資本の限界効率逓減の法則
資本の限界効率(投資の限界効率とも呼ばれる)とは、資本を1単位追加投資した時に期待できる資本の利潤率(事業の予想収益率)のことである。企業が複数の事業の候補から投資先を決定する時、予想収益率の高い事業を優先する。このことを逆に考えるならば、投資総額が増えれば増えるほど、予想収益率の低い事業にも投資せざるを得なくなるので、投資の限界効率は減少する。これを資本の限界効率逓減の法則という。株式の予想配当率や銀行預金の金利なども、事業の予想収益率に基づくのだから、この法則が成り立つと考えることができる。だが、資本の限界効率逓減の法則に対して、疑問を持つ人も少なくない。さまざまな批判を吟味することで、この法則の本質を考え直してみよう。

1. 銀行預金の金利
定期預金の金利は、通常、300万円未満よりも300万円以上の方が、1000万円未満よりも1000万円以上の方がというように、預金が大きいほど高い。だから、この法則は、銀行の預金金利には当てはまらないと思うかもしれない。しかし、この現象は、資本の限界効率逓減の法則にとっては非本質的な事情から起こる。すなわち、銀行側からすれば、小口の預金の場合ほど、利子収入に対する顧客管理費の割合が高く、それだけ預金者に支払う利子を低くしないと採算が取れない。このように、預金額が少ない段階では、金額増加に伴う平均費用減少ゆえに、資本の限界効率は逓増するように見える。
同じことは、消費における限界効用逓減の法則にも言える。「効用を測ることはできるか」で確認したように、限界効用は、商品の量の増加に対しては常に逓減するが、金額の増加に対しては、まとめ買い効果により当初逓増することがある。このことは、買い物をしたことがある人なら誰でも感じていることだ。同じジュースでも、200mlのパックよりも、500mlのパックの方が単位あたりのコストが安いから、価格体系は、例えば、前者は100円(0.5円/ml)で後者は200円(0.4円/ml)というように非線形になる。この場合「あと100円」という追加的な支出がもたらす300mlの追加的なジュースの効用が、最初の100円で200mlパックを買う時に得られる効用よりも大きいことがある。その場合、限界効用逓減の法則は成り立たない。
では、200mlよりも500ml、500mlよりも1000mlというように、まとめ買いをエスカレートしていくことは、賢明なことなのだろうか。そうではない。購入量を増やせば増やすほど、消費しきれないリスクが増え、まとめ買いのメリット以上のデメリットをもたらす。だから、限界効用は、やがては逓減する。同様に、預金額を増やすことによる金利の上昇には限度があり、むしろ、1000万円を越えると、預金保険の対象外となる金額を失うリスクも出てくる。だから、銀行破綻によるリスクを減らすためにも、条件の良い銀行一行に全ての資産を預けるのではなくて、それより条件が悪くても、第二、第三の別の銀行に分割預金しなければならない。かくして資本の限界効率は逓減する。
株式に投資する場合も、もし配当だけが目当てならば、同じことが言える。個人の投資額が、市場に影響を与えないぐらい小さいと仮定しよう。その時、複数の銘柄を、配当利回りが高い順に買っていけば、資本の限界効率は逓減するが、最も配当利回りが高い一つの銘柄だけを買い続けると、資本の限界効率は逓減しないように見える。しかし、一つの銘柄だけを買えば買うほど、全資産を失うリスクが増える。だから、投資家は普通分散投資をする。分散投資をすれば、資本の限界効率が逓減するにもかかわらず、多くの投資家が分散投資を選好するということは、見かけ上限界効率が逓減しない集中投資では、実際にはそのリスクゆえに、分散投資以上に限界効率が逓減しているということを意味している。
現実の株式投資では、投資の動機は配当ではなくて、キャピタルゲインであり、また投資家は市場に影響を与えるのだが、その場合、資本の限界効率逓減は、より鮮明に現れる。IT銘柄がブームになった時、投資家は最初、本命の優良銘柄を買い、それらが、キャピタルゲインが期待できないほど高騰すると、より危ない、周辺の泡沫(バブル)企業の株に手を出した。キャピタルゲインという点でも、資本の限界効率は逓減する。

2. アメリカ開拓移民の成功
マーシャルは、農耕は肥えた土地から始まり、人口が増えるにしたがって、より痩せた土地までが耕作されるようになるというリカードの説が、アメリカ開拓の歴史に当てはまらないと指摘した[2]。確かに、アメリカでは、イギリスとは事情が異なって、条件の悪い東部から農耕が始まり、より豊かな西部の農耕は後回しになった。では、アメリカ開拓の歴史には、投資の限界効率逓減の法則が当てはまらないのだろうか。
こうした疑問は、現実の収益率と予想収益率を混同することから起きる。企業は、予想収益率の高いプロジェクトから順に投資を開始するが、投資効率が高いと予想したプロジェクトが、期待したほどの利益を生み出さなかったとか、逆に優先順序の低かったプロジェクトが、予想外の利潤を生み出すということはしばしばある。だが、効率を予想収益率と考えるならば、予想が外れた場合でも、投資の限界効率逓減の法則は成り立つ。
東海岸から入植したアメリカの移民が、痩せた東部から農業を始めたのは、西部についての情報が不足していたからだ。「西部の土地は東部の土地よりも肥えている」という噂を耳にしても、情報の信憑性が低ければ、不確実性の確率を掛けた結果、彼らにとっては、東部の土地の方が、予想収益率が高いということになる。それは、高利回りを謳ういかがわしい投資信託よりも、利回りが低くても信用できる投資信託の方が、普通の投資家にとっては予想収益率が高いのと同じである。
3. 公共投資の優先度
最後に、公共投資の問題について考察しよう。日本では、「国土の均衡ある発展」という田中角栄的理念の下に、投資効率の高い都市よりも投資効率の低い農村が投資先として優先されるが、これは、限界効率逓減の法則の例外であろうか。
もし、投資効率を純粋に経済的な予想収益率と理解するならば、日本の公共投資には限界効率逓減の法則が当てはまらない。なぜならば、公共投資を画策する政治家たちにとって重要なのは、事業の経済的採算性ではなく、政治的な投資効率の方だからだ。経営者が、どれだけ投資すればどれだけの利潤になるのかを計算するように、政治家は、どれだけ金をばらまけばどれだけの票になるのかを計算する。過疎地に高速道路や空港を造れば、地元の人たちは「仕事が増える」「地域が活性化する」と言って喜ぶが、大都市にそのようなものを造ろうとすると、市民団体が「環境破壊だ」と言って反対する。だから、地方で公共投資をする方が、都市でするよりも票になる。そして、政治家にとって「票になる」ということが、「投資効率」が高いということなのだ。
その結果、イノシシが走るだけの高速道路とかカラスが飛ぶだけの農道空港とかが地方に優先的に造られるわけだが、近年、世論の批判を受ける形で、政府は、自民党にとっては投資効率の悪い都市部での公共投資にも力を入れるようになっているようだ。政治資本という視点を加えるならば、資本の限界効率逓減の法則は成り立っている。
このように資本や効率の概念を拡大解釈することは、不当だと思うかもしれないが、私たちが経済資本だけでなく、政治資本や文化資本をも欲望しているという現実を考慮に入れるならば、経済的法則を社会システムの一般的法則へと拡張する試みは必要である。
4. 参照情報
- ToKi出版『「超」入門 節約の本質: 限界効用を味方につける3つの節約方法!』2020/7/28.
- 神取道宏『ミクロ経済学の力』日本評論社 (2016/5/16).
- ヨラム・バウマン, グレディ・クライン『この世で一番おもしろいミクロ経済学――誰もが「合理的な人間」になれるかもしれない16講』ダイヤモンド社 (2011/11/26).
- ↑“Marginal Efficiency of Capital as defined in the Ameco data bank of the European Commission” by Alex1011. Licensed under CC-BY-SA.
- ↑Alfred Marshall. Principles of Economics Prometheus Books; Revised (1997/5/1). 4.3.5.
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