1月 252009
 

2009年1月20日、バラック・オバマが米国大統領に就任した。共和党の市場経済万能主義的な経済政策のおかげでサブプライム問題が発生したので、この世界恐慌以来の経済的危機を、世界恐慌の時と同様のニューディール政策によって克服する必要性が生じ、このため、米国の有権者は、小さな政府を理想とする共和党政権に代わって、大きな政府を理想とする民主党政権を選んだというのが大方の解釈であるが、この解釈は正しいのか。検証してみよう。

image
サブプライム債券危機が起きた時の関係企業の株かを三次元で示した図。中央の黄色のグラフはリーマン・ブラザーズの株価の変遷を表している。”A 3D view of the stocks of the principle companies involved in the Subprime Mortgage Crisis” by Wikiwonka42 is licensed under CC-BY-SA

1. 民主党政権誕生に対する二つの誤解

2008年11月4日に米国の大統領選挙で、民主党候補のバラック・オバマが共和党候補のジョン・マケインを破って、第44代大統領に当選した。この時によく耳にした解説は、以下のような類のものである。

 共和党のブッシュ政権が市場原理主義を至上のものとし「小さな政府」の運営を続けた結果、マネーゲームが横行し拝金主義が蔓延(まんえん)した。そしてリーマンブラザーズの倒産に象徴される市場万能主義の破たんが生じた。狂乱の宴のあとに残されたのが極端なまでの格差社会という荒涼とした光景であった。

 11月4日、米国民は市場原理主義の「小さな政府」より政府の大幅な関与を打ち出したオバマ候補の「大きな政府」を選択した。マケイン候補は選挙期間中、オバマ氏の当面の危機を脱するため「大きな政府」を前提とする経済政策に対して、「それはまるで社会主義だ」と激しく攻撃した。米国民にとって「社会主義」という言葉は、建国の精神から言っても本能的に拒絶反応を起こす言葉である。しかし2008年の米国民は「市場原理主義」よりマケイン候補が攻撃する「社会主義」を選択したのである。

 米国を席捲(せっけん)した暴力的なまでの市場原理主義の行き過ぎに対し、国民ははっきりと「No!」という回答を突きつけたのである。

今回の大統領選挙では、投票日が近づくにつれて、有権者の関心が経済問題に集まったというのは事実である。しかしながら、サブプライム問題に端を発する金融危機が、共和党の市場原理主義的な「小さな政府」の経済政策によって惹き起こされ、そのために、米国民は、この問題を解決するために、社会主義的な「大きな政府」の経済政策を掲げるオバマを次期大統領に選んだとというこのライブドア・パブリック・ジャーナリストの解釈はいかがなものだろうか。

私が見るところ、現在よく耳にするこの通俗的解釈は、以下の二つの誤解に基づいている。

  1. 共和党政権は小さな政府で、民主党政権は大きな政府である。
  2. サブプライム問題は、自由放任的な経済政策が原因で起きた。

この二つの常識が間違いであることを、以下に示そう。

2. 共和党は米国を大きな政府にした

米国の共和党は、レーガン以来、小さな政府を理想とする市場原理主義の政党であるというのが世間の常識[d]であるが、レーガンの経済政策、いわゆるレーガノミックスは、そうした常識とは異なるものである。たしかに、レーガンは、減税を実行したが、それと同時に、政府の歳出をも削減しなければ、本当の意味で、小さな政府を実現することにはならない。ところが、レーガンは、国防予算を増額させることで、政府の支出を増やしてしまった。レーガノミックスのおかげで米国経済は一時的に良くなったが、それは、当初レーガンが考えていたようなサプライサイドの経済政策によるものではなくて、ケインズ的な財政政策によるものであった。

[d]レーガンは、この他、規制緩和を積極的に推進したと一般に思われているが、規制緩和に熱心に取り組んだのは、レーガン共和党政権の前のカーター民主党政権であり、レーガン本人は、規制緩和に対しては、カーターほど積極的ではなかった。

レーガン以降のブッシュ親子による共和党政権についても同じことが言える。「ブッシュはなぜ戦争を始めたのか」で既に述べたように、共和党政権は、小さな政府という建前とは裏腹に、軍産複合体と癒着し、デフレになると、それを戦争によるインフレ効果で克服しようとする、その意味では、公共事業依存型の大きな政府を志向している政権なのである。

もしも本当に、共和党は小さな政府を、民主党は大きな政府を目指しているのであれば、共和党政権下では財政支出は減少し、民主党政権下では、財政支出は増大するはずなのだが、以下のグラフを見ても、そうした関係は見出されない。むしろ、逆に、共和党政権下では財政支出の対GDP比率は増大し、民主党政権下では、減少している。

米国の財政支出の対GDP比率の推移
図1 米国の財政支出の対GDP比率(百分率)
[データの出所:Government Spending in the United States

もちろん、私は、共和党政権は大きな政府で、民主党政権は小さな政府であると言うつもりはない。次のオバマ民主党政権では、おそらく、財政支出の対GDP比率は上昇することだろう。財政支出の対GDP比率は、その時々の経済環境に依存し、必ずしも実権を握った政党によってのみ決まるわけではない。しかし、このデータだけを見ても、共和党政権は小さな政府で、民主党政権は大きな政府という対比がおかしいということがわかるであろう。

オバマの大統領就任演説を見てもわかるように、彼は、「小さな政府」対「大きな政府」、「市場原理主義」対「社会主義」という対立軸の中に自分を位置づけているわけではない。

The question we ask today is not whether our government is too big or too small, but whether it works – whether it helps families find jobs at a decent wage, care they can afford, a retirement that is dignified.

我々が今日立てるべき問いは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、政府が機能するか否かである。すなわち、家族が人並みの給与の仕事を見つけたり、医療サービスを受けたり、立派な退職資金を手に入れたりすることの助けに政府がなるかどうかだ。

[…]

Nor is the question before us whether the market is a force for good or ill. Its power to generate wealth and expand freedom is unmatched, but this crisis has reminded us that without a watchful eye, the market can spin out of control – and that a nation cannot prosper long when it favors only the prosperous.

我々が立てるべき問いは、また、市場が良い力か悪い力かというものでもない。富を作り自由を広げる市場の力に比肩するものはない。だが、今回の危機は、監視がなければ市場は統制を失い、豊かな者ばかりを優遇する国の繁栄が長続きしないことを我々に気づかせた。

The success of our economy has always depended not just on the size of our Gross Domestic Product, but on the reach of our prosperity; on our ability to extend opportunity to every willing heart – not out of charity, but because it is the surest route to our common good.

我々の経済の成功は、これまでずっと、たんにGDPの大きさにではなくて、繁栄の裾野の広さに、すなわち、すべてのやる気のある人に機会を広げる能力に基づいていた。それは慈善心からそうするのではなく、それが公共の利益を実現する最も確実な方法だからだ。

しかるに、評論家の中には、共和党政権は大きな政府で、民主党政権は小さな政府という先入見に基づいて、米国民がマケインではなくてオバマを選んだのは、第二のフーバーであるブッシュの続きをやりそうなマケインよりも、オバマの方が、第二のルーズベルトとして、ニューディールをやってくれそうだからだといった論評を行うものが少なくない。例えば、ジャーナリストの田原総一郎は、次のように言っている。

 金融混乱が高まって、オバマ氏の人気が逆転したということは、明らかにマケインやブッシュにフーバーを見て、オバマにルーズベルトを求めているんだと思う。

 つまり自由主義経済の原則ではなくて、公共事業を中心いろいろなことをやってくれるオバマ氏を求めているのだ。

田原は、たんなる評論家ではなくて、自分の意見に基づいて、政治を動かそうとするから厄介である。田原は、90年代の日本をダメにした経済政策の提唱者であるリチャード・クーをサンデー・プロジェクトに出演させて、世論を積極財政の肯定に導こうとしたり、「バラマキで何が悪い」と開き直って、与党の大物政治家たちから、公共事業の拡大と赤字国債の増発の言質をとろうと誘導尋問をしたりしていた。

ところで、田原は、どのような公共事業が最も効果的であると考えているのだろうか。先ほどの引用箇所に続けて、田原は次のように言っている。

 実はルーズベルトのニューディール政策も完全に成功したわけではない。誤解をされるかもしれないが、あえて言うと、こういう大不況が襲ったとき、ヒューマニズムとか人道主義とか、善悪をすべて考えないで言えば、戦争が一番効果的だ。

 現に歴史的には、必ずこういう不況下で戦争が起こっている。第二次世界大戦があったから、アメリカの景気はよくなった。ヒューマニズムとか善悪を抜きにして言えばの話だが、戦争というのは、いってみれば最も効率のいい大きな公共事業のようなものなのだ。

 まず、多くの国を巻き込める。それから戦争が始まると、飛行機や戦闘機や戦車などいろいろなものを生産する。ところが生産したものがどんどん壊れていく。だから在庫がまったくない状況だ。そういう意味では理想的とも言える。

私も、「ニューディールは成功したのか」で、ルーズベルトのニューディール政策は、第二次世界大戦に参加したことで、真に実現されたとという解釈を示した。もしも田原が、戦争をリフレのための公共事業として認識しているのならば、そしてニューディールを財政均衡政策から積極財政によるリフレ政策への転換と解釈しているのであれば、クリントン政権末期に生じた、ドットコムバブル崩壊によるデフレを克服するべく、クリントン時代の財政健全化政策を放棄して、「テロとの戦い」という大義名分の下、大規模な公共事業を行ったブッシュは、まさにフーバーではなくて、ルーズベルトということになるのではないか。田原は、しかし、そうは考えない。それは、共和党政権は小さな政府で、民主党政権は大きな政府という先入見に囚われているからである。

3. サブプライム問題は政府の失敗である

次に、本題であるサブプライム問題について考察しよう。ここでサブプライム問題と呼んでいるのは、サブプライム・ローンが不良債権化したことで起きた金融問題のことである。サブプライム・ローン(subprime lending)とは、低所得者など、債務履行の信頼度が低い借り手に対する貸付のことである[s]。債務履行の信頼度が高い優良顧客への貸出金利“prime rate(最良金利)”よりも金利が高く、債券価格が低いという意味で“subprime mortgage(準優良抵当)”と名付けたのが、語源とされている。

[s]日本では、「サブプライムローン」という表現が一般的であるが、グーグルで検索すると、“subprime lending”が“subprime loan”の倍以上ヒットするので、後者よりも前者の方がポピュラーであるようだ。だから、本来は、「サブプライム貸付」とでも訳すべきなのだろうが、ここでは慣例に従う。日本語では、ローンという言葉は、貸金よりも借金という意味で使われるが、英語では“loan”は“lend”と同様、「貸す」という意味であることに留意されたい。

普通の民間金融機関が、返す見込みの少ない低所得層に巨額の融資を行うといったことが、レッセ・フェールの市場経済で、大規模に自然発生するなどということはありそうにないということぐらい、少し考えればわかりそうなものだが、多くの人は、ブッシュ共和党政権が、市場経済を自由放任した結果、サブプライム問題が自然発生したと考えている。しかしながら、サブプライム問題の発端を作ったのは、ブッシュ共和党政権ではなくて、クリントン民主党政権であり、しかも、それは、市場の自由放任ではなくて、政府による市場介入によって発生した。

クリントンは、低所得者にもマイホームを提供しようというリベラルな動機から、ファニーメイ(連邦住宅抵当公社)とフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)という政府系住宅金融会社に圧力をかけて、返済能力の低い人たちへの貸し出しを増やさせようとした。

In 1995, President Bill Clinton’s HUD agreed to let Fannie and Freddie get affordable-housing credit for buying subprime securities that included loans to low-income borrowers. The idea was that subprime lending benefited many borrowers who did not qualify for conventional loans.

1995年に、ビル・クリントン大統領時代の住宅都市開発省は、ファニーメイとフレディマックに、低所得者の借り手に対するローンを含むサブプライム証券を購入することで住宅を入手可能にする貸付を行わせることに同意した。サブプライムローンは、通常のローンを受ける資格のない多くの借り手にとって利益になるという発想であった。

二社のうち、ファニーメイは、大恐慌時代の1938年に、フランクリン・ルーズベルトが、停滞する不動産市場を活性化させるために、ニューディール政策の一環として設立した政府系金融機関である。1970年には、抵当市場をさらに活性化させるために、フレディーマックが新設された。両社とも、1995年までは、堅実な融資を行っていたが、クリントン政権時代、政権の高官が両者の最高幹部に任命され、クリントン政権の意向で、低所得者へのリスキーな貸し出しを積極的に行うようになった。

両社のなかでも政治との癒着が酷かったのは、ファニーメイで、クリントン政権があまりにもサブプライムローンに力を入れさせるので、ニューヨークタイムズは、1999年に、それが将来金融危機の火種になることを警告していた。以下の記事は、サブプライム問題が深刻化し、ファニーメイに公的資金が注入される2008年よりも9年も前に書かれた記事である。

Fannie Mae, the nation’s biggest underwriter of home mortgages, has been under increasing pressure from the Clinton Administration to expand mortgage loans among low and moderate income people and felt pressure from stock holders to maintain its phenomenal growth in profits.

住宅抵当の国内最大の引き取り手であるファニーメイは、中低所得者向けの抵当ローンを拡充するようにとクリントン政権からますます圧力をかけられるようになり、また、驚異的な収益増大を維持しろという株主からの圧力を感じるようになった。

[…]

In moving, even tentatively, into this new area of lending, Fannie Mae is taking on significantly more risk, which may not pose any difficulties during flush economic times. But the government-subsidized corporation may run into trouble in an economic downturn, prompting a government rescue similar to that of the savings and loan industry in the 1980’s.

たとえ、試験的であるにしても、この[サブプライムという]新しい貸し出し領域に足を踏み込むことで、ファニーメイは、とてつもなく大きなリスクを取り始めた。景気が良いうちは問題が生じないかもしれない。しかし、この政府から補助金をもらっている企業[ファニーメイ]は、不況になると危機に直面し、1980年代の貯蓄貸付業界がそうしたように、政府による救済を求めることになるかもしれない。

以下の図2は、サブプライムローンの年間総額と抵当市場全体におけるその割合を示しているが、ここから、サブプライムローンが、クリントン政権の政策により、1998年頃から急増したが、2000年にドットコムバブルが崩壊すると、伸び悩み、サブプライムローンが抵当市場に占める割合が一時減ったことがわかる。

BBC NEWS Business The US sub-prime crisis in graphics
図2(左図)サブプライムローンの年間総額(棒グラフ、単位は十億ドル)と抵当市場における割合(折れ線グラフ、単位はパーセント)、図3(右図)抵当債券(薄い茶色、単位は十億ドル)と政府保証債が占める割合(濃い茶色)[BBC: The US sub-prime crisis in graphics

以下の図4は、米国の住宅価格指数を示している。2002年に3指数とも、上昇率が一時的な落ち込みを示しており、もしもこのとき政府が、政府系金融機関によるサブプライムローンを抑制していたならば、それによって作り出された住宅バブルは、規模が小さい早期の段階で崩壊し、そのダメージは、実際のものよりもずっと小さなものですんでいたことであろう。

Standard & Poor's
図4 全米(太い実線)、10都市(細い実線)、20都市(点線)での住宅価格指数の対前年比の推移。[Standard & Poor’s (2007) The S&P/Case-Shiller® U.S. National Home Price Index Posts a Record Annual Decline in the 3rd Quarter of 2007

ところが、2001年に発足したブッシュ政権は、サブプライムローンを抑制するどころか、逆に税制上の優遇措置や財政支援によりサブプライムローンを後押しした。ブッシュは、2002年に、次のような演説で、住宅ローンの支払い利子の税控除や頭金支払いへの補助金支給といったサブプライムローン推進政策を正当化している。

Too many American families, too many minorities do not own a home. There is a home ownership gap in America. The difference between Anglo America and African American and Hispanic home ownership is too big.

あまりにも多くのアメリカの家族が、あまりにも多くのマイノリティーが自宅を所有していません。アメリカには、自宅所有率に格差があります。アングロ系アメリカ人とアフリカ系/ヒスパニック系アメリカ人との間にある自宅所有率の格差はあまりにも大きすぎます。

[…]

And so by the year 2010, we must increase minority homeowners by at least 5.5 million. In order to close the homeownership gap, we’ve got to set a big goal for America, and focus our attention and resources on that goal.

そこで、2010年までに、私たちは、マイノリティーの自宅所有者を、少なくともあともう550万世帯増やさなければなりません。自宅所有の格差を是正するために、アメリカは遠大な目標を掲げ、私たちの注意と資源をこの目標達成のために集中しなければなりません。

ブッシュは共和党の政治家だから、きっと弱肉強食の自由競争と格差社会を放置するコチコチの市場原理主義者にちがいないという先入見を持っている人もいるかもしれない。しかし、実際には、共和党の政治家も、有権者のごく一部に過ぎない金持ちを優遇するだけでは多数の票が取れないので、こうした低所得のマイノリティーの歓心を買う人気取り政策もしているのである。

米国では、アフリカ系・ヒスパニック系の貧困層が都市のスラム街にある集合住宅に住んでいるのに対して、白人の富裕層は郊外の一戸建て住宅に住むという傾向がある。その結果、郊外の富裕層の子供と都心の貧困層の子供は校区が別になり、別の教育を受けることになる。米国では、教育の内容は学区ごとにまちまちであり、教育予算が固定資産税で賄われるために、地域の地価の格差によって教育の質が大きく異なる。だから、住居格差が教育格差、就職格差、賃金格差につながり、貧富の格差の再生産と固定化をもたらしている。クリントンやブッシュが低所得のマイノリティたちに一戸建ての住宅に住ませようとしたのは、こうした格差の再生産を断ち切ろうとしたためだった。

ブッシュによる、格差是正を大義名分とした新しい住宅政策により、2002年以降、再びサブプライムローンの総額とシェアの双方が急上昇したことを、図2から読み取ることができる。また、住宅需要の増大に伴って、住宅価格指数の変化率が二桁となり、住宅バブルが本格化したことが図4からわかる。いったん住宅価格が上昇し始めると、転売目的で購入する投機家も出てくるようになる。政府が行った、不動産売買によるキャピタルゲインの課税免除が、土地転がし(米国の場合、正確に言えば、住宅転がし)を過熱させた。

一般的に言って、市場経済では、買い手が増えることによって資産の価値が上昇すると、キャピタルゲインを目当てにさらに多くの人がそれを買おうとするようになるというポジティブ・フィードバックが働く。図3を見ると、2002年以降、政府保証のない抵当証券の割合が増えていることがわかるが、これは、政府の保証を必要としないプライムローンが増えたからではない。図2が示すように、2002年以降、サブプライムローンの占める割合が急増している。これは、住むためではなくて、転売の差益を目当てにした低所得者たちが増えてきたことを示唆している。借金して、自宅を手に入れ、資産を増やすという夢のような話が成り立つのは、住宅価格が上昇し続けている間に限られる。バブルが崩壊すれば、サブプライムローンは、不良債権となる。

市場経済が持つポジティブ・フィードバックのメカニズムが住宅バブルを過熱させたことは事実である。しかし、それを根拠に、サブプライム問題を市場の失敗とみなすことは、問題の根源を見失った判断である。主犯は、政府であり、市場経済は、せいぜい幇助の役割しかしていない。だから、サブプライム問題は、政府の失敗であると結論付けるべきである。

サブプライム問題は、貧富の格差を是正しようと、政治家たちが社会主義的な経済政策を強行したことで発生した。市場経済を自由放任した結果、経済危機が生じ、貧富の格差が広がったのだから、社会主義的政策による貧富の格差の是正が必要だといった、冒頭で取り上げた通俗的見解が、いかに倒錯しているかが、これでおわかりいただけたかと思う。

オバマは、引用した演説の中で「今回の危機は、監視がなければ市場は統制を失い、豊かな者ばかりを優遇する国の繁栄が長続きしないことを我々に気づかせた」と言っているから、アフリカ系の血を引く彼が、白人とマイノリティとの格差是正のために市場経済への介入を試みることは大いにありうることだ。しかし、それはこれまでクリントンとブッシュがしてきたことであり、チェンジの名に値する新政策ではない。もしも、オバマがクリントンやブッシュと同じことをするならば、同じような失敗をするだろう。サブプライム問題は、ニューディール政策によって惹き起こされた危機であって、ニューディール政策によって克服されるべき危機ではないのである。

4. 結語

マルクスの時代以来、恐慌が起きるたびごとに、市場経済の時代の終焉と社会主義経済の時代の到来が叫ばれた。今回の経済危機においても、御多分に洩れず、マル経崩れの左翼系エコノミストたちが、ここぞとばかりに活気づき、「アメリカ型市場原理主義が崩壊した」「新自由主義の時代は終わった」と言っている。彼らは、政府の失敗を市場の失敗に掏り替えて、社会主義的プロパガンダをしているわけだが、こうした掏り替えは、彼らの常套手段であり、珍しいことではない。

例えば、今話題の派遣労働の問題でも、社会主義者たちは、小泉・竹中の規制緩和が原因だとして、政府による規制の強化を求めている。「どうすれば労働者の待遇は良くなるのか」で既に論じたように、派遣労働の問題、あるいはもっと広く捉えて、ワーキング・プアの問題も、政府の失敗であり、正社員の雇用の過剰保護を止めない限り、抜本的な問題解決は不可能である。それにもかかわらず、社会主義者たちは、この政府の失敗を市場の失敗に掏り替え、政府による市場介入で雇用問題を解決することを提案している。

病気の原因がわからなければ、対症療法しかできないように、経済問題も、その原因を突き止めることができなければ、抜本的な解決をすることができない。市場原理が不十分であるために起きた問題を、市場原理が原因で起きた問題に掏り変える社会主義者たちのトリックを見破るためには、「米国政府はレッセフェールの小さな政府」とか「共和党は市場原理主義の政党」といった先入見に惑わされることなく、問題の根本原因を正確に探り当てる努力が必要である。

このページをフォローする
私が書いた本

  20 コメント

  1. > 社会主義者たちのトリックを見破るためには、「米国政府はレッセフェールの小さな政府」とか「共和党は市場原理主義の政党」といった先入見に惑わされることなく、問題の根本原因を正確に探り当てる努力が必要である。
    「 社会主義者たちのトリックを見破るため」などといった先入観にとらわれているから、永井さんは問題の根本原因を正確に探り当てる努力ができず、何も見えてこないのでは。

  2. 私も、学生時代、社会主義や共産主義に魅力を感じたときがありました。しかし、経済学や歴史を勉強すればするほど、それが間違いであることに気づくようになりました。社会主義が人類に幸福をもたらすのであれば、私は、社会主義に賛成します。しかし、そうではない以上、私は社会主義を批判しなければなりません。

  3. >社会主義が人類に幸福をもたらすのであれば、私は、
    >社会主義に賛成します。しかし、そうではない以上、
    >私は社会主義を批判しなければなりません。
    先生は、先進国並みの国民待遇を実現しているとも
    言われている社会主義国家、キューバの事をどう捉えていますか?
    (URLは私のサイトではありません。)

  4. CIAの調査による2008年現在の日本の一人当たりGDPが38,055ドルであるのに対して、キューバのそれは、4,830ドルです[List of countries by GDP (nominal) per capita]。これで「先進国並みの国民待遇」と言えるでしょうか。

  5. 「統計数字を疑う なぜ実感とズレるのか?」門倉貴史(光文社新書)によりますと、GDPの値は主要先進国では信頼できるものですが、発展途上国など統計がいい加減なところでは信用できないと思います。あと、「5章 公式統計には表れない地下経済」などのようにGDPには反映されない豊かさもあります。日本とドイツの豊かさを比較するのにGDPは有効と思いますが、キューバの豊かさ(貧困さ)をGDPだけでははかれないと思いますがどうでしょうか?あと、TVで紹介される豊かそうなキューバはプロパガンダかなんかだとは私も思います。

  6. 発展途上国は、GDPが低いだけでなく、物価も低いので、GDPが低い割には生活実感は悪くありません。そこで、購買力平価ベースのGDP が、生活実感での豊かさを測る尺度として使われることがあります。キューバの場合、一人当たりの購買力平価ベースのGDP の値は不明ですが、一人当たりの名目のGDPが桁違いですから、日本よりも豊かと言うことはいえません。

  7. 【地獄への道は善意によって敷き詰められている】
    今回の金融危機においてこれほどマッチした格言はありませんね。
    政府による住宅支援も「善意」によって行われたものでしたが
    経済原則を無視した方法では最初から無理が見えていました。
    確か当時の労働長官は「暴走する資本主義」の著者である
    ロバート・ライシュでしたね。
    本人が一番「暴走」してしまいました(笑)

  8. 社会主義国を実際に沢山訪問しましたが、統計数字を疑うとかどうのこうのと言う以前の問題で私の目に映った社会は明らかに我々自由経済国でGDPの数値の高い国のほうが豊かで、幸せに生活出来ているように思いますが、どちらの社会で生活した方が幸せなのか、個人個人の考え方によると思いますやはり私はGDPの数値の高い国の国民の方が生活が楽だと思えます。

  9. 結語の意見は、私も賛成です。
    サブプライムローン問題で、「アメリカ型市場原理主義が崩壊した」「新自由主義の時代は終わった」と、簡単に片づける人がうじゃうじゃいて、うんざりです。だから、どうしろと?そうやれば、まったく失敗がなかったとでも言うのか?と。
    製造業の技術職をやっている職業病もありますが、これが本当に原因だということを突き止めない限り、また失敗を繰り返すので、物事の一面だけをとらえるのではなく、その背後に潜む根本原因は何かというのを常に考えさせられております。
    僭越ながら、今回のサブプライムローン問題について、日本の失われた15年、世界大恐慌も含め、リチャード・クーは、バランスシート不況と説明し、経済学の素人ながら、納得がいくコラムがありましたので、紹介させていただきます。
    リチャード・クーのkoo理koo論
    http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/koo.cfm
    「第8回 バブルとバランスシート不況の景気サイクルの図」
    http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/koo.cfm?i=20080408d8000d8&p=2
    私の立場としては、将来の産業育成を目的に一定期間は保護するのは構わないが、ある段階になりテイクオフしたら、自由競争にゆだねるべきで、基本的に小さな政府が良いという立場ですが、経済には「陰」と「陽」の場面があるので、大きな政府か小さな政府ではなく、柔軟に対応すべきなのかなと思うようになりました。
    経営者は100年に1度の不況を連呼していますが、世界大恐慌から100年も経っていないのに、それを言い訳にして、思考停止にしか思えない。バブル後の借りて不在の局面ならば、いつでも起こりえる不況で、事前に察知しどう行動すべきかわかるようになった気がするのですが、『陰』と『陽』の局面という意味で、経済システムの仕組みとしてうまい説明をしていると思いますが、永井様のご意見を伺えれば幸いです。

  10. リチャード・クー氏は、量的金融緩和が効果がなかったので、財政支出を拡大せよと主張していますが、日銀が行った量的金融緩和は、日銀券発行残高の範囲内で国債を購入しただけですから、通貨価値の下落をもたらさず、したがってリフレ効果がないのは当然です。リフレーションを効果的に行うには、ベースマネー(ハイパワードマネー)それ自体を増やさなければいけません。私は、デフレを放置するべきでないという点には同意しますが、リフレーションは政府の生産活動を増やすのではなく、民間の生産活動を増やす方向で行わなければいけません。

  11. 言葉の定義に関して(社会主義、福祉国家、金融主義)
     社会主義ってのは色々あって、昔は共産主義の延長(国営企業)みたいに考えられていましたが、今では(英国以外の)EU型の福祉国家(保険事業、あるいはその代理人が国の独占)を指していると思うのですが。もちろん、この社会主義を作っているのは自由主義者(中道右派も中道左派も)ですが。
     そして、ここで言う福祉国家というのも湯元健治氏(日経2009年9月17日号)で書かれているように、保険を国が肩代わりする social security 型社会であって、金持ちが貧乏人に施す welfare型社会(アメリカの福祉はこの発想)ではありません。この点は子供手当での高額所得者への対応についての福島さんの意見に長妻さんがきちんと反論したところ論拠でもあると思います。なので、いわゆる福祉国家は、永井氏の主張にあう国家像だと思います。福祉反対って書かれても、内容をみる限りヨーロッパ型福祉を目指しているように見えます。
     あと、世界各国のサブプライム問題に関する共通認識は、金融主義の暴走であって資本主義の暴走ではないというもので、その根源には金融主義と資本主義が違うという常識があると思います。実際、アイスランドの金融主義は国営(=社会主義です)。
     このあたり、本論文では言葉の定義が曖昧な気がするのですが。

  12. “いわゆる福祉国家は、永井氏の主張にあう国家像だと思います。福祉反対って書かれても、内容をみる限りヨーロッパ型福祉を目指しているように見えます。”
    福祉国家、社会(民主)主義、共産主義、全体主義、ファシズム、開発独裁といったイデオロギーは、相互に小さな違いを持つにしても、すべて国家権力の役割を肥大化する方向を目指しており、個人主義、自由主義、市場原理至上主義の立場とは対立するものです。あなたが、「EU型の福祉国家」という概念でどのようなことを考えているのか、よくわかりませんが、私は、保険の担い手は、国家ではなくて、民間の営利企業であるべきだと考えています。
    “世界各国のサブプライム問題に関する共通認識は、金融主義の暴走であって資本主義の暴走ではないというもので、その根源には金融主義と資本主義が違うという常識があると思います。”
    金融主義とは何のことでしょうか。金融自体は、社会主義計画経済においても、市場経済においても存在する社会的機能です。金融のない経済というのは、貨幣が存在せず、生産したものはすべて自分で消費する自給自足経済というところでしょうか。

  13.  資本主義というのは、生産活動に対しての投資の自由です。投資を国家が監理するのが社会主義です。もちろん貧富の差の解消の方策として社会主義経済(今では死語)は提案されましたが、基本的に貧富の差の問題と経済体系は別問題です。
      金融そのものは投資の流れを差しますが、巷で使われている意味の金融主義というのはちょっと違うのではないでしょうか。個人的には、生産の為の投資でなく、生産と投資を一つのパッケージにして、それを一つの商品にしてしまう事で、利ざやを確保する為の投機を推奨する考えだと理解しています。つまり生産を通した経常利益が目的ではなく、パッケージ全体が生み出す利益が目的です。利ざやを確保すべく株価を上げる為には、生産性を向上させる努力をする筈だというのが、ヘッジファンドが、その規制に反対する論拠(自分たちは役立っているんだという主張の論拠)だと私は理解しています。しかし、現実には、ヘッジファンドの一部が、企業を買って、絞り出すだけ搾り取って売り捨てる、という、むしろ生産を阻害する為の投機をしているのは否めません。金融主義では、投資パッケージを売りものにしていますから、出資者を集める為に投資パッケージを高く売りつけようとします。そうなると透明性が低いパッケージが出て来る訳で、これはもう、直接投資(銀行の融資は間接投資ですが)が基本の資本主義からかけ離れ過ぎていると思います。
     貧富の差の解消の為にサブプライムが拡大されたという視点は面白いし有益だと思いますが、しかし、そのサブプライム資金の調達が税金でなく『自由意志の投資』である以上、これはニューディールでも(死語としての)社会主義でもありません。でも、資本主義でもありません。というのも、投資者に投資先が見えていないからです(税金の方が遥かに透明)。
     永井氏の論点は(民営化論でもそうだけど)、投資先=責任の所在が見えるシステムにしろ、という事が基本にあると思うので(それは大賛成です)、そういう意味では(上記で言う)金融主義に文句を言ったメルケルやサルコジに近いのではないでしょうか? 
     さて、ここで投資(あるいは税金)の透明性が出て来た所で、福祉国家の成立条件も書きますが、これは基本的に『税金がどのように使われているかが見える制度』であり、その為に所得税の殆どが地方政府の懐に入るシステムになっています。そして、全ての『厚生手当』は収入と看做されて、例えば社宅に入ると、そこで市場価格より安い差額は収入と看做されて、その分にも税金がかかります。正規社員の優遇をやめろ、と永井氏が仰っているそのとおりの事を税務署がやる訳で、逆に言えばそのくらいの『税の徹底と関与組織の縮小化』をしないと資本主義的福祉国家は成立しません。
     そもそも、今の税制は組織が大きいから税金の行き先が見えないのであって、それは大企業でも同じ(金融危機を起こした銀行なんかその例)です。となれば保険会社を選択できると言っても、それは保険会社が小さい場合で、現実の選択肢は小さく、そのくらいなら、直接責任者に会って文句が言える地方組織に税金を担ったほうがマシではないでしょうか? 

  14. “資本主義というのは、生産活動に対しての投資の自由です。投資を国家が監理するのが社会主義です。”
    たんに用語法の問題かもしれませんが、私は社会主義は、資本主義の一種だと考えています[資本とは何か]。社会主義と非社会主義の区別は、市場原理を否定するか肯定するかという点にかかっています。
    “現実には、ヘッジファンドの一部が、企業を買って、絞り出すだけ搾り取って売り捨てる、という、むしろ生産を阻害する為の投機をしているのは否めません。”
    投機家は有害か」で書いたことですが、私は、投資は健全だが、投機は有害であるという考えは持っていません。投機家の存在が、市場に安定をもたらすという事例は、当事者が、利己的に振舞っても、それが結果的に公益になるということがある好例です。
    “サブプライム資金の調達が税金でなく『自由意志の投資』である以上、これはニューディールでも(死語としての)社会主義でもありません。”
    政府がファニーメイに補助金を出し、信用保証も与えたのだから、政府が関与していない投資とはいえません。もちろん、自由意志の投資ということはできますが、それならば、税金だって、納税者が自由意志で国籍を取って(あるいは維持して)いる限り、自由意志の投資と解釈することができます。
    “そもそも、今の税制は組織が大きいから税金の行き先が見えないのであって、それは大企業でも同じ(金融危機を起こした銀行なんかその例)です。となれば保険会社を選択できると言っても、それは保険会社が小さい場合で、現実の選択肢は小さく、そのくらいなら、直接責任者に会って文句が言える地方組織に税金を担ったほうがマシではないでしょうか? ”
    選択対象が、地域のサービスを独占する地団法人となると、転居でもしないと別の選択ができないようになってしまい、選択の自由が大幅に制限されてしまいます。だから、住所を変えなくても、複数の保険会社から選ぶことができるようにすることが肝要です。

  15. 丁寧な返事を有難うございます。これ以上の反論はおそらくすれ違うだけなので控えます。
    一点だけ誤解のないように言っておくと
    >投機家がいるから市場が不安定になるとは言えない。
    には反対しません。ただ、市場の安定と企業の生産活動は別物だと思っている口なので(現実の市場が統計力学が仮定できる程に参加者の多い『理想市場』ではないと痛感しているので)、そこまで市場に委ねたくないというのが私の意見です。もちろん、永井氏のように市場に任せれば良いと考えて論陣を張る人がいてもおかしくはないとは思っているし、それにもまして色々と面白い視点があって楽しめたのも事実です。

  16. 原因の基点が政府の人気取り政策にあり、というのはわかるのですが。
    ここでは触れられていない、
    サブプライム問題発生後の最大のポイントである証券化によって起こった
      ・短期資金筋にまで質の混濁した証券が流れてしまい、
       世界的な規模の金融危機を招いた
    という部分は政府の失敗ではないと思います。
    (CDO化における劣後債の問題)
    とはいえ、
      「圧力かけたら貸し出し増やしてくれたけど、
       まさか残飯を三ツ星レストランに出す材料にまぜて処分するとは
       夢にも思わなかったんだよなぁ」
    という意味での、「政府の失敗ではない」ではありますが。
    (「SECとFRBの監視範囲のスキをうまく突かれた部分については
      政府の失敗ではないか?FRBの権限を拡張しよう!」
     と議会でも追及がなされていました。)

  17. それは、市場の失敗の一つとされる「情報の非対称性」に属する問題です。この問題を解決するために必要なことは、しかしながら、当局による監督権限の強化ではなくて、情報開示の徹底です。リスクは、その内容が理解されている限り、危険ではなくて、管理可能な不確定性にすぎません。それまで減らそうとすると、市場経済を萎縮させることになりかねません。

  18. 金融工学の過信による災禍と見ることもできると思います。
    数学者が考えた金融工学による派生商品を、鵜呑みにして使った金融機関も悪い。

  19. ここのプレイヤーは「利益を出したい」とか「損をしたくない」とかある意味純粋な動機で行動してるんですよね。これ自体は健全なんですよねぇ。
    政府が低所得者層への貸出を後押しし、金の臭いを嗅ぎつけた人がそれを当て込んだビジネスで儲けを出す。儲けが人を呼び、過熱が増す・・・・
    誰か(この場合は政府)が誤ったコマンドを打ち込んでしまったのでしょうが、それに対するエラーチェックもなく処理が進み、結果的に「重大な障害が発生しました」となるのは、システムが脆弱というか、何かしら不備があるような気が私はしました。
    ゴールドマン・サックスが逆張りで大もうけしたって出てましたけど、いつかヤバいことになるって思っていた人間はそれなりにいたんでしょうけど、なぜ歯止めがかからなかったんでしょ。ヤバさに気づかないフリをして売り抜けた方が損をしないからなんでしょうか?その連鎖の結果、何がどれだけヤバいのかもわからなくなってしまったということなんでしょうか?
    倫理や道徳を持ち合わせた分別ある自由はいいと思うですけどね・・・
    生徒がろくでもないと校則(=規制)が増えるってことなんじゃないでしょうか。

  20. “いつかヤバいことになるって思っていた人間はそれなりにいたんでしょうけど、なぜ歯止めがかからなかったんでしょ。”
    それを説明する理論に“Greater Fool Theory”というものがあります。
    “A theory that states it is possible to make money by buying securities, whether overvalued or not, and later selling them at a profit because there will always be someone (a bigger or greater fool) who is willing to pay the higher price. ”
    もちろん、先見の明がある人は、売り抜けたり、空売りしたりしていたのでしょうが、大半の人は「まだまだ馬鹿が現われる」と期待して、買い続け、ババを引いて、「最後で最大の馬鹿」になってしまいました。
    サブプライムバブルが崩壊する直前の2007年の夏に、シティバンクCEOのチャック・プリンスが「音楽が鳴りやむまで、踊り続けなくてはならない(as long as the music is playing, you’ve got to get up and dance)」[FT.com: Citigroup chief stays bullish on buy-outs]と言っていましたが、これが当時の人たちの心理を如実に物語っています。

 返信する

以下のHTML タグと属性が利用できます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

Facebook
Facebook
Google+
Google+
https://www.nagaitoshiya.com/ja/2009/subprime-meltdown
LinkedIn