7月 222000
 

システムは、要素を構成して構造を作る。では要素の最小単位は何であろうか。物質システムの最小単位はアトムで、情報システムの最小単位はビットだと言ってよいだろうか。

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周期表。元素は化学者にとっての要素である。Periodic table of the chemical elements.

1. 物質の要素と情報の要素

アトムはギリシャ語で分割不可能を意味し、英語では要素(element)のことを元素というが、現代の科学者は、原子が最小の単位だとは考えない。素粒子やクォークなどさらなる最小単位を研究中である。

これに対して、言語は人間が作ったものであるから、最小単位を人為的に勝手に作ることができる。情報の最小単位は、ビットである。ビット(bit)は、二進数(binary digit)の略で、0と1という二つの選択肢のうちから一つを選ぶ、最も基本的な選択である。

(0または1)かつ(0または1)かつ(0または1)かつ … というn個の連言から構成される選択肢では、2のn乗通りの選択が可能である。コンピュータ言語の世界標準であるASCIIは、7ビットコードで、2の7乗=128種の文字を表現できる。

このようにシニフィアンがビットで構成されているにしても、記号によって意味されるシニフィエまでがビットで構成されているわけではない。

2. 命題の要素とは何か

シニフィエにおける全体/部分関係を分析するために、要素命題と複合命題、あるいは原子命題と分子命題という区分が設けられたことがあった。例えば、「風が吹けば、桶屋が儲かる」という複合命題は、「風が吹く」という要素命題と「桶屋が儲かる」という要素命題を条件法の結合子で結合したものであるとされるわけである[o]

[o] この江戸時代の諺の因果関係がわからないなら、分かるように、次のように分ければよい。

風が吹く→砂埃が舞う→砂埃が眼に入って失明する人が増える→盲人の商売道具である三味線の需要が増える→三味線に張る皮の材料である猫が殺されて数が減る→猫を天敵とするネズミが増える→ネズミによってかじられる桶が増える→桶の買換え需要が増える→桶屋が儲かる

分けると分かるという点で、因果連鎖の分解は、要素への分解と似ている。

しかし命題の最小単位は、物質の最小単位と同様に、相対的で、絶対的ではない。例えば、「現代のフランス王は禿げ頭である」 [Bertrand Russell:On Denoting] は、動詞が一つしかないので、要素命題のように見える。しかしそうではないことは、この命題を肯定しても否定しても真の命題にならないところから明らかである。

もしこの命題を「現在フランス王に該当する人物が存在し、かつその人物は禿げ頭である」というように二つの要素命題に分解すれば、前者の要素命題だけを否定することによって、真な複合命題を作ることができる。

では、「現在フランス王に該当する人物が存在する」は分割不可能な要素命題なのだろうか。これもまた「ある人物は現在国王であり、その国はフランスである」というように分解できる。こうした分解をしていけばきりがない。ではどのような基準をもって要素とみなせばよいのだろうか。

3. 要素の本質は自明性である

私はプラグマティックな解答を出したい。要素とは自明な被説明与件である。そもそも私たちが被説明与件を要素へと分解しようとするのは、わかりにくい全体をわかりやすい部分から説明するためである。だから要素がどうかはわかりやすいかどうかで決めたらよい。もし要素の自明性が揺らいだら、その要素をさらに自明な要素に分解したらよいのである。同じことは物質の要素にも当てはまる。

読書案内
書名Logic and Knowledge: Essays, 1901-1950
著者Bertrand Russell 他
出版社と出版時期Unwin Hyman, 1956/12/31
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  4 コメント

  1. 「『現在フランス王に該当する人物が存在する』は分割不可能な要素命題なのだろうか。これもまた『ある人物は現在国王であり、その国はフランスである』というように分解できる。こうした分解をしていけばきりがない。ではどのような基準をもって要素とみなせばよいのだろうか」と書かれていますが、『ウィトゲンシュタイン』(A.C.グレーリング著 講談社選書メチエ)の58ページに「『現在のフランス国王は賢明である』という問題の多かった命題に対して、ラッセルは述語論理を使って完全な分析を、つまり論理形式の完全な記述をおこなった。すなわち
    (∃x)(Kx&(y)(Ky→y=x)&Wx)
    ここでKは「フランス国王である」、Wは「賢明である」を表す。…」とあります。ラッセルは分解にキリがあると考えたのではないのですか?

  2. そうです。そもそも分子命題と原子命題というのはラッセルの言葉ですからね。ラッセルの記述の理論は、存在しない対象を指示する名辞が文法的主語となっている文を、有意味な命題を表すものとして論理的に一義的に処理することを目指すものです。ところで「xはフランス国王である」は本当に分解不可能な原子命題でしょうか。もしフランスという国が存在せず、xで名指されている人物がトンガ王国の国王ならば、何が間違っているかを分析するためには、この命題を本文に書いた通り分解する必要があります。現代の論理学者の大半は、分子命題と原子命題の区別は相対的と考えています。なお余談ですが、「現在のフランス国王は賢明である」は、ストローソンが挙げている例です。禿げ頭は下品だからでしょうか。

  3. 単純に因果関係を追うという発想以上のものが、「要素」という概念に存在しているのですか?この概念で物事を考えることによって、思いのほか理論的な思考回路になるということですか?もしくは感情論を省いた思考回路にいきつくということですか?

  4. 要素と因果関係に関しては、「なぜ因果関係は必然的ではないのか」を参照してください。

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