9月 292001
 

自然科学における複雑系ブームのおかげで、あるいは社会学におけるルーマンのブームのおかげで、複雑性概念はポピュラーになった。しかし、多くの研究者は、複雑性とは何かに関して、漠然とした考えしか持っていない。複雑性と複合性の区別を通して、複雑性を厳密に定義したい。

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1. 要素の数と要素の種類の数

複雑性とは、構造を構成する要素の種類の数である。要素の数の方は、複合性と呼んで、複雑性から区別することにしよう。システム論研究者の間で、複雑性と複合性の定義に関して定説があるわけではないが、重要なことは、どう名付けるかではなくて、名付けることによって何を区別するかということである。

複雑性が要素の種類の数であるとするならば、では、要素とは何か。要素は《物》ではなくて《事》である。この認識は重要で、もし要素を物と理解するならば、人間というシステムは細胞という要素から、社会システムは人間という要素から成り立っている全体だという通俗的システム論に陥ってしまう。

もし人間が細胞という要素的部分から成り立っている全体とするならば、細胞が生きていても死んでいてもシステムとしては大差がないということになる。また社会システムが人間という要素的部分から成り立っている全体とするならば、電車の中でたまたまいっしょになった人間の集合も、職場でいっしょに働いている人間の集合も同種類のシステムとして扱われることになる。通俗的システム論がよくそうするように、「要素」という言葉に「相互作用する」という限定をつけても、何も改善されない。どんな物の間にも重力その他の相互的な力が働いているのだから、相互作用はシステムを特徴付けないのである。

要素が《物》ではなくて《事》であるということは、要素は常に他のようでありうるということである。確率論の言葉で言えば、要素とは事象である。事象とは、例えば、「さいころ」という《物》ではなくて、「1の目が出ること」というような《事》である。そして、「2の目が出ること」「3の目が出ること」といった可能的事象の複数性が、要素の種類の複数性であり、複雑性である。

熱力学的な例で説明すると、分子という《物》が気体システムにおける要素で、水素分子、酸素分子といった分子の種類が要素の種類なのではない。分子が存在するという《事》が要素であり、その配置の可能性が要素の種類をなす。

要素と構造の関係は、変数と関数の関係にある。変数が一つでも、それが複数の定数の候補を持つとき、関数の値が定まらない時がある。だから、要素の種類が複数であるならば、変数としての要素が一つでも、その構造は複雑(不確定)でありうる。逆に、要素の数が複数でも、各要素の種類が一つしかないならば、その構造は複雑ではない。それは、定数を多く含んでいても、変数を含まないなら、関数の値が一義的に決まるのと同じことである。一般に、要素の数が多いほど複雑性が増大する傾向にあるが、要素の複数性は複雑性の必要条件ではない。要素の複数性を複合性と名付けて、要素の種類の複数性である複雑性から区別しなければならないのは、このためである。

2. 要素の選択と構造の選択

システムが、他のようでもありうる要素の種類(候補)を限定し、選択することは、複雑性の縮減であるが、複数の要素を関係付け、構造を作ることも複雑性の縮減である。記号論理学的な言い回しで表現すると、「かつ」「または」「でない」「ならば」などの命題結合子を用いて、要素命題を結合し、複合命題を作る作業である。ただ、システムがおこなう複雑性の縮減は、もっぱら要素の候補の選択であり、要素の結合様式の選択ではない。結合様式の選択を行うのは、それを要素とするメタレベルのシステムである。

例えば、警察システムは、「xはyを殺してはいけない」という二つの変項(variable変数)を含む命題関数で、x=人間、y=人間という組み合わせを選択するが、x=人間、y=豚という組み合わせは選択しない。警察システムは、刑法という構造に基づいて複雑性を縮減し、《常に他のようでもありうる》人々の振る舞いを規制するが、《常に他のようでもありうる》刑法のあり方という構造自体の複雑性を縮減することはない。刑法を変更するのは、警察ではなくて、国会というメタレベルのシステムである。

このように、システムが構造を通して縮減する複雑性とシステムが依拠する構造それ自体の複雑性は区別しなければならない。さらに細かいことを言うならば、構造の複雑性と構造の値の複雑性も区別しなければならない。この区別に基づいて、私たちは複雑系とカオスを区別することができる。

カオスとは、決定論的法則に従いながらも、複雑で予測不可能な振る舞いをするシステムである。ロジスティック写像がそうであるように、カオスの変数と関数の値は不確定であるが、関数の形式的構造自体は一定である。それに対して、社会システムのように、規則にしたがって振る舞いながらも、その規則そのものも不確定に変更するシステムは、複雑性を縮減するだけでなく、システム自体が複雑なのだから、複雑系(complex systems 複雑なシステム)と呼ばれてしかるべきである。

読書案内
書名フレーゲ著作集〈1〉概念記法
媒体単行本
著者F.L.G. フレーゲ 他
出版社と出版時期勁草書房, 1999/12
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