韓国人の反日を鏡像段階論で解釈する
「竹島の日」制定をきっかけに、韓国人の反日感情が燃え上がった。なぜ韓国の反日活動家は、これほどまでに日本人を嫌い、被害妄想を膨らませるのだろうか。福原泰平の『ラカン―鏡像段階』を手掛かりに考えてみよう。

1. パラノイア的被害妄想
ラカンが、学位論文『人格への関係から見たパラノイア性精神病』で最も多くのスペースを割いて報告しているのが、ラカン自身が自ら診察し、治療した、エメ(仮名)という患者である[1]。エメは、幼少時代、母と親密な関係にあったが、就職と立身出世のため、故郷を離れる。エメは、母の代替物、すなわち鏡像的他者を、寄宿先にいる姉、さらには、職場の同僚で貴族趣味のあるC嬢、C嬢が口にしていた有名女優のZ夫人に求める。
エメは、最初の妊娠をしたとき、C嬢が新聞に悪口を書いたことでおなかの赤ちゃんが殺されるという被害妄想を抱き、実際に死産だったために、C嬢を強く憎しむようになる。小説を出版しようとして断られると、出版社を訴える。さらには、Z夫人が有名な小説家と共謀して、エメのことを小説の中で暴露しているとか、息子を殺害しようとしているといった妄想を抱き、Z夫人をナイフで襲って、逮捕された。
エメの病歴を見てくると、彼女の妄想の対象となる人は、上流階級の贅沢な暮らしをし、魅力的で世間から注目されている人々であり、実は彼女自身が憧れ、そうなりたいと思いながらなれなかった、彼女にないものを与える理想的な位置にある女性たちだったことがわかる。[2]
では、エメは、なぜ憧れの対象である鏡像的他者を憎しみ、殺そうとしたのか。
当然、エメは自らの権利を不当に侵されたと訴えはじめ、自己の主人性を奪った他者に攻撃の矛先を向けていく。[3]
エメの妄想は、逮捕から三週間後に消滅する。
2. 韓国人の日本コンプレックス
2005年03月16日、「竹島の日」をつくる条例案が、島根県議会本会議で採決され、賛成多数で可決、成立した。これに対して、韓国では異様な反日運動が起き、韓国政府は、「独島挑発など日本の行動に対しては、過去の植民地侵奪のと同じ枠内で認識し、対処する」「国際社会において、韓国の立場の大義と正当性を鮮明にし、日本の態度変化を促す」などの、「対日新ドクトリン」を発表した。
もっとも、韓国政府自身は、国際的な「韓国の立場の大義と正当性」にあまり自信がないようだ。
4月10日朝のフジ「報道2001」に出演した聖公会大学日本語学科のヤン教授は盧武鉉大統領の元ブレーンとのことだったが、竹島問題を巡り、元外務大臣の高村正彦から「国際司法裁判所で決着をはかってはどうか」と提案されると、国際的には韓国が不利だから国際司法裁判所に判断をゆだねるつもりはないと明言。[4]
国際司法裁判所で争って勝つ自信がないならば、黙って実効支配を続けた方が賢明なように思えるのだが、なぜだか韓国人の方が日本人以上に騒いでいる。韓国人は、過去に日本に領土を侵害されたという被害妄想を持っており、日本に報復するために、竹島を侵害し、そして、侵害することで侵害されたと訴えているかのようだ。
韓国にとって、日本は、鏡像的他者である。このことは、2005年3月1日に行われた盧武鉉韓国大統領の3.1節記念演説によく表れている。
私は拉致問題による日本国民の憤怒を十分に理解します。同様に日本も立場を替えて考えてみなければなりません。日帝36年間、強制徴用から従軍慰安婦問題に至るまで、数千、数万倍の苦痛を受けた我々国民の憤怒を理解しなければならないのです。[5]
日本が北朝鮮に対して拉致問題を指摘すると、日本も戦前に朝鮮民族を拉致したではないかと応酬する。しかし、鏡像関係はこれだけではない。
日本が戦前行った強制徴用は、北朝鮮が行った拉致とは異なり、当時は自分の国に相当する大日本帝国への奉仕だった。それは、韓国が徴兵制という形で、現在も自国民に対して実施している制度である。また、慰安婦制度は、韓国が主張するほど強制的な制度ではなかったし、朝鮮戦争の頃には、韓国軍も、日帝時代の制度を真似て、慰安婦制度を設けていた [6]。
日本の鳥取県議会が「竹島の日」を制定すると、韓国の馬山市議会は「対馬の日」を制定する。石原東京都知事が「三流のやり方」と盧大統領の政治手法を批判すると、李明博ソウル市長は「四流、五流」と言い返す。韓国人は、まるで鏡像のように日本を模倣する。
2004年9月の中央日報による世論調査によると、韓国人が一番嫌いな国として挙げたのは日本で、2位の米国の倍近くあり、最も見習うべき国も日本がトップで、2位の米国の倍以上の割合だった。韓国人は、日本に憧れているのだが、だからこそ、日本人が憎い。韓国は、日本のようなアジア最高の先進国になりたがっているのだが、だからこそ、日本が目障りなのである。
先ほど引用した、エメの症例分析での「エメ」を韓国、「他者」を日本で置き換えてみよう。
韓国から喪失や解体の恐怖を取り除き、その肯定的感情と統一性を与えてくれた日本への同一化が、今度は逆に韓国が自らの主人たろうとするその権利を不当に奪い、これが韓国の目には日本による韓国自身の主人性の略奪と映るのである。
当然、韓国は自らの権利を不当に侵されたと訴えはじめ、韓国の主人性を奪った日本に攻撃の矛先を向けていく。
日本は、朝鮮半島を、清の桎梏から解放し、ロシアの脅威から守り、近代社会へと育て、そして、朝鮮人たちは自らを大日本帝国臣民に同一化しようとした。それが、第二次世界大戦後、日本に同一化できなくなると、日本を攻撃するようになるのである。
韓国人の反日言動は、憧れと憎悪という、相反する感情の複合体(コンプレックス)に基づいているのだが、韓国には、このコンプレックスを表す固有の言葉がある。恨(ハン)がそれである。
理想的な状態、あるべき姿、いるべき場所への「あこがれ」と、それへの接近が挫折させられている「無念」「悲しみ」がセットになった感情が、「ハン」なのである。[7]
面白いことに、盧武鉉大統領の経歴は、エメの経歴とよく似ている。貧しい家庭に生まれ、商業高校を卒業した後、独学で司法試験の勉強をし、判事、さらには弁護士になった。
彼は、突然、金持ちになろうとしたのです。それまでは考えられなかった贅沢な趣味を、彼は始めました。ヨットです。大統領になる前に、たった一度、彼は外国を訪れていますが、それはヨットレースで日本に行ったのです。[8]
盧武鉉大統領の人生は、韓国の歴史そのものを表していないだろうか。
3. コンプレックスから抜け出すために
加害と被害の区別がつかない鏡像的な関係の中で、韓国人は、被害妄想をパラノイア的に膨張させ、自国の歴史を被害の歴史へと捏造し、そして日本が逆に歴史を捏造していると批判する。日本を攻撃する韓国に対して、日本はどう振舞えばよいのか。
日本人の中には、韓国人の挑発に乗って、感情的な反発をする人もいる。しかし、それでは、韓国人が仕掛ける鏡像的関係に引きずり込まれてしまうだけである。精神分析学では、分析家が、患者の鏡像的他者になってしまうことを転移というが、これは避けなければならない。
分析家がこうしないとき、二人はお互いの鏡像的自我で相手を映しあって対峙することになる。そうなると患者の要求はポトラッチ的にどんどん膨れ上がりエスカレートしていく。そして、両者は鏡像的な誘惑と憎悪の渦巻く情念の中にすっぽりと呑み込まれてしまい、結果、激しくぶつかりあうことになっていくとラカンは注意を喚起する。[9]
韓国人に限らず、コンプレックスは誰にでもある。精神分析学で一番有名なコンプレックスは、エディプス・コンプレックスである。息子は父との同一化を試み、それができないとわかると、父に殺意を抱く。息子をコンプレックスから救うには、自発的去勢が必要である。日本コンプレックスを持っている人に対しても同じ助言をしなければならない。
私は、韓国人の自我に向かって「未来志向の日韓関係」を呼びかける代わりに、韓国人のエスに向かって次のように語りたい。日本コンプレックスに固執する限り、いつまでたっても日本の劣化コピー以上のものになれない。日本など眼中にない独自の発展を遂げる国になって、初めて、韓国は自立した国になれる、と。
4. 追記:批判に応える
本稿に対する原名高正さんの批判に対する反論。5年前に私が提案した反日的韓国人パラノイア説の是非をめぐる議論。

■「朝鮮人たちは自らを大日本帝国臣民に同一化しようとした」っていう見解も、ご当人はご満悦のようだが、全然説得力がないとおもう。「親日派」とよばれる、日本につよい同化志向をもった一群がうみだされ、「日本臣民」になりきろうとした層が相当数にいたったことは事実だが、それが当時の朝鮮半島住民の大半などでないことははっきりしている。それだったら、当時の日本語おしつけ政策はもっと成功していたはずだし、「戦後、日本に同一化できなくなる」といった事態さえ、うまれなかったのではないか?
■当時の朝鮮半島住民を概観するなら、圧倒的な軍事・警察力でもって制圧している帝国日本にあからさまに抵抗しても、かちめがないので(実際、1919年の「3・1運動」など、反日デモや抵抗運動は、ことごとく鎮圧・抑圧された)、面従腹背していたに過ぎないというのが、妥当なところだろう。
■当時の朝鮮人が「自らを大日本帝国臣民に同一化しようとした」といった断定は、帝国日本による植民地支配を美化したい右派日本人、あるいは当時の「親日派」の動向を正当化したい層の願望による、ねじまがった総括であり、それこそ、ねぶかい妄言として「精神分析」にあたいする。[11]
もちろん、当時の朝鮮人は、自分たちだけで独立国を作ることがベストだと考えていたことでしょう。しかし、当時、それは現実的な選択肢ではなく、彼らは、日本の属国になるか、日本の一部になるか、どちらかを選ばなければならないという状況でした。その場合、(少なくとも将来的には)日本の内地と対等な立場になれそうな後者の選択肢を選ぶことは当然でしょう。私も、日本は、米国の属国という地位に甘んじるぐらいなら、米国の一部になった方がましだと思っています。属国化と併合は、似て非なるもので、後者の場合、朝鮮の経済的水準を内地レベルにまで引き上げなければならず、そのためには、膨大な財政支出が必要でした。このため、伊藤博文は、日韓併合に反対していたのですが、彼が暗殺されたことで、日韓併合が強行されてしまいました。日韓併合は、朝鮮の利益にはなったが、日本内地の利益にならなかったことに関しては、『歴史を偽造する韓国―韓国併合と搾取された日本』などに詳しく書かれています。
■ちなみに、韓国の戦後の諸制度のうち、おおくが日本のコピーであること、そのことを韓国民の相当部分がみとめたがらないことも事実だ。しかし、漢字文化からの自立をめざしたハングルなどをみればわかるとおり、韓国民のやることなすことが日本のコピーにすぎないなどという見解は、まさに妄言だろう。[12]
李氏朝鮮時代においては、訓民正音(後のハングル)は、朝鮮の公式な言語ではなかったし、体系的な言語でもなければ、大衆に広く普及した言語でもありませんでした。福沢諭吉とその門下生、井上角五郎は、朝鮮人を中国の文化的従属から独立させるために、日本語の仮名に相当するハングルに注目しました。そして、井上は、「漢城周報」という官報に、初めてハングルによる漢文訓読体の文章を用いました。要するに、福沢と井上は、日本が、平安時代に日本がやった中国からの文化的独立と同じことを朝鮮にやらせようとしたのでして、ハングルによる中国からの文化的独立も日本のコピーと言えなくはありません。
■ついでにいうと、韓国の軍隊文化とか、1980年代までは確実に残存していたらしい警察のとりしらべにともなう拷問などは、ほぼすべて、帝国日本の「おきみやげ」である。それは、帝国日本の陸軍士官学校などで育成された「親日派」の相当部分が戦後韓国の実権をにぎったエリート層にほかならないからだが、そういった野蛮な「負の遺産」が脈々と戦後もひきつがれたことこそ、めをそむけたくなるような、しかし直視すべき日韓関係・日朝関係の証拠ではないのか?[13]
目を背けたくなるような残虐な拷問をやっていたのは、むしろ李氏朝鮮時代の朝鮮人でしょう。日本は、朝鮮を近代化するために、1908年の法令改正で、拷問を禁止し、拷問した取調官に3年以下の懲役を科すことを決めました。ちなみに韓国の独立記念館が、蝋人形を使って展示している、日帝支配時代に行われていたとされる拷問の様子は、李朝朝鮮時代に行われていた拷問を再現したものです。自分たちの加害行為を被害行為へと鏡像的に反転させる彼らのパラノイア的思考が本稿の主題なのです。
■韓国人にかぎらず朝鮮人も(ま、民族はおなじだけど)、自覚できない次元でも日本のコピーをしてきたんでしょう。なにしろ、マルクス主義と理念的に矛盾するはずの個人崇拝とか世襲とかを天皇制からパクったんですから(笑)。
■でも、近代天皇制自体がキリスト教のパクりだし、日本民族にそんなオリジナリティがあるわけじゃない。
■いや、戦前戦後をとおして、アメリカのマネばっかりしてきましたね(笑)。
■アメリカ人は、日本人にむかって、「オレたち、うらやましいだろ。正直にいえよ。マネばっかりしてさ」などと、イヤミはいいません。日本語のなかにも、カタカナ語として、英米語が大量に流入しているしね。大和魂は風前のともしび(笑)。[14]
知的財産権の侵害にならないのなら、真似しても問題ないと思います。ただ韓国人が、剣道のような、実際には起源は日本で、韓国はそれを模倣したものの起源が韓国にあると主張し、日本はそれを模倣し、盗用したといった宣伝を世界に向けてするのは問題だと思います。こういう韓国起源説も、パラノイア患者に特有の鏡像的な反転から説明できます。
■この評論家氏、「韓国人は、日本に憧れているのだが、だからこそ、日本人が憎い。韓国は、日本のようなアジア最高の先進国になりたがっているのだが、だからこそ、日本が目障りなのである」と、きめつけているが、その根拠は「2004年9月の中央日報による世論調査によると、韓国人が一番嫌いな国として挙げたのは日本で、2位の米国の倍近くあり、最も見習うべき国も日本がトップで、2位の米国の倍以上の割合だった」という報道らしい。
■この統計データのあつかいについては、慎重にならねばならないが、同一の回答者が、日本を「一番嫌いな国として挙げ」、同時に「最も見習うべき国も日本」とこたえたという保障はない。こういったデータを、「愛憎なかばする意識」といったくくりかたをするのは、「精神分析」派のわるいクセで、完全に「メタファーとしての個体」の欠陥が露呈している。
■ハラナがおもうに、「最も見習うべき国も日本」というのは、日本がすきで同一化したいとねがっているというより、モデルとして欧米をえらぶのは非現実主義的であり、東アジアのモデルケースとして試行錯誤をつづけてきた日本を無視するのは得策でないという、知恵のあらわれにすぎない。評論家氏、やはり、韓国にすかれているとおもいたいらしい(笑)。[15]
たしかに、一番嫌いな国として日本を挙げた人と最も見習うべき国として日本を挙げた人は、必ずしも同じではありません。ただ、反日的な報道を繰り返す韓国のテレビ局が、日本のテレビ番組のアイデアを盗用した番組を大量に流しているとか、韓国政府が制作した竹島のCMに、「独島の守護神」として登場したテッコンVが、日本のマジンガーZそっくりであるとか、普段自国内では日本の悪口を言っている韓国人が、海外に行くと日本人のふりをするとか、反日的な人が日本の模倣をするという個別事例はたくさんあり、したがって、「日本は嫌いだけれども、見習うべきだ」と考えている韓国人は、確実にいるといってよいでしょう。
憧れの対象が憎悪の対象でもあるというのは、一見すると矛盾しているようで、実は、そうではありません。例えば、今、あなたが男性だとして、ある女性に一目ぼれした後、彼女に彼氏がいることを知ったとします。その時、あなたはその彼氏に対してどのような感情を抱くでしょうか。一方で「あの男のように、彼女の愛を独占したい」という憧れの感情を持つと同時に、他方で「あんな野郎死んでしまえ」という感情も持つことでしょう。彼氏が死ねば、あなたが、彼女の愛を独占できるかもしれないから、この二つの感情は、同じものです。韓国人が、一方で「日本のような、アジア最大の先進国になりたい」という願望を持ちながら、他方で、「日本列島なんて沈没して無くなればよいのに」という願望をも持つのも同じ理由によります。
もちろん、韓国人が、日本の長所だけを取り入れるというのなら、問題はないでしょう。しかし、日本そのものになろうとすることはナンセンスです。本物の日本になることは、現在の日本が存在する限り不可能ですから、勢い、「日本人はみんな死んでしまえ」といった過激な反日思想につながってしまいます。だから、日本以外の様々な国の長所を参考にしながら、独自の国づくりをするというのが一番健全な方法でしょう。
原名さんが、「メタファーとしての個体」という言葉で何を言おうとしているのか、リンク先が切れているので、わかりませんが、たぶん、韓国と個々の韓国人は別で、韓国という国をあたかも一人の人間であるかのように精神分析するのはおかしいということだろうと思います。しかしながら、私がしようとしていることは、韓国という国と自己同一をしているナショナリストの精神分析ですから、この批判は当たりません。なお、断るまでもないことですが、韓国人が全員反日的というわけではないし、ナショナリスティックであるというわけでもありません。あくまでも反日的な韓国のナショナリストに対象を限定した分析です。
最後に、原名さんは、私の精神分析までしてくれているけれども、なんだか、ストーカー被害を訴えに来た女性に向かって、「お前は、本当は、自分がもてる女だということを自慢したいだけなんだろう」と言う警官みたいで、かなり的外れです。もちろん女性なら、男性にもてたいと思うでしょうが、だからといって、ストーカーに追い回されるといったことは、表層でも深層でも欲望していないでしょう。私も、日本が韓国が憧れるような国になること自体は、好ましいことだとは思いますが、だからといって、韓国が日本にストーカー行為をするといったことは、表層でも深層でも欲望していません。なお、「ストーカーは何を求めて付きまとうのか」でも書いたことですが、ストーカー行為は、パラノイア的な被害妄想に基づいており、反日的韓国人の日本批判も、ストーカー的性格が随所に見られます。
■さて、この「書評」の結論部は、こうむすばれる。
「……私は、韓国人の自我に向かって「未来志向の日韓関係」を呼びかける代わりに、韓国人のエスに向かって次のように語りたい。日本コンプレックスに固執する限り、いつまでたっても日本の劣化コピー以上のものになれない。日本など眼中にない独自の発展を遂げる国になって、初めて、韓国は自立した国になれる、と。」
■最後の「日本など眼中にない独自の発展を遂げる国になって、初めて、韓国は自立した国になれる」という箇所は、一片の真理はかたっているとおもう。
■しかし、「自分たち日本人が韓国人にいつも優位にたち、韓国人が劣等感にねざした愛憎なかばする意識にとらわれている」といった独断こそ、「精神分析」にあたいするとと、ハラナはおもう(笑)。[16]
本稿を書いてから、すでに5年以上が経ちました。当時と比べると、日本と韓国の差は、かなり縮まりました。分野によっては、韓国が日本を上回っています。そのため、今年は、日韓併合条約の締結100周年ですが、反日感情は高まっていません。
日韓併合条約の締結から100年となった22日、韓国の聯合ニュースは、サムスンやLGなど韓国を代表する企業が世界市場で日本企業を追い抜いたと指摘、「過去の対日コンプレックスを乗り越え、世界市場で日本企業を負かしたという朗報が、国民に希望を与えている」と伝えた。
韓国では、100年を機にした反日感情の高まりは、特段見られず、関心の対象が日韓間の過去の問題より、未来に向き始めているように見える。
背景には、経済やスポーツが好調なほか、今年11月の主要20か国・地域(G20)首脳会議や、2012年の「核安全サミット」開催国となるなど国際政治における地位も向上、国民の自尊心が満たされていることがある。[17]
韓国が日本を凌駕した事例として、世界最大の電機メーカーとなったサムスン電子や東アジアのハブ空港となりつつある仁川国際空港などを挙げることができます。これらは、たんなる日本の模倣ではないからこそ成功したのであり、韓国人は、将来、こうした成功により、パラノイア的な反日病から脱却できるようになるでしょう。
5. 参照情報
- 福原泰平『ラカン―鏡像段階』講談社 (1998/2/1).
- 山野車輪『マンガ嫌韓流』晋遊舎 (2005/7/26).
- 李栄薫『反日種族主義 ― 日韓危機の根源』文藝春秋 (2019/11/14).
- ↑Jacques Lacan.
De la psychose paranoïaque dans ses rapports avec la personnalité. Points (1980/4/1). - ↑福原 泰平.『ラカン―鏡像段階』. 現代思想の冒険者たち. 講談社 (1998/02). p.42.
- ↑福原 泰平.『ラカン―鏡像段階』. 現代思想の冒険者たち. 講談社 (1998/02). p.44.
- ↑「韓国大統領の元ブレーンが仰天発言」. チェ・ゲリラのメッタギリ時事評論. Accessed Date: 4/12/2005.
- ↑「政府報道資料」. Korean Missions Abroad A, Ministry of Foreign Affairs. Accessed Date: 4/12/2005.
- ↑「朝鮮戦争時の韓国軍にも慰安婦制度 韓国の研究者発表」.『朝日新聞』. 2002/02/23.
- ↑「あこがれと無念の情動 ハン」. 小倉紀蔵の私家版・韓国思想辞典.『統一日報』. Accessed Date: 4/12/2005.
- ↑櫻井よしこ. “「個人的怨念」で反日左翼路線を突き進む「盧政権」.”『櫻井よしこ オフィシャルサイト』. Accessed Date: 4/12/2005.
- ↑福原 泰平.『ラカン―鏡像段階』. 現代思想の冒険者たち. 講談社 (1998/02). p.81-82.
- ↑Sakaori. “Japanese Embassy in Seoul and watched from behind a bronze statue of comfort women" Licensed under CC-BY-SA.
- ↑原名高正「現代思想の悪用(韓国論・論)」『タカマサのきまぐれ時評』2005年04月14日.
- ↑原名高正「現代思想の悪用(韓国論・論)」『タカマサのきまぐれ時評』2005年04月14日.
- ↑原名高正「現代思想の悪用(韓国論・論)」『タカマサのきまぐれ時評』2005年04月14日.
- ↑原名高正「現代思想の悪用(韓国論・論)」『タカマサのきまぐれ時評』2005年04月14日.
- ↑原名高正「現代思想の悪用(韓国論・論)」『タカマサのきまぐれ時評』2005年04月14日.
- ↑原名高正「現代思想の悪用(韓国論・論)」『タカマサのきまぐれ時評』2005年04月14日.
- ↑読売新聞(2010年8月23日)日本企業負かしたから…韓国で反日感情高まらず
ディスカッション
コメント一覧
日本の鳥取県議会が「竹島の日」を制定すると、
→島根県の間違いではありませんか。
永井さんの文系人特有の主張は浅はかで幼稚に感じます。
性器を軍医にハサミで切り裂かれ従軍慰安婦にされた当時の少女には、耐え難い論説でしょう。ラカンの説を日韓関係にそのまま適用するというのも、どうも・・・
社会的現象への永井さんの解釈は、残念ですが、概して深みに欠けるように思います。
福原泰平さんの文章って悪文の見本ですね。びっくりしました。
>エメから喪失や解体の恐怖を取り除き、
>その肯定的感情と統一性を与えてくれた他者への同一化が、
>今度は逆に彼女が自らの主人たろうとするその権利を不当に奪い、
>これがエメの目には他者による彼女自身の主人性の略奪と映るのである。
「エメから喪失や解体の恐怖を取り除き、その肯定的感情と統一性を与えてくれた他者への同一化」
これが主語ってひどい・・。わざと分かりにくく書いているとしか思えないです。
理系の場合、自分の意図を明確に伝えることができないと生き残れません。
文系の場合、逆に、分かりやすい文章を書くと生き残れないのでしょうか?
一文にたくさんの内容を詰め込もうとするのはやめて、例えばこんなのはどうですか?
「エメは他者へ自らを同一化しようとした。そうすることによって喪失や解体の恐怖から逃れて、また、肯定的感情と統一性を獲得しようとした。しかし・・・」
ご指摘ありがとうございます。訂正しました。
どういう点が「浅はかで幼稚」なのでしょうか。
出所は何ですか。性器をハサミで切り裂かないと慰安婦にならないのですか。それともハサミで切り裂くことが「慰安」になったと言いたいのですか。
福原さんは、医学部出身だから、日本的区分で言えば、理系の人です。
少し翻訳調ですね。でも、欧米の哲学系の文章を読んでいる人間には、あまり違和感がありません。
韓国に対する考え方が変わりました。
今のメディアはニュースを流すときに歴史の経過は流さないし。
ただ国際的に認められた
日本に領土で有ることは明確にしておくべきと思います。
特別、永井さんのかたをもつわけではありませんが、
対案、根拠の持たない批判は感情的としか思えません。
投稿するからには対案、根拠を投稿すべきです。
韓半島に住む人たちが日本に向ける、滑稽かつ異常なまでの反日言動が昨今、また咲き乱れています。この異常な反日熱気(笑)の心理構造が、永井様の「鏡像段階論」ではとても明確に説明されていると思います。
あの半島に住む方々は、昔から唐や明にずっぽりと柵封されてきて、最近の数百年間は李氏朝鮮という、今の北朝鮮とほとんど同じか、それ以下のひどい貧乏国家(国家とは言いがたい)を続けてきました。この貧乏地獄を大日本帝国が自腹を割いてインフラを整えてあげ、なんとか国家らしい体裁を保つことができるようになりました。
この絶対的な歴史的事実を、今の韓半島の人たちは故意に記憶からはずし、わが国の同化政策行為を強制殖民地化と言い換え、まるで悪魔の統治時代として猿山のような雄叫びを上げ続けます。わが国の先人たちはロシアの南下覇権をおそれ、韓半島の人たちに再三、しっかりしてくださいよと勧告したにもかかわらず、彼らはあいも変わらず李朝意識の惰眠をむさぼり続けました。
そこで我らの先人たちは韓半島に防塁を築くために出て行きました。問題はこのときわが国の一方的な強制があったわけじゃなく、半島人の歓迎と要望も強くあったということです。この事実を記憶から一切抜いて、日本人を恒久的にうらみ、「反省せよ。謝罪金を出せ」と言い続ける根性は瞠目に値します。
私は在日の方々とはなかよくしたいと思っていますが、彼らの言う戦時の強制連行などはあまりにも無体なフィクションだと思っています。強制じゃなくて自主的な意志で日本で働いたわけです。その流れは、日本が明治維新を行い、列強と肩を並べるほどに富国強兵を実現し得た理想のアジア国家だったからです。産業革命の波をきちんと受け止め、アジアで唯一帝国を実現した日本を、半島人も、シナ人も、熾烈に羨望し憧憬したことは間違いのない事実です。
ここに永井様の「鏡像段階論」が、いかに彼らの心理構造をみごとに解き明かしているかはっきりと見えてきます。「加害と被害の区別がつかない」彼らは、マクロな歴史の道程を完全に無視して百パーセントの被害妄想に歴史を塗り替え、日本を稀代の悪玉にすり替えてしまいました。妄想を加速的に煮沸してしまう彼らは、日本憎しで自国の歴史まで捏造しています。これがどれほど民族の尊厳性を傷つけているのか、彼らはまったく気がついておりません。
日本に対する憧憬と憎悪、羨望と侮蔑はまったく同根の民族特性から出ているように見えます。すなわち恨(ハン)です。このハンが先天的な特性か後天的な特性か私にはわかりませんが、先天的だと断言してしまうには同じ人間としてあまりにも可哀想な気がします。なぜならそれが固定的な性質だと同定してしまえば彼らに未来はないからです。ハンを私たちが完全肯定してしまうと両国の関係には絶望しかないことになりますから。
しかしながら、あの竹島問題で彼らが演じている数々の物悲しい醜態は、この民族の求めているイデアははたして何であろうかと不思議な気分をもたらしてくれます。これは私だけが思っていることなのかもしれませんが、戦後の日本は大日本帝国時代の誇りと自信を喪失し、国柄としてはまったくアメリカの走狗に成り下がっています。ホリエモンの登場を国柄の象徴と捉えるなら、今のわが国は完全にアメリカの五十一番目の州になっています。この現状を、シナ人や韓国人は自らのコンプレックスを慰めてくれる唯一の拠り所として「反日」を叫び続けています。だから、日本がわずかでも戦後意識の退嬰を修正しようとした途端に、「軍国主義への回帰だ」と決まり文句をがなりたてて過剰すぎる警戒心を発揮します。
しかし、韓半島の住人は、日本の大東亜戦争敗北の優越感のうらに、日本人への熾烈な羨望も並存しているわけですから、現今日本の体たらくを残念に思い、同情的に思う部分もきっとあるはずです。もし、韓半島の方々と外交する理念を持とうとするならば、日本に同情的な心理を探り当ててそれを揺さぶることではないでしょうか。「日本人は嫌いだが見習うのも日本人」というデータは日本人が異常に好かれていることを裏付けているわけですから。ですから、今のように日本人が嫌われている分だけ好かれている反面の心理をあぶり出し、彼らの複雑な心理を中和することです。これは永井様のおっしゃる「自発的去勢」に通じますが。(笑)
むずかしいことはなはだしいのですが、中和したうえで、彼らの自主独立を願うというシーケンスになります。
最後に、眠っているのは韓国人だけではありません。肝心の日本人自身が東京裁判史観の呪縛から逃れられずに深い眠りに堕ち、自虐夢の妄念にあがいているのですから、それをなんとかしなければハンにさえ立ち向かうことはできないでしょう。
日韓の間にある歴史認識のギャップを埋めるために、マスメディアが学者間の公開討論とかをやってくれればいいのにと私は思っています。歴史を正しく認識することは、過去のあやまちを繰り返さないためにも重要なことです。
なるしさんのような朝日新聞的反発が来ることは、事前に予想していましたが、私は、弱者の恫喝に限りなく譲歩する朝日新聞的、つまり、社会主義的・フェミニスト的方法に疑問を持っています。強者が弱者(女性・身体障害者・衰退産業・発展途上国 … )を援助するという方法は、援助する側のためにならないことはもちろんのこと、援助される側のためにもなりません。弱者を甘やかせば甘やかすほど、弱者はますます弱者になっていきます。妄想を認めてやると妄想はますますひどくなります。弱者を自立させ、対等な大人どうしの関係を持つようにすることが、相手のためにもなるのです。
私も、日韓が普通の隣人関係になることを願っています。特に在日の方をスケープゴートとして排除する動きが起きないように注意する必要があります。
ハンとは要するにコンプレックスのことで、コンプレックスはだれにでもあります。私もこれまでいろいろなコンプレックスに悩まされてきたのですが、Xが手に入らないとわかれば、「Xなんか要らない!」と放り投げ、Xのことを忘れ、わが道を歩むようにしています。こういう自発的去勢が精神衛生上一番良いと思っています。他人を基準に自分の価値を決めようとすると、自分はいつまでたっても他人の奴隷のままだが、自分で自分の価値基準を作れば、自分の主人となることができる。これは、私の生き方でもあります。
この場は韓国-日本の意見を交換しあう場かとおもいますが、自分は香港に住んでいるため中国のことを話します。
この二つの国の外交をうまくする方法は二つあるとおもいます。
1.日本は中国と韓国を挑発しないこと
(上記にある「自己去勢」にもつながりますが)
2.中国は日本が謝罪したという事実を国民にこれ以上かくさないこと
上記二つの過程をえず、この二つの国がうまくいくことは考えられません。
日本は反省しているが、この国を取り巻いたファシズムというものに対して十分な考察、教育ができているとも思いません。