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ピーナッツは健康に有益か

2017年1月17日

ピーナッツは、植物性タンパク質、ビタミン、ミネラル、抗酸化物質、食物繊維、植物ステロールを豊富に含む食品で、適量を日常的に摂取する習慣が死亡率を下げることが判明している。しかし、同じことは木の実の摂取についても言える。では、ピーナッツならではの栄養素は何であるのか。

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1. ピーナッツは木の実よりも健康に有益か

NHK の『ガッテン!』という番組が、2017年1月11日に「血管を強くしなやかに!ピーナッツパワー解放ワザ」という番組を放送した。

アメリカ・ハーバード大学が30年間にわたって12万人の食生活を調べた研究があります。その中で、「血管を健康にして死亡率を飛躍的に下げる食材」として浮かび上がった食材が、意外にもピーナッツでした。実は、ピーナッツに含まれる油は、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸がとてもバランスよく含まれていることから、 コレステロール値をさげるほか、血管を強くしたり、糖尿病を軽減したりと、様々な効果を発揮します。ミネラルやタンパク質も多いため、優秀な健康食材として一躍注目を集め始めました。[1]

ここで紹介されているハーバード大学の研究とは、以下の論文で記載されている調査のことである。

Bao, Ying, et al. “Association of Nut Consumption with Total and Cause-Specific Mortality." New England Journal of Medicine 369.21 (2013): 2001-2011.

論文のタイトルを日本語に訳すと、「ナッツ摂取と全死亡率及び特定原因死亡率との関連」となる。この論文がナッツと呼んでいるのは、ピーナッツのみならず、アーモンド、カシューナッツ、クルミ、マカダミアナッツ、ピスタチオ、ヘーゼルナッツ、ピーカンナッツなど、店頭でナッツとして売られている食品の総称である。ところが、番組では、"Nut"が「ピーナッツ」と訳され、以下の画像にある通り、論文がナッツ摂取の頻度ごとの死亡率として掲載している数字[2]を「ピーナッツを食べる頻度」ごとの死亡率として紹介していた。

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ナッツ摂取に関する調査結果をピーナッツ摂取に関する調査結果に摩り替えて紹介する NHK ガッテン! のシーン[3]

厳密に言えば、ピーナッツは豆であって、木の実(tree nuts)ではない。そこで、この論文では、ピーナッツと木の実の摂取効果も比較している。そして、「ナッツの摂取量が1週間に2回以上の場合を無摂取の場合と比較すると、多変量調整後の合算死亡危険比率は、ピーナッツで 0.88(95% 信用区間で、0.84-0.93)、木の実で 0.83(95% 信用区間で、0.79-0.88)であった[4]」という結論を出している。

以下の図は、男女別、死因別の危険比率をピーナッツと木の実で比較したものである。男女別、死因別で、多少の差はあるものの、横棒で表されている統計的誤差ゆえの幅(95% 信用区間を考慮に入れるなら、大きくは異ならないことがわかる。

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男女別、死因別にナッツ摂取(合算)、ピーナッツ摂取、木の実摂取の危険比率を比較した図[5]。縦軸の死因は、上から順に全原因、がん、心臓病、呼吸疾患、神経変性疾患、発作、感染、腎臓病、糖尿病、他の原因。横軸は、女性、男性、合算、危険比率(95% 信用区間)。

ピーナッツの摂取が木の実の摂取と比べて死亡危険比率が低くないことがわざわざ論文で示されているのにもかかわらず、ピーナッツだけに寿命延長効果があるかのような紹介をすることは、不適切である。番組終了後、近くのスーパーに行ってみると、店頭からピーナッツが消えていて、「テレビ放映のため入手困難です」という札が掛けられていたが、木の実はたくさん売れ残っていた。視聴者は効果があるのは、ピーナッツだけと勘違いしたのだろう。

番組がピーナッツだけを取り上げたのは、ピーナッツが木の実よりも値段が安いからなのかもしれない。確かに中国から輸入したピーナッツは価格が低いが、こういう番組を見る人は健康意識が高いから、中国産を警戒して、国産を買おうとするだろう。日本では、番組で紹介されたように、千葉県でピーナッツの栽培をしているが、その価格は非常に高い。値段との相談は消費者が自分たちでやることなのだから、番組としては、老婆心からピーナッツだけに話を絞るという恣意的な裁量をするといったようなことはするべきではない。

2. ピーナッツの最大のポイントは油か

番組では、子房柄が地面にまで伸びて地下結実を行うというピーナッツ(落花生)独特の生態を紹介し、「これこそがスーパー健康パワーを生む鍵なんです」というナレーションを流した。しかし謂う所の「スーパー健康パワー」が、地下結実性のない木の実にもある以上、この説明はおかしいと言わざるを得ない。

その後、番組は、地下結実のおかげで、地中のミネラルが、実のデンプンをオレイン酸、パルミチン酸、リノール酸、α-リノレン酸などの油にじっくり時間をかけて変えることを説明し、「ピーナッツの最大のポイント、それは油」、「ピーナッツオイルは飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸のバランスが理想的!」と言う。

以下の図は、さまざまな食用油の脂肪酸組成を示したグラフで、これを見ると、ピーナッツオイルにおける飽和脂肪酸(パルミチン酸)と不飽和脂肪酸(リノール酸、α-リノレン酸、オレイン酸の割合は、他と比べて中間的と言える。

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食用油の脂肪酸組成[6]。左から順に、赤色は飽和脂肪酸、青色はリノール酸、オレンジ色はα-リノレン酸、黄色はオレイン酸。

しかし、そもそも人間の体内では、飽和脂肪酸がオレイン酸という不飽和脂肪酸に作り変えられるのだから、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸のバランスを問題にすることには意味がない。上のグラフで言うと、左の赤色と右の黄色は同じと考えて差し支えない。奥山治美などが指摘するように、健康にとって重要なのは、必須脂肪酸であるリノール酸とα-リノレン酸との間の ω6/ω3 のバランスである[7]

ピーナッツオイルには、α-リノレン酸がほとんど含まれていないので、ω6/ω3 のバランスは極めて悪い。毎日ピーナッツを20粒ほど食べるだけなら問題はないが、もしも摂取するすべての油脂のバランスがピーナッツオイルと同じなら、「血管を強くしなやかに」するどころか、むしろ逆になるだろう。リノール酸は必須脂肪酸ではあるが、様々な食品に含まれており、意図的に摂取する必要はない。α-リノレン酸を多く含んでいるという点で上のリストの中で最も望ましい油は、亜麻仁油(flaxseed oil)である。

番組には、論文の著者の一人で、ハーバード大学教授のウォルター・ウィレット(Walter Willett、1945年 – )が出演していた。彼は、米国における栄養疫学の権威であるが、植物の不飽和脂肪酸が健康に良いという従来の定説から抜け出せていないようだ。もっとも、彼は、番組の中で、ピーナッツには油以外にも、ビタミンやミネラルなど、健康に良い成分が他にもあると言っていたが、これはその通りで、番組は本来そこをもっと取り上げるべきであった。

3. ピーナッツならではの栄養成分は何か

ピーナッツ摂取に寿命延長効果があるのは、ピーナッツが植物性タンパク質、ビタミン、ミネラル、抗酸化物質、食物繊維、植物ステロールを豊富に含むからである。また菓子の代わりにピーナッツを食べるなら、菓子に含まれている有害な成分の摂取を減らすことで、健康に好影響を与えると考えることもできる。しかし、同じことは木の実に関しても言える。

では、木の実よりも健康効果という点で優れている、ピーナッツならではの特性は何か。それは、ニコチン酸(nicotinic acid)を豊富に含む食品であるという特性である。以下の図に示されている通り、ニコチン酸(Na)は体内で NAD+(Nicotinamide Adenine Dinucleotide ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドになる。

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脊椎動物体内における NAD+の生成と利用の経路[8]

NAD+は、内呼吸で酸化剤として機能するが、年とともに減少し、それが、NAD+依存のサーチュインの活性化を妨げる。サーチュインは、長寿遺伝子であり、これを活性化することには若返りの効果がある[9]。ニコチン酸に、心疾患リスクを低減するなど、健康上の利益があることは既に知られているが、これはNAD+の生合成を促進するためであると考えられている[10]

ニコチン酸 → NAD+ → サーチュインの活性化 → 若返り、長寿

もっとも、「脊椎動物体内における NAD+の生成と利用の経路」の図を見ればわかる通り、NAD+の前駆物質は他にもある。NMN(Nicotinamide MonoNucleotide ニコチンアミドモノヌクレオチド)もその一つで、NHK は、2015年1月4日に放送された『ネクストワールド』という番組の二回目で、若返りの薬として紹介した。

ワシントン大学とハーバード大学の研究者は、若返りの薬を研究している。人間なら誰しも抱く「若いまま、健康なまま年を取りたい」という夢が現実味を帯び始めているのだ。[11]

この番組で、NMN の量産に成功したとして紹介されたオリエンタル酵母工業株式会社は、番組では社名が伏せられていたのにもかかわらず、放送後株価が急騰した。オリエンタル酵母工業株式会社は、若返りの薬としてはまだ臨床研究の段階ということもあって、NMN を研究用試薬としてしか販売していない。しかし、ネット上では、早くも、国内製造の純粋な NMN(光学異性体 β)を含むと称するサプリが高値で売られている

しかし、もう一度「脊椎動物体内における NAD+の生成と利用の経路」の図を見られたい。NAD+ の材料は他にもある。ニコチン酸、トリプトファン(Tryptophan=Trp)、ニコチンアミドリボシド(Nicotinamide Riboside=NR)がそうだ。ニコチンアミド(nicotinamide=Nam, ニコチン酸アミドもそうだが、ニコチンアミド自体はサーチュイン活性化の阻害剤である[12]

栄養学では、ニコチンアミドとニコチン酸は、まとめてナイアシンあるいはビタミンB3と呼ばれる。しかし、ニコチン酸は、ニコチンアミドとは異なり、サーチュイン活性化を阻害しないし、肝臓においては、ニコチンアミドよりもより良い前駆体である[13]。サーチュイン活性化という点では逆の二つの栄養素を同じ名前で呼ぶことは、サーチュインを活性化したいと思う人にとっては、不都合なことである。

しかし、「ナイアシンは、動物性食品中ではニコチンアミド、植物性食品中ではニコチン酸として存在し[14]」ているので、以下のような植物性食品でナイアシンの含有量が多い食品を選べば、ニコチン酸を摂取できる。

食品100グラム当たりのナイアシン等量(NE)

  1. ピーナッツ:17.0mgNE/100g
  2. 干ししいたけ:16.8mgNE/100g
  3. ヒラタケ:10.7mgNE/100g

ナイアシンは、食べ過ぎると、顔の紅潮や、掻痒感を惹き起こすので、サプリメントなどで大量に摂取することは避けた方がよい。サーチュイン活性化のためには他の前駆物質も摂取するなど、バランスを取ったほうがリスク分散にもなる。もちろん、ガッテン!が推奨していた、一日20粒ほどのピーナッツなら、問題はない。

ニコチン酸は、トリゴネリンを加熱することでも生じる。トリゴネリンは、コーヒー豆、とりわけ、焙煎度が深いアイスコーヒの豆に多く含まれている。アイスコーヒー一杯(200ml)には3.2mgほどのニコチン酸が入っている。ガッテン!はビールのつまみとしてピーナッツを紹介していたが、アイスコーヒーとも相性が良い。

ガッテン!の番組は、おそらく企画段階で、ピーナッツ(あるいは番組において不自然な形で宣伝されていた柿ピー)を取り上げることを先に決め、その後でハーバード大学の研究論文を見つけたのだろう。もし私が番組のディレクターで、プロデューサーからピーナッツの健康効果に関する番組を作れと命じられたなら、ハーバード大学のリサーチが実証したのは、ナッツ類全般の健康効果であることを断った上で、ピーナッツの寿命延長効果は木の実とほぼ同等で、ピーナッツならではの特性として、ニコチン酸の含有量が豊富であることを説明するという内容に仕上げるだろう。そういう内容の方が、誤解を招かない内容になったのではないのか。

4. 参照情報

  1. NHK ガッテン! “血管を強くしなやかに!ピーナッツパワー解放ワザ.” 2017年1月11日(水)午後7時30分放送. 2017年1月17日(火)午前0時10分再放送.
  2. “The pooled multivariate hazard ratios for death for participants who ate nuts, as compared with those who did not eat nuts, were 0.93 (95% confidence interval [CI], 0.90 to 0.96) for nut consumption less than once per week, 0.89 (95% CI, 0.86 to 0.93) for once per week, 0.87 (95% CI, 0.83 to 0.90) for two to four times per week, 0.85 (95% CI, 0.79 to 0.91) for five or six times per week, and 0.80 (95% CI, 0.73 to 0.86) for seven or more times per week (P<0.001 for trend).” Bao, Ying, et al. “Association of Nut Consumption with Total and Cause-Specific Mortality." New England Journal of Medicine 369.21 (2013): 2001-2011. p.2004.
  3. NHK ガッテン! “血管を強くしなやかに!ピーナッツパワー解放ワザ.” 2017年1月11日(水)午後7時30分放送. 2017年1月17日(火)午前0時10分再放送.
  4. “When consumption of nuts two or more times per week was compared with no nut consumption, the pooled multivariate-adjusted hazard ratios for death were 0.88 (95% CI, 0.84 to 0.93) for peanuts and 0.83 (95% CI, 0.79 to 0.88) for tree nuts.” Bao, Ying, et al. “Association of Nut Consumption with Total and Cause-Specific Mortality." New England Journal of Medicine 369.21 (2013): 2001-2011. p.2005/2007.
  5. Bao, Ying, et al. “Association of Nut Consumption with Total and Cause-Specific Mortality." New England Journal of Medicine 369.21 (2013): 2001-2011. p.2006.
  6. Vwalvekar. “Comparison of dietary fats.” Licensed under CC-BY-SA.
  7. 奥山治美, 市川祐子, 國枝英子. 『油の正しい選び方・摂り方―最新 油脂と健康の科学』. 東京: 農山漁村文化協会, 2008.
  8. Fvasconcellos. “Biosynthesis and salvage pathways in NAD+ and NADP+ metabolism.” をもとに私が作成した図。
  9. Imai, Shin-ichiro, Christopher M. Armstrong, Matt Kaeberlein and Leonard Guarente. “Transcriptional silencing and longevity protein Sir2 is an NAD-dependent histone deacetylase.” Nature 403, no. 6771 (2000年2月17日): 795–800. doi:10.1038/35001622.
  10. Bogan, Katrina L, and Charles Brenner. “Nicotinic Acid, Nicotinamide, and Nicotinamide Riboside: A Molecular Evaluation of NAD + Precursor Vitamins in Human Nutrition.” Annual Review of Nutrition 28, no. 1 (August 2008): 115–30. doi:10.1146/annurev.nutr.28.061807.155443.
  11. NHK. “ネクストワールド 私たちの未来 第2回 寿命はどこまで延びるのか.” NHKスペシャル. 2015年1月4日(日) 午後9時15分~10時04分放送。
  12. Avalos, José L., Katherine M. Bever, and Cynthia Wolberger. “Mechanism of Sirtuin Inhibition by Nicotinamide: Altering the NAD+ Cosubstrate Specificity of a Sir2 Enzyme”. Molecular Cell 17, no. 6 (March 18, 2005): 855–68. doi:10.1016/j.molcel.2005.02.022.
  13. Collins, Patrick B., and Sterling Chaykin. “The Management of Nicotinamide and Nicotinic Acid in the Mouse.” Journal of Biological Chemistry 247, no. 3 (February 10, 1972): 778–83.
  14. 国立健康・栄養研究所. “ナイアシン解説.” 「健康食品」の安全性・有効性情報. Accessed 2015/5/24 23:40:08.