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外形標準課税は中小企業に不利か

2002年7月12日

2004年4月1日から外形標準課税が導入されたが、中小企業は適用から除外されている。これは、中小企業は弱者であり、弱者は保護しなければならないという思想に基づいている。しかし、外形標準課税は、本来中小企業に有利なはずであり、大企業にだけに適用するのはおかしい。中小企業は弱者という常識を再検討する必要がある。

Image by Perlinator + janjf93 from Pixabay

1. 適用除外となった中小企業

外形標準課税とは、法人所得(収入から費用を引いた利潤のこと)を課税標準とする従来の法人税・事業税とは違って、売上高・資本金・事業所の床面積・従業員数・給与など、外形的に明らかな法人の大きさを標準にする課税のことである。企業は、経営が赤字か黒字かを問わず、土地やビルの所有者に賃貸料を支払う。同様に、企業は、経営が赤字か黒字かを問わず、国や自治体が提供する行政サービス(治安・防災・環境・都市基盤整備・教育など)に対して、その利用量に応じた利用料金を支払うべきだというのが外形標準課税の主張である。

2000年11月に、自治省が外形標準課税の導入を内容とする「法人事業税の改革案」を発表した。これに対して、日本商工会議所の山口信夫会頭は「法人課税の実効税率の引き下げのための赤字法人課税は、中小企業を痛めつける金持ち優遇税制だ」と懸念を表明し、外形標準課税導入阻止のための要望書を与党に提出した。自民党の堀内光雄総務会長(当時)も、講演の中で、外形標準課税の導入は「中小企業に大変厳しい」という認識を示し、「弱い人たちをいじめるような税制を今のこの時期には行うべきではない」と反対の姿勢を明確にした。

こうした反対の声を受けて、全法人を課税対象としていた当初の案は修正され、外形標準課税は、資本金1億円超の法人に対してのみ適用されることとなった。しかし、外形標準課税の導入が中小企業いじめになるという考えは本当に正しいのか。

2. 大企業の神話を検証する

外形標準課税で不利になるのは、赤字企業であって、中小企業ではない。黒字の中小企業にとっては、法人税の実効税率が下がることによる恩恵の方が大きい。だから、外形標準課税の導入が中小企業いじめになるという考えは、中小企業ほど赤字になりやすく、大企業ほど黒字になりやすいという、規模の経済を前提にしている。

経済学の術語を使うならば、規模の経済は、限界費用が平均費用を下回る限り成り立つ。限界費用とは、商品をあともう一つ作るために追加的に要する費用のことで、平均費用は総費用(限界費用の合計)を総商品数で割った値である。初期投資の段階では、研究開発費や生産設備の購入やブランド確立のための広告費など、商品の生産量とは無関係に多額の出費が求められるため、平均費用は高い。しかし、限界費用は小さいので、初めのうちは、商品を作れば作るほど平均費用は小さくなる。商品の市場価格が一定であると仮定すると、商品を作れば作るほど、利潤(=市場価格-平均費用)は増大する。これが規模に関する収穫逓増とも呼ばれる規模の経済である。

規模の経済は、決して永久には続かない。商品を大量に作れば作るほど、売れ残りも増え、それが限界費用、ひいては平均費用を押し上げ、利潤を減らす。売れ残りをなくすには、価格を下げればよいのだが、どちらにしても利潤は減る。また、商品を量産すれば、中間財市場で需要過剰となり、中間財の価格が上昇するかもしれない。このように、生産規模の拡大が、平均費用を増加させ、利潤を減らす現象を規模の不経済または規模に関する収穫逓減と呼ぶ。

規模の経済と規模の不経済が分岐する生産の最適規模は平均費用と限界費用が一致する点である。すなわち、商品をあともう一つ作ろうとすれば、これまでに平均的に要する費用以上の費用が必要になる点で、生産規模の拡大をとめればよいのだ。どの生産規模が最適であるかは、生産している商品の市場規模による。安さが最優先される大衆向け規格商品の需要が大きかった高度成長期には、大企業は中小企業に対して有利な地位にあったが、商品の差別化と隙間市場(ニッチ)の開拓が重要となっている現代においては、中小企業のほうが有利な場合もある。

大企業の方が中小企業よりも収益性が良いとされる根拠として、規模の経済以外にも範囲の経済がある。範囲の経済とは、一つの企業が、既に生産している商品に加えて、それと同じ中間財を使う、あるいは関連性の高い別の種類の商品を生産する時、既存の中間財在庫や経営ノウハウやブランドを活用することにより、別々の企業がそれぞれを単独で生産する場合に比べて低い平均費用で生産できる経済的な有利さのことである。しかし、企業組織がデパート化して大きくなればなるほど、経営トップが現場に疎くなり、企業の意思決定が遅くなるというデメリットもある。総合商社や総合電機メーカーが業績不振に喘ぐ一方、得意分野に特化して好業績をあげる中小企業が現れていることが象徴しているように、アウトソーシングによる経済のネットワーク化が進む今日、範囲の経済も必ずしも有効ではない。

このように、脱工業化された現在の経済では、大企業の方が中小企業よりも収益性が良いという必然性は何もない。そのことは、外形標準課税に反対している中小企業経営者もわかっているはずだ。ある中小企業経営者は、テレビで「外形標準課税は、中小企業に不利なので反対だ。こんな税制度ができたら、我々中小企業の経営者は、事業を拡大しようとする意欲を失ってしまう」と発言していたが、どうも本人は自分の発言が矛盾していることに気付いていなかったようだ。すなわち彼は、前半では、外形標準課税は大企業にとって有利であると言いながら、後半では、外形標準課税は大企業にとって不利であると言っているのだ。一方で「大企業は強者」という古い時代の常識を建前としつつ、他方で「大企業が強者とは限らない」という現実に対する本音の認識を出しているところが面白い。

3. なぜ中小企業の大半は赤字なのか

読者の中には、「理論的にはともかく、実際には、一部の優秀なベンチャー企業を除けば、大半の中小企業は赤字ではないのか」と反論する人もいるかもしれない。実際日本共産党もそう主張して、石原東京都知事が提案した大銀行に対する外形標準課税には賛成しつつ、全企業への一律適用には反対している。以下、『しんぶん赤旗』から引用しよう。

日本共産党は、東京都の新税には賛成ですが、法人事業税を一律に『外形標準課税』にして、全国すべての企業に適用することには反対です。

[…]

大手銀行十七行のもうけ(業務純益)は、九八年度決算で二兆五千五百億円にのぼっています。本来なら大手銀行は、このもうけの四六・三六%(法人税、法人住民税、法人事業税の法人三税をあわせた税率)、約一兆二千億円の税金を納めなければなりません。ところが実際に納めたのは、たった千九百六億円にすぎません。大銀行は、税金を負担する力があるのに、約一兆円もの税負担をまぬがれているということです。大銀行の税負担がこのように軽くなっているのは、本当は大きなもうけをあげているのに、それを不良債権の処理や内部へのため込みにまわして、みせかけの利益を大幅に圧縮しているからです。

[…]

『外形標準課税』がすべての企業に一律に導入されたら、どういうことになるでしょう。実際には黒字でも、経営操作によって表面的には赤字にしている大企業と、本当に赤字になっている中小企業とを同じようにあつかうことになります。いま、法人企業の約六割は赤字ですが、その大半が中小企業です。これらの企業は、大銀行のように、利益かくしをやって赤字になっているわけではありません。大不況のためです。こういう中小企業が、もうかってもいないのに工場面積や人件費などを基準に課税されたら、ますますやっていけなくなります。[1]

大企業性悪説と中小企業性善説に基づく、いかにも日本共産党らしい、イデオロギー的偏見に満ちた主張である。日本共産党によると、中小企業は、大企業とは異なって、「実際には黒字でも、経営操作によって表面的には赤字にしている」ことはないというのだが、はたしてそうだろうか。むしろ中小企業のほうが、大企業よりも脱税工作を盛んにやっているのではないのか。

多くの大企業は、株式を公開しているので、証券取引法の規定により、詳細な会計情報を公開しなければならない。株式を公開していない大企業でも、資本金5億円以上または負債総額200億円以上の規模の株式会社であれば、商法の監査特例法の規定により、公認会計士による財務諸表監査を受けなければならない。これに対して、中小企業の場合、その規模が零細であればあるほど経理が不透明であり、経費を水増しして、赤字と申告する偽装がやりやすい。脱税を摘発する国税庁国税査察官の方も、調査費用に見合う追徴課税が取れない中小企業の脱税を積極的に摘発しようとしない。また、大企業は、脱税を摘発されると、メディアによって報道されることにより、社会的信用を失うが、中小企業の場合は、そうしたリスクが少ない。だから、「中小企業の大半が赤字」という話を聞いても、額面どおり受け取ってはいけないのである。外形標準課税には、消費税と同様に、脱税防止としての側面もある。

4. 外形標準課税の狙いは収益性の向上である

デフレのこの時期に、外形標準課税を導入するべきでないという意見もある。だが、リフレは量的金融緩和によって行うべきである。国債の買い切りオペでベースマネーが増えても、国内に有望な投資先がなければ、マネーは海外に流出する。マネーが国内に投資されるためには、国内の収益率を高めなければならない。そのためには、利益をあげることに対するペナルティーとして機能している現在の法人税/事業税に代えて、公共財を利用しながら利益をあげない資源の浪費にたいするペナルティーとしての外形標準課税を導入することは、浪費なき経済成長を目指す上で有効である。

外形標準課税導入は、以前から検討されてきたにもかかわらず、政府は常に抜本的な税制改革を先送りにしてきた。こうした構造改革の停滞に突破口を作ったのが、2000年2月7日に突如として公表された石原慎太郎東京都知事の新税導入であった。5年間の時限措置として、来年度から資金量5兆円以上の銀行など金融機関を対象に、業務粗利益の原則3%を課税する都税特例条例案に対して、「銀行という特定業種に課税を導入し、資金量5兆円以上と限定することは不公平だ」といった批判が出ている。

しかしこれはおかしな話だ。中央政府が現在行っている消費税は、一定以上の売り上げがある小売業という特定業種だけに課している外形標準課税であるからだ。消費税は、消費者に税を負担してもらうのが口実だが、実際には小売業の売上高という外形に5%を課税している。銀行を利用していない個人や企業は非常に少ないので、銀行税も銀行を通じて広く国民に負担してもらう税であるという理屈が通ってしまうことになる。

もちろんすべての業種の企業に全国一律で課税するというのは正論である。しかしそうした「正論」を主張している理論家たちに任せておくと、何も決まらないというのが政治の現状である。「東京から日本を変える」と公約した石原氏は、その点で戦略家であった。今回の東京都の課税で、今後、東京都以外の自治体の法人関係税、地方交付税の原資が減少するので、各自治体も外形標準課税を導入せざるを得なくなった。石原税は不公平であるがゆえに、公平な税制を結果としてもたらしたという逆説が成り立つ。[2]

外形標準課税の導入で一番困るのは、行政サービスを多く受けておきながら利益が出せない大企業である。リストラで規模を縮小しながら、得意分野に特化してROEを高めることこそ日本企業の課題である。

5. 参照情報

  1. しんぶん赤旗』2000/03/20.
  2. 銀行税の条例は、2000年3月末に都議会で可決した。金融機関は2000年10月に条例の無効確認などを求めて都を提訴し、一審、二審ともに都が敗訴した。その結果、2003年9月、税率の引き下げと銀行が納めた税金を返還することを条件に両者は和解した。しかし、東京都が銀行税を打ち出したことをきっかけに、全国の自治体の間で独自課税を打ち出すことがブームとなった。