6月 182014
 

ジョージェスク・レーゲンは、地球のような閉じたシステムでは、物が散逸するエントロピーは不可逆的に増大するという「熱力学第四法則」により、地球上に住む私たちは熱死ならぬ物死を先に迎えると予言し、さらに、リサイクルによって持続可能な経済を実現しようとすることは永久機関を作ろうとする行為であり、リサイクルによって物死を回避することは不可能であると主張した。しかし、ジョージェスク・レーゲンが謂う所の熱力学第四法則は物理学的に間違いであり、リサイクルをすること、すなわち熱のエントロピーを増大させることで物のエントロピーを縮減し、熱のエントロピーを宇宙に捨てることで地球内における物のエントロピーを低く維持し続けることは、原理的には可能である。

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1 : 従来の経済学の問題点

ニコラス・ジョージェスク・レーゲン(Nicholas Georgescu-Roegen; 1906 – 1994)によると、古典派経済学とその流れをくむ新古典派経済学は、ニュートンによって大成された古典力学の影響を受けており、機械論的である。

古典力学は、自然の中にある永続的な質的変化の存在を顧慮することも、またこの存在を一つの独立した事実として受け入れることもできないがゆえに、機械論的である。力学が知っているのは、場所的な移動だけである。場所的な移動は可逆的であるとともに、質を欠いている。これと同じ欠陥が、近代経済学のなかにもその創設者たちによって持ちこまれた。 ジェヴォンズとワルラスの証言によると、彼らはせいぜいのところ、厳密に力学のパターンにならって経済の科学を創り上げようという熱望を抱いていたにすぎなかった。[1]

たしかに、古典派経済学の出発点となったアダム・スミスの『国富論』が出版されたのは 1776年で、十七世紀科学革命の後である。その理論傾向にも類似性が認められ、ニュートン力学が、質量を持った物体とそれに働く力という単純な機械的モデルで力学的現象を説明するように、古典派経済学は、利己心を持った個人とそれに働く効用最大化の動機という単純な機械的モデルで経済活動を説明する。ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ(William Stanley Jevons ; 1835-82)がかつて表現したように、経済学とは「効用と利己心の力学[2]」なのである。そして、古典派経済学は、ニュートン力学と同様に、時間の不可逆性を無視した、可逆的で超歴史的なメカニズムについての分析に終始している。

それを見事に示しているのが、完全に閉ざされたシステムの中での循環ダイヤグラム、生産と消費の振り子運動によって経済的プロセスを表す標準的な教科書の記述だ。標準的な経済学的文献を飾りたてる数学的記述でこの状況が変わるということはない。それらもまた経済的プロセスを自立した機械の類似物に還元する。[3]

十七世紀科学革命は、本質的には物理学の革命であったのだが、天文学の分野から始まった。これには理由がある。地上での現象には空気抵抗や摩擦があり、これらの攪乱要因を無視した単純な力学理論を構築することが難しかったからだ。天体の運動では、摩擦を無視することができるからこそ、ケプラーの法則のような定量的な法則を発見することができたのである。天上界で成り立つ理想化された力学的法則が地上界にも適用されることで、万物の運動を可逆的に認識する近代的な超歴史的世界観が誕生する。近代の経済学者がそのパラダイムを受け入れたことは自然なことであった。

他方で、摩擦によって生じる熱を無視するのではなくて、むしろ研究の主題にした熱学あるいは熱力学と呼ばれる学問も現れた。カルノー・サイクルは、攪乱要因を無視した、理想化された可逆的サイクルだったが、サディ・カルノーが開拓した熱力学は、物理的変化の不可逆性を証拠立てる熱力学第二法則の発見をもたらすことになる。ところが、熱力学第二法則が発見された後も、経済学者たちは、相も変わらずニュートン的なパラダイムに固執し、資源の永続的な使用を前提とした無時間的な経済理論に安住している。

もちろん、経済学者の中には、歴史の不可逆性を肯定する人もいた。マルクスはその代表である。しかし、マルクス主義経済学者にとって、歴史とは進化の歴史であって、退化の歴史ではない。この点で、マルクス主義経済学者は、無限の経済成長を楽観的に想定する近代経済学者と変わるところはない。また、マルクスは、古典派経済学を批判したが、労働価値説は継承し、天然資源に価値を認めなかった。しかし、エントロピーの法則に従うなら、人間は自然から与えられた価値を消費するだけである。もっと正確に言うと、生産する以上に消費する。つまり、人類の文明は、資源を食い潰すことで終焉を迎える。労働者が価値を作り出すことができると考えたマルクスや他の経済学者にとって未来が輝かしかったのに対して、ジョージェスク・レーゲンにとって未来は暗い。この点で、マルクス主義経済学も、従来の経済学の埒を超えるものではないということになる。

このように、ジョージェスク・レーゲンの経済学へのアプローチは、近代経済学ともマルクス主義経済学とも異なる。では、彼のアプローチは全く新しい試みかと言えば、そうでもない。彼より以前にも、エントロピーの概念を経済学に取り入れようとした学者はいた。例えば、米国の数学者、ハロルド・デイヴィス(Harold Davis; 1892 – 1974)は、1941年の著作で、貨幣の効用を経済的エントロピーで表すことを提案している[4] が、成功しているとは言い難い[5]

この他、ケネス・エワート・ボールディング (Kenneth Ewart Boulding; 1910 – 1993) は『二十世紀の意味』という1964年に出版された本の中で、「エントロピーの罠[6]」が文明社会からポスト文明社会への進化を妨げる課題の一つとして挙げているが、年代が近いためか、ジョージェスク・レーゲンは言及していない。

ジョージェスク・レーゲンによれば、しかしながら、経済学に熱力学的アプローチを取り入れることは、それよりずっと前から行われていたと言うことができる。なぜなら、熱力学の創始者であるカルノーを経済学者とみなすことができるからである。

振り返ってみると、カルノーが興味を示した問題の本性が経済的であることは明白である。それは、すなわち、所与の自由熱の入力から最高の力学的仕事の出力を得ることができる条件を決定することである。カルノーは、それゆえ、最初の計量経済学者と呼ばれてしかるべきである。[7]

もちろん、カルノーにせよ、クラウジウスにせよ、ボルツマンにせよ、本来の経済学を積極的に論じたことはない。だからこそ、ジョージェスク・レーゲンのような試みが注目を浴びたのである。

2 : 天然資源に価値はないのか

ジョージェスク・レーゲンは、従来の経済学が、天然資源が無尽蔵にあることを前提にして、天然資源それ自体に価値を認めなかったことを問題視する。

新古典派の経済学者たちが、経済過程についての自分たちの表現の中から天然資源を除いたままにしておくその仕方の驚くべき安易さは、おそらく、自然が私たちに提供してくれるものはすべて無償であるとするマルクスのドグマとも無関係ではなかろう。

[…]

おそらく、近代経済学が成長し、花開いた国々の場合には、原料資源を確保するのに何ら困難がなかったという事情が、経済学者たちをしてこの決定的な経済要因を見えなくしてしまったさらにもう一つの理由であったろう。その同じ諸国が世界の天然資源の支配をめぐって戦った戦争でさえも、これら経済学者たちを眠りから覚ますことはなかった。[8]

ジョージェスク・レーゲンは、最後の文に注を付け、1865年の著作『石炭問題』において、ジェヴォンズが英国の石炭供給が徐々に枯渇しつつあることを警告したことを例外として挙げている。ジェボンズは、今後蒸気機関などで燃料効率を改善しても、それは石炭の消費を減らすよりもむしろ増やすという悲観的な見通し[9]を立てていた。

天然資源の有限性とその価値を認めたもう一人の例外となる経済学者は、土地に価値を見出したデヴィッド・リカード(David Ricardo; 1772 – 1823)である。1817年の著作、『経済学及び課税の諸原理』で、リカードは、炭鉱における石炭のような資源価値を「土地の本源的で破壊できない力[10]」から区別した。その力は土地によってまちまちであり、力がある、すなわち生産性の高い土地に限度があるがゆえに、その土地には価値があるとリカードは考え、地代の根拠を無料で使える土地の生産性の差に求めた。これは差額地代論と呼ばれている。

リカードの土地も石炭の鉱床も利用可能な量は限られている。違いは、一個の石炭はたった一回しか使えないというところにある。そして、実際のところ、エントロピーの法則ゆえにエンジンは(それどころか生命体すら)究極には消耗し、新しいものと取り換えられなければならない。すなわち、環境の低エントロピーをさらに使わなければならない。[11]

土地を畑として使うとしよう。作物は、太陽光が作る高温熱源と蒸散が作る低温熱源との間にある温度格差から資源を生み出し、それを有機物の形で保存する。石炭もまた古代の植物を起源としており、化石燃料を含めた有機物は、燃やされれば資源価値を失うが、熱機関としての地球は、畑において絶えず新たに有機物を作り出す。熱機関としての地球が、有機物をはじめ様々な経済的価値を今後とも新たに作り続けると見込まれるから土地には恒久的な価値があるとみなされているのであって、その見込みなしで恒久的な価値を持つことはない。

従来の経済学者たちは、そうは考えなかった。古典派の経済学者もマルクス主義経済学者も、経済的価値を作り出すのは人間の労働であると考えた。たしかに価値を価格として決めるのは人間だが、人間が労働を通して無から価値を物理的に生み出すという考えは熱力学的には間違いである。地球内部において価値を作り出すのは熱機関としての地球であり、人間は、作り出す価値以上のエントロピーを発生させているのだから、価値を生産しているというよりもむしろ消費しているにすぎない。それにもかかわらず、私たちがプラスの価値を生産していると感じるのは、宇宙にごみとして捨てているエントロピーのことを忘れているからである。物理学的に見るなら、人間にできることは、せいぜいいかにして無駄を減らすかということだけである。

3 : 経済的価値とエントロピー

ここで、価値とは何かをエントロピーの観点から考えてみよう。商品の価値を決める要因には、有用性と希少性という二つの契機が必要であり、そのどちらもがエントロピーによって説明することができる[12]。ジョージェスク・レーゲンは、価値一般をエントロピーで規定することは断念し、エントロピーの低さは商品が有用であるための必要条件にすぎないと言う。

私たちの経済生活全体が低エントロピー、すなわち、布、材木、陶磁器、銅など、すべて高度に秩序付けられた構造を餌にしているということは、少し観察すればわかることである。しかし、この発見が私たちを驚かせることはないに違いない。熱力学が経済問題から発達して、その結果、電気精錬により高純度化された銅(それは、私たちの役に立つ)と同じ銅の原子が分散して何の役にも立たなくなったものとを区別するべく秩序を定義せざるを得なかったことは当然である。そこで、私たちは、低エントロピーは、あるものが有用であるための必要条件であるということを厳然たる事実として受け取ることができる。[13]

エントロピーの低さが有用であるための必要条件であっても十分条件でないのは、毒キノコは低エントロピーだが有用ではないとか、オムレツは生卵よりもエントロピーが大きいが、有用性が高いといった事例があるからである[14]とジョージェスク・レーゲンは言うのだが、生卵よりもエントロピーが大きいオムレツの方が有用なら、エントロピーの低さはそれが商品価値を持つための必要条件ですらない。毒に関しても、健康に被害がないほどに薄めた方が商品価値を生じるのだが、薄めるということは、エントロピーを増大させることである。

価値をエントロピーで説明しようとする着想は間違っていないが、ジョージェスク・レーゲンは、商品の有用性が、価値判断主体のエントロピーの縮減に因果的に寄与するかどうかで決まるのであって、商品それ自体のエントロピーによって決まるのではないということがわかっていないため、結論において間違いを犯している。商品の希少性は、入手の不確定性としてのエントロピーであり、その不確定性が大きいほど、それの否定である商品の入手には価値がある。ジョージェスク・レーゲンは、情報とエントロピーを関係付けることをミスリーディングとして否定している[15]ので、希少性としての価値をエントロピーによって定義することを受け入れることができない。彼にとって、エントロピーとは熱か物理的な拡散かのどちらかでしかありえないのである。

4 : 完全なリサイクルは不可能か

エントロピーは熱力学から生まれた概念であり、クラウジウスは、当初、システムに流入する熱とシステムの絶対温度によってこれを定義したが、後に分散度(Disgregation)と熱の変換値の合計として定義したことは既に述べた。ジョージェスク・レーゲンは、「物質も重要だ[16]」と述べ、従来の熱の変換値としてのエントロピーのみならず、分散度の変換値としてのエントロピーにも注目した。彼は、熱力学第二法則はたんに熱のエントロピーが増えることしか述べていないと考え、「いかなる閉じたシステムも、無限に同じ割合で力学的仕事を行うことはできない[17]」という「熱力学第四法則」を提唱した。

この法則が意味するのは、閉じたシステムでは、物質は絶えず不可逆的に利用可能な状態から利用不可能な状態へと劣化するということである。力学的仕事をいつまでもし続けることができる閉じたシステムなるものは第三種の永久機関である。[18]

ジョージェスク・レーゲンは、1966年の処女作で、エントロピーを無秩序として定義する統計力学に従い、エントロピーの法則とは別の「熱力学的な時計[19]」となる熱力学第四法則(a Fourth Law of thermodynamics)の発見を既に予想しており、この時間的な法則が熱死とは異なる終末を予告するとほのめかしていた。

統計力学によれば、それゆえに、宇宙の劣化はクラウジウスの熱力学が思い描いていたよりももっと広範囲なものになるであろう。それは、エネルギーのみならず物質の構造にも及ぶ。物理学者が通俗的に表現するように、自然においては秩序から無秩序への不変の傾向がある。それで無秩序は絶えず増え続け、かくして宇宙はカオスに向かって突き進む。これは熱死よりもはるかにおぞましい光景だ。[20]

熱力学第四法則の内容を最初に表明したのは、1976年にアメリカ科学振興協会(AAAS)によってボストンで開催されたアニュアル・ミーティングで行われた「異なった経済的パースペクティブ」という発表においてであった。熱力学第四法則が適用される閉じたシステム (closed system 閉鎖系) とは、環境と物質の交換はしないが、エネルギーの交換はできるシステムのことで、地球はその一例である。太陽放射によって地球に流入した熱は、宇宙へと捨てられるので、地球はその環境とエネルギーの交換を行っており、熱エントロピーを宇宙に捨てることができる。ところが、熱とは異なり、物質は地球から宇宙空間へと容易に脱出することができない。水素分子やヘリウムのような軽い分子なら地球の重力を振り切ることができるが、それ以外は、ロケットのように、相応のエネルギーを使わなければ無理である。隕石など、宇宙から地球に流入する物質も、さしあたり量的に無視できる。地球は完全に閉じたシステムではないが、それに近いということができる。だから、私たち地球の生命体は、熱のエントロピーのように容易に物のエントロピーを宇宙に捨てることができない。だから、地球は、宇宙が熱死を迎えるよりもずっと早く、物死を迎えるとジョージェスク・レーゲンは考えたのである。

熱力学第一法則(エネルギー保存則)に反する永久機関を第一種永久機関、熱力学第二法則(エントロピー非減少則)に反する永久機関を第二種永久機関と呼ぶのに対して、ジョージェスク・レーゲンは、自らが提唱する熱力学第四法則(物質拡散則)に反する永久機関を第三種永久機関と呼び、リサイクルのような物質的エントロピーを縮減しようとする試みを、第三種永久機関を作ろうとする試みで、完全に実現することは不可能であると批判した。以下は、なぜリサイクルが完成することはないのかの説明である。

たしかに、部屋の中では、それどころかホールの中ですら、わずかな努力でばらばらになったネックレスの真珠のすべてを再び集めることができる。しかし、マンハッタンのどこかでばらばらになった石炭船に同じ芸当をするには、たんに途方もないエネルギーが必要なだけではなく、非常に長い、長い時間がかかることであろう。この長いプロセスを通じて、例えば靴のような物質的な装置が摩滅し、磨滅の後で再び回収しなければならなくなる。私たちは、事実上無限の後退に巻き込まれることになる。だが、この二番目の話ですら物質の実際の散逸を描いてはいない。散逸した物質は、使い古したペニー硬貨の使用から分離する銅分子[ママ]、使い古したタイヤから分離するゴムの粒子、自動車の排気ガスから大気に飛散する炭素の分子によって最も鮮明に描かれる。私たちが呼吸のたびにかつてプラトンが吸った空気の粒子を吸っているといった話を私たちはしばしばするが、現在私たちが知っていることでもっと関心を惹くことは、危険な放射性元素が最終的に広範囲の牛乳を汚染しているということである。エネルギーを使うだけでそれらをすべて回収し、かくして牛乳を飲んでも安全なようにすることはできるだろうか。そもそも回収などということができるのか。

巨視的構造から微視的構造への不当な推定により、そして、バラバラになったネックレスのリサイクルですら惹き起こされる追加的な摩耗の終わりなき連鎖を無視することで、リサイクルは完成することができると人は宣言しがちである。タイヤを道路に接触させて使うことで分離するゴムの分子は不可逆的に失われるというのが偽らざる真実なのだ。これらの物質の完全なリサイクルは、たとえ思考実験による想像であっても、とてつもなく長い、事実上無限の時間を要することだろう。この障害だけでも、私たち有限な存在によって克服することは不可能であり、同じ理由から、以前述べたとおり、完全な不可逆性は不可能である。[21]

これを読めば、ジョージェスク・レーゲンがリサイクルを誤解していることがよくわかる。たしかに銅原子一つ一つに番号を付け、銅硬貨から剥離する銅原子をすべて回収し、おのおのを元の位置に戻すには、無限のエネルギーと時間が必要であろう。しかしこのような作業は、私たちがリサイクルと呼んでいる作業とは異なる。リサイクルとは、同じ物を復元することではなくて、似た物を新たに作ることなのである。後者は、前者とは異なり、有限なエネルギーと時間で可能である。

ジョージェスク・レーゲンは、統計力学を引き合いに出して、クラウジウスの限界を乗り越えたかのようなエントロピーの再定義を行った。だが熱のエントロピーと物のエントロピー(分散度)の分割は、クラウジウスによって既に行われており、かつ後者が前者によって減らされることも認識されていた[22]。地球のような閉じたシステムでは、熱のエントロピーを増やすことで物のエントロピーを減らすことができる。そして熱のエントロピーを絶えず宇宙に捨て続けることで、物のエントロピーを低く抑えることができる。宇宙は、人類の経済規模と比べて無限に大きく、宇宙におけるエントロピーの増大を心配する必要はない。だから、ジョージェスク・レーゲンが謂う所の「熱力学第四法則」は間違いであり、リサイクルをすることは、熱力学の法則に反する永久機関を作ることにはならないということである。

5 : 地球は資源をリサイクルする

ジョージェスク・レーゲンが、遠くない将来に地球が物死を迎えると予言したのは、物質的な資源が自然に再生産されることはないと考えているからである。

人類が自然からもらう持参金は、周知のとおり、(1)地球上あるいは地球内部の低エントロピーのストック、(2)太陽エネルギーのフローという二つの本質的に異なった要素から構成されている。[23]

持参金とは、結婚に際して新婦が用意する金銭である。これは、一回限りの金で、毎年新婦の実家から送られてくるということはない。ジョージェスク・レーゲンは、地球が持っている低エントロピーの資源をそのように捉えていたということである。彼は、これら人間にとって利用可能な自由エネルギーの二つの源泉の違いを次のようにも説明している。

人類は地球上の持参金に対してほぼ完全な支配権を有している。それをすべてたった一年で使うことも想像上は可能である。しかし、人類が太陽放射の流れ完全にコントロールすることは、どのような実用的な目的に対しても不可能である。また未来の流れを今使うこともできない。二つの源泉のもう一つの非対称性は、その特殊な役割と関係する。地球上の源泉のみが、そこから最も重要な道具を作るところの低エントロピーの物質を私たちに提供する。[24]

太陽放射がフローだとするなら、地熱もフローであり、どちらも未来のフローを今使うことはできない。前者のフローは、主として有機物を低エントロピーのストックとして新たに作り、後者のフローは、主として鉱物資源を低エントロピーのストックとして新たに作る。これらのストックは、持参金のように、一度使ったらそれで終わりということはない。熱機関としての地球が行う仕事により、増大した物のエントロピーは再び縮減され、新たなストック資源が再生産されるからだ。

光合成の産物は、地下資源化されると化石燃料と呼ばれ、その名称から再生不可能な資源と一般に思われている。しかし、化石燃料を燃やしてできる水と二酸化炭素は、光合成によりまた元の有機物へとリサイクルされる。そうした有機物はバイオマスと呼ばれ、化石燃料と区別されているが、両者の間に本質的な違いがあるわけではないから、化石燃料を広義のバイオマスに含めることは可能である。また、狭義のバイオマスも、地熱の作用により、ケロジェンから原油を経て熱分解性ガスへと変質していく。だからバイオマスとは区別した化石燃料という意味でも、それは再生可能なエネルギーであると言える。もっとも、現在私たちが化石燃料を消費するスピードは、新たに熟成する化石燃料の生産スピードをはるかに超えており、それゆえ枯渇する資源とみなされている。しかし、これは量の問題であって、リサイクルが原理的に不可能であるということを帰結するものではない。つまり、もしも、広義のバイオマスの消費スピードを生産スピード以下にすれば、熱力学第四法則は成り立たなくなるということである。

次にもう一つの「自然からもらう持参金」である鉱物資源について考えてみよう。この資源に関しても、エントロピーが増える一方ということはない。高エントロピーの鉱物の混合物も、マグマによって直接的に、あるいはマグマによって熱せられた熱水によって間接的に溶かされ、それが冷却する過程で、同じ融点の鉱物が濃縮されて、低エントロピーの結晶として鉱床を形成する。また、地表での風化、浸食、運搬によって物理的性質が同じ鉱物が濃集して鉱床を形成することもある。このように、熱機関としての地球が行う仕事により、鉱物の分散エントロピーも縮減される。ここでも、地球における物のエントロピーが不可逆的に増大するというジョージェスク・レーゲンの認識は、間違っていると言わなければならない。

もとより地球が鉱物のエントロピーを縮減する速度は低い。ハワイでの観測結果[25]によると、地殻の沈み込みと湧き出しによるリサイクル周期は2億年から6.5億年で、マントル対流による地殻の速度は、1年につき2センチメートル程度である。湧き出しにより新たに鉱床が形成されるが、私たちが鉱物のエントロピーを増大させている速度と比べると、自然界のエントロピー縮減速度は低すぎる。だから、一方で私たちによる鉱物資源のエントロピー増大速度を低下させる努力をしつつも、他方で、粉砕と選別、溶融と結晶化という地球が行っているエントロピー縮減の仕事を廃棄処分に取り入れることで、リサイクルを人為的に行う必要がある。自然界が行う有機物のリサイクルは、自然界が行う鉱物資源のリサイクルよりもずっと速度が高いが、それでも人間は農業という形でそのリサイクルを加速し、コントロールすることができる。自然界が行うリサイクルに加え、人為的なリサイクルを行うことで地球内における物のエントロピーを低く維持し続けることは、原理的には可能なのである。

6 : 参照

  1. “Classical mechanics is mechanistic because it can neither account for the existence of enduring qualitative changes in nature nor accept this existence as an independent fact. Mechanics knows only locomotion, and locomotion is both reversible and qualityless. The same drawback was built into modern economics by its founders, who, on the testimony of Jevons and Walras, had no greater aspiration than to create an economic science after the exact pattern of mechanics.” The Entropy Law and the Economic Process (page) 1 (author) Nicholas Georgescu-Roegen
  2. “the mechanics of utility and self-interest” The Theory of Political Economy (page) 21 (author) William Stanley Jevons
  3. “A glaring proof is the standard textbook representation of the economic process by a circular diagram, a pendulum movement between production and consumption within a completely closed system. The situation is not different with the analytical pieces that adorn the standard economic literature; they, too, reduce the economic process to a self-sustained mechanical analogue.” The entropy law and the economic problem (author) Nicholas Georgescu-Roegen (media) Valuing the Earth: Economics, Ecology, Ethics (page) 75 (editor) Herman E. Daly, Kenneth N. Townsend
  4. The theory of econometrics (page) 171-76 (author) Harold Thayer Davis
  5. The Entropy Law and the Economic Process (page) 18 (author) Nicholas Georgescu-Roegen
  6. “the entropy trap” The Meaning of the Twentieth Century; the Great Transition (chapter) 7 (author) Kenneth Ewart Boulding
  7. “In retrospect it is obvious that the nature of the problem in which Carnot was interested is economic: to determine the conditions under which one could obtain the highest output of mechanical work from a given input of free heat. Carnot, therefore, may very well be hailed as the first econometrician.” Analytical economics: issues and problems (page) 92 (author) Nicholas Georgescu-Roegen
  8. “The intriguing ease with which Neoclassical economists left natural resources out of their own representation of the economic process may not be unrelated to Marx’s dogma that everything nature offers us is gratis. […] Perhaps the absence of any difficulty in securing raw materials by those countries where modern economics grew and flourished was yet another reason for economists to remain blind to this crucial economic factor. Not even the wars the same nations fought for the control of the world’s natural resources awoke economists from their slumber. ” The Entropy Law and the Economic Process (page) 2 (author) Nicholas Georgescu-Roegen
  9. The Coal Question: An Inquiry Concerning the Progress of the Nation, and the Probable Exhaustion of Our Coal-Mines (page) 4 (author) William Stanley Jevons
  10. “the original and indestructible powers of the land” The Principles of Political Economy and Taxation (chapter) 2 (author) David Ricardo
  11. “Both Ricardian land and the coal deposits are available in limited amounts. The difference is that a piece of coal can be used only once. And, in fact, the entropy law is the reason why an engine (even a biological organism) ultimately wears out and must be replaced by a new one, which means an additional tapping of environmental low entropy.” The entropy law and the economic problem (author) Nicholas Georgescu-Roegen (media) Valuing the Earth: Economics, Ecology, Ethics (page) 80 (editor) Herman E. Daly, Kenneth N. Townsend
  12. 価値とは何か (author) 永井俊哉
  13. “Casual observation suffices now to prove that our whole economic life feeds on low entropy, to wit, cloth, lumber, china, copper, etc., all of which are highly ordered structures. But this discovery should not surprise us. It is the natural consequence of the fact that thermodynamics developed from an economic problem and consequently could not avoid defining order so as to distinguish between, say, a piece of electrolytic copper ― which is useful to us ― and the same copper molecules when diffused so as to be of no use to us. We may then take it as a brute fact that low entropy is a necessary condition for a thing to be useful.”Analytical economics: issues and problems (page) 93-94 (author) Nicholas Georgescu-Roegen
  14. The Entropy Law and the Economic Process (page) 282 (author) Nicholas Georgescu-Roegen
  15. Ignorance, Information, and Entropy (media) The Entropy Law and the Economic Process, Appendix B (page) 388-406 (author) Nicholas Georgescu-Roegen
  16. “Matter matters, too” Matter matters, too (author) Nicholas Georgescu-Roegen (media) Prospects for Growth: Changing Expectations for the Future (page) 293-313 (editor) Kenneth D. Wilson
  17. “No closed system can perform mechanical work at a constant rate indefinitely” Energy and matter in mankind’s technological circuit (author) Nicholas Georgescu-Roegen (media) Energy crisis: Policy response (page) 121 (editor) Peter N. Nemetz
  18. “The implication is that, in a closed system, matter continuously and irrevocably degrades from an available to unavailable state. A closed system that can perform mechanical work steadily constitutes perpetual motion of the third kind.” Energy and matter in mankind’s technological circuit (author) Nicholas Georgescu-Roegen (media) Energy crisis: Policy response (page) 121 (editor) Peter N. Nemetz
  19. “thermodynamic clock” Analytical economics: issues and problems (page) 73 (author) Nicholas Georgescu-Roegen
  20. “According to statistical mechanics, therefore, the degradation of the universe would be even more extensive than that envisaged by Classical thermodynamics: it covers not only energy but also material structures. As physicists put it in nontechnical terms, In nature there is a constant tendency for order to turn into disorder. Disorder, then, continuously increases: the universe thus tends toward Chaos, a far more forbidding picture than the Heat Death.” Analytical economics: issues and problems (page) 75 (author) Nicholas Georgescu-Roegen
  21. “Unquestionably, with a little effort we can reassemble all the pearls of a necklace that has broken inside a room, even in a hall. But to perform the same feat for a collier that has broken somewhere in Manhattan, it would take not only a fantastic amount of energy, but also a long, very long, time. In this long process, some material devices (shoes, for instance) will wear out and will have to be reassembled thereafter; we will be involved in a virtually endless regress. However, even this second story does not depict the actual dissipation of matter. Dissipated matter is most vividly illustrated by the copper molecules detached by use from a worn-out penny, by the rubber particles detached from worn-out tires, by the molecules of carbon carried by the exhaust of an automobile into the atmosphere. We are often told that in every human’s breath there is now a particle of air that was once breathed by Plato. More in the interest of the present time, we know that some dangerous radioactive elements have ultimately contaminated the milk of large areas. Can we reassemble them all only by the use of energy and thus render the milk safe to drink? Can we reassemble them at all? By an unwarranted extrapolation from macroscopic to microscopic structures and by ignoring the endless chain of the additional wear-and-tear caused by recycling even broken necklaces, one is apt to proclaim that recycling can be complete. The bare truth is that the rubber molecules detached by use from tires on the roads are irrevocably lost. The complete recycling of these materials, even if envisioned as Gedankenexperiment, would require a fantastically long time, virtually infinite. This obstacle alone could not be overcome by our finite existence, which (as mentioned earlier) is the same reason that denies the possibility of complete reversibility.” Energy and matter in mankind’s technological circuit (author) Nicholas Georgescu-Roegen (media) Energy crisis: Policy response (page) 120 (editor) Peter N. Nemetz
  22. Ueber verschiedene für die Anwendung bequeme Formen der Hauptgleichungen der mechanischen Wärmetheorie (media) Abhandlungen Über Die Mechanische Wärmetheorie 2 (date) 1867 (page) 33 (author) Rudolf Clausius
  23. “Man’s natural dowry, as we all know, consists of two essentially distinct elements: (1) the stock of low entropy on or within the globe, and (2) the flow of solar energy, which slowly but steadily diminishes in intensity with the entropic degradation of the sun.”The Entropy Law and the Economic Process (page) 20 (author) Nicholas Georgescu-Roegen
  24. “Man has almost complete command over the terrestrial dowry; conceivably, we may use it all within a single year. But, for all practical purposes, man has no control over the flow of solar radiation. Neither can he use the flow of the future now. Another asymmetry between the two sources pertains to their specific roles. Only the terrestrial source provides us with the low-entropy materials from which we manufacture our most important implements.” The entropy law and the economic problem (author) Nicholas Georgescu-Roegen (media) Valuing the Earth: Economics, Ecology, Ethics (page) 83 (editor) Herman E. Daly, Kenneth N. Townsend
  25. A young source for the Hawaiian plume (author) Alexander V. Sobolev, Albrecht W. Hofmann, Klaus Peter Jochum, Dmitry V. Kuzmin, Brigitte Stoll
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