8月 222005
 

ギリシャや日本には、なぜ男性同性愛の習慣があったのだろうか。私は、その本質は、ファリック・マザーへのナルシシスティックな幻想だと思う。フロイトの論文集『性理論三篇』を読みながら、ファリック・マザーについて考えよう。

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ジークムント・フロイト(Sigmund Freud:1856年5月6日 – 1939年9月23日)。1926年の写真[1]

1 : 同性愛の原因は何か

同性愛の原因は、古くから、生物学的に捜し求められている。最近では、脳視床下部の特定の場所が女性に対する性的魅力の感じ方を司っていると考えられている。

同性愛など人間の性的な傾向は、自律神経をつかさどる脳の機能に規定されている可能性があることをカロリンスカ大学(スウェーデン)の研究者らが突き止め、成果が9日付の全米科学アカデミー紀要(電子版)に掲載された。

それによると、同大学の研究チームは、1グループ12人から成る「男性の同性愛者」「そうでない男性」「女性」という3つのグループに何種類かの物質のにおいをかがせ、脳の視床下部の反応を調べた。視床下部は人間の自律神経をコントロールする脳の中でも極めて重要な部分。

その結果、男性の汗などから抽出されたANDという物質をかがせると、女性と同性愛の男性は強い反応を示したが、通常の男性は反応しなかった。一方、女性から抽出されるESTという物質に対しては同性愛ではない男性しか反応しなかった。またほかの香料などに対してはどのグループも同じような反応を示した。[2]

また、1993年の論文[3]によると、男性同性愛者の母方の叔父や従兄弟に同性愛者が多いのに対して、父方ではそうではない。ここから、ゲイは母方の血縁を通じて遺伝するのではないかと考えられている。

こうした生物学的アプローチを否定するつもりはないが、すべての同性愛は、視床下部異変の遺伝によって起きる先天的な倒錯にすぎないという見解には賛成できない。ギリシャやギリシャの影響を受けた国々、あるいは日本では、成人男性と少年との間に儀礼的に同性愛が行われていた。また、現代でも、ニューギニアのサンビア族などでは、男どうしのフェラチオやアナルセックスなどの同性愛行為が通過儀礼として今でも制度化されている。これらは、文化的な同性愛であって、生物学的には説明できない。

フロイトは、男性同性愛を次のように精神分析学的に説明する。

私たちが、調査したすべての事例において確認したことなのだが、後の性的倒錯者は、幼年の初期に、非常に激しく、但し一時的に、女性(たいていは母)に固執する段階を経ており、その固執を克服した後、その女性と自己を同一化させ、自分自身を性的対象にする。すなわち、若くて、自分自身と似ている男をナルシシスティックに探し出し、母が自分を愛してくれたようにその男を愛そうとする。[4]

フロイトは、年長の男が少年を愛するギリシャの同性愛において、年長の男が男性、少年が女性の役割を果たしていると言っているが、この事実とこの説明は、「若くて、自分自身と似ている男」を愛する年長の男が母という女性の役割を演じることになるのだから、両立しない。

私は、母の役割を果たしている年長の男は、ペニスを持った母(ファリック・マザー)の幻想を実現しようとしているのだと解釈したい。少年は、母にペニスがないことを知って、衝撃を受け、その現実を否定し、母にも本当はペニスがあると信じたがる。年長の男は、そう信じていた頃の自分を少年に見出し、完全な母を愛していた自分を愛して、その少年を愛していると考えることはできないだろうか。

ギリシャや日本のような母権制が色濃く残る文化で男色が制度化されたのに対して、ユダヤ・キリスト教やイスラム教などの父権宗教では、同性愛は厳しく罰せられる。母権宗教にとっては、ファリック・マザーは理想だが、父権宗教にとっては、去勢すべき対象である。

2 : 幼児の性欲はどのようにして満たされるのか

フロイトは、幼児の性欲は自体愛的(autoerotisch)であると言う。

幼児の性的活動の目立った性格として、欲動が他人に向けられていないということを強調しておこう。幼児は自己の身体において満足する[自慰する]のであり、ハヴロック・エリスが導入した適切な名前で言うならば、自体愛的である。[5]

性器期以降、男のペニスが女の膣に挿入されることで、両性は性的に満足する。それ以前の段階では、自分のペニス状の物を自分の膣状の物に挿入することで、性的に満足する。要するに、幼児はオナニストであるということだ。

口唇期の性感帯は口と唇で、スヌーピーの漫画に登場するライナスのように、この性感帯でオナニーをする子供は、指をおしゃぶりする。指はペニスの、口は膣の代替物である。

肛門期の子供は、腸に大便を貯めることでオナニーをする。排泄を我慢していると、直腸の中で大便がペニスのような形になって固まる。大便はペニスの、直腸は膣の代替物である。

男根期になると、ようやく性器が性感帯となる。しかし、男児が、自分のペニスを女児の膣に挿入することはない。男児は自分のペニスを、そして女児はペニスの相当物であるクリトリスを自分の手でいじってオナニーをする。ここでは、男女ともに、手が膣の代わりをしている。

もっとも、乳幼児がいつもオナニストというわけではない。母の乳首を口にくわえて、性感帯を刺激する口唇期の乳児は、自体愛的とは言えない。乳首は、第二のへその緒として、つまりペニス代替物として挿入されるのであり、その点、この段階の母は、ファリック・マザーだと言うことができる。

肛門期と男根期になると、偶然的な場合を除けば、母が幼児の性感帯に直接さわることはなくなる。だから、幼児はオナニーをするのであり、そしてそのオナニーを止めさせるのが、父による去勢である。だから幼児の性の発達は、自体愛から他体愛への変化というよりも、母子相姦からの分離独立によって特徴付けられる。

3 : 機関車の音はなぜノスタルジックなのか

乳幼児は、身体を機械的に揺すられることに性的興奮を感じる。むずかる赤ちゃんも、ゆりかごに入れて揺り動かしてやると、寝つかせることができる。幼児は、ブランコが好きだし、鉄道で揺られることも好きである。そのため、鉄道の運転手になりたがる少年は少なくない。

少年たちは、鉄道での出来事に、尋常ならざる謎めいた関心を向け、空想が活発になる年頃(思春期の少し前)になると、その出来事をこの上ない性的象徴の核にするのが常である。[6]

松本零士の代表作の一つに『銀河鉄道999』という漫画がある。母を殺した機械伯爵に復讐し、永遠の命を手に入れるため、少年、星野鉄郎が、母そっくりの美女メーテルとともに、銀河鉄道に乗って、銀河の彼方へと旅立つという物語である。

この漫画は、彼が18歳の時、九州からSL機関車で上京した時の体験が元になっている。松本は、当時を振り返って、こう言っている。

18歳の時に夜汽車に乗って上京した。ところが、血が騒いでいて、なかなか寝付けない。それで一晩中、列車の中で空想に耽っていたわけです。

がら空きの夜汽車の反対側の窓に、幻のような絶世の美女が前を向いて座っている。そういう姿を想像しながら、いつの日か、そんな場面が入ったマンガを描きたい、アニメを作りたいと思っていた。夢がそこで芽生えていた。メーテルの原型も、その時にでき上がっていたのかも知れません。

ぼくはSLに乗って上京した最後の世代。というのも、上京した明くる年、帰郷のために乗った列車はディーゼルに変わっていたので。でも、だからこそ、志を立ててどこかに向かう時には、どうしてもSLでないと具合が悪いと思ったんですね。実は打ち明け話をすると、このシリーズをはじめる時に「新幹線型ではどうか」という話もあったんですね。でも、私は絶対イヤだと。[7]

窓の向こうに映った美女は、鏡像的他者であり、理想化された母である。ちなみに「メーテル」はギリシャ語で「母」という意味である。少年・星野鉄郎は、もちろん、少年時代の松本である。

松本が興奮して寝ることができなかったのは、彼が汽車に揺られながら胎内回帰の体験をしたからである。このページに、胎内の音の再生があるから、試しに聞いてみるとよい。胎内で聞く母の心臓の鼓動は蒸気機関車に乗ったときの音とそっくりである。この重厚感あふれるゆっくりとしたテンポの音は、新幹線のせわしい音で代替できない。松本が「絶対イヤ」と言ったのも当然である。

胎児は聴覚が十分発達していないので、重低音の鼓動を振動として感じたはずだ。私たちの意識は、胎内での体験を忘れているが、私たちの無意識は、今でも胎内の生命のリズムに深く共鳴する。

フロイトによれば、汽車に乗って旅に出ることは、死別の象徴である。『銀河鉄道999』のテーマも死別である。この話の根底にあるのは、機械的なもの=無機的なものという死んだ状態への回帰であり、フロイト的に言えば、死への欲動である。人は母と別れ、母へと戻っていく。銀河鉄道の長く伸びた、ペニスの形をした車体は、胎内回帰のための橋である。それは、また、蛇の形にも似ている。蛇は地母神の使者である。幼児的な日本人には、こうした去勢以前の胎内回帰の話に人気がある。

4 : 読書案内

Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie は、1969年の『フロイト著作集』では、「性欲論三篇」と訳されていたが、2009年の『フロイト全集』では、より原文に近い「性理論三篇」というタイトルで訳されている。本書は、性的な錯行、小児の性愛、思春期における変態の三部構成で、性的倒錯の起源を幼児期の欲動に求めた、臨床的性格の強い論文集である。

書名フロイト著作集 第5巻 性欲論・症例研究 (5)
媒体単行本
著者フロイト 他
出版社と出版時期人文書院, 1969/01

5 : 参照情報

  1. Ferdinand Schmutzer. “Sigmund Freud.” 1926. Licensed under CC-0.
  2. Bravissima! ニュース. “同性愛、脳の機能が決定?.” 時事通信. 2005年5月10日. Accessed Date: 7/3/2005.
  3. “The role of genetics in male sexual orientation was investigated by pedigree and linkage analyses on 114 families of homosexual men. Increased rates of same-sex orientation were found in the maternal uncles and male cousins of these subjects, but not in their fathers or paternal relatives, suggesting the possibility of sex-linked transmission in a portion of the population. DNA linkage analysis of a selected group of 40 families in which there were two gay brothers and no indication of nonmaternal transmission revealed a correlation between homosexual orientation and the inheritance of polymorphic markers on the X chromosome in approximately 64 percent of the sib-pairs tested. The linkage to markers on Xq28, the subtelomeric region of the long arm of the sex chromosome, had a multipoint lod score of 4.0 (P = 10(-5), indicating a statistical confidence level of more than 99 percent that at least one subtype of male sexual orientation is genetically influenced.” Hamer, Dean H., Stella Hu, Victoria L. Magnuson, Nan Hu, and Angela ML Pattatucci. “A linkage between DNA markers on the X chromosome and male sexual orientation.” Science 261 (1993): 321-327.
  4. “Wir haben bei allen untersuchten Fälle festgestellt, daß die später Invertierten in den ersten Jahren ihrer Kindheit eine Phase von sehr intensiver, aber kurzlebiger Fixierung an das Weib (meist an die Mutter) durchmachen, nach deren Überwindung sie sich mit dem Weib identifizieren und sich selbst zum Sexualobjekt nehmen, das heißt vom Narzißmus ausgehend jugendliche und der eigenne Person ähnliche Männer aufsuchen, die sie so lieben wollen, wie die Mutter sie geliebt hat.” Sigmund Freud. Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie in Werke aus den Jahren 1904-1905. Sigmund Freud, Gesammelte Werke in 18 Bänden mit einem Nachtragsband. FISCHER E-Books; 1版 (2009/10/5). Bd.5. p.44.
  5. “Heben wir als den auffälligsten Charakter dieser Sexualbetätigung hervor, daß der Trieb nicht auf andere Personen gerichtet ist; er befriedigt sich am eigenen Körper, er ist auterotisch, um es mit einem glücklichen, vom Havelock Ellis eingeführten Namen zu sagen.” Sigmund Freud. Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie in Werke aus den Jahren 1904-1905. Sigmund Freud, Gesammelte Werke in 18 Bänden mit einem Nachtragsband. FISCHER E-Books; 1版 (2009/10/5). Bd.5. p.81.
  6. “Den Vorgängen auf der Eisenbahn pflegen sie ein rätselhaftes Interesse von außerordentlicher Höhe zuzuwenden und dieselben im Alter der Phantasietätigkeit (kurz vor der Pubertät) zum Kern einer exquisit sexuellen Symbolik zu machen.” Sigmund Freud. Drei Abhandlungen zur Sexualtheorie in Werke aus den Jahren 1904-1905. Sigmund Freud, Gesammelte Werke in 18 Bänden mit einem Nachtragsband. FISCHER E-Books; 1版 (2009/10/5). Bd.5. p.103.
  7. BBガイド. 『銀河鉄道999』記者会見. 2002/09/10.
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