1929年10月の暗黒の木曜日以来、深刻さを増すばかりのアメリカの大恐慌を克服するために、1933年3月に大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトは、ニューディールと呼ばれる全体主義的経済政策を実行した。公共投資を拡大してデフレから脱却するケインズ的財政政策は、今日の知識集約経済では流行おくれとなっているが、規格大量生産を行う当時の資本集約経済では、政府が民間に代わって生産活動を担ってもあまり弊害がない。では、ルーズベルトのニューディールは成功したのだろうか。
1. 挫折したニューディール政策
ルーズベルトより2ヶ月先に政権の座に就いたヒトラーが実行した全体主義的経済政策と比べると、結果は芳しいものではなかった。1933年に25.2%と最悪の数字を記録したアメリカの失業率は、ニューディール政策のおかげで1937年には14.3%にまで下がったものの、翌年には19.1%にまで跳ね上がっており、14%以下になるのは、アメリカが太平洋戦争を行う1941年以降のことである。これに対して、ヒトラーは、45%もあった失業率を順調に減らし、第2次世界大戦前の1939年までに、失業者数を20分の1にすることに成功した。なぜ、ニューディールは成功しなかったのだろうか。


最大の原因は、ルーズベルトには、ヒトラーほどの権力がなかったことに帰せられる。ルーズベルトは全体主義的な経済政策を行おうとしたが、アメリカの政治形態は民主主義であり、全体主義ではなかった。ルーズベルトは、ヒトラーのように大胆な公共投資が行えなかった。国内の反対派と妥協した結果、ニューディールは中途半端な形でしか実行されなかった。特に38年には、政府債務の累積を憂慮する財政均衡主義者の声に押されて、連邦支出を削減した結果、GNPは6.3%減少し、純投資も46億ドルのプラスから66億ドルのマイナスに転落した。この時、ケインズは、『ニュー・リパブリック』誌で「私の説の正しさを証明できるに十分なほどの財政支出は、戦争でもない限り不可能だ」と言ったが、この予言は的中することになる。
2. スケープゴートに選ばれた日本
1939年9月、ヒトラーは、ポーランドに侵攻し、第2次世界大戦が始まった。そして、ルーズベルトは、ヒトラーと同様の方法で、リセッションを乗り切ろうと考えるようになる。ヒトラーは、ユダヤ人をスケープゴートにすることにより、資本家と労働者との19世紀的な階級的対立を解消した。おかげで、ドイツ民族は一致団結して、国家のために奉仕労働を行い、ドイツの生産力は飛躍的に増大した。当時、党外はもちろんのこと、党内にも多くの反対派議員を抱えて、ニューディール政策に行き詰まっていたルーズベルトも、国外にスケープゴートを見つけ、それを叩くことでアメリカ国民を一致団結させ、無制限な財政支出を可能にしようとした。そして、選ばれたスケープゴートが、日本人だった。
ルーズベルトが日本との戦争を決断したのは、1940年の9月、日本が、北部仏印へ進駐し、日独伊三国同盟を締結した時のようだ。しかし、アメリカは民主主義の国であるから、大統領が戦争を決断したからといって、すぐに実行できるわけではない。第1次世界大戦の時にアメリカはヨーロッパの戦争に介入したが、犠牲が大きかった割には、得た利益は少なかった。その時の反省から、アメリカ国民の圧倒的多数は、外国の戦争に介入することには反対だった。そして議員のほとんども、伝統的な孤立主義者だった。このため、ルーズベルトは、国民に、アメリカが直接攻撃されることがない限り戦争はしないと約束せざるを得なかった。
そこで、日独伊三国同盟成立の翌月、知日派の海軍情報部極東課長アーサー・マッカラム少佐が、日本を挑発してアメリカへの攻撃を余儀なくさせる策略を練り、ルーズベルトは、それを実行した。ABCD包囲陣と呼ばれる経済封鎖により、戦争以外に選択肢がない窮地へと日本を追い込み、かつ軍事的に挑発する作戦である。
真珠湾攻撃の計画は、1941年1月に山本五十六大将によって立案されたが、1941年11月5日の御前会議で「帝国国策遂行要領」をまとめた時点では、日本はまだ日米開戦を避けようと努力していた。ところが、アメリカ側は、こうした機密文書の暗号を傍受・解読し、日本の手の内を見ながら、日本側が絶対に受け入れることができない「和平案」、ハル・ノートを提出した。これは、アメリカが日本に突きつけた事実上の宣戦布告だった。
真珠湾攻撃の計画も、立案の時点で直ちにアメリカ側に漏れたが、ルーズベルトは、本当に日本がアメリカを攻撃してくれるかどうか心配していた。もし、日本がマライ半島やインドネシアといったイギリスやオランダの植民地だけを攻撃したなら、宣戦布告の大義名分を失うからだ。そこで、ルーズベルトは、日本のスパイにハワイで調査を自由にさせ、ハワイに駐在するアメリカ太平洋艦隊に日本軍の奇襲攻撃計画の情報を送らなかったばかりか、奇襲攻撃が事前に太平洋艦隊に悟られないように、太平洋艦隊を含めた連合国側の船舶の北太平洋地域での航行を禁止した。ルーズベルトのこうした至れり尽くせりの配慮が実って、12月8日の真珠湾攻撃は大成功となった。
3. リメンバー・パールハーバー
開戦直前、ルーズベルトは天皇に戦争阻止のための親書を呈上したが、これは、「アメリカは平和を望んだのに、ジャップは一方的に奇襲してきた」ことを国民に印象づけるための演出だった。ルーズベルトの芝居は成功し、議会はほぼ満場一致で対日参戦に賛成し、国民は「リメンバー・パールハーバー」を合い言葉に積極的に兵役に志願した。アメリカ連邦政府の財政支出は、真珠湾攻撃があった1941年には205億ドル、42年には516億ドル、43年には851億ドル、44年には955億ドルと無制限に増えていったが、もう誰も文句を言わなくなった。そして、この挙国一致の戦争ケインズ主義のおかげで、アメリカは恐慌から脱出することができた。パールハーバーで、3000人近くのアメリカ人が死亡したが、これも民主主義のコストだと思えば、安いものだとルーズベルトは思ったに違いない。
戦争開始とともに、アメリカの日系人は、「戦時転住所センター」と呼ばれるところに強制収容された。アウシュビッツに強制収容されたユダヤ人のように虐殺されることはなかったが、アメリカでもドイツでも似たようなスケープゴート現象が起きたことは興味深い。アメリカ人が考えているほど、当時のアメリカとドイツは異なっていなかったのである。
結論をまとめよう。狭義のニューディールは失敗に終わったが、太平洋戦争をニューディールの一環と考えるなら、公共事業によるデフレからの脱却という当初の目的は達成されたということができる。現在アメリカが行っている「テロとの戦い」は、半世紀前の「ジャップとの戦い」によく似ている。私たちは、かつてアメリカ人が使ったのとは違う意味で「リメンバー・パールハーバー」を合い言葉にしなければならない。
ルーズベルトの陰謀論はそれ以前からもあったが、新たに公開された国家安全保証公文書に基づいて、説得力のある説明をしたのは、この本が初めてである。ただ、ルーズベルトが第二次世界大戦に参加したがっていたのは、世界の民主主義を守るためだったという理想主義的な解釈は受け入れられない。
書名 | 真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々 |
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媒体 | 単行本 |
著者 | ロバート・B・スティネット 他 |
出版社と出版時期 | 文藝春秋, 2001/06/26 |
書名 | Day of Deceit: The Truth About FDR and Pearl Harbor |
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媒体 | ペーパーバック |
著者 | Robert B. Stinnett |
出版社と出版時期 | Free Pr, 2001/05/01 |
靖国神社が運営する戦史博物館「遊就館」も、アメリカの第二次世界大戦参戦の戦略に関して、私と同じような説明をしていたらしい。産経新聞は、親米保守派として知られる岡崎久彦の批判を受けての修正として報道している。たぶん、靖国神社は、アメリカからの圧力で、要人の靖国参拝に支障をきたしてはいけないという政治的配慮から、内容変更を検討するようになったのだろう。
内容を変更するのは「ルーズベルトの大戦略」と題して、第二次世界大戦での米国の戦略について触れた部分。
この記述では、まず「大不況下のアメリカ大統領に就任したルーズベルトは、三選されても復興しないアメリカ経済に苦慮していた」と当時の米国経済の窮状を説明。また、「早くから大戦の勃発(ぼっぱつ)を予期していたルーズベルトは、昭和14年には米英連合の対独参戦を決断していたが、米国民の反戦意志に行き詰まっていた」として、米国内に反戦世論があったことを紹介している。
その上で、「米国の戦争準備『勝利の計画』と英国・中国への軍事援助を粛々と推進していたルーズベルトに残された道は、資源に乏しい日本を、禁輸で追い詰めて開戦を強要することであった。そして、参戦によってアメリカ経済は完全に復興した」と表現し、米国は国内経済の復興を目的に対日開戦を志向したと解釈できる内容だった。
こうした記述について、同館では4月ごろから見直しの検討を始め、7月ごろから本格的に見直し作業に入ったという。
この記述をめぐっては、元駐タイ大使の岡崎久彦氏も24日付本紙「正論」で、「安っぽい歴史観は靖国の尊厳を傷つける」と指摘、同館に問題の個所の削除を求めていた。岡崎氏は「早急に良心的な対応をしていただき感動している」と話している。
歴史観が一面的と]
どうしてこのような史実は日本国民、及び世界に伝えられないのでしょうか? やはり、世界的にみて国の言動、行動はその国の知識人政治家だけの動きだと思うのですが、そのことについてどう思われますか?
太平洋戦争中、傍受された日本からの電報を閲覧できたアメリカ人はたったの36人でした。マッカラムの覚書を含め、作戦内容は、国家機密の名のもとに極秘扱になりました。現在、少しずつ情報公開が行われていますが、半世紀以上も前の出来事なのに、いまだに当時の記録の一部しか公開されていません。
なお、私は、アメリカの諜報機関が全ての重要な情報を正確に入手し、国際政治を超越的に操作しているとは考えていません。どの国家も、国際政治というパワーゲームの1プレーヤーに過ぎないというのが複雑系の考え方です。また、政治体制が民主主義的であるか否かを問わず、指導者がいつでも大衆を洗脳し、世論を操作できるわけではありません。
何時の頃からか、私の中では、表面は愛国精神はある。と装いながら
「日本は悪い国だ。」が本心となってしまっていました。
パールハーバーの奇襲をした日本人を好戦的で野蛮だ。としか考えられなかったからです。不勉強のため、このような説があると言うことを知りませんでした。
こうしたことを、知らないで、日本人である自分に劣等意識を持っている人は多いと思います。
このサイトを、広く宣伝して、そんな人の心のもやもやを払ってあげてください。お手伝いできるとよいのですがー。
ルーズベルトの推し進めたニューディールを今まで評価しておりましたが、成功の原因が日本への開戦とは・・
大変参考になりました。
全日本人に知らしめて下さい。
ニューディール幻想、永井氏のご指摘どおりです。
2008年のアメリカ金融恐慌に端を発する世界恐慌。またアメリカ金融からかというのが率直な意見。
アメリカのみならず先進国・新興工業国をまきこんだこの恐慌を乗りきる方法としてグリーンニューディールは全く効果がない。
2009年にアメリカにおける 産軍複合体解体 ・ 土地改革 ・ 労働条件の整備 を日本の判断を基準に断行してもらいたい。
なお、ワシントン裁判で平和に対する罪としてブッシュを絞首刑にしても全く効果がない。
ブッシュ政権の閣僚と産軍複合体およびあこぎな金融機関経営者を伝統的刑罰であった「流刑」として島流しとし、実質的な終身刑とする。
はじめまして。痛いテレビというブログの記事からこちらに流れてきました。
ニューディール政策については高校の世界史で習った程度の知識しかありませんでしたが、一月ほど前に関西のローカル番組で評論家の青山繁晴氏がオバマ政権の今後について触れた際に「アメリカでニューディールが成功したと思ってる人は殆ど居ない、アメリカは戦争で経済を立て直した」と発言したのを聞いてビックリした訳ですが、こちらの説明を聞いて納得しました。
最近、パールハーバーの陰謀はところどころで出ております
アメリカは、自由の国といいますが、やはり世界は、今も昔も戦勝国が支配するのだと思います
イラクのクェート進行からアメリカのイラク進行までもきな臭い話は飛んでいます
ところで、今回の世界同時不況ですが、最近、落ち着いてきとの報道が目に付きますが戦争でもないと解決しませんかね?
日本の失われた10年は、低金利による銀行の復活と海外輸出によるGNPの底上げだと思います
この世界同時不況前も内需は増えず、内需関連企業の業績は、さほど良くなかったと思います
世界同時となると輸出先、が無く(インド、中国に期待してるようですが)先が見えないような気がします
また、低金利にしても、企業は、借金をせず、内需は拡大せず、低金利を利用して躍進したのは、ある意味いかがわしとされる、MHKであったような気もします
いかがなものでしょう
ブッシュからオバマに大統領が変わることによって、米国の主戦場がイラクからアフガニスタンに変わりました。オバマを平和主義者と勘違いしていた人は、オバマ政権の誕生により、米国が対外戦争から全面撤退すると考えていたようですが、オバマが選んだ道は、国際協力を得ることが難しいイラク戦争に代わって、国際協力を得ることが容易なアフガン戦争に力を入れるということでした。だから、オバマ政権の誕生により、米国の戦争ケインズ主義が終焉を迎えたと言うことはできません。今後オバマ政権は、日本に対して、アフガンの治安回復のためという大義名分の下、資金協力を要求してくるでしょう。
はじめまして。
当サイト(伝記.com)では、
ルーズベルトについて取り上げたページを設けており、
その中で、永井氏のニューディールに関する見解を、
一部、紹介させて頂きました。
日本では「ニューディールは、偉大な改革」という
「ニューディール神話」が、どちらかといえば主流のようです。
たしかにニューディールが、
ある程度の効果があったのは事実ですが、
「ニューディールは、不十分な改革にすぎなかった」という、
もう1つの事実を知るためにも、
こうしたニューディール否定論が、必要だと思いました。
はじめまして
先生の慧眼には驚くばかりです。現在、ブログを少しずつ読み進めています。
ところで質問ですが、あの当時の日本のとるべき道としてどのようなものがあったのでしょうか?
”太平洋戦争における保守と革新”をみると、国内事情的にも国外事情的にも戦争は避けられなかったかもしれませんが・・・
盧溝橋事件の後、中華民国と早期に和解し、かつ適切なリフレーション政策を取っていたならば、第二次世界大戦に巻き込まれることを回避できたと思います。
大統領選でトランプが当選しました。彼は公共事業の増大を政策にかかげていますが、米国経済はデフレでもなければ失業率が高いわけでもありません。このような政策は今の米国で支持されうるのでしょうか?
ヒラリーが選ばれていたとしても、彼女も「大きな政府」を目指している点では同じで、好景気にもかかわらず米国民が「大きな政府」をなぜ支持するのかわかりません。巷で言われているように、やはりグローバル化による格差が問題なのでしょうか。
米国は、リーマン危機以来、量的金融緩和によるリフレにある程度成功することができましたが、2015年には、新興国経済の失速、原油価格の下落などにより、インフレ率が 0.12% とリーマン危機以来となる歴史的低水準にまで下落しました。トランプ、クリントン両候補が選挙戦で公共投資の拡大を主張したのは、そうでもしなければデフレになるかもしれないと懸念したからなのでしょう。
量的金融緩和は資産インフレをもたらし、米国の株価は史上最高値に到達しています。それに伴う資産効果があるとはいえ、恩恵は資産家に偏っており、貧しい労働者にはあまり恩恵がありません。またIT産業の進化により、テクノ失業(technological unemployment)が起きており、優秀なプログラマーが引っ張りだこになる半面、スキルのない労働者は失業もしくは低賃金労働に甘んじています。
かくして、資産もスキルもない下層労働者の間で不満が高まっています。トランプ、クリントン両候補が公共投資の拡大を主張したもう一つの理由として、こうした下層労働者に高賃金の仕事を与えることで、不満を解消しようとしたことを挙げることができます。
今回共和党の大統領が誕生し、議会も共和党が過半数を維持しました。共和党が力を入れる公共投資は国防です。実際、トランプも軍備の大幅拡張を主張しています。そのため株式市場では、選挙結果を受けて国防関連の株価が急騰しています(Wall Street Journal. “Defense Stocks Rise on Donald Trump Victory – Republican control of Congress could lead to an increase in the Pentagon’s war fund“. Nov. 9, 2016)。
米国の下層労働者は、絶対的貧困にはないものの、相対的貧困という点では深刻な立場に置かれており、「貧しきを憂えず、等しからざるを憂う」というのが人間のさがですから、とりわけ中間層から脱落した白人労働者が、かつての栄光を取り戻そうとして、今回“Make America Great Again”をキャッチフレーズにしたトランプを熱心に支持しました。
共和党は金持ちの味方だから、貧乏人が共和党に投票するのは非合理とリベラルは思うかもしれませんが、没落した白人労働者はそうは考えないでしょう。ピケティは、大規模な戦争は富を破壊し、資本家たちを没落させることで格差を縮小すると言っていました。だから軍備拡大を公約にする共和党を支持することは、プロレタリア型右翼の心情として、それほど不自然なことではありません。
「裏切られた自由」というフーバー元大統領による大著が、日本でも発刊されました。ルーズベルトの再評価する必要がありますね。