8月 232005
 

竜宮伝説はしばしば機織姫の物語を伴う。なぜ機織姫が竜女になるのか。日本では、鶴女房が機織姫の話として有名である。浦島物語での亀の恩返しと鶴女房での鶴の恩返しには、どのような関係があるのか。『竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち』を読みながら考えよう。

1 : 機織姫の伝説

水のほとりで選ばれた処女が神の衣を織る。やがて、この生贄は竜神にさらわれ、姿を消す。そして、水底から機を織る音が聞こえてくる。時には水辺に高貴な女人が姿を現し、岸辺に鏡台を立てて長い髪を梳いたりする。こう言い伝える機織姫の伝説は日本各地にある[1]

それは日本だけの特有な伝承ではない。水のほとりに現れる妖精は西洋でも髪を梳く。髪を梳くのは誘惑のしぐさであるとともに、機織や紡績を表すしぐさでもあるという。泉のほとりに現れて歌を歌っていた妖精は、あるとき部屋を覗いて見ると蛇になっていた。日本の「蛇女房」の話がヨーロッパでは蛇妖精メリュジーヌの物語となって数々の作家によって語られる。[2]

2 : 竜蛇神と長い髪の女のイメージ

その正体が竜ないしは蛇である女性は、髪の長い女性として表象される。竜と蛇の長い体、蛇行する川の流れ、女の長い髪、紡がれるて織り込まれる糸、これらはすべてペニスのメタファーである。

女性が、男性と異なって、髪を長く伸ばすのは、女性に欠けているペニスの代替物を作るためである。失恋した女性が髪の毛を切るのは、自発的去勢である。

女性は、元彼という「後ろ髪を引かれる思い」を切り捨てるために、髪の毛を切り捨てる。ふられるということは、プライドが傷つくショッキングな体験である。だから、「私は彼から切り捨てられたのではない。私が彼を切り捨てるのだ」と自分に言い聞かせるように、髪を切り捨て、自分のプライドを守って、失恋という苦から逃れようとする。[3]

3 : 世界の竜宮伝説

蛇妖精メリュジーヌ(Melusine)は、アーサー王物語に出てくる妖精モルガンの姪にあたる。彼女は、土曜日になると下半身が蛇の姿になり、夫がその姿を見たら、永遠に夫と別れねばならないという呪いをかけられていた。メリュジーヌと結婚したレモンダンは、禁忌を破り、下半身が蛇のメリュジーヌを見てしまった。このため、メリュジーヌはレモンダンのもとを離れ、竜となって飛んでいってしまった。

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夫に下半身が蛇の姿であるところを目撃された蛇妖精メリュジーヌ[4]。19世紀の絵画。

これは、日本のホヲリノミコトとトヨタマビメの話と同じであり、世界中に分布している異類婚譚の一種であるが、神が世界を創造した日曜日になると、地母神を連想させる蛇の姿から人間の姿に変わるというところに、そして、禁忌を破って真理を悟ると楽園から追放されるところに、『旧約聖書』の思想を見ることができる。

篠田は、メリュジーヌの住まいは竜宮であると言う。

竜宮の信仰は必ずしも日本や中国だけのものではない。インドのナーガ神の宮殿も地下か海底にあって、当然、憂いを知らない楽園である。いや、アーサー王物語のモルガンや湖の夫人の宮殿も水底の妖精世界である。グラエランやギンガモールが訪れた妖精の国もある。こちらは必ずしも水底とは言われないが、たいていは川を渡った彼方にあり、妖精も水の妖精の性格が強い。[5]

モルガン(Morgan le fay)は、メリュジーヌのおばにあたる。モルガンは、瀕死の重傷を負ったアーサー王を常若の島、アヴァロンへと連れていって、彼の傷を癒した湖の妖精である。ギンガモールの話は、さらに浦島物語に近い。

4 : なぜ水の淵から機織の音が聞こえるのか

竜宮は、海の中だけでなく、池や川の淵にもある。淵からは、機を織る音が聞こえてくる。キッコ、パタンと機を織る音は、胎内音とよく似ている。海の波打つ音も胎内音に近い。神の衣を織るというのは合理化のため考え出されたものであり、音響的・振動的に胎内を思い出させる特性が重要なのである。

機を織ることは、女の特権的な仕事である。フロイトは、女が衣類を編むのは、ペニス羨望ゆえに、擬似ペニスを作りたがっているからだと説明している。しかし衣類はペニスの形をしていない。むしろ糸をペニスと見立て、織物を母体とするならば、機織機で、糸が織物へと織り込まれていくさまは、川が海に注ぎ込む様子と似ている。

5 : 亀の恩返しと鶴の恩返し

浦島物語での亀の恩返しと鶴女房での鶴の恩返しの話は似ている。機を織る所を見てはいけないという禁忌が破られ、玉手箱を開けてはいけないという禁忌を破ったときと同様に、楽園(胎内)から追放される。

鳥はだいたい蛇の婉曲表現なのである。白鳥の長い首は蛇である。蛇に翼が生えれば空を飛ぶ。[6]

鳥の系統のトーテムを持つと見られる産鉄騎馬集団が蛇神信仰を持つ農耕文化地帯に侵入する。軍事的な征服者は間もなく、征服地帯の豊かな文化に魅惑され、文化的には被征服者になる。鳥と蛇のシンボリスム[ママ]が入れ替わる。[7]

鳥をトーテムとする父権宗教が蛇をトーテムとする母権宗教に征服されたのは日本ぐらいではないのか。父権社会は、家畜が農業に使われるようになり、農業が女性の仕事でなくなったことにより成立した。だから、一般的に家畜の役割が大きい社会ほど、つまり稲作社会よりも小麦社会の方が、父権的である。牧畜が行われなかった稲作社会である日本は、母権的色彩が強い。だから、牧畜の盛んな地域で嫌われる蛇や竜も日本では信仰の対象であり続けたのである。

6 : 読書案内

書名竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち
媒体単行本
著者篠田 知和基
出版社と出版時期人文書院, 1997/11

7 : 参照情報

  1. 篠田 知和基. 『竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち』. 人文書院 (1997/11). p.7.
  2. 篠田 知和基. 『竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち』. 人文書院 (1997/11). p.8.
  3. 永井俊哉. “仏教はなぜ女性を差別するのか.” 2004年6月1日.
  4. Julius Hübner. “Die schöne Melusine.” 1844. Licensed under CC-0.
  5. 篠田 知和基. 『竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち』. 人文書院 (1997/11). p.35.
  6. 篠田 知和基. 『竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち』. 人文書院 (1997/11). p.19.
  7. 篠田 知和基. 『竜蛇神と機織姫―文明を織りなす昔話の女たち』. 人文書院 (1997/11). p.312.
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