5月 312002
 

経済学では、消費者が商品の消費から得られる主観的満足を効用(utility)と呼んでいる。功利主義(utilitarianism)は、効用を量的に計算しようとしたが、現代の多くの経済学者たちは、そうした量的計測は不可能だと考えている。しかし、価値がエントロピーの低さだとするならば、その大きさは、定量的に測定可能なはずだ。

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ジェレミ・ベンサム(Jeremy Bentham、1748年2月15日 – 1832年6月6日)の肖像画。

1. 基数的効用と序数的効用

私たちは、キログラムや摂氏といった単位で、自分の体重や体温を数値化している。

「ずいぶんスリムになったね。現在の体重は?」
「おかげさまで、50キロになりました。」

とか

「顔色が悪いよ。体調崩したの?」
「寝冷えしちゃって…。体温測ったら、38度もあったよ。」

といった会話は、日常よく行われる。では同様に、功利主義の開祖、ベンサムに敬意を表して、「ベンサム」という単位を導入すれば、人々は自分の満足を数値化して表現するようになるだろうか。

「ビールおいしい?」
「最高!12ベンサムね。」

とか

「顔色が悪いよ。何かあったの?」
「彼女にふられちゃって…。僕の心を測ったら、マイナス24ベンサムにもなっていたよ。」

などという会話が、日常的に行われるとするならば、それは確かに滑稽である。

そこで、近年、経済学者たちは、基数的効用ではなく、序数的効用で消費理論を構築しようとしている。基数と序数との違いは何かに関しては、中学校の英語の授業で教わった区別を思い出して欲しい。基数とは、

one, two, three …

で、序数とは、

first, second, third …

である。同体積のビール、清涼飲料水、ミネラルウォーターの効用を、12ベンサム、10ベンサム、7ベンサムなどと数値化できるなら、基数的効用が計測されていることになる。しかし、たんに効用の大きさを「ビールが1番、ジュースは2番、ミネラルウォーターは3番」というように、選好序列によってのみ表現する場合、序数的効用が扱われていることになる。ビールの効用が何ベンサムか答えられない人でも、他の商品と比べて効用が大きいか小さいかぐらいなら答えられる。そこで、現代の経済学は、序数的効用の分析で満足する傾向にある。

2. 限界効用逓減の法則

しかし、もし効用が基数的に計測できないとするならば、多くの職業的経済学者たちが情熱を注ぐ、限界効用の数学的分析も、大部分無効になってしまう。では、本当に効用の基数的計測は不可能なのだろうか。

基数的効用を批判する人は、限界効用逓減の法則は必ずしも成り立たない点を指摘する。例えば、通常は、喉の渇きを癒す1杯目のビールが1番おいしく、2杯目・3杯目となると次第に味が落ちていくというのが普通だが、中には、酔えば酔うほどビールはうまくなるという人もいるかもしれない。その場合、酔いつぶれるのに必要なビールの量を1単位としてその限界効用を考えてみると、2単位目以降は、翌日のためのものだから、それだけ効用は減っていく。また自動車のタイヤは、4輪目で急激に限界効用が増えるが、これも4輪で1単位と考えれば、限界効用逓減の法則の例外ではなくなる。つまり、有用性という観点から独立性のある単位で測れば、限界効用逓減の法則は成り立つのだ。

では、限界効用は、なぜ逓減するのか。主観的価値としての効用には、価値一般がそうであるように、有用性と希少性という2つの契機がある。限界効用が逓減する時、逓減しているのは希少性であって、有用性ではないと想定して効用を計算することができる。そこで、今、ある商品の有用性が一定の値 k をとるとしよう。商品の希少性は、その数が、1,2,3 … と増えるに従って、1/1, 1/2, 1/3 … というように減少していく。ゆえに、効用を有用性と希少性の積とすると、1単位の効用は次の関数によって表現される。

(1) u(x)=k/x

(1)の関数の変数 x は、本来自然数でしかありえないはずであるが、情報の不確実性を考慮に入れることにより、正の実数全体へと定義域を拡張することができる。例えば、「この商品は、世界に3つしかないはずだが、ひょっとすると4番目が作られるかもしれない」という時、希少性は1/3と1/4の間の値になる。

(1)が、連続した関数であるとするならば、(1)を x で積分することにより効用の合計 U(x)を求めることができる(lnは、eを底とする自然対数)。

(2) U(x)=klnx

このように、効用の合計(以下たんに効用と略す)は、商品の数の対数に比例する。このことは、価値に対する感覚である効用が、感覚一般の法則であるフェヒナーの法則に従うことを示している。

3. フェヒナーの法則

フェヒナーの法則とは、感覚は刺激の量の対数に比例するという心理学の法則である。ある物理的な刺激を増やしていって、被験者がちょうど違いに気付いた(just-noticeably-different)刺激強度を目盛っていく。この刺激強度の差を"just-noticeably-different"の頭文字をとって、jndと言う。以下の表からわかるように、刺激強度が大きくなるにつれて、jndの値も大きくなる、つまり刺激に対する感受性が低下する。経済学的術語に改変すれば、限界感受性逓減の法則と言ってよいかもしれない。

表1 フェヒナーの法則
感覚刺激強度jnd強度の対数対数の差
010.001.000
110.800.8001.0330.0334
211.660.8641.0670.0334
312.600.9331.1000.0334
413.601.0081.1340.0334
514.691.0881.1670.0334
615.871.1751.2010.0334
717.141.2691.2340.0334
818.511.3711.2670.0334
919.991.4811.3010.0334
1021.591.5991.3340.0334

このデータから、刺激強度の対数をとってみると、等しい間隔で増えていることに気が付く。すなわち、フェヒナーの法則を

(3) S(s)=klog(s)

と定式化することができる(S=Sensation, s=stimulus)。(2)と(3)が同じ種類の関数であることは言うまでもない。

効用が商品の数(希少性の逆数)の対数に比例するということは、価値とはネゲントロピーであるとする私の説を裏付けるものである。ネゲントロピーとは、複雑性(場合の数)の対数にマイナスの記号をつけたもの、あるいは同じことだが、複雑性の逆数(希少性)を真数とする対数である。通常、価値の高さは正で表すことが慣習になっているので、有用性を表す定数kも、本来ネゲントロピーだからマイナスのはずだが、さらにマイナスをかけてプラスにしなければならない。以上結論を定式化すると、価値が有用性と希少性を契機としていることは、

(4) 価値=-有用性×ln(希少性の逆数)

あるいは、

(5) 価値=有用性×ln(希少性)

という形で定式化できる。

効用は、エントロピーと同様に、相対的な概念であって、固定した基準点を必要としない。だから「ベンサム」などというような単位を必要としない。だからと言って、基数的効用が不可能になるわけではない。エントロピーと同様に、効用は数値化が可能である。

4. 限界貨幣価値逓減の法則

読者の中には、「もともと価値は、貨幣によって数量化されて表現されているのだから、価値としての効用が数値化されたとしても、それは画期的なこととは言えないのではないか」と思う人もいるであろう。しかし、貨幣が表示する価格と価値は同じではない。それは、たんに、インフレやデフレによって、貨幣が持つ、間主観的に決定された客観的価値が価格から乖離するからだけではない。インフレ率がゼロで、貨幣の価値が安定している時でも、貨幣の主観的価値が変化するからである。

例えば、同じ一万円札でも、貧乏人にとっての一万円札と金持ちにとっての一万円札とでは、主観的価値が異なる。収入と資産が増えれば増えるほど、通貨一単位の追加がもたらす効用は減少する。貨幣に関しても限界効用逓減の法則が成り立つのだ。以下の表は、平成7年のジャンボ宝くじにおける賞金の等級と金額に関するものであるが、等級を主観的な喜びの段階、すなわち効用を表すものとするならば、それは賞金の額に比例するのではなく、賞金の額の対数に比例することがわかる。ここでもまた、効用は、フェヒナーの法則に従っている。

表2 平成7年のジャンボ宝くじにおける賞金の等級と金額
等級賞金賞金の差賞金の対数対数の差
1等130000000 18.68304501 
2等1000000012000000016.118095652.564949357
3等1000000900000013.815510562.302585093
4等10000090000011.512925462.302585093
5等10000900009.2103403722.302585093
6等300070008.0063675681.203972804
7等30027005.7037824752.302585093

効用が、貨幣価値や商品価値とは違った価値である以上、これら二つの価値とは別の単位で測られるべきであろう。ではどのような尺度で測ればよいのだろうか。

経済学の場合、価値を測る尺度である貨幣自体が伸び縮みするので、物理学のような絶対的な測定基準を見つけることができない。相対性理論は、時間・空間・質量を相対化したが、光速は不変であると仮定した。このように絶対的な尺度がない場合、尺度で対象を測ると同時に、対象で尺度を測ることが必要である。

読書案内
書名An Introduction to the Principles of Morals and Legislation
媒体デジタル
著者
出版社と出版時期Digireads.com,
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  5 コメント

  1. 「限界効用が逓減する時、逓減しているのは希少性であって、有用性ではない」ということがいまいち理解できないのですが。二杯目のビールの美味さという有用性は一杯目のより、小さくなっているのではないでしょうか?

  2. 二杯目は、確かに、一杯目ほどありがたみがありません。「有り難い」は、語源的には「入手困難」という意味で、希少性が大きいということです。限界効用が逓減する時、主観的有用性(ありがたみ)の限界値は逓減しますが、客観的有用性の限界値はそうではありません。そのことは、飲む直前に一杯目と二杯目を入れ替えても、何も変わらないことから明らかです。一杯目のビールはうまいが、二杯目はそれほどでもないということは、ビール側から見るならば、数が増えれば増えるほど、消費者に満足してもらえる確率が減るということです。そしてビールの価値は、その確率をかけた分だけ減ります。希少価値の減少も同じ論理です。商品の数が増えれば増えるほど、売れ残るリスクが増えるので、その商品の価値は、その確率をかけた分だけ減ります。だから、有用性の現象は、希少性の現象として計算できるわけです。この点をはっきりさせるために、「限界効用が逓減する時、逓減しているのは希少性であって、有用性ではない」を「限界効用が逓減する時、逓減しているのは希少性であって、有用性ではないと想定して効用を計算することができる」に修正することにします。

  3. > 効用が、貨幣価値や商品価値とは違った価値である以上、これら二つの価値とは別の単位で測られるべきであろう。
    この箇所に関して質問させて下さい。
    効用が「価値=有用性×ln(希少性)」で表される主観的価値であり、貨幣価値が価格であるとすると、上記の商品価値は、何を指しているのでしょうか。

  4. 商品の価格は、インフレやデフレによって変化するけれども、実質的な価値は、それとは無関係にあると考えられ、それを商品価値と書きました。商品価値は間主観的に決められるので、主観的な効用とは区別されます。

  5. ありがとうございました。
    以下のように整理してみました。
    ある財の価値を表すために、四つの尺度がある。
    1)ネゲントロピーで表現した主観的価値:効用=有用性×ln(希少性)
    2)貨幣で表現した主観的価値:最大留保価格(消費者余剰がゼロとなる価格)
    3)ネゲントロピーで表現した間主観的価値:商品価値
    4)貨幣で表現した間主観的価値:貨幣価値=価格
    お考えと違っていたらご指摘下さい。

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