2月 162002
 

農村と都市との間には、人口密度が低いか否か、農業に従事しているか否かという以上の違いがある。両者の違いの本質はどこにあるのか、それがなぜ犯罪発生率の違いに結びつくのかといった問題をシステム論的観点から考えてみたい。

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1. 犯罪発生率は都会的なところほど高い

アメリカは、日本と比べると人口あたりの犯罪発生率が高く、1998年の統計によると、日米格差は、殺人で5.7倍、強姦で22.9倍、傷害で23.4倍、強盗では61.2倍である。同じ日本でも、農村よりも都会の方が、犯罪発生率が高い。1999年における犯罪発生率の統計によると、都道府県別では、高い方から順に見ると、福岡県、千葉県、大阪府、愛知県、東京都、逆に低い方から順に見ると、長崎県、青森県、佐賀県、島根県、山形県となっており、その傾向を確かめることができる。

社会学者は、様々な調査から、出入りが激しい地域ほど犯罪の発生率は高いという結論を出している。出入りの激しい匿名的な社会を都会的社会、そうでない社会を農村的社会と呼ぶことにしよう。日本は、アメリカと比べて移民が少ないので、その限りでは農村的社会の性格が強いと言える。顔見知りの等質的なメンバーからなる農村的社会でほど、犯罪は発生しにくくなる。

私は、かつて周囲を田と山で囲まれている(山から校庭に鹿が迷い込むこともあった)田舎の高校に在籍していたので、一つエピソードを紹介しよう。高校の近くにある郵便局で、締め切りの日に大学受験の願書を出そうとしたところ、所持金では受験料が支払えないことに気付いた。営業時間は終わりに近づいていて、自宅に帰って郵便局まで戻ってくることもできず、途方に暮れていると、郵便局員が自分のポケットから財布を取り出し、不足分のお金は貸してあげるから、それで出願しなさいと言ってくれた。

都会の銀行員なら、担保もなく、身元の確認もできない人間に自分の金を貸すことはまずない。あの郵便局のおじさんは、私が金を借りたまま行方をくらますというリスクを意識していなかったのだろうか。おそらくそうした可能性を考えていなかったのだろう。私の方も、当時、返さなくてもばれないのではないだろうか、などという他の選択肢は全く考えもしなかった。翌日登校の際、郵便局に立ち寄って、借りたお金はすべて返した。いかにも田舎らしい牧歌的風景である。

2. 都会はエントロピーが高い

システム論では、他のようでもありうる可能性の数を複雑性、その対数をエントロピーと呼んでいる。都会的社会は農村的社会と比べて、以下の二つの意味で社会のエントロピーが大きい。

  1. 都会的社会のメンバーは、様々な文化圏から集まってきているので、異質性が強い。何でもありの世界である。ある文化圏の人にとっては自明で、《他の》ようではありえないことも、《他の》文化圏の人にとってはそうではない。アメリカの都市には、「逆立ちして道路を横断してはいけない」とか「劇場にライオンを連れて入ってはいけない」といった条例があるが、日本にはない。それは、こうした行為が日本では許されるからではなく、誰もそのような行為を思いつくことさえしないからである。農村的社会では「常識で考えろ」で済まされる暗黙知の了解事項も、都会的社会では法で明示的に禁止しなければならない。
  2. 「旅の恥は掻き捨て」という諺があるように、人間の出入りが激しい都会的社会では、規範遵守の意識が薄くなる。逆にスキャンダルが後世まで語り継がれる農村的社会では、規範遵守へのインセンティブが強く働く。農村的社会が定数項の関係を規定する関数だとするならば、都会的社会は変数項の関係を規定する、よりエントロピーの高い関数であると言うことができる。対面コミュニケーションでは上品な会話をする紳士淑女も、2ちゃんねる掲示板のような、匿名性が保証され、やばくなればいつでも逃げられるサイバースペースでは、罵倒と中傷の鬼になるところに、都会的犯罪のモデルを観て取ることができる。

Aの意味でのエントロピーの高さは無自覚的犯罪の、Bの意味でのエントロピーの高さは自覚的犯罪の原因となる。エントロピーの高い社会では犯罪発生率が高いが、犯罪発生率が高くなると社会のエントロピーも高くなる。治安の悪い社会では、人々は相互に、規範とは他のように行為する可能性が高いからである。

都会は農村と比べて、社会的エントロピーが高いだけでなく、物質的エントロピーも高い。絶えず新陳代謝をする人間と工業が密集しているのだから当然である。四大文明以来、都市は大きな河のほとりに造られているが、これは都市で発生したエントロピーを流れる河に捨てるためである。太陽エネルギーが惹き起こす水と空気の循環が、都市の物質的エントロピーを縮減している。熱力学的な意味で都市のエントロピーを縮減しているネゲントロピーが太陽だとするならば、社会学的な意味での都市のエントロピーを縮減しているネゲントロピーは、何であろうか。

3. 都会ほど明文法が必要である

その答えは、実際に規範に違反する行為をすれば、すぐ分かる。農村的社会では、伝統的習慣という過去における規則性が行為のエントロピーを縮減している。伝統的習慣を破ってコミュニティのエントロピーを増大させるメンバーが現れると、農村的社会はそのメンバーを村八分にして、システムの低エントロピー性を維持する。社会が都会化して、伝統的習慣という暗黙知の了解が機能しなくなると、国家権力は規範を成文法で明示し、違反者に対しては制度化された村八分である刑罰を科す。社会が都会化すればするほど、社会のエントロピーは増大するので、それだけエントロピーを縮減する国家権力も大きくならざるを得ない。

読書案内
書名都市の社会学―社会がかたちをあらわすとき
媒体単行本(ソフトカバー)
著者町村 敬志 他
出版社と出版時期有斐閣, 2000/10
書名金かえせっ! 実録 ネット詐欺との死闘
媒体単行本
著者中島 慎一 他
出版社と出版時期宝島社, 2004/07/22
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私が書いた本

  17 コメント

  1. 本音はどこなの?農村が反対なの?アメリカ化の国際社会が賛成なの?

  2. 私は、農村型のほうが良いとか都市型のほうが良いといった価値判断はしていません。もし価値判断を求めておられるのでしたら、次のようにお答えいたします。
    1.都会的社会は、犯罪発生率が高いことに見られるように、エントロピーが高く、こうした無秩序性は、システムを維持していく上で望ましいことではない。
    2.しかし都会的社会は、エントロピーが高いがゆえに、イノベーションに富み、システムを発展させていく上で必要だという意味では望ましい。
    この価値的な二義性は、「エントロピーを縮減するためには、エントロピーを増大させなければならない」というエントロピーの法則のパラドックスに起因します。

  3. 殺人発生率(平成12年国勢調査における各都道府県別人口10万人当たりの、各都道府県別の平成10年から14年までの平均認知件数)は、沖縄県が、47都道府県で1番、高いです。参考になるかもしれないので、投稿しました。
    第1位 沖縄県:1.78、第2位 和歌山県:1.76、第3位 大阪府:1.72、第4位 山口県:1.57、第5位 愛媛県:1.47、第6位 徳島県:1.46、第7位 福岡県:1.37、佐賀県:1.37、第9位 高知県:1.28、第10位 千葉県:1.22、第11位 広島県:1.19、第12位 東京都:1.16、第13位 長崎県:1.15、第14位 栃木県:1.13、宮崎県:1.13、第16位 茨城県:1.12、第17位 福井県:1.11、第18位 山梨県:1.08、全国:1.07、第19位 兵庫県:1.04、第20位 神奈川県:1.03、第21位 京都府:1.02、第22位 熊本県:0.99、鹿児島県:0.99、第24位 鳥取県:0.98、滋賀県:0.98、岡山県:0.98、第27位 香川県:0.96、第28位 群馬県:0.95、第29位 埼玉県:0.93、第30位 静岡県:0.92、愛知県:0.92、第32位 奈良県:0.91、第33位 三重県:0.88、第34位 北海道:0.84、秋田県:0.84、大分県:0.84、第37位 岩手県:0.80、第38位 岐阜県:0.76、第39位 石川県:0.75、第40位 新潟県:0.74、第41位 長野県:0.72、第42位 島根県:0.68、第43位 福島県:0.66、第44位 富山県:0.64、第45位 山形県:0.58、第46位 青森県:0.50、宮城県:0.50
    出典:『犯罪白書(平成15年版) -変貌する凶悪犯罪とその対策-』(平成15年12月10日発行。編集:法務省法務総合研究所。発行:独立行政法人 国立印刷局。ISBN:4173501781)p 321の『5-3-5-1図 殺人 都道府県別認知件数・検挙件数・検挙人員・発生率』

  4. 高齢者の孤独死も地方より都会の方が多いと聞きます。「都会での犯罪の増加も孤独死増加も、社会的一体感がないからだ」と言う指摘があります。確かに町内会・自治会が機能しなくなったかもしません。都会の孤独死で先日判明した事では、東京都新宿区で7年近くわからなかった事もあります。
    都会で犯罪が多いのは人口の割合もあるのでしょうか?田舎ではコンビニそのものが少なく、私の田舎もそうですが利用者もまばらと聞きます。もしかすると、都会は犯罪をしやすい「特色」があるのでしょうか?警察の「見回りの盲点」をつくと言った事を、犯罪者は巧みに研究するからでしょうか?
    私の住んでいる市でもコンビニ強盗や引ったくりが急増しています。
    最近の軽犯罪事件の傾向として、犯人が近所との交流がない、仕事を失うと社会と決別・孤立する、軽犯罪は罪と言う意識がないと言われます。

  5. 農村よりも都市の方が犯罪が多いのは、都市の方が、人間の流動性が高いからです。都市の方が、コミュニティの形成が難しく、その結果、孤独死が起き易いのも、そのためです。

  6. ご回答ありがとうございます。
    都会は人の移動が地方よりも活発で、コミュニティーの形成が難しいのは理解できます。ただ孤独死は「孤独死=高齢者の死」、と言う「狭議の意味」でしかマスコミでは使いません。「孤独死」は本来は年齢には関係なく表記するのです。アパートで下宿している大学生でも、夫の単身赴任の留守を守る主婦でも、心筋梗塞などで「孤独死」する事はあります。さて高齢化の進行で高齢者の犯罪が増えている、と言う事情についてはどう思われますか?生活苦が原因なのか?年齢的思考(痴呆ではなく、常識の欠落)の衰えでしょうか?ただ、高齢者でも「戦争経験」世代ではない「団塊の世代」が高齢者に入る5~10年後にはもっと増えるのでしょうか?

  7. 高齢に達して以降に初めて犯罪を行う者の比率は、加齢と共に低下する傾向があります。但し、昭和9年(1934年)から11年(1936年)生まれの者は、加齢に伴って初めて犯罪を行う者の比率の低下傾向が、60歳から64歳以降やや緩やかとなっています。詳しくは、「平成20年版 犯罪白書 第7編/第3章/第1節/4」をご覧ください。

  8. 近年「再犯率」が上がり、犯罪の常習化(軽犯罪の万引きや引ったくりなど)の懸念もあります。1990年代末期以降の凶悪犯罪の容疑者の若年化も深刻化しています。社会的不安要素として、殺人事件以外の検挙率が減少している事もあります。また、不景気の影響で「(衣食住を確保するために)犯罪を犯す事をためらわない」と言う思想を持つ失業者・ホームレスなどがいると聞きました。
    ただ、昭和20~40年代前半は現在よりも軽犯罪が多く、空き巣の被害も相当あったと聞きます。殺人事件の発生率は現在のほうが高いかもしれません。
    個人的な再犯防止案ですが、刑期を終えた元受刑者が(周囲の偏見の目もあり)社会復帰が困難で今後の生活に不安があると言う場合に、仏門に身を寄せて得度し僧侶として第2の人生を歩む方法もあります。この考え方は軽蔑している意味でありません。刑務所職員や弁護士などが「社会復帰が困難なら僧侶になっては?」と受刑者に助言、あるいは受刑者が要請する事はしないのでしょうか?
    上記の他に犯罪者を更正させ、再犯を防止する手段として効果的な方法はありますか?最近では薬物所持・使用で著名人(特にスポーツ選手)が相次いで逮捕、あるいは社会的非難をされています。最近の薬物事件で「マスコミが異常反応している」と言う指摘もあります。証拠がないのに「もしかしたら芸能人の誰が、あの場所で薬物を買ったかもしれない」と言うゴシップがあります。昭和40~60年代は薬物に対して一般社会が「特別な世界の人間しか目にしない」と言う意識があり、芸能人が所持などで逮捕されてもある意味で(マスコミが)寛大に事件を見たといいます。

  9. 刑務所に監禁されている囚人にふさわしい職業は、情報機密を要求される仕事です。入学試験の印刷は古典的な例ですが、以下のような事件が起きている中、対象業務を拡大すれば、かなりの需要が見込めます。
    “アリコジャパンは11日、顧客情報が流出した問題について、流出対象が3万2359人に拡大したと発表した。9月時点では1万8184人と公表していたが、新たな不正使用が見つかり、再調査した結果、大幅に増えた。情報の流出源については、中国の業務委託先企業の特定の社員から流出した可能性が「極めて高い」とした。”
    [日経新聞(2009年11月11日)アリコ、情報流出3万2000人に拡大 流出源「中国の委託先社員か」]
    法務省は、出所後の就職活動に資するように、服役囚に木工や加工などをやらせていますが、こういう労働では、刑務所外の同業者と比べて優位点がないので、不況になると仕事が取れなくなって、困ってしまいます[朝日新聞(2009年5月24日)刑務所にも不況「回す仕事ない」 刑務官ら飛び込み営業]。それならば、出所後も、そういう仕事には就けそうにありません。一生、刑務所で、機密性が要求される仕事をやってもらった方が、本人のためにも、社会のためにもなります。

  10. だから、高くないんだってば。
    価値判断の前提で、すでに、つまづいている。
    殺人発生率が高い県は、沖縄県、和歌山県、山口県、愛媛県などの田舎県ばかりに偏っているのだよ (まあ、例外で大阪府ってのランクインしてるけどw)。

  11. たしかに、沖縄県の人口10万人当たりの殺人発生率は、他の都道府県に対して際立って高いが、これは、沖縄には米軍基地が多数あり、米国人が多数居住していることと関係があるでしょう。ちなみに、米国における殺人発生率は5.6ですから、これと比べたら、ずっと低いと言うことができます[殺人発生率都道府県別ランキング(平成18年、平成17年) ]。
    日本では、殺人の件数が少ないので、殺人発生率は偶然に左右されることが多く、これで犯罪発生率一般の傾向を語ることはできません。統計学的に妥当な判断を下そうとするならば、もっと件数の多い事象で考察するべきです。「国内統計 – 犯罪率統計(2003年)」を見てください。都市部の方が農村よりも犯罪発生率が高いことを見て取ることができます。

  12. >>囚人にふさわしい職業は、情報機密を要求される仕事です
    北朝鮮の諜報能力が(日本と比較して)高い要因の一つは、北朝鮮の国家体制自体の刑務所的構造にあるという事でしょうか。

  13. 脱北者が北朝鮮の内情を暴露しているので、北朝鮮の情報機密が高いとは言えません。

  14. “システム論では、他のようでもありうる可能性の数を複雑性、その対数をエントロピーと呼んでいる。都会的社会は農村的社会と比べて、以下の二つの意味で社会のエントロピーが大きい。”
    アメリカの大都市に長期間滞在してから帰国すると、日本社会の等質性の高さを痛感します。「他のようでもありうる可能性の少なさ」から国際的に比較すれば、現代の日本全体がまれにみる農村的社会だと感じます。
    日本のこうした等質性による低エントロピーが、勤勉で規格大量生産には優秀な労働力や、均質で大規模な国内市場をもたらし、戦後の高度経済成長を可能にした一因となったと考えています。
    しかし今後については、引き続き等質性を国家としての個性や強みとして維持しようとする考えと、個性の尊重や移民受け入れなど異質性を伸ばし、それを日本の新たな強みにしようとする考えとの間で、私には迷いがあります。
    それは、都会型社会に変容する難しさを予感していることと、せっかくの稀にみる均質的社会を競争優位性として活かせないのだろうか、という思いがあるからです。均質性の高さは工業社会では有利でしたが、個性が重要な情報社会では不利になるという判断は正しいと思いますが、均質性の高さそのものが国の個性となり得る可能性はないのだろうか、と考えてしまいます。

  15. ゆとりの教育が始まる以前の日本人の能力は等質的に高く、それが日本の国際競争力を高めていましたが、「能力が等質的に高い」ということと「社会が等質的」ということは分けて考える必要があります。改革開放以前の中国は、人民全員が同じような人民服を着ている、貧富の格差があまりない等質的な社会でしたが、それが中国の競争力の優位をもたらすことはありませんでした。むしろ、そうした等質性が失われる中で、中国は経済発展を遂げました。

  16. 小学6年生の私としてはとても難しかったけれど凄く参考になりました。凄く興味深い内容でした。ついコメントしちゃいました。将来の為になったのでありがとうございました。

  17. 言葉が難しくてよくわからない

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