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経済、経済史、経済学、ゲーム理論に関する記事。

2014年11月5日

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欧米では、リベラルが量的金融緩和に肯定的で、保守主義者が否定的であるのに対して、日本ではそれが逆になっている。日本の左派知識人が、経済成長に積極的でないのは、彼らが、欧米的な意味でリベラルであるだけでなく、仏教かぶれでもあるからだ。

2013年4月25日

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アベノミクスの三本の矢のうち、第一の矢は正しいが、第二の矢は財政支出拡大という点で正しくなく、第三の矢は、国家主義的な産業政策と構造改革の混合となっており、総じて「小さな政府」を目指しているのか「大きな政府」を目指しているのか不明確である。

2012年3月9日

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日本がリーマン・ショックに対して脆弱だったのは、竹中の改革を実行したからではなくて、むしろ逆に竹中の改革が受け入れられなかったからであり、責任は、小泉・竹中という改革コンビよりも、むしろ与謝野・白川というデフレ容認コンビにある。

2011年11月8日

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老後は働かずに年金生活を送りたいという人は、自分で民間保険会社が提供する私的年金に加入すればよいのであって、国家が老後働かないという特定のライフスタイルを国民全員に制度的に強制することは、多様なライフスタイルを選択する自由を否定することになり、好ましくない。したがって、加入が義務である公的年金制度は不要である。

2011年4月6日

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停電は物質的エントロピーを増大させるが、停電があるかどうかわからないという不確定性は情報エントロピーを増大させる。どちらのエントロピーも経済システムにはダメージを与えるので、予見可能性を高める必要がある。この点、輪番停電という配給経済的な方法よりも、電気料金の引き上げという市場経済のメカニズムを利用した方法のほうが優れている。

2009年1月25日

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2009年1月20日、バラック・オバマが米国大統領に就任した。共和党の市場経済万能主義的な経済政策のおかげでサブプライム問題が発生したので、この世界恐慌以来の経済的危機を、世界恐慌の時と同様のニューディール政策によって克服する必要性が生じ、このため、米国の有権者は、小さな政府を理想とする共和党政権に代わって、大きな政府を理想とする民主党政権を選んだというのが大方の解釈であるが、この解釈は正しいのか。検証してみよう。

2007年6月9日

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MIT教授で、エコノミストのレスター・サローは、グローバリゼーションを生き延びるためには、知識依拠型経済への移行が必要であると言う。知識依拠型経済とは何か。知識依拠型経済へ移行するために日本はどうすればよいのか。世界的にどのような取り組みが必要なのかといった問題を考えよう。

2006年4月2日

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福祉国家と社会主義の崩壊により、個人単位での貧富の格差が増大しつつある。それにともなって、ビジネスのあり方も、大衆のために安く大量に商品を作るフォーでリズム的なやり方よりも、金持ちのために高額な商品を少量作る前近代的なやり方のほうが有望になっている。そんな時代の流れを反映して『日本の富裕層』という本が出た。著者は「日本はアジアのモナコになれ」と言うが、それが可能かどうかを考えてみたい。

2005年10月29日

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アメリカでは、70年代以降、貧富の格差が広がっているが、日本でも80年代以降、同じ現象が起きている。社会主義経済が崩壊し、市場経済が勝利をおさめ、いまやグローバリゼーションの波が世界中を覆っている。他方で、これが人類にとって好ましい現象なのだろうかと首を傾げる人もいる。そうしたレスター・サローの『資本主義の未来』の問題提起に答えよう。

2005年8月24日

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国土交通省が推し進める観光立国政策の理論的立役者である藤原直哉は、今後日本経済は、日銀の紙幣乱発のおかげで、ハイパーインフレとなり、資本主義と市場経済が崩壊すると予言し、日本の主要産業を観光と農業にせよと提言する。藤原の主張は正しいのか。『崩壊から再生への大潮流―経済がよくわかる本』を検討しながら考えよう。

2002年7月19日

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セーの法則とは、「供給はそれに等しい需要を作る」と定式化される販路法則のことで、フランスの経済学者J-B.セーにちなんでこう呼ばれる。J.M.ケインズは、セーの法則を信奉する経済学者たちをまとめて古典派と呼んで、その倒錯性を批判した。だから、セーの法則を肯定するか否定するかで、新古典派とケインジアンという現代経済学の二大学派が分類されるということになる。しかし、エントロピー経済学は、このセーの販路法則かそれともケインズの有効需要の原理かをめぐる対立地平を越えている。

2002年7月5日

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資本の限界効率(投資の限界効率とも呼ばれる)とは、資本を1単位追加投資した時に期待できる資本の利潤率(事業の予想収益率)のことである。企業が複数の事業の候補から投資先を決定する時、予想収益率の高い事業を優先する。このことを逆に考えるならば、投資総額が増えれば増えるほど、予想収益率の低い事業にも投資せざるを得なくなるので、投資の限界効率は減少する。これを資本の限界効率逓減の法則という。株式の予想配当率や銀行預金の金利なども、事業の予想収益率に基づくのだから、この法則が成り立つと考えることができる。だが、資本の限界効率逓減の法則に対して、疑問を持つ人も少なくない。さまざまな批判を吟味することで、この法則の本質を考え直してみよう。

2002年6月7日

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無差別曲線分析は、ミクロ経済学の教科書の定番であるが、同時に「役に立たないミクロ経済学」の象徴でもある。無差別曲線にはどのような問題があるのか。そして、無差別曲線を有益にするには、どのような解釈が必要か。

2002年5月31日

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経済学では、消費者が商品の消費から得られる主観的満足を効用(utility)と呼んでいる。功利主義(utilitarianism)は、効用を量的に計算しようとしたが、現代の多くの経済学者たちは、そうした量的計測は不可能だと考えている。しかし、価値がエントロピーの低さだとするならば、その大きさは、定量的に測定可能なはずだ。

2002年5月24日

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1870年代に、メンガー・ジェボンズ・ワルラスの三人が、独立に限界原理を提唱した。彼らの仕事は、当初は異端として無視されたが、その後、経済学の主流となる近代経済学の出発点として位置付けられ、限界革命と呼ばれている。では、限界革命は、どこが革命的だったのか。

2002年4月19日

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1929年10月の暗黒の木曜日以来、深刻さを増すばかりのアメリカの大恐慌を克服するために、1933年3月に大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトは、ニューディールと呼ばれる全体主義的経済政策を実行した。公共投資を拡大してデフレから脱却するケインズ的財政政策は、今日の知識集約経済では流行おくれとなっているが、規格大量生産を行う当時の資本集約経済では、政府が民間に代わって生産活動を担ってもあまり弊害がない。では、ルーズベルトのニューディールは成功したのだろうか。

2002年3月8日

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「社会主義の国はなぜ貧しいのか」という問いは倒錯していると思うかもしれない。実際、多くの社会主義諸国は、社会主義を選んだから貧しいのではなく、貧しいから社会主義を選んだ。しかし、他方、社会主義諸国が、社会主義経済を維持したまま、市場経済を採用している日米欧先進諸国並に豊かになったという話は聞いたことがない。現代の中国がそうしているように、国民1人当たりの所得を増やすためには、社会主義経済から市場経済に移行しなければならない。それは、なぜなのか。

2002年2月23日

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80年代末のバブル崩壊後、日本経済は10年以上にわたって停滞している。いつまでたっても日本経済が回復しないのは、チャンスとマネーの供給が不十分だからである。チャンスの供給は政府の仕事で、マネーの供給は中央銀行の仕事である。しかるに日本政府は、公共投資の拡大により、非効率な保護産業を肥大化させて、潜在的需要を掘り起こすチャンスを民間企業から奪い、日本銀行は、未曾有のデフレスパイラルが進行しているにもかかわらず、インフレを恐れて金融緩和には一貫して慎重であった。

2002年2月2日

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50-60年周期のコンドラチェフ・サイクルは物価変動率の波動であって、景気循環ではない。では、物価のサイクルと成長のサイクルは、どのような関係にあるのだろうか。

2002年1月12日

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著名な経済人類学者カール・ポランニーは、1816年から1914年までの金本位制の時代を国際協調と平和の100年として懐かしんでいた。確かにナポレオン戦争が終結した1815年以降、第一次世界大戦が起きるまでの約100年間、あまり大きな戦争が起きていない。はたして、金本位制は、世界に平和と安定をもたらす、すばらしい制度であったのだろうか。

2001年12月22日

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バブルは、しばしば、人間の強欲やギャンブル熱で説明される。だが、バブルは、そうした個人心理で説明することはできない。なぜなら、それは、金融政策の失敗から生まれる経済現象であり、個人心理はたんなる結果に過ぎないからだ。

2001年12月15日

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ゴールドラッシュとは、新しく発見された金の鉱脈へ、一攫千金を夢見る採掘者が殺到することである。現在では、狭義のゴールドラッシュは起きなくなったが、かつて金が貨幣として機能していた頃、周期的にゴールドラッシュが起きた。その原因はどこにあったのか。

2001年11月24日

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植物が実を結ぶように、あるいは動物が子供を出産するように、お金は利子を生むものだと私たちは考えている。しかしお金とお金がセックスをして子供を産むわけではない。では、なぜお金は利子を生むのか。これに関しては、様々な説があるので、それらを一つづつ検討していきながら、結論を出すことにしよう。

2001年8月11日

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デフレの時代になると、国粋主義が台頭し、戦争が起きやすくなるが、それは、政府が景気対策のために公共投資を増やすのと同じ理由による。では、戦争をはじめとする無駄な公共事業を回避して、リフレーションをするには、どうすればよいのか。

2001年8月4日

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ここで問題にするボランティア活動とは、他者のために、無報酬で(あるいは少なくとも非営利で)、自発的に、非専門的な労働をすることである。趣味で行う非営利の労働は、その外部経済がいかに大きくても、ボランティア活動とは言わない。このように定義されたボランティア活動が、はたして公益に貢献するのかどうかを考えてみよう。

2001年5月5日

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資本および資本主義社会とは何か。社会主義経済は、近代資本主義経済と異なるのか。資本の概念は、社会学的にどこまで拡大できるのか。これらの問題をシステム論的に考えてみよう。

2001年4月1日

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1990年代の後半、ナスダックの株価が青天井に上昇していた頃、「ニューエコノミー」という言葉が流行った。複雑系の経済学のパイオニア、ブライアン・アーサーによれば、オールドエコノミーが収穫逓減の法則に基づいていたのに対して、ニューエコノミーは、収穫逓増の法則に基づいているので、無制約的な成長が可能ということになる。このバブルを煽った理論は、どこが間違っていたのか。

2001年3月25日

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競争が進歩をもたらすと考えるならば、デファクトスタンダードのロックインは、標準をめぐる競争を終わらせるのだから、文明の進歩にとって望ましくないように見える。劣悪なデファクトスタンダードが市場をロックインした時にはなおさらである。

2001年3月4日

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インカムゲインよりもキャピタルゲインを得ようとする投資行為のことを投機という。多くの人は、投機家は危険な存在だと考えているし、政治家は、経済危機が起きると、投機家をスケープゴートにして責任転嫁をし、市場を規制しようとする。はたして、市場が不安定なのは、投機家のせいなのか。

2001年2月25日

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貨幣は、それ自体では、取るに足りない金属や紙のかけらあるいは電子情報に過ぎない。なぜ貨幣には価値があるのか、なぜ貨幣は流通するのかを考えてみよう。

2001年2月4日

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社会システムを変革する時、何を規準にすればよいのだろうか。人々が異なる改善案を出すとき、どれを採用するべきなのか。功利主義的改善、パレート改善、カルドア改善の三つの改善策を検討しながら考えてみよう。

2001年1月28日

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経済学では、通常消費は生産と反対の活動と考えられている。しかしエントロピーという観点からすれば、両者の間には差がない。どちらも《環境のエントロピーを増大させることによりシステムのエントロピーを減少させること》である。

2001年1月21日

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多くの倫理学者は、経済的価値と道徳的価値は、異質であると考えている。経済的誘惑に打ち克つことこそ道徳的価値の本質だと考える人すらいる。はたしてそうだろうか。

2001年1月14日

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商品に価値を与えるのは有用性と希少性である。空気は有用だが、誰でも簡単に入手できるから価値がない。ごみは、世界に一つしかない珍しいものであっても、有用性がないから価値がない。では、有用性と希少性を統一的に表現するなら、どうなるのか。

2000年6月10日

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教育への投資を促進し、知的労働者を増やし、知識集約型経済を作れば、環境に過大な負荷をかけることなく、経済を成長させることができるからである。社会的に必要な数以上の人口を作らないためにも、教育費という人口論的ピグー税を人口の生産者に課すべきである。

2000年2月12日

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調整インフレとは、わかりやすく説明すると、日銀がお札を刷って、国の借金を返し、マネーサプライ(通貨供給量)の伸び率を増加させ、通貨価値を下落させることで、経済をデフレから回復させる金融政策のことである。借金が減って、景気が良くなるのだから、一石二鳥の政策である。

2000年2月5日

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日本人の中には、グローバリゼーション、すなわちグローバル・スタンダードの押し付けによって、古き良き日本が失われ、世界のアメリカ化が進むことを嘆く人が多い。しかし、グローバル・スタンダードを受け入れるということは、日本をアメリカ化することではない。

1999年10月22日

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市場原理に対する論壇の評価は、89年に東欧で、91年にソ連で社会主義体制が崩壊した時に頂点に達したが、その後、97年にアジア経済危機が、98年にロシア経済危機が始まると、グローバル市場経済に対する懐疑的な見方が広がった。それにもかかわらず、経済・政治の原理として、市場原理以上の原理がないという意味で、市場原理は至上原理である。