被災地に仮設住宅を建設する必要はあるのか
阪神淡路大震災の時に、政府は、高齢者、障害者、病人、負傷者などの災害弱者を優先的に仮設住宅に入居させた。これは、「人にやさしい政治」を施政方針として掲げた村山内閣らしい配慮であったが、弱者優遇のつもりのこの政策は、その意図とは逆に弱者虐待を帰結した。災害が起きた時に被災地に仮設住宅を建設するという従来のやり方は抜本的に見直す必要がある。[1]
1. 問題提起
日本の各都道府県知事は、社団法人プレハブ建築協会との間に「災害時における応急仮設住宅の建設に関する協定」を締結しており、阪神淡路大震災や東日本大震災のような災害が起きると、災害救助法二十三条に基づき、住居を失った被災者のために応急仮設住宅(以下、たんに仮設住宅と略す)を大量に建設するが、この協定は、今後見直されるべきだ。
まず、就労を続けるなどの理由で被災地に留まらなければならないという条件を満たさない被災者のために仮設住宅を建設するべきではない。
阪神淡路大震災の時には、政府は、高齢者、障害者、病人、負傷者などの災害弱者を優先的に仮設住宅に入居させた。当初神戸市は、入居者を抽選により決定する予定だったが、国からの強い要請で、弱者優先の抽選入居とすることにした。これは、「人にやさしい政治」を施政方針として掲げた村山内閣らしい配慮であったが、弱者優遇のつもりのこの政策は、その意図とは逆に弱者虐待を帰結した。政府と自治体は、予算の大部分を仮設住宅の建設に費やしてしまい、その結果、入居後の災害弱者の生活支援が手薄になり、震災発生後の五年間で、233人が兵庫県の仮設住宅で孤独死した。
災害弱者の大半は就労していないのだから、被災地に住み続けなければならない合理的理由はない。それならば、高齢者は老人ホーム、障害者は障害者福祉施設、病人や負傷者は病院というように、被災によって周辺インフラが損傷を受けていない地域にある既存の専門施設に入居するのが一番理想的である。専門施設に空きがない時は、旅館やホテルなどの宿泊施設の空室を借りればよい。これらの施設は、食事の配給をはじめ、生活支援の体制が整っているので、生活弱者の避難場所として適している。一般の被災者なら、通常の賃貸住宅を利用すればよい。
災害救助法の施行細則は、2011年現在、仮設住宅一戸当たりの設置費用の上限を238万7千円と定めているが、東日本大震災では、断熱材の追加など寒冷地対策の費用を上乗せしたことなどから、500万円程度かかっているという[2]。500万円で仮設住宅を建造し、2年後に取り壊す(その撤去費用は、500万円に含まれていない)よりも、一世帯あたり500万円分のバウチャーを支給した方がコスト・パーフォーマンスがよい。
バウチャーではなくて、現金で支給した方が、手続きが簡素化するのでよいと思うかもしれないが、現金支給だと、ギャンブルや風俗などに補助金を使う不心得者が出てくるので、住居費、食費、医療費など、用途を基本的な生命維持に限定できるバウチャーとして支給した方が、納税者の理解が得やすい。バウチャーも悪用される可能性はゼロではないが、現金支給よりはその可能性が低い。
バウチャー制度に近い住宅供給策が、震災から50日以上経過して、ようやく講じられるようになった。被災者が探した賃貸住宅を仮設住宅として認め、補助金を出す「みなし仮設住宅」の制度である。この制度は好評で、支給される金額は、敷金などを入れて、二年間で約150万円と安いにもかかわらず、仮設住宅への入居をキャンセルして、みなし仮設住宅を選ぶ被災者が急増している。
もちろん、被災者の中には、現地での就労を続けるために、どうしても被災地に留まらなければならず、かつ通勤できる範囲内に入居可能な既存の住宅を見出すことができない人もいる。そうした人たちのためならば、仮設住宅の建設は正当化されるかといえば、そうではない。固定的な仮設住宅を建設する代わりに、トレーラーハウスを借りるという手段もあるからだ。
トレーラーハウスとは、自動車によって牽引され、定置で使用し、電気やガスなどのライフラインを工具を用いずに着脱することができ住宅で、英語圏では“mobile home”あるいは“house trailer”と呼ばれている。
既に、気仙沼市の大島のように、トレーラーハウスが無償で貸し出されたところもあるが、無償では供給量に限界があるので、仮説住宅建設の費用を転用して、つまりバウチャーの対象として借りることができる制度を作るべきだ。
トレーラーハウスには、固定型仮設住宅と比べて、以下のようなメリットがある。
- コストが安く、環境負荷が少ない:トレーラーハウス一台当たりの製造コストは、300-500万円で、仮設住宅の費用と大差がないが、トレーラーハウスの耐用年数は30年ほどあるので、2年間のリースのコストは、2年間で破棄する仮設住宅のコストと比べて、運送費を考慮に入れても、大幅に低く抑えることができる。また、長く使うので、資源の節約となり、環境に与える負荷も少なくてすむ。
- すぐに入居できる:仮設住宅は、材料から組み立てるので、完成までに時間がかかる。仮設住宅一棟の建設期間は約3週間で、阪神大震災では、約4万8千戸の建設完了まで4カ月ほどかかった。その間、被災者は、環境が劣悪な避難所で待たなければならない。これに対して、トレーラーハウスの場合、完成品を輸送するだけなので、短期間にニーズに応えられる。海外から輸入する時は、もっと時間がかかるが、何ヶ月もかかることはない。
- 自由に移動できる:トレーラーハウスには、職場の近くなど、設置したいところに置くことができるというメリットもある。固定型仮設住宅の場合は、町の中心部など、交通の便のよいところに建設できない。町の再開発の邪魔になるからである。町の中心から遠く離れた場所に建設した結果、入居希望者が見つからないという問題が起きている。
例えば、宮城県気仙沼市は、中心部に仮設住宅用の土地が少ないため、隣接する岩手県一関市に320戸の仮設住宅を建設したが、交通の便が悪いことから、入居希望者が30世帯ほどしかなかった。そこで、1400万円の予算をかけて、入居者に商品券や通学定期券代を支給することにしたとのことである[「遠い仮設」入居へ支援 宮城・気仙沼市、商品券を支給 (date) 2011年8月13日 (media) 朝日新聞]。これでは、費用がますます高くなってしまう。
これに対して、トレーラーハウスは、再開発の邪魔になるのなら、その都度空いている場所に移動すればよいので、こうした問題が起きない。2011年9月21日に、東北の被災地を襲った台風15号のおかげで、仮設住宅の中には床上浸水などの被害を受けたところがあったが、トレーラーハウスなら、予め台風の被害が少なそうな場所に移動することもできる。
日本では、1996年の規制緩和以降、トレーラーハウスの所有者が徐々に増え始めたが、大規模災害に対応できるほどの数でもないし、専門的なリース事業者も少ない。しかし「災害時における応急仮設住宅の建設に関する協定」を破棄し、代わりにトレーラーハウスをバウチャーの対象にすれば、トレーラーハウスを資産として運用する道が開ける。日本だけなら、頻繁に需要があるということはないが、各国政府や国連が、自然災害や戦争などにより住居を失った避難民のためにトレーラーハウスを貸借するマーケットを作れば、かなりコンスタントかつ大量に官公需が発生することになるので、トレーラーハウスのリース事業は、営利ビジネスとして十分に成り立つ。
トレーラーハウスが量産されると、単価が減少し、民間での需要が掘り起こされるようになる。トレーラーハウスは、テントのような機動性とホテルのような快適さを兼ね備えたハイブリッドな宿泊施設として、潜在的な需要を持っている。また、トレーラーハウスには、住居用のみならず商用の需要もある。夏はビーチ、冬はスキー場というように、集客が見込める時間と場所を選んで店舗を移動すれば、資本の回転率を高めることができる。移動可能な店舗は、移動可能な住居と同様に、被災地が復興する過程で重要な役割を果たす。規制緩和等により、移動可能住居と移動可能店舗を普及させることが、災害時における危機対応力を高めるのである。
こうした仮設住宅に収納するより、借入可能な民間住宅を借り上げて少しでも費用を軽減して復興費用とする。そして、財源を出来る限り企業修復の費用に充て雇用の改善へと向けることです。
なみお さんが書きました:
財源を出来る限り企業修復の費用に充て雇用の改善へと向けることです。
私は、震災からの復興をすべて政府が税金やるべきであるとは考えていません。特に、企業の復興に関しては、市場経済の力をもっと活用するべきでしょう。大震災で家や工場などを失った被災者が、返済中のローンに加えて、再建の過程で新たな債務にも苦しむ「二重ローン」が問題となっていますが、これは、日本が直接金融よりも間接金融を中心にしていることによる弊害です。
直接金融による復興は、被災者が投資を募って、復興事業を起こすという形でも、既存の株式会社が被災地に投資し、被災者を雇用するという形でも、どちらでもかまわないのですが、いずれも、被災者が債務を増やすことはないし、事業が成功すれば、被災者だけでなく、投資家も利益をあげることができるのだから、支援側が一方的に負担するだけの寄付やボランティアや政府支援とは異なったメリットがあると思います。
しかしながら、日本では、直接金融型復興に制度的ないし慣習的な壁があります。特に、東北地方の主要産業の一つである農業の分野では、近年規制緩和が進んだとはいえ、株式会社の進出が困難です。例えば、宮城県の養殖漁業に民間企業を参入させるという村井嘉浩宮城県知事の水産業復興特区構想に宮城県漁協組合は猛反発しています。こうした制度的あるいは慣習的な壁をどう乗り越えていくかが今後の課題でしょう。
イランから仮設住宅の支援要請が来ている。
仮設住宅の支援を イラン被災者、日本に期待 (date) 2012年8月15日 (media) 産経新聞 さんが書きました:
11日に2度のマグニチュード(M)6超の地震が発生、多くの家屋が倒壊したイラン北西部の被災地で、日本の支援に期待する声が高まっている。要望が多いのは仮設住宅の提供。「昨年の大地震や津波で日本が大変なのは分かっているが、何とか助けてほしい」と切実な訴えが相次いでいる。
「政府に十分な仮設住宅を提供する能力はない。海外からの支援を受け入れる以外に方法はない」。北西部バルザガン近郊のロウジ村。14日午後、家の壁が大きく崩れた自宅の前で教師のアブドラ・マースミさん(36)が強調した。
地震発生から3日がたったが、水や食料、テントが村に運ばれてきたことは一度もない。地元当局者によると、被災地では少なくとも5万人が屋外での避難生活を余儀なくされている。
残念ながら、日本の空室になっている仮設住宅をそのままイランに貸すということはできない。トレーラーハウスなら、こういう時迅速にレンタルできる。
2. 参照情報
- 中井久夫『災害がほんとうに襲った時――阪神淡路大震災50日間の記録』みすず書房 (2011/4/20).
- 西野弘章『避難所に行かない防災の教科書』扶桑社 (2020/8/30).
- 脇屋義信『キャンピングトレーラーと暮らす: 購入から飼いならしまで、トレーラーの知識詰め込みました』2018/12/1.
- ↑ここでの議論は、システム論フォーラムの「仮設住宅の建設は必要か」からの転載です。
- ↑仮設住宅高すぎ?阪神大震災時の2倍「便乗値上げ」指摘も (date) 2011.6.30. (media) MSN産経ニュース
- ↑FEMA Photo Library. “A mobile home being moved in California." 28 November 2007.
- ↑Muffingg. “A mobile home in Fort William, Scotland" Licensed under CC-BY-SA.
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません