技術革新によってホームビデオのデファクトスタンダードではなくなる。Windows OS も、情報端末が脱PC化する流れの中でデファクトスタンダードとしての力を失うかもしれない。実際、PDAでは、Palm OS が、携帯電話では imode が、ゲーム機では Play Station が有力である。キーボード入力から音声入力への技術革新は、キーボード配列の標準を無意味にする。

デファクトスタンダードが劣悪であればあるほど、それが前提とする古い技術は、その不便性ゆえに捨てられやすくなり、私たちは新しいパラダイムにそれだけ早く移行することができる。世の中はうまくできているものだ。

読書案内
書名 収益逓増と経路依存―複雑系の経済学
媒体 単行本
著者 W.ブライアン アーサー 他
出版社と出版時期 多賀出版, 2003/01
書名 Increasing Returns and Path Dependence in the Economy (Economics, Cognition, and Society)
媒体 ペーパーバック
著者 W. Brian Arthur
出版社と出版時期 Univ of Michigan Pr, 1994/07/01