権威主義の被害者は誰か

2016年10月22日

人は権威に弱い。お上意識の強い日本人は特にそうである。自分で判断せずに、権威に依存することにはどのような問題があるのか。そして権威主義に陥ることで被害を受けるのは誰か。

1. ブランドは必要である

「権威主義」というレッテルは、通常非難の意味を込めて使われる。このことは、多くの人が、「評価は外面ではなくて、中身に対してなされなければならない」と信じていることを意味する。

しかし常にわかりやすい外面ではなくて、わかりにくい中身で判断するということは所詮不可能である。例えば、テレビを選んで買うとき、機能面でどちらが良いのかわからない時、たぶんみなさんは、聞いたこともない会社が作ったテレビよりもブランド企業のテレビを買うであろう。テレビに詳しい専門家ならともかく、そうでない一般の消費者にとって、ブランドに依存するということは、粗悪品をつかまされないための健全な防衛策なのである。

もちろん、雪印乳業のようなブランド会社が、黄色ブドウ球菌入りの乳飲料を平気で売りつけるということはある。だが私たちは、いちいち飲む前に牛乳の品質を調べることはできない。たとえそういう手段があるとしても、必要な時間や費用を考えると、何でも自分で中身を確かめて評価することは、合理的ではない。ブランドの役割を否定することは、信用で成り立っている社会を否定することになる。

しかし雪印があれだけの事件を起こしたにもかかわらず、「ブランド会社は腐っても鯛だ。無名会社の製品よりも、雪印の製品の方が信用できる」と言って割高な雪印の乳飲料を買い続ける人がいるとするならば、その人のブランド信仰は、ちょっと異常と言わなければならない。

2. ブランド信仰が本末転倒になる時

権威主義を特徴付けているのは、ブランド信仰に見られる価値と評価基準の転倒である。その転倒を理解するために、権威主義的言説の論理構造を分析してみよう。今、「東京大学の卒業生」という基準の述語記号をD、「優秀」という価値の述語記号をEで表すことにする。すると、通常のブランド利用から倒錯的な権威主義への移行には、次の三段階があることになる。

Step1. (∃x)(Dx∧Ex)

「あの人は東京大学の卒業生で、優秀である」

Step2. (∀x)(Dx⇒Ex)

「東京大学の卒業生は、すべて優秀である」

Step3. (∀x)(Dx⇔Ex)

「東京大学の卒業生である時、かつその時のみ、その人は優秀である」

権威主義的倒錯の三段階
Step2 としては、DとEが逆になっているケースも考えられるが、省略する。
第一段階
東京大学というブランドへの信用は、通常は「東京大学の卒業生であるならば、優秀である確率が高い」という程度のもので、この段階では、「東京大学の卒業生だが優秀でない人がいる」と「東京大学の卒業生ではないが、優秀な人がいる」という二つの可能性が残されている。
第二段階
もしたまたま周りに「東京大学の卒業生で優秀でない人」が見当たらないなら、ブランドへの信用はさらに高まり、「東京大学の卒業生は、すべて優秀である」という信仰心が芽生えてくる。
第三段階
ブランド信仰がさらに熱狂的になると、「東京大学の卒業生はすべて優秀であり、かつ東京大学の卒業生でなければ、優秀とは言えない」と信じるようになる。学歴というブランドは、人材が優秀かどうかを見分ける一つの手段にしかすぎなかったはずなのだが、ここにいたって、価値と基準の主従関係が逆転してしまう。これは、G.E.Mooreが謂う所の「自然主義的誤謬」である。

一般に中身がわからない人ほど外観にこだわる。常に中身で判断しないということは、中身のない人間のすることである。能力もしくは時間がない素人がブランドに依存するのはやむをえないとしても、能力があり、しかも評価することが仕事である専門家が権威主義者であるとするならば、大いに問題がある。

3. 権威主義の被害者は権威主義者自身である

「価値あってこそブランドだ」ではなくて「ブランドあってこそ価値がある」を信じる権威主義が本末転倒であることは明らかであるが、では、「権威主義はけしからん」と憤らなければいけないのは一体誰であろうか。通常それは、権威主義によって排除された人たちだと考えられている。

例えば、企業に就職しようと面接に行ったところ、自分の出身(所属)大学が低偏差値であることだけを理由に門前払いにされたなら、その人は「学歴だけで判断しないでよ」と不満に思うに違いない。しかしその人は、権威主義の被害者とは言えない。もっとまともな人選をしている企業に就職すればよいだけである。権威主義の被害者は、優秀な人材を選ぶことができない企業それ自体である。

そもそも、評価とは、他人を喜ばせるための利他的行為ではなく、生き残るための利己的行為である。権威に目がくらんで、誤った選択をする時、最終的に損をするのは、権威主義者本人である。

権威主義者とは、喩えて言うなれば、豪華なお皿に盛られたまずい料理を食べる不幸な人であって、しかも自分が不幸であることに気付かず、世界一うまい料理を食べていると錯覚しているかわいそうな人である。私たちが権威主義者に対して抱く感情は、怒りではなくて、哀れみでなければならない。

読書案内
書名 Principia Ethica (Great Books in Philosophy)
著者 G.E. Moore
出版社と出版時期 Prometheus Books, 1988/09/01