崩壊から再生への大潮流

2018年8月27日

国土交通省が推し進める観光立国政策の理論的立役者である藤原直哉は、今後日本経済は、日銀の紙幣乱発のおかげで、ハイパーインフレとなり、資本主義と市場経済が崩壊すると予言し、日本の主要産業を観光と農業にせよと提言する。藤原の主張は正しいのか。崩壊から再生への大潮流―経済がよくわかる本を検討しながら、考えよう。

1. 預金封鎖はデフレ対策になるのか

藤原は、不良債権問題を放置し続けるならば、今後、金融危機が起きるだろうと予測する。

金融危機が起きた場合には、日銀は青天井で資金を供給すると言っている。所謂預金封鎖は、お金を払い戻しに来た人を強制的に追い返す政策なので、軍隊でもなければできるような政策ではなく、日本ではありえない。日銀がどんどんお金をすってばらまいて、預金者に納得してもらうしか対処の方法がないのである。

預金封鎖は、1946年2月、敗戦で日本経済が悪性のインフレに悩まされた時、新円切り替えのために実施されたことがある。預金封鎖は、増やしすぎた銀行券の流通量を減らすために行われるインフレ抑制策であり、インフレ政策とは逆の政策だから、金融危機が顕在化するデフレの時には使えない方法である。

藤原は、どうやら、預金封鎖を金融危機で取り付け騒ぎが起きた時に行われる銀行の臨時休業と勘違いしているようだ。1927年の金融恐慌のとき、各地で銀行の取り付け騒ぎが起き、三週間の支払猶予令が実施された。その間、日銀は片面だけ印刷した紙幣を量産し、この危機を乗り切った。支払猶予、藤原が謂う所の「預金封鎖」それ自体は、通貨の流通を妨げるのだから、デフレを解消するどころか悪化させる。あくまでも調整インフレを行うまでの時間稼ぎの措置に過ぎない。

日本で取り付け騒ぎが起きた時は、日銀はそうやってお金をばらまくつもりでいる。ところが、アメリカはそれができないのではないか。ばらまきたくても、もうお金がないからである。お金がないから、預金封鎖や海外送金の停止や制限を行うのではないか。

ばらまくための金なら、輪転機を回していくらでも印刷できる。名目的な金と実質的な金を混同している。それにしても、藤原は、預金封鎖や海外送金の停止や制限が本当にデフレ対策として有効と考えているのだろうか。

もし、アメリカがドルを守るために、米銀のドル預金の封鎖や海外送金停止・制限などを行えば、実質的なドルの価値は大暴落となり、1931年に金本位制をイギリスが自ら脱退して、極端なポンド安ドル高となったのとまったく同じように、極端なドル安円高ユーロ高となって、国際金融システムは根底から変化せざるをえなくなるだろう。

イギリスが1931年に金本位制から脱したのは、世界恐慌という大デフレから脱却し、経済をインフレにするためであった。「ドルを守るために、米銀のドル預金の封鎖や海外送金停止・制限などを行う」ことは、それと同様のインフレ促進策とは言えない。むしろインフレ抑制策である。デフレの時に守らなければならないのは、ドルではない。むしろ、ドルの価値は下げなければならない。そして、そのために必要なことは「米銀のドル預金の封鎖や海外送金停止・制限」ではない。藤原はインフレとデフレの区別に無頓着するぎる。

2. 量的金融緩和でハイパーインフレになるのか

藤原は、インフレ政策を採ると、抑制がきかなくなって、ハイパーインフレになると主張する。

ひとつきっかけがあれば、お金はどんどん出て行くことになる。出しはじめたら、止まらない。そして市中にジャブジャブとお金があふれ、どんどんインフレが進んでいく。

ハイパーインフレ政策は、銀行や企業を一気に整理するためのものだと藤原は考える。

もはや、インフレになって借金を目減りさせれば銀行や企業が助かるという段階ではないのである。後述するように、ハイパーインフレになると、さらに激しい淘汰が進んでいく。将来性のない企業は、値上げしたくてもできない状況に追い込まれ、あっという間に消滅する。

つまり、このハイパーインフレ政策は、企業を救うためではなく、整理をするためのものだということをはっきり認識しておかねばらなない。

インフレ政策の目的は、名目での金利や期待収益率をプラスにすることで投資を活発にすることであり、借金が実質で減るということは副次的な効果に過ぎない。実際、金利が固定でないなら、名目の利子率がインフレ率と連動して上昇するので、借金は実質でも減ることはない。

資本主義的な拡大再生産は、インフレ経済でなければ不可能であり、インフレ性悪説は間違いである。「将来性のない企業は、値上げしたくてもできない状況に追い込まれ、あっという間に消滅する」という「激しい淘汰」は、デフレに特徴的な現象であって、インフレで起きる現象ではない。

金融政策により経済をインフレに保つことは中央銀行の義務であり、現在日銀が行っている程度の量的金融緩和によって経済がハイパーインフレになることはないと私は考えている。

中央銀行がベースマネーを増やすということは、株式会社が株式分割をするのと似ている。株式分割によって、一株あたりの価値は下がるが、ゼロにはならない。株式分割をしすぎたというだけで株券が紙くずになったという例は過去にない。株券が紙くずになるのは、その会社が株式分割をしたり、負債を増やしたりした時ではなくて、その会社の事業に将来性がないと投資家が判断した時である。同じことは通貨についても言える。

通貨の価値は、その通貨を発行している政府の資産と歳入、とりわけ徴税の能力に依拠している。したがって、通貨が紙くずになるケースとしては

  1. 無政府状態になって、徴税する主体がなくなる
  2. 国内産業がなくなって、徴税ができなくなる

の二つのケースが考えられる。株式会社で言うならば、前者は企業が倒産した時であり、後者は有望事業がなくなったときである。日本が太平洋戦争に敗れ、大日本帝国が崩壊し、国内の生産拠点が戦火で破壊されたままだった時、ハイパーインフレが生じた。

ハイパーインフレというと、第一次世界大戦後のドイツが有名だが、ドイツ帝国が崩壊しても、ドイツが天文学的な額の賠償金を課せられても、ドイツ国内の生産拠点が温存されていたので、それだけではハイパーインフレにはならなかった。記録的なハイパーインフレは、フランスとベルギーが、賠償金が支払われないことに業を煮やし、ドイツ領内に大軍を送り込み、ルール工業地帯を占領し、これに対して労働者がサボタージュをしたことで生じた。生産がストップすれば、徴税できないし、そうなれば、ドイツマルクには価値がなくなる。

3. 観光立国で日本経済が再生されるのか

藤原は、来るべきバブル崩壊で、日本を含めた世界の資本主義と市場経済は崩壊すると予言する。

日本の銀行も、世界の銀行も、そして日本の財政も円もドルも、みんな最後はまとめてバブル崩壊の大整理で無価値になってしまうことになる。壮大なスケールでの資本主義、市場経済の大整理が、これからいよいよクライマックスにさしかかろうとしているのである。

では、その時、日本はどうすればよいのか。

私は「観光」と「土(農業)」こそ日本再生のキーワードになると考えている。観光と土は、二一世紀の日本の主要産業になるだろう。いや、もうそれしか日本再生の道はありえないのである。

1970年代に、日本経済がドルショック[d]とオイルショックのダブルパンチを食らった時、強いインフレが生じた。円が紙くずになったわけではないから、これはハイパーインフレではなかったのだが、やはり、藤原のようなエコロジストが同じような提言をしていた。文明に絶望したら、母なる大地へ戻れ―これは一種の胎内回帰願望である。

[d] 1971年にニクソン大統領がドルの金交換停止を行い、1973年から、為替相場は変動制になった。日本は、経済がインフレ状態であるにもかかわらず、円高ドル安を防ぐため、紙幣を乱発した。このため、狂乱物価と呼ばれる強いインフレが生じた。

日本は戦後の高度成長で土を基盤にした農業をないがしろにしてきたが、せめて自分が生きていく分を自分でつくる自給自足の体制を築くことで、次につながる力を養うことができるのである。

藤原は、毛沢東による「大躍進」の失敗を繰り返すつもりなのか。

土こそ、これから膨大に増加するであろう失業者を吸収する場所である。自分が食べるものを自分で土から作るやんすを与える、すなわち自家農業のチャンスを与えることで、この変革における失敗者救済の要とすべきである。

江戸時代の人口は、二千万人台でずっと停滞していた。自給自足的な農業国家だと、この程度の人口しか養えない。藤原版「大躍進」をすれば、日本人の一億人近くが餓死するだろう。

観光と農業だけで生計を立てるというのは、他にめぼしい産業がない発展途上国がやることであって、日本のような先進国がやることではない。日本の主要産業が観光と農業になったら、間違いなく、円の価値は暴落する。藤原は、ハイパーインフレになったら、観光と農業をやれというのだが、私はむしろ、逆に、観光と農業を国の基幹産業にしようとすることこそ、日本経済をハイパーインフレにする亡国の経済政策だと言いたい。

読書案内
書名 崩壊から再生への大潮流―経済がよくわかる本
媒体 単行本
著者 藤原 直哉
出版社と出版時期 あうん, 2003/05