12月 182013
 

フォーラムから“カール・セーガンの『コスモス』”を転載します。

image
カール・セーガン[1]

1 : 『コスモス』について

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2013年12月18日(水) 14:33.

『コスモス』は、アメリカの天文学者、カール・セーガン(Carl Edward Sagan, 1934年11月9日 - 1996年12月20日)が監修し、自らナビゲータとして進行を担当した、宇宙と生命をテーマとする、全13回のドキュメンタリー科学番組である。日本で初めてテレビ放送されたのは、1980年のことであるが、2000年に、アップデートを加えた7枚組みのDVDが発売された。

コスモスの動画と書籍

YouTube にフルビデオがアップロードされているが、違法である可能性があるので、リンクは張らないことにする。

以下、この DVD を見て思いついたことを書く。文中のページ数は、原書のページ数である。

この番組が日本で放送されたのは、私が中学3年生のときである。私と同年齢の人たちの中には、この番組の影響を受けた人が少なくない。アマゾンのレビューから判断すると、このDVDを買っているのは、子供の頃見た番組をもう一度みたいという中年の人たちのようだ。当時は画期的だったこの番組の視覚効果も、今の目が肥えた子供たちには物足りないだろうし、部分的にアップデートされているとはいえ、内容も古い。子供が夢を膨らませて見る番組というよりも、大人が昔を懐かしんで見るコレクションというところだ。

この番組が放送されたころ、すなわち冷戦時代に、子供たちは宇宙旅行や宇宙開発を夢見た。宇宙は未来の代名詞だったのだ。今振り返れば、1989年に出版され、ベストセラーになった『ホーキング、宇宙を語る』が最後の宇宙ブームだった。冷戦終結後、ロシアはもとより米国まで宇宙開発の予算を削減し、人々の宇宙への関心は急速に冷えていった。宇宙産業に代わって、近未来の花形産業として注目を浴びるようになったのは、IT産業である。軍事産業と宇宙産業での職を失った科学者たちの中にも、IT業界に転身した人はたくさんいるそうだ。

平和主義者のセーガンは、冷戦が終わって平和になると、国防予算が浮くから平和的な宇宙開発に金が回ると期待していたようだが、そもそも宇宙産業と軍事産業は不可分の関係にあったのだから、実際にはそうはならなかった。宇宙開発はむしろ停滞し、人類のフロンティアは、宇宙空間からインターネットのバーチャル空間に変化した。SF の異人の定番も、宇宙人ではなくて、バーチャル空間の人工生命になっている(例えば『マトリックス』などがそうだ)。このあたりが、時代の流れを感じさせるところだ。

1.1 : The Shores of the Cosmic Ocean(宇宙の浜辺で)

この番組は、波打ち際にいるセーガンが、岩場にあったタンポポを手でつまみ、“Come with me !”と言って、タンポポを風に飛ばすシーンから始まる。そして空を舞う青いタンポポのような外観の宇宙船で宇宙への航海に旅立つのだが、それにしてもなぜタンポポ(Dandelion)なのか。タイトルが『コスモス』なのだから、コスモス(Cosmos)の花を使うべきではなかったのか。コスモスの花ことばは、真心で、番組の趣旨にもあっている。コスモスの種子はタンポポほどきれいではないが、少なくともその花は美しい。コスモスの花に見立てた宇宙船を使えばもっと良かったのではなかったのか。コスモスもタンポポも同じキク科の植物だから、セーガンは同じように考えていたのかもしれない。

タンポポもどきの宇宙船による仮想宇宙旅行の後、セーガンは、宇宙研究の歴史を振り返る。セーガンは、アレキサンドリア図書館を世界最初の科学研究所と位置付け、館長にして優れた天文学者であったエラトステネス(紀元前275年 – 紀元前194年)を紹介する。エラトステネスは、ナイル川上流に位置するシエネでは、夏至の日に太陽光が井戸の底まで届くという情報を本の中に見つけ、この情報とアレキサンドリアからシエネまでの距離と、アレキサンドリアの夏至の日の南中高度から、地球の全周の大きさを求めた。その誤差は、数パーセントにすぎないというのだから、当時の測定値としては極めて正確なものだった。

古代ローマ時代のギリシャ系の地理学者、ストラボン(紀元前63年頃 – 23年頃)が『地理書』で伝えるところによると、エラトステネスは、イベリア半島から西回り航路でインドに到着できると語っていたとのことである。コロンブスがエラトステネスのプロジェクトを実行する時も、エラトステネスが計算した値を用いた(p.28)というのだが、それなら、なぜコロンブスは自分が到達した島がインドだと障害思い込み続けたのだろうか。エラトステネスは、以下のような緯線と経線の入った地図を作製したが、この地図から西回り航路でのインドまでの距離を計算しなかったのだろうか。

image
エラトステネスによって製作された世界地図(近代における複製品)[2]

エラトステネスは、これ以外にも、地球と太陽および地球と月の距離や黄道の傾斜角などを求めたと言われる。この成果は、古代ギリシャの幾何学と古代エジプトの天文学が融合した結果で、エラトステネスは、ヘレニズム文化の体現者だった。しかし、セーガンが謂う所の「世界最初の科学研究所」も5世紀には消滅する。キリスト教がローマ帝国の国教となり、キリスト教徒によるヒュパティアの虐殺(415年)以降、大図書館やムセイオンが破壊され、ヨーロッパは暗黒時代に突入する。なぜ古代の高度な科学が中世のヨーロッパでは忘れられたかが問われなければならないのだが、その話は第七回目で再び取り上げられる。

1.2 : One Voice in the Cosmic Fugue(宇宙の音楽)

第二回目のテーマは生命の進化なのだが、タイトルの日本語はおおざっぱすぎる。丁寧に訳すと「宇宙のフーガにおける第一声部」である。フーガにおいては、同じ旋律が複数の声部に順次現れる。今のところ宇宙で確認される生命は地球の生命だけである。宇宙で産声を上げた生命を宇宙のフーガにおける第一声部と捉え、それに続く声部はないのかと耳を澄ましているセーガンの思いが込められている。

冒頭で、甲羅の模様が、侍の顔に見えるヘイケガニの話が、人為選択による進化の例として取り上げられている。「番組の企画段階から日本での放映企画は持ち込まれていた。番組の中でヘイケガニのエピソードが含まれているのは、番組企画の段階で日本ロケを行うことが決まっていたからである[3]」と言う人もいるが、セーガンは、ヘイケガニの人為選択説の仮説を立てた遺伝学者ハーマン・マラーを学生時代に師としていた(書籍でも、p.42-43 で、マラーの実験に参加したころのエピソードが書かれている)のだから、この話を取り上げたのは、たんに日本での商業的成功を狙ってのことではないだろう。

実際、このシリーズには、当初番組が放送されることが予定されていなかった世界各地の話題が登場するのである。それは必ずしも世界各地での将来的な商業的成功を狙ってのことではない。セーガンがこの番組で繰り返して主張していることは、地球人は地球中心主義を捨てて、宇宙の他の文明と対話するべきだということであり、その主張は、米国人あるいは欧米人は、自文明中心主義を捨てて、他の文明とも対話するべきだという主張にもつながっていくからである。

話をヘイケガニに戻そう。酒井恒は『蟹―その生態の神秘』で、ヘイケガニは小さいので食用には向かないこと、ヘイケガニの甲羅の模様がそれ以前と変わらないこと根拠に人為的選択説を否定している。しかし、あの甲羅は単なる偶然から生まれたとは思えない。まるで顔のように見える蝶の羽の擬態と同様、敵を威嚇するための擬態として自然選択プラス人為選択の結果と考えることができる。ヘイケガニの体は確かに小さいが、だしを取るのに使うことならできる。にもかかわらず、なぜ食用にしなかったのかということを考えてみる必要がある。

画像
歌川国芳の浮世絵に描かれたヘイケガニ[4]

ところで、ヘイケガニを畏怖する日本の怨霊信仰はなぜ淘汰されなかったのだろうか。怨霊による報復を恐れて、殺すべき敵を殺さない社会は、大陸では淘汰されるだろうが、天然の要害である日本列島では、温存されやすいということが考えられる。

その後の進化論に関する説明は平凡で特に注目すべきところはないが、10年後に行われたアップデートは、進化論自体の進化を感じさせる内容となっている。セーガンが追加した二つの更新情報は、生命は RNA から DNA が生まれるという形で発生したという RNA ワールド説と隕石の落下が原因で恐竜が絶滅したという説である。恐竜が絶滅した原因は、本当に隕石の落下だけだったのかは、さらに考えてみる必要がある。

1.3 : Harmony of the Worlds(宇宙の調和)

第三回目は、占星術という今日でも幅広く信じられている迷信の批判から始まる。古代の宇宙についての認識は、占星術と切り離せなかったが、ヨハネス・ケプラーは、天文学を近代科学として独立させる上で、大きな功績を残したとセーガンは考えている。しかし、ケプラーは、セーガンが考えているほど現代の科学者と同じではない。ケプラーは占星術師でもあったし、彼が天文学を近代科学にすることができたのは、セーガンが敵視するピタゴラス学派的なカルトの信者であったからである。

そもそも、第三回目の「宇宙の調和」というタイトルは、ケプラーの同名の著作(Harmonice Mundi)から採用したものである。そして、彼が宇宙の調和と音楽のハーモニーを同一視したのは、ピュタゴラス学派の伝統を受け継いだからである。ケプラーは、宇宙の構造を音階で表わそうとしたり、惑星の数的関係を入れ子式になった五種類の正多面体で説明しようとしたりするなど、今から見ると奇怪な感じがするピタゴラス的解釈を試みていたが、その努力がなかったなら、ケプラーの法則の発見はなかっただろう。

今日、科学者は、占星術を非科学的迷信として全面的に拒否しているが、地球上の生命が、宇宙での変動から大きな影響を受けていることを考えるならば、天文学的観察から文明の盛衰を予測するという試み事態は決して荒唐無稽とはいえない。にもかかわらず、占星術が軽蔑されているのは、人間が、かつてのように自然の変動に歩調を合わせる非自立的な存在から、自然を逆に支配する自立的な存在へと変貌したという自負があるからだろう。占星術を復活させるわけではないが、宇宙環境の変化が地球に与える影響は、今後研究されなければならない。

1.4 : Heaven and Hell(天国と地獄)

第四回目のタイトルは「天国と地獄」だが、天国とは地球で、地獄とは金星のことである。金星は、主として二酸化炭素からなる厚い大気で覆われている。金星の大気圧はきわめて高く、膨大な量の二酸化炭素の温室効果により、地表温度は400℃以上になる。他方で、火星の大気圧は、地球の1%未満で、温室効果が極めて弱く、地表温度は平均で-40℃以下になる。金星と火星は、温暖化と寒冷化が進むと地球がどうなるかを暗示している反面教師である。

セーガンは、温室効果ガスの上昇によって地球が温暖化するというリスクと、砂漠化で地球のアルベドが上昇することによる寒冷化のリスクの二つを取り上げ、地球が将来金星や火星のようになるかもしれないと警告した(火星は、オゾン層を破壊した結果の例としても取り上げられている)。これは『コスモス』が放送された当時、地球温暖化への警告と地球寒冷化への警告の二つが混在していた気象学の状況を反映している。足して二で割ればちょうどよくなると思うかもしれないが、どちらもポジティブ・フィードバックによる暴走(run away)の可能性があるので、一方へ偏らないようにしなければならない。

セーガンがもう一つ(というか冒頭で)地獄として取り上げたのは、1908年に起きたツングースカ大爆発である。セーガンは、原因を彗星(comet)の衝突に求めている(p.95)が、現在では隕石が原因と考えられている。彗星に関しては、古来さまざまな迷信や説明があった。星は、今日における「スター」という言葉の使い方からもわかるように、崇高な存在を表す。過去にはそれは権力者の象徴であり、彗星はそれが落下する現象として解釈されたから、不吉な前兆と認識された。この他、書籍版では、彗星を天体が新しい天体を産むために放出している精子(ないし卵)とするデイヴィッド・ヒューム(David Hume; 1711年4月26日 – 1776年8月25日)の珍説が紹介されている(p.99)。

1.5 : Blues for a Red Planet(赤い星の神秘)

第五回目のタイトルを直訳すると「赤い惑星に向けてのブルース」といったところだ。ブルースという英語には憂鬱という意味があるが、憂鬱になっているのが青い(blue)惑星の地球人であるということも意識してこの語が選ばれているのだろう。詩的なメタファーが好きなセーガンならきっとそういうことまで考えているはずだ。赤い惑星、すなわち火星は、その色からローマ神話の軍神マールスと結び付けられ、Mars と名付けられ、古来より血塗られた不吉なイメージで理解されてきた。この番組でもホルスト作曲の組曲『惑星』の「火星、戦争をもたらす者」を BGM として何度も使いながら、人類の火星に対するおどろおどろしいイメージを演出しようとしている。

そういうイメージのおかげで、火星人は、かつて、SF小説の定番のテーマだった。特にイギリスの作家、H・G・ウェルズが、1898年に発表した『宇宙戦争』(原題:The War of the Worlds)は、その類の小説の古典である。この小説では、地球人よりも知性が高いが、冷酷な火星人が、地球を植民地にしようと、イギリスを襲撃し、侵略するのだが、言うまでもなく、これは当時のイギリス人が、他の民族に対して行っていたことだった。結局のところ、ウェルズが妄想する火星人とは、イギリス人が火星という異界に自分自身を投射した鏡像的他者であり、彼の物語はパラノイア的な妄想に基づいている。セーガンは、番組の最後で、火星を地球と同じ環境へと作り変えるテラフォーム計画を紹介し、火星人は、地球人ということになるだろうと言っているが、これはセーガンが言っているのとは別の意味で正しい。

image
H. G. Wells の小説 The War of the Worlds 初版の表紙[5]

上の絵は、『宇宙戦争』初版の表紙の絵であるが、火星人と言えば、ここに描かれているようなタコのような形でイメージされることが慣例となった。なぜ火星人は、タコのような形でイメージされるかと言えば、それは、人間が将来そういうように進化するだろうと人間が想像しているからである。肉体労働をしなくなり、頭脳ばかりを用いる結果、首から下が退化し、脳と目だけが大きくなるだろう。宇宙人にはいろいろなバージョンがあるが、多くは、未来の人間の自画像である。

セーガンは、『宇宙戦争』が、それ以前の空想のマイナー・ヴァージョンではなくて、革命的な産物と言っていたが、私はそうは思わない。異界を火星に求めたり、ハイテク兵器が登場したりするあたりは、確かに新しいが、異界に鏡像的他者の存在を想定する基本的な構図は、過去に存在した神話的空想と大きく変わるわけではない。宇宙人やUFOの本質を知る上で重要なのは、天文学や宇宙生物学ではなくて、神話学や精神分析学である。

1.6 : Travellers Tales(旅人の物語)

これまでの回では、平家蟹の怨霊伝説、占星術、彗星凶兆説、火星人に関する空想といった迷信や通俗的な説を取り上げ、その間違いを指摘するという啓蒙的な展開が行われていたが、六回目の展開とはこれまでとは異なる。セーガン自身が関わったボイジャー計画(Voyager program)の紹介から番組が始まる。惑星探査機ボイジャーは、この番組が作られていた頃、木星の探査を行っており、金星、火星に続いて木星を紹介する内容になっている。ボイジャーという英語には、航海者という意味があり、そこから大航海時代→オランダ→ホイヘンスという連想に基づいて話が展開する。

クリスティアーン・ホイヘンス(Christiaan Huygens; 1629年4月14日 – 1695年7月8日)は、オランダの数学者、物理学者、天文学者で、望遠鏡を製作し、土星の輪や土星の衛星を発見した。ホイヘンスは、他の惑星にも、地球と同じ生物がいると信じていた。17世紀から18世紀にかけての大航海時代に、オランダは、世界の海を支配する覇権国家となった。この時代はオランダの黄金時代で、ホイヘンス以外にも、スピノザ、グローティウス、ルーベンス、レンブラント、フェルメールなど、優れた学者や芸術家が現れた。セーガンは、オランダの繁栄を、異端に対して寛容な政治風土に求めている。実際、デカルトやロックも、思想の自由を求めてオランダにやって来たのである。セーガンは、知識人が迫害を逃れてオランダに集結したこの時代をユダヤ人がナチスの迫害を逃れて米国に亡命した第二次世界大戦の時に喩えている。セーガン自身もユダヤ人の知識人だから、こうした現象に敏感にならざるを得ない。

オランダは、世界各地に植民地を築いたが、利益を上げないうちにその大半を次の覇権国家であるイギリスに奪われてしまった。その結果、英語が世界の標準語となった。セーガンは、惑星探査機ボイジャーの名前にかこつけて、大航海時代を現代の宇宙開発時代に喩えているのだが、米国も、利益を上げないうちに、宇宙開発の成果を次の覇権国家に奪われるかもしれない。もしも多くの人が予想するように、次の覇権国家が中国となるならば、さらに、中国がテラフォーミング(惑星の地球化改造)に成功して、過剰な人口を他の惑星に移住させるならば、中国語が宇宙の標準語となるだろう。私はそうなるとは思わないが、中国は、2003年に単独で有人宇宙飛行に成功し、2013年には無人月探査機の月面着陸に成功するなど一定の成果を上げており、その宇宙開発の将来的な目的が、軍事基地の建設や資源採掘といった国益志向のものであることは事実である。

1.7 : The Backbone of Night(天のかがり火)

第七回目の「天のかがり火」とは銀河のことである。古来人々は、夜空に輝く星や銀河を神話で説明してきた。世界を最初に神話に依存することなく説明しようとしたのは、古代ギリシャの哲学者、タレス(紀元前624年 – 紀元前546年頃)であった。セーガンは、ソクラテス以前の自然哲学、なかんずく、デモクリトスの原子論を、宗教的権威に依存しない最初の科学的アプローチとして高く評価する。哲学の世界では、デモクリトスのようなソクラテス以前の自然哲学は、プラトン・アリストテレスの前座として軽く見られる傾向があるのだが、セーガンのような自然科学者は、逆の評価をする。

タレスをはじめとするミレトス学派を生んだミレトスは、既存宗教の支配力が強いギリシャ本土から遠く離れた植民地だったので、自由な思想が発達しやすかった。また、交易が活発だったために、知的刺激にも欠かなかった。これが、非宗教的な自然哲学が花開いた原因と考えられている。自然哲学者は、経験を重視し、実験を行ったが、プラトンは、経験を軽蔑し、イデアの世界に閉じこもった。プラトンの哲学のこうした傾向はその後キリスト教によって受け継がれ、科学者にとっては暗黒の時代が続くことになった。プラトンのイデア論は、肉体労働を奴隷にさせる特権階級の思想であり、自ら技術者として肉体労働を行ったミレトス学派の自然哲学者とは異なって、人類の進歩を妨げたとセーガンは言う。

プラトンの哲学のような経験的多様性を無視する理想主義は、学問的には神秘主義的独断論を、政治的には全体主義的独裁制を帰結する。カール・ポッパーは、プラトンの哲学を悪しき全体主義の源泉と位置付けていたが、健全な学問にとって必要なのは、経験を重視した理論であり、健全な政治にとって必要なのは、個の利益を重視した全体の利益であるということか。プラトン哲学には確かにそうした問題はあるが、ピタゴラス、プラトン、アルキメデスと続く知のパラダイムが十七世紀科学革命を生み出すことになったことを考えるなら、プラトンやピタゴラス学派をキリスト教徒と一緒にして、科学の敵のように扱うのは問題があるだろう。

1.8 : Journeys in Space and Time(時間と空間の旅)

第八回目のタイトルは「時間と空間の旅」で、アインシュタインの相対性理論の解説から始まる。特殊相対性理論によれば、高速で動いている観測者の時計の進み方は、それより遅い速度の観測者の時計よりも進み方が遅くなるというウラシマ効果が表れる。実際に、航空機に載せた原子時計がウラシマ効果のおかげでわずかながら遅れる。これが超高速の恒星間航行となるとウラシマ効果は無視できないものとなる。浦島物語を相対性理論で説明しようとする人すらいるが、私は別の解釈を採用する

恒星間航行が光速に近いスピードで実現できるなら、太陽系から約5.9光年の位置にある恒星、バーナード星 (Barnard’s star) へは8年ほどで、銀河の中心でも21年ほどで行くことができる。但しこの時間は船内にいる人にとっての時間であり、その人が21年目を迎えることには、地球では3万年が経過している(p.233)。

太陽系内での宇宙旅行なら、既存の宇宙船で問題はないが、恒星間航行となると強力な動力源が必要になる。米国は、1958年から、核パルスによって推進される宇宙船を開発するオリオン計画(Project Orion)を始めた。英国惑星間協会(British Interplanetary Society)は、1973-1978年にかけて、核融合で推進される宇宙船を開発するダイダロス計画 (Project Daedalus) を立てていた。だが、どれも、他の恒星にまで航行するのに時間がかかりすぎる。そこで、セーガンは、ワームホールの通過によるワープを提案していたが、仮にそれが理論的に可能でも、技術的には非常に難しいだろう。

1.9 : The Lives of The Stars(星の誕生と死)

生命は、地球に誕生して以来、38億年間のうちに、様々な種への分岐し、進化してきた。進化は今後も続くだろうし、人間も、絶滅せずに、新たな進化を遂げるだろう。だが、生命は永遠に続くのだろうか。いつかすべて絶滅する日が来るのだろうか。生命が永続するための十分条件ではないが必要条件の一つとして、生命が住むことができる宇宙の存在がある。だが宇宙が将来どうなるかに関しては様々な説が乱立しており、未だに定説はない。

ビッグバンで生成した宇宙は、膨張の後に収縮に転じ、ビッグクランチによって終焉するという説がある。他方で、宇宙は今後も膨張し続け、終焉を迎えることはないとする説もある。膨張スピードが増しているという最近の観測結果から、宇宙がバラバラになるビッグリップを予言する仮説もある。宇宙が膨張し続けて、ほぼ絶対零度の極低温となるビッグフリーズを予言する仮説もある。いずれにせよ、宇宙の終焉はずっと先のことだ。もっとも、宇宙の崩壊はもう始まっているかもしれないという仮説で世間を騒がせている科学者もいるが[6]

熱力学第二法則によれば、孤立系である宇宙のエントロピーが減ることはない。だから、従来、宇宙は最後にはいかなる仕事をも取り出すことが不可能な熱死を迎えると考えられてきた。だが、エントロピーが最大になる以上のスピードで宇宙が膨張しているから、熱死状態になることはないという説もある。比喩を用いるならば、人間が生活していると部屋はどんどん汚くなるが、汚くなる以上のスピードで、部屋が膨張するならば、いつまでたっても部屋が汚くなりきることはないといったところだ。

1.10 : The Edge of Forever(宇宙の地平線)

エドウィン・ハッブルとミルトン・ヒューメイソンは、ウィルソン山天文台の100インチフッカー望遠鏡で銀河の赤方偏移を測定し、宇宙膨張を発見した。地球から遠ざかる銀河から来る光は、ドップラー効果により、赤方に偏移する。そして、赤方偏移の量は、遠方の銀河ほど大きいことがわかった。ヒューメイソンは、地球を中心に宇宙が膨張していると考えたが、現代の科学者は、宇宙のどの地点で観測しても、同じ現象が見られると考えている。

image
レーズンパンモデルによるハッブルの法則の説明 [7]

銀河をレーズンに喩えると、パンが膨らむにつれて、どのレーズンから見ても、他のレーズンが離れていくように見える。また、遠くにあるレーズンほど遠くへと離れることがわかる。だが、レーズンパンモデルだと、中心に位置するレーズンと縁に位置するレーズンの違いが出てくるので、真に、各銀河を脱中心化したとはいえない。

宇宙に三次元的な縁がないことを示すためには、四次元モデルが必要である。一つ次元を落として三次元の球で説明すると、球の表面上に位置する点は、球が膨張するとき、相互に離れていくが、どの点も特異点ではないし、二次元的に縁があるわけでもない。但し、縁はなくても地平はある。地平とは認識の限界であって、私たちは光速を超えて膨張する宇宙は、たとえ存在したとしても認識できない。

人間は、地球が太陽系の中心ではなく、太陽系は銀河系の中心ではなく、そしてこの銀河系は宇宙の中心でないことを認識するようになった。人間の知的進歩は、人間が特殊な存在ではないということを明らかにしている。むしろ、人間の宇宙における特殊地位は、人間が宇宙において特殊地位を持たないことを認識している点にある。

1.11 : The Persistence of Memory(未来への手紙)

海の中では、陸上でのように、視覚や嗅覚によるコミュニケーションはうまくいかない。そのため、海中に進出した哺乳類のクジラは、海中で音波によるコミュニケーションを行っている。人間が大規模に進出するまでは、つまりクジラの歴史の99.99%の期間では、大洋は静かで、クジラが発する音声は、15000キロメートル先まで届いた。クジラは、人類に先立って、グローバルなコミュニケーションシステムを確立していたとセーガンは言う。だが、人間が海洋上を頻繁に往来するようになると、船のスクリュー音やソナーが撹乱要因となって、音声は数百キロメートルにまでしか届かないようになった。

人間が海を喧しくしたおかげで、クジラの繁殖のためのコミュニケーションが妨げられるようになった。人間による物質的な海洋汚染のみならず、ノイズ汚染(noise pollution)までもが、クジラの生態を危機にさらしているわけだ。最近増え始めた、クジラの岸辺への打ち上げも、人間によるソナーの使用が原因ではないかという指摘[8]もある。

人間は、たんに物質的なエントロピーを増大させるだけではなく、情報エントロピーをも増大させることによって、他の生物に害を与えている。人間が夜間に出す過剰な光は、間違った信号として、動植物の生態を撹乱し、光害と呼ばれているが、これも情報エントロピーの増大としての汚染と位置づけることができる。

人間がいようといまいと、エントロピーは増大するものであり、過去の情報は時間とともに減っていく。そんな中、人類が存在したことを後世に残そうとするプロジェクトがいくつか行われた。現在太陽系外へと旅立ちつつあるボイジャーに「地球の音」(The sounds of Earth) というタイトルのレコードを搭載させたのもその一つだ。そこには地球上の様々な音声や音楽などが収録されている。第11回目のタイトル「未来への手紙」は、自ら委員長となってその内容を決めた「地球の音」を指している。

「地球の音」の中にはザトウクジラの歌も収録されている。セーガンは、人類がまだ見ぬ異星人に向けて「地球の音」を載せたボイジャーを果てしない宇宙に放ったことをクジラがまだ見ぬ異性に向けてラブソングを果てしない海に向けて放ったことに喩えている(p.316)。さて、セーガンのメッセージは異星人に通じるだろうか。

1.12 : Encyclopedia Galactica(宇宙人からの電報)

ジャン=フランソワ・シャンポリオン(Jean-Francois Champollion; 1790-1832)は、ロゼッタ・ストーンを手掛かりに、ヒエログリフを解読したエジプト学の父である。シャンポリオンは、12歳のとき、ジョゼフ・フーリエの部屋でロゼッタ・ストーンの碑文を目にし、そこで使われている三種の文字のうち、ヒエログリフはまだ解読されていないと言われ、将来、自分が解読しようと決意したと伝えられている。

ジョゼフ・フーリエは、フーリエ解析で有名な数学者・物理学者だが、ナポレオンがエジプトへ遠征した時、文化使節団の一員として、ナポレオンに随行した。フーリエは、ナポレオンが新設したエジプト学士院の書記としてエジプトの研究に従事し、『エジプト誌』の監修を務めた。シャンポリオンとともに、ヒエログリフ解読の業績を争ったのは、イギリスの著名な科学者、トーマス・ヤングであった。古代エジプト研究に、フーリエやヤングのような自然科学者が携わったということは、現代の感覚からすれば奇妙に聞こえるが、この当時は、今ほど専門分化が進んでいなかったし、また、古代文明の理解には、科学的な能力が必要である。

現代の、専門分化が進んだ学界では、古文書の研究は、主として、数学や自然科学とは無縁の文学研究者によってなされている。しかし、現代では、テクストの電子化が進み、統計学的解析が可能となっており、計量文体学ないし、計量文献学と呼ばれる数学的アプローチによる文学研究が、画期的な知見をもたらしている。これまで、日本の大学の文学部文学科は、文系の牙城と目され、入学試験に数学が課されなかったが、これからは、文学研究を志す人も、数学を勉強しなければいけないだろう。

現代人は、ヒエログリフの解読を突破口にして、古代エジプト文明に関する詳細な情報を手に入れることができるようになった。私たちは、同様に、宇宙からやってくるメッセージを解読し、宇宙についての百科事典的な知識を手に入れなければならないとセーガンは言う。セーガンが所属したコーネル大学とアメリカ空軍によって建設されたアレシボ天文台(Arecibo Observatory)は、地球外知的生命体と交信するべく、1974年にM13球状星団ヘメッセージを送った。ブリタニカ百科事典の全項目を数週間かけて送ったというのだが、M13球状星団の惑星にシャンポリオンのような天才がいて、解読してくれるとでも思ったのだろうか。

タイトルは「宇宙人からの電報」となっているが、原題は Encyclopedia Galactica(銀河の百科事典)である。これは Encyclopedia Britannica(ブリタニカ百科事典=英国の百科事典)をもじったものである。太陽系よりも遠くにある惑星の場合、地球から探査機を飛ばして、情報を地球に送り返すよりも、現地にいる知的生命体に現地の情報を送ってもらう方が時間もお金もかからない。もちろん、そのような知的生命体がいるならばの話なのだが。

1.13 : Who Speaks for Earth?(地球の運命)

タイトルを直訳すると、「誰が地球の利益を代弁するのか」となる。番組でもセーガンは「私たちは、国益を代弁するのは誰であるかは知っているが、では、人類益や地球益を代弁するのは誰か」と視聴者に問いかけていた。米ソ超大国が自国の利益を求めて全面核戦争を行うなら、人類あるいは地球(正確に言えば、地球に生存する他の生命)の利益が損なわれてしまうが、それを防ぐ主体は誰なのかということである。

全面核戦争により人類が滅亡するシナリオが最も現実に近づいたのは、1962年のキューバ危機の時である。当時、米国は、ソ連との全面戦争に備えて、国内の核弾頭搭載の弾道ミサイルを発射準備態勢に置き、ソ連も国内の大陸間弾道弾やキューバの中距離弾道ミサイルを発射準備態勢に置いた。もし全面核戦争ということになれば、直接的な影響により、米国、ソ連、ヨーロッパで、多数の死者が出るのみならず、核の冬などの間接的な影響により、中立国でも、大量の死者が出たに違いない。人類の滅亡も決して杞憂ではなかった。

現在、イランや北朝鮮などの核開発が焦点となっているが、仮に米国がこれらの国々と核戦争を行ったとしても、人類が滅亡することはないだろう。キューバ危機の時よりも兵器の性能がよくなっているにもかかわらず、核戦争による人類滅亡の可能性が小さくなったのは、戦争の性格が変わってきたからだ。かつては、植民地の利権をめぐって先進国どうしが戦争をしたが、今では、米国、EU、日本といった先進国どうしが戦争をするということは考えられなくなってきた。冷戦崩壊後起きている戦争は、先進国による途上国への制裁か途上国どうしの紛争で、強者同士の覇権争いというよりも、弱者による強者への謀反という性格を帯びている。

では、周辺諸国に対して軍事的挑発を行う中国はどうなのかと問う人もいるだろう。中国は米国に対して「新型大国関係」を呼びかけるなど、米国に肩を並べる大国になったという意識があるようだ。たしかに中国は、その人口規模と国土の広さから言えば大国であるが、米国と肩を並べる先進国ではない。中国は、後進国とは言わないまでも、せいぜい中進国であり、現在の先進国が百年前に行っていたような帝国主義的な領土拡張に邁進している。中国はかつての最貧国から脱却して目覚ましい発展を遂げたのだから、それにふさわしい支配権を確保して当然と思っているのだろうが、そういう発想自体が、中国がいまだ先進国へと発展していない証拠なのだということに気付いた方がよい。

2 : 宇宙の謎を解くにはどの学問を学ぶべきか

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2013年12月19日(木) 00:41.

Hata Kazuya さんからコメントを頂きました。

Facebook (date) 2013年12月18日 (author) Hata Kazuya さんが書きました:

僕も幼稚園や小学校のころは,宇宙をこの目で見たいとも思ったし,ロケットにも憧れた.未知の世界や,何かデカくてカッコいいメカに惹かれたのが理由だと思う.今は,もっとも基礎的な真理の探究には紙と鉛筆が一番有効だということがわかっているし,宇宙開発は科学というより,工学と政治・軍事・経済の分野だということを理解しているから,それ自体にはそれほど強い興味はなくなった.

フェイスブックのプロフィールを見てみると、Hata Kazuya さんは、2009年から、Utah State University の Graduate Teaching Assistant (Ph.D. Student in Mathematics) なのだそうです。今でも宇宙開発に従事したいという高校生はたくさんいるのですが、そういう人たちは、大学で航空宇宙工学を専攻するのが普通のようです。JAXA の総合研究大学院大学には宇宙科学専攻というのもあります。でも、技術者として宇宙開発に従事するのではなくて、宇宙の謎を解きたいと思うのであれば、天文学よりも理論物理学を専攻した方が賢明でしょう。ちなみに、カール・セーガンは、大学では物理学を学び、博士号は天文学と天体物理学で得ています。

3 : 参照情報

  1. “Planetary society” NASA JPL
  2. World map according to Eratosthenes
  3. 「コスモス (テレビ番組)」Wikipedia
  4. Martin, J. W. (1993). The Samurai Crab. Terra 31 (4): 30-34
  5. Amazing Stories, August 1927
  6. Collapse of the universe is closer than ever before (date) 12.12.2013 (author) Jens Frederik Colding Krog
  7. WMAP Cosmology101: Formation of the Elements
  8. Sonar ‘may cause whale deaths’ (date) 8 October, 2003 (media) BBC
このページをフォローする
私が書いた本

 返信する

以下のHTML タグと属性が利用できます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

Facebook
Facebook
Google+
Google+
https://www.nagaitoshiya.com/ja/2013/carl-sagan-cosmos
LinkedIn