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生命にとっての資源問題と環境問題

2006年7月19日

天然資源の枯渇と資源環境の破壊は、急速に拡大を続ける私たち生命の存続を脅かしている二つの大きな問題である。これらの二つの問題は、そして生命を維持する問題自体も、実際には、エントロピーの問題という一つの問題に収斂する。資源問題と環境問題の本質が、そして二つの問題を解く鍵が、いかにしてエントロピーを減らすかにあることを示したい。[1]

Image by Lothar Dieterich from Pixabay

1. 資源問題と環境問題の本質は何か

私たちは、資源問題とはエネルギーの問題だと考えている。しかし、熱力学第一法則が示すように、エネルギーは量的には常に一定で、それが消滅したり減ったりすることはない。ただし、エネルギーは使っているうちに、有用なエネルギーである資源から有用でないエネルギーであるゴミへと変化する。このゴミをどう減らすか、どう処分するかが環境問題である。エントロピーは、資源からゴミへの変化を理解するための概念であり、資源問題を考えるにしても、環境問題を考えるにしても、エントロピーの概念をまずよく理解しなければならない。

学説史的な話をすると、エントロピーは、ドイツの物理学者、ルドルフ・クラウジウスが1860年代の初期に、「変化」を意味するギリシャ語の「トレペイン」(τρεπειν) をもとに、エネルギーの名前に似せて「エン」を付けて作った熱力学の用語である[2]。システムが熱を吸収すると、システムを構成する分子の運動が活発になる。つまり、システムの状態が、よりランダムな、より不確定な状態へと「変化」する。エントロピーは、その変化の度合いを計る。

エントロピーの増加量は、あるシステムが、高温の環境に接して受け取った熱量(単位ジュール)をそのシステムの絶対温度(単位ケルビン)で割った商で計算できる。例えば、1気圧のもとで、336Jの熱を加えて1gの氷を溶かすと、エントロピーは、336/273=1.23 [J/K] だけ増加する。同じ336Jの熱でも、もう少し温度の高い水に加えるならば、これほどエントロピーを高くすることはない。同じインク一滴でも、真っ白なドレスに落とした方が、ペンキまみれの作業服に落とすよりも、汚くなったという印象が大きいのと同じことである。

エントロピーは、孤立したシステムにおいては、増えることはあっても減ることは絶対にない。孤立したシステム(isolated system 孤立系)とは、環境と物質、エネルギー、情報のやり取りがないシステムのことで、私たちが住んでいるこの宇宙は、一つの孤立したシステムである。「宇宙のエントロピーは減ることがない」という命題は、熱力学第二法則としてよく知られている。

熱力学第二法則は「熱は温度の高いところから低いところへと流れる」という常識を言い換えたものに過ぎない。このことは初歩的な数学で示せる。今、一つの孤立したシステムの中に二つの温度差のあるシステムが隣接して、高温のシステムS1(温度T1)からシステムS2(温度T2)へと微量の熱がqだけ移動したとする (微量であるから、二つのシステムの温度は変わらないとする)。

この時、S1では、エントロピーがq/T1だけ減り、システムS2では、エントロピーはq/T2増える。T1>T2であるから、

⊿S=q/T2-q/T1>0

というように、エントロピーの変化量は、全体では必ずプラスとなる。

熱力学第二法則は、孤立したシステムにおいてしか成り立たない。逆に言えば、システムS1は、熱の出入りが可能な、孤立していないシステムであるから、その環境に当たるシステムS2のエントロピーをq/T2増やす代わりに、自分のエントロピーをq/T1だけ減らせるということである。この点を強調して書き換えるなら、熱力学第二法則は、「孤立していないシステムが、自分のエントロピーを減らすためには、環境において、それ以上のエントロピーを増やさなければならない」となる。図式化するなら、

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エントロピー縮減補償の一般図式

というようになる。この図の上下は、エントロピーの高低を表し、環境において、低エントロピーな資源を高エントロピーな廃物・廃熱にすることで、システムが自分のエントロピーを減らせるということを描いている。

人間を含めたすべての生物は、生きるために生きている自己目的的な存在である。そして生きるということは、システムが自らを環境から差異化し続けることである。自らの低エントロピー性を維持し続けることが、生物という存在の原因であり結果でもある。それは低エントロピーの、低エントロピーによる、低エントロピーのための自己目的的自己再生産である。

話をここまで一般化するには、エントロピーの概念を古典的な熱力学的概念から現代的な統計力学的概念へと拡張しなければならない。1877年に、オーストリアの物理学者ルートヴィッヒ・ボルツマンは、理想気体のエントロピーが、ミクロな状態数の対数に比例することを発見した[3]。それ以来、エントロピーは、熱力学的な現象であるか否かには関係なく、場合の数の対数として使われるようになった。

水槽の中の水に赤いインクを一滴落とすと、全体がピンク色になるが、この逆は起きない。インクと水の温度が同じなら、これは熱力学的な意味でのエントロピーの増大ではないが、インク分子の存在の不確定性が不可逆的に増大しているという点で、広い意味でのエントロピーの法則に従っていると言える。

生命の単位である細胞は、ナトリウムイオン濃度とカリウムイオン濃度の格差の維持など、システムと環境の差異を維持することで、エントロピーが最大になる平衡状態を避けようとしている。低エントロピー性の維持は、生きていくための手段だが、その手段が目的になっているのが生命というシステムの特徴で、エネルギーが役に立つかどうかは、この目的への有用性から判断される。

2. 役に立つエネルギーとは何か

私は、冒頭で、エネルギーには、役に立つエネルギーとそうでないエネルギーがあると書いた。物理学では、役に立つエネルギーとは、仕事を取り出すことができるエネルギーと捉えられていて、それにエクセルギー(exergy)という名前が付けられている。エントロピーの高い熱エネルギーは、仕事への変換が難しいので、エネルギーが大きくてもエクセルギーは低い。ここでは詳しくは紹介しないけれども、あるエネルギーのエクセルギーが何ジュールであるかは、客観的に計算することができる。

もとより、客観的にエクセルギーが大きいからといって、主観的に役に立つとは限らない。例えば、雷は、電気エネルギーなので、熱エネルギーよりもエクセルギーが高いが、雷の電気エネルギーは、人間にとって役に立つエネルギーではない。もしも「雷よ落ちよ」と命令した時だけ、必要な電力の雷が、指定した電極に落ちるなら、雷の有効活用も可能である。しかし、実際には不確定性が、つまり情報エントロピーが大きすぎるので、有用どころか有害ですらある。

エクセルギーから仕事を取り出せるといっても、物理学では、仕事とは、たんに運動エネルギーの変化量に過ぎず、それが役に立つ仕事であるとは限らない。巨大な岩石を吹き飛ばす火山の噴火は大きな仕事をしたことになるが、それは私たちにとっては迷惑な仕事であるのが普通だ。運動は、それが自分の意のままになるなら有用だが、自分の意図とは他のようでありうる不確定性が大きければ大きいほどその価値は低くなる。要するに、有用か否かを決める時には、情報のエントロピーを考慮に入れなければならないということである。

情報のエントロピーは熱のエントロピーとは異なり、主観的であるから、科学的でないという人もいる。だが、情報のエントロピーの場合、私たち情報システムはたんなる観測者ではなくて、観測される対象でもあるので、主観を客観化すれば、客観的であることになる。考えてみれば、エクセルギーが客観的に計算できるといっても、それはシステムと環境との温度差と圧力差に左右されるがゆえに相対的であり、システムに主観を置き移せば、主観的であると言える。

3. 役に立つ仕事の取り出し方

役に立つ仕事を取り出す、近代以来最もポピュラーなやり方は、内燃エンジンを用いる方法である。内燃エンジンの原理は、カルノー・サイクルで示せる。カルノー・サイクルは、高熱源から熱を取り入れ、シリンダー内の気体を膨張させ、ついで、低熱源へと熱を捨て、気体を収縮させることを繰り返すことで、ピストンを規則正しく動かし、その直線運動を回転運動に変換する。

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カルノー・エンジンの模式図

この回転運動は、始めたい時に始め、作用させたいところで作用させ、続けたいだけ続け、終わらせたい時に終わらせられる。それは、意のままに利用できるという点で、きわめて情報エントロピーの低い仕事である。情報エントロピーが低くなっているのは、内燃エンジンが循環運動をしているからだ。循環運動は同じことの繰り返しであり、予測可能な持続的運動を可能にする。

カルノー・サイクルが循環運動であることを強調して、その模式図を描くと

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カルノー・サイクルの四つの段階

というようになる。左右はピストンの動く方向を表し、上下は熱の出入りを表している。この循環運動には、四つの段階がある。

  1. 等温膨張 (isothermal expansion):高熱源から熱を入れる。温度を一定に保ちつつ、シリンダー内の気体を膨張させる。
  2. 断熱膨張 (adiabatic expansion):高熱源からの熱の流入を遮断する。その結果、膨張とともに気体の温度は下がる。
  3. 等温圧縮 (isothermal compression):低熱源に熱を捨てる。温度を一定に保ちつつ、シリンダー内の気体を圧縮させる。
  4. 断熱圧縮 (adiabatic compression):低熱源への熱の流出を遮断する。その結果、圧縮とともに気体の温度は上がる。

4の後に1が続いて、循環の輪は閉じる。燃料と酸素を結びつけ、エントロピーを増大させ、廃熱と二酸化炭素にすることで、低エントロピーな仕事を取り出すことができる。

4. 地球システムの三つの循環

地球の大気循環は、内燃エンジンと同じ原理で動いている。

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自然対流による大気循環の四つの過程.

内燃エンジンの循環では石油の燃焼が熱を供給したが、大気の循環では太陽放射が熱を供給する。

  1. 等温膨張 (isothermal expansion):太陽放射により地表面が暖められ、その結果、地表面の空気は膨張し、軽くなり、上昇する。
  2. 断熱膨張 (adiabatic expansion):周囲からの熱の出入りを遮断した状態で、上昇を続ける。気圧の減少に伴い、さらに膨張し、温度は下がる。
  3. 等温圧縮 (isothermal compression):成層圏との境目である対流圏界面で、熱を放射し、宇宙に捨てる。冷やされることで、圧縮され、重くなり、下降する。
  4. 断熱圧縮 (adiabatic compression):周囲からの熱の出入りを遮断した状態で、下降を続ける。気圧の増加に伴い、さらに圧縮され、温度は高くなる。

4の後に1が続いて、循環の輪は閉じる。人間が出すゴミも、廃熱にして、この大気循環に乗せ、宇宙に捨てている限り、地球を汚染させることはない。

大気の循環は、水の循環をも作り出す。海水は、水と塩が混ざっているという意味でエントロピーが高く、海水から淡水を取り出すことは困難だが、太陽放射は、水だけを蒸発させ、取り出す。上昇した水蒸気は、断熱膨張により、温度が下がり、雲となり、さらには雨となって、地表面に戻る。

大気の循環は、海洋循環という、もう一つの水の循環をも作り出す。海上を吹く風によって惹き起こされる海洋循環を風成循環という。また、これとは別に、海水の密度の違いによって惹き起こされる熱塩循環がある。北大西洋のグリーンランド沖と南極近くのウェッデル海では、海氷形成時に氷から排出される塩分で塩分濃度が増え、重くなって海底に沈みこむ。熱塩循環は、太陽放射による熱の差異から生まれ、熱の差異を解消するように働く。

大気の循環、水の循環と並んで重要なのが、栄養の循環である。有機栄養を作るのは植物の仕事である。植物が行う光合成は、

6CO2+6H2O→C6H12O6+6O2

という化学式で書かれる。反応前と反応後とを比べると、反応後のエントロピーの方が小さい。このため、植物の光合成(昔は炭酸同化と呼ばれた)は熱力学第二法則の例外ではないかと言われたこともあった。しかしそうではない。植物は、孤立したシステムではなく、環境において、より大きなエントロピーを発生させ、捨てることによって、ブドウ糖という低エントロピーな資源を作っている。すなわち、植物は、太陽光を高熱源とし、根から吸った水を低熱源とし、気孔から水蒸気を蒸散させることで、高エントロピーな廃熱を捨てているのである。

この様を、エントロピー縮減補償の一般図式にならって描くと、こうなる。

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光合成におけるエントロピー縮減補償の図式

反応前のエントロピーが、二酸化炭素1モルにつき1951[4]

植物、および植物を食べる動物は、低エントロピーな有機物を呼吸により燃焼させ、その廃熱を捨てることで、ADP(アデノシン二リン酸)にリン酸を結合させ、ATP(アデノシン三リン酸)にして、そのATPをADPとリン酸に分解することで、低エントロピーなエネルギーを取り出している。

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ATP合成におけるエントロピー縮減補償の図式

動物は呼吸に必要な有機物を植物に依存している。しかし、無機栄養分という点では、逆に植物が動物に依存しているということは、「地球の砂漠化を阻止するための人間の役割」で既に述べた。動物は、植物からもらった低エントロピー資源を消費して、重力に逆らった仕事をし、無機栄養分の循環を作っている。

5. 生命システムを維持するための三つの課題

地球というシステムは、太陽放射から熱を受け取り、それを宇宙に捨て、環境においてエントロピーを増やすことで、システム内部に大気・水・栄養の循環という仕事を作り出し、これにより生命という低エントロピーな構造の存続を可能にしている。この地球と生物個体との関係は、多細胞生物と個々の細胞との関係として繰り返されている。私たちは、高熱源として有機物を食べ、低熱源として水を飲む。有機物を呼吸により燃焼させ、発生した熱を、水を媒介にして体外へと捨て、それにより、心臓を動かし、体液循環を発生させる。その体液循環が、個々の細胞に酸素と栄養を与え、廃物と廃熱を回収することで、個々の細胞は、生命にとって手段であると同時に目的でもある低エントロピーなエネルギーを生み出す。

私たちは、何も食べないと、あるいは酸素が不足すると、死ぬ。これは資源問題である。私たちは、何も飲まないと、あるいは廃物や廃熱を捨てられないと死ぬ。これは環境問題である。では、体内の循環が止まって死ぬのは何の問題だろうか。個々の細胞にとっては、それは資源問題であり、環境問題なのであるが、体液循環のような生命が行う低エントロピーな仕事は、手段であると同時に目的でもあるから、それは生命にとって外的な問題ではなく、生命それ自体の問題であると言える。

結論をまとめよう。生命システムにとって、自己を維持するためには、

  1. いかにして高熱源を確保し、熱を取り出すか
  2. いかにして低熱源を確保し、熱を捨てるか
  3. いかにして両者から低エントロピーなエネルギーを取り出すか

という資源問題、環境問題、生命問題の三つの問題を解決しなければならない。大気・水・栄養の循環をいかにして維持するかという問題は、私たちにとっては資源問題ないし環境問題であるが、地球を一つの生命システムとみなすなら、それは生命問題である。

6. 参照情報

関連著作
注釈一覧
  1. 本稿は、2006年07月19日に『連山』で公開した「生命にとっての資源問題と環境問題」に加筆と修正を施して、2021年7月3日に再公開したものである。本稿の内容を継承した記事として、2013年12月12日に公開した「地球は熱機関としてどのような仕事を行うか」があるので、併せて参照されたい。
  2. Clausius, Rudolf. Ueber verschiedene für die Anwendung bequeme Formen der Hauptgleichungen der mechanischen Wärmetheorie In: Annalen der Physik und Chemie. Band 125. Barth Leipzig (1865). Vorgetragen in der naturforsch. Gesellschaft den 24. April 1865.
  3. Boltzmann, Ludwig. Über die Beziehung zwischen dem zweiten Hauptsatz der mechanischen Wärmetheorie und der Wahrscheinlichkeitsrechnung, respective den Sätzen über das Wärmegleichgewicht. Wissenschaftlichen Abhandlungen 2, 164. p.373-435.
  4. J/K] であるのに対して、反応後のエントロピーは4562 [J/K] であるから、やはりトータルではエントロピーは増えている。Cf. 槌田敦『熱学外論―生命・環境を含む開放系の熱理論』朝倉書店 (1992/10/1). p. 99.