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論理学、数学、コンピューター科学に関する記事。

2013年4月14日

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現在私たちが使っているグレゴリオ暦や西暦にはゼロが存在しない。だから、ゼロ年やゼロ月やゼロ日はない。これは西暦やグレゴリオ暦の原型であるローマ暦が最初に考案された当時のヨーロッパでは、ゼロという数字がなかったからである。しかし、今日私たちが用いている十進法はゼロベースであり、ゼロベースではない付番システムで時点を同定すると、時間を変数とした演算がやりにくくなる。伝統的なシステムをむやみに変更するべきではないが、数学が後進的であった時代のヨーロッパで作られた時間システムに人類がこれからも拘束され続けることは好ましいことではない。そこで、暦をゼロベースにするにあたって、どのような暦にすれば最も理想的になるかを考えてみよう。

2012年6月10日

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不定積分とは、下端が定数で上端が変数の積分であり、たんに原始関数を求めるだけの原始積分とは区別されるべきである。また、原始積分に含まれる原始積分定数と不定積分の下端が作りだす不定積分定数も区別されるべきである。積分は微分の逆演算とよく言われるが、これは数学的には間違いである。原始関数の集合と非積分関数の集合との対応関係は一対一ではなく、多対一であるから、逆写像の関係は成り立たない。微分と積分は分析と総合の関係にあり、導関数は元の関数の情報の一部しか持たないので、それだけで全体の情報を復元することはできない。

2012年4月8日

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微積分学が創設された当時、極限は無限小や無限大といった無限概念を用いて求められていた。しかし、初期の頃の手法には矛盾が含まれており、この矛盾を解消するために ε-δ(イプシロン-デルタ)論法や超準解析などの方法が考案された。数学者たちは自覚していないが、これらの方法は、カントの超越論的観念論によって成し遂げられた哲学的なパラダイム転換によって基礎付けられる。すなわち、現代の方法は、「無限自体」の認識を断念し、《無限の認識》を《認識の無限》へと転換するコペルニクス的転回によって、無限のパラドックスを解消しているのである。

2011年4月29日

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直交座標システムは、デカルト座標システムとも呼ばれるが、その名は、フランスの数学者にして哲学者のルネ・デカルトに因んで付けられている。しかし、デカルトは、最初にデカルト座標システムを考案したのでもなければ、最初にデカルト座標システムに基づいた解析幾何学を創設したのでもなかった。しかしそれでもなお、デカルト座標システムという呼称は不適切とは言えない。なぜならば、デカルト座標は、デカルトの哲学を数学へと応用したものだからだ。

2002年9月1日

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自分の認識の不確実性を認識しても、その不確実性の認識の不確実性は意識の地平に現れない。だから、地平内在的な確率と地平超越的な確率を区別する必要がある。そしてこの区別に基づいて、所謂「嘘つきのパラドクス」を解消することができる。

2000年5月27日

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複雑系を扱った本は、必ずと言って良いぐらい、カオスとフラクタルに言及しているが、ロジスティック写像の自己指示的反復適用が必ずしもカオスを発生させるわけでないのと同様に、すべてのフラクタルが複雑系と呼ぶにふさわしい不確定性を持つわけではない。

1997年9月4日

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従来の論理学では、変数は真か偽かのどちらかである。このような論理学を値論理学と言う。真と偽以外の値をも認める論理学を様相論理学と言うが、様相論理学に対する従来のアプローチは不十分である。このページでは、確定性の二値論理学から不確定性の多値論理学(確率論的論理学)への移行に向けて、記号論理学の確率論への還元、即ち論理の数理への還元を試みる。