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ロックインは市場の失敗か

2001年3月25日

競争が進歩をもたらすと考えるならば、デ・ファクト・スタンダードのロックインは、標準をめぐる競争を終わらせるのだから、文明の進歩にとって望ましくないように見える。劣悪なデ・ファクト・スタンダードが市場をロックインした時にはなおさらである。

Image by Pexels
20世紀の前半に、L・C・スミス・アンド・ブラザーズ・タイプライター・カンパニーが製造していたタイプライター。キーボードが現在と同様のQWERTY配列になっている。[1]

1. ボタンの掛け違いから生まれる非合理

悪しきデ・ファクト・スタンダードの例としてよく引き合いに出されるのが、みなさんの目の前にあるQWERTYキーボードである。

1873年に活版職工のクリストファー・スコールズが、タイピストが速くタイプを打ってタイプライターを故障させないように、よく使う文字を隔離したキーボードのQWERTY配列を考案した。レミントン社がこの配列のタイプライターを大量生産した結果、多くのタイピストがQWERTY配列を覚えてしまったので、他のタイプライター製造会社もQWERTY配列に追随した。

やがてタイプライターの技術が進歩し、早くキーボードを打っても機械が壊れないようになった。1936年にオーガスト・ドボルザークが、指の動きを最小にする合理的なキーボード配列を考案し、入力速度を10%向上させたが、タイピストたちは、既に慣れ親しんでいるQWERTY配列のキーボードを使い続けたため、ドボルザーク配列は普及しなかった。

これはボタンの掛け違い(path dependence 経路依存)から起きる非合理である。最悪のものが、しかも最悪のものだけが市場競争に生き残るというのは、いかにもパラドキシカルである。

非効率なデ・ファクト・スタンダードのもう一つの例は、Windows OS である。私のパソコンは128MBメモリだが、Windows 98 があまりにも多くのメモリーリソースを使うので、一時間に一回リブートしなければ、すぐにシステムが不安定になってしまう[2]。また OS がクラッシュして入力したデータをすべて消してしまうこともまれではない。それでも、OS を乗り換えると埋没コストが大きいので、私はWindows OS を使い続けている。

2. ロックインが進化を速めるパラドックス

では、自由競争が適者生存をもたらすと考えることは間違っているのだろうか。デ・ファクト・スタンダードのロックインは、市場の失敗なのだろうか。そうではないことを証明しよう:

市場を独占するデ・ファクト・スタンダードは、良質であるか悪質であるかのどちらかである。

もしデ・ファクト・スタンダードが良質ならば、それはそのパラダイムであるデ・ファクト・スタンダードに適合的な「パズル解き」的技術革新を促進することを通して、社会の進歩に貢献する。

もしデ・ファクト・スタンダードが悪質ならば、それは次のパラダイムへの革命を促進することを通して、社会の進歩に貢献する。

ゆえに、デ・ファクト・スタンダードは、少なくとも長期的観点からすれば、進歩を促進する。

デ・ファクト・スタンダードの支配は永遠には続かない。VHS は、DVD への技術革新によってホームビデオのデ・ファクト・スタンダードではなくなる。Windows OS も、情報端末が脱PC化する流れの中でデ・ファクト・スタンダードとしての力を失うかもしれない。実際、PDAでは、Palm OS が、携帯電話では imode が、ゲーム機では Play Station が有力である。キーボード入力から音声入力への技術革新は、キーボード配列の標準を無意味にする。

デ・ファクト・スタンダードが劣悪であればあるほど、それが前提とする古い技術は、その不便性ゆえに捨てられやすくなり、私たちは新しいパラダイムにそれだけ早く移行することができる。世の中はうまくできているものだ。

3. 参照情報

  1. Pexels. “Antique Classic Retro Typewriter" Created Oct. 6, 2016.
  2. Windows 98 では、128MBメモリだと、64MBメモリよりも遅くなるのだそうだ。なお、この弊害は、WindowsXPでは解消された。