供犠のエクスタシー

2003年8月1日

2003年7月2日、長崎市万才町の築町パーキングビル敷地内で、前日から行方不明になっていた4歳の男児、種元駿ちゃんが、頭から血を流し、全裸で倒れて死亡している状態で発見された。犯人が同市内に住む12歳の中学生であったことで、この事件は社会に大きな衝撃を与えた。この12歳の少年は、なぜ何の罪もない駿ちゃんを7階の立体駐車場から落として殺害したのか。

1. 殺害の動機

少年は、補導後の県警の事情聴取で、「いたずらしようとしたら騒がれたので突き落としてしまった」あるいは「自分のやっていることが分からなくなった」と語ったと伝えられた。読売新聞の連載「12歳と向きあう」(7月16日)に掲載された、千葉明徳短大特別講師(臨床心理学)の富田富士也氏の見解によると、現在の少年は、他者とコミュニケーションする能力が乏しく、自分の思い通りにならない相手と分かると、すぐにカッとして、別人格のように豹変することがあるので、今回の事件でも、男児を裸にして嫌がられたため、極端な行動に走ったのではないかとのことである。実際、この少年には、思い通りにならないと、パニックになるという証言がある。

このように、少年は、駿ちゃんを裸にしようとしたところ、騒がれたので、気が動転して、発作的に突き落としてしまったと当初は考えられていた。しかしこのストーリーは、その後の捜査によって否定されることになる。少年は、事前にハサミを購入して用意し、駿ちゃんを裸にした後、性器にハサミでむごい切り傷をつけた。これでは、駿ちゃんが騒ぐのも当然である。頭脳明晰な少年にこのことが予見できなかったとは考えにくい。

もしも駿ちゃんの悲鳴が周囲に聞こえることを恐れて殺したというのであれば、首を絞めて殺すというのが目的合理的な方法である。外へと突き落とすのは、逆効果ではないだろうか。また発作的に突き落としたにしては、駿ちゃんの落下地点が真下過ぎる。突き落とされたと思われる場所の手すりには、駿ちゃんの小さな足跡がついていたので、少年は、駿ちゃんを抱き上げ、いったん手すりに立たせ、それからストーンと下に落としたようだ。

この事件が起きる前、この少年が屋上から犬を突き落とすところが同級生の母親に目撃されている。だとするならば、少年は、初めから犬にしたのと同じことを駿ちゃんにするつもりではなかったのか。いずれにせよ、この少年は、自分の目的が達成できなかったから気が動転して駿ちゃんを殺害したというよりも、気が動転するような殺害(傷害?)の快楽を味わうことを当初からの目的としていたと見た方が真実に近い。

2. エロティシズムの快楽

多くの人は、6年前に神戸で起きた酒鬼薔薇聖斗事件との類似性を指摘しているが、確かに、二つの事件はよく似ている。私は、[試論編:酒鬼薔薇聖斗の深層心理]で、バタイユのエロティシズム論を援用して、酒鬼薔薇聖斗事件の解釈を試みたが、その解釈は間違っていないと今でも思っている。後に酒鬼薔薇聖斗が語ったところによると、彼は、小学五年生の時、ナメクジやカエルを解剖して、体のうずきを感じ、小学六年生の時、猫を解剖して、初めて射精を体験したとのことである。今回の長崎での事件にも、同じエロティシィズム論が使えそうである。

エロティシズムとは、日常性を破って非日常性をあらわにし、エクスタシーの快感に酔うことである。例えば、強姦は、典型的なエロティシズムである。男が法を「破って」処女を犯すとき、彼は彼女の服を「破って」非日常的な裸体をあらわにし、処女膜を「破って」秘密の内奥と一体になって、興奮する。このように、禁断の木の実を手にすることがエロティシズムの本質であり、エロティシィズムにおいては、性の欲動と死の欲動、快感原則と涅槃原則が根源的に一体となっている。

酒鬼薔薇聖斗も、長崎の少年も、小動物の虐待という、男の子なら誰でもやる比較的日常的な段階からエロティシズムを始めた。ちょうど、性器の写真も、見慣れて希少価値がなくなってくると、もはやエロティシズムを惹き起こさなくなるように、動物虐待も、繰り返しているうちに、新鮮味がなくなって、エロティシズムを惹き起こさなくなる。だから、エロティシズムの追求者は、比較的日常的な段階から出発して、より非日常的な体験を求めるうちに、犯罪をエスカレートさせてしまうことが多い。

長崎の少年も、7月の事件に至る前に、中間的な段階の犯罪を行っていた。少年は、同じ年の4月に、3歳の男の子を誘拐し、衣服を脱がして逃げた。この時は、これだけで、少年にとって十分なエロティシズムだったのである。7月の時には、男の子を裸にするだけでは不十分で、ハサミで性器を傷つけなければ、エクスタシーを体験できない段階にまで来ていたと考えることができる。

少年は、事件を振り返って、「自分のやっていることが分からなくなった」と言っているが、こうした、自分が自分でなくなる状態は、エクスタシーの心的状態を表していると考えることができる。エクスタシーという言葉は、「外に置く」という意味のギリシャ語に起源を持つ。エクスタシーとは、魂が、エロティシズムによって自己の身体から外に置かれて、我を忘れて(beside oneself 自分の外で)昇天する恍惚状態である。

セックスしている時、「行く!」と叫ぶ人は、エクスタシーを体験している。それは天空に「行く」ような昇天体験である。「行く」は、同時に「逝く」でもある。私たちは、死ぬと魂が体を抜け出して、天に向かうと想像している。死んだ経験がないのに、多くの人が、こうしたセックスの体験からの類推を受け入れるのは、性の欲動と死の欲動が根源的に同一であるからだ[d]

[d] ダットンとアロンは、深い谷に架かっている長い吊り橋を渡る男性に、魅力的な女性が声をかけ、電話番号を書いた紙を渡すという心理学の実験を行った。その結果、吊り橋を渡っている最中に紙を渡された男の方が、安全な場所にいる時に紙を渡された男よりも高い割合で女性に電話をかけてきた。この有名な実験は、死の危機に接している時の方が、そうでない時よりも性的に興奮しやすいという事実を実証している[Dutton, D.G., & Aron, A.P.: Some Evidence for Heightened Sexual Attraction Under Conditions of High Anxiety, Journal of Personality and Social Psychology 30, 1974, p.510-517.]。

エロティシズムにおけるエクスタシーをこう解釈すると、なぜ少年が駿ちゃん(あるいは犬)を、高所から落として殺したのかという謎を解くことができる。駿ちゃんの落下が、少年の目にどのように映ったのかを想像してみよう。落下するにつれて、駿ちゃんの体はどんどん小さくなる。それを肉体の落下と見ないならば、魂としての自分が天高く上昇しているように見える。肉体の落下は、同時にヴァーチャルな魂の昇天である。少年は、駿ちゃんを、7階の立体駐車場から落とすことで、魂の昇天というエクスタシーを体験した[h]

[h] 麻薬などを吸ってトランス状態になることを「ハイになる」と言うことがあるが、これは文字通り訳せば、「高くなる」ということである。薬物を吸うことも、一種の死の体験である。

こうしたエロティシズム追求型の犯罪が起きる家庭的背景は何であろうか。酒鬼薔薇聖斗と長崎の少年とのもう一つの共通点は、家庭が母権的で、父は母の言いなりになっていて、存在が希薄であることだ。長崎の少年の母は、一度離婚して、子供をつれて実家に戻っており、その後復縁したものの、この家庭では、一時的に父親が文字通り不在だったことになる。幼稚園と小学校を三度も転園・転校させたことも、少年の超自我の形成を阻害させることになった。

3. 人類史の母権的段階

個体発生的にも系統発生的にも、エロティシズムの追求は母権的段階で見られる特徴であり、父権的段階ではそれが抑圧される。個体発生に関して言うと、男根期や学童期に、子供は母への依存を捨て、父や教師を自我理想として超自我を形成し、エスの奔放な動きを制御するようになる。系統発生に関して言うと、男性宗教が成立した時期に、人類は、エロティシィズムのエクスタシーで神と一体になるプリミティヴな女性宗教を捨て、父なる神を自我理想として超自我を形成し、性に対して禁欲的になる。

キリスト教や仏教やイスラム教といった男性崇拝の宗教は、一部の怪しげな異端を除けば、エロティシズムを惹き起こすオルギアを宗教的儀式としては認めない。しかし、それ以前の女性崇拝の宗教では、生贄を屠ることで聖なるエクスタシーを体験するというタイプの宗教的儀式が盛んに行われていた。エクスタシーは、生贄が、聖なるトーテムやかわいい我が子など、貴重であればあるほど大きくなった。

今でも未開社会の人々は、動物の供犠を盛んに行っていることが多い。人身御供は、文明社会の影響を受けて、さすがに近年見られなくなったが、大航海時代には、世界の辺境のいたるところで行われていた。未開社会での人身御供の儀式がヨーロッパから来たキリスト教徒たちに与えたカルチャーショックは、長崎の少年や酒鬼薔薇聖斗による人身御供の儀式が世の大人たちに与えた衝撃と似たものだった。

もちろん、近現代の未開社会と原始社会とを安易に同一視してはいけない。個体発生が系統発生を繰り返すと主張するならば、文明成立以前の太古の時代に、人々が供犠によって聖なるエクスタシーを体験した証拠を示さなければならない。生贄として屠られたと考えられる動物や人間の骨なら多数出土しているが、それだけでは供犠を執行した人々の心の内までを窺い知ることはできない。その点、16500年ほど前に描かれたラスコー洞窟の壁画は、これから説明するように、氷河時代の人々が、長崎の少年と同様に、エロティシズムのエクスタシーを体験していたことを示す証拠として特筆に値する。

ラスコー洞窟は、ヨーロッパに多数存在する氷河時代の壁画遺跡の一つである。多くの壁画は、人間の居住に適さない洞窟に描かれた。人間が居住する洞窟に描く場合でも、人が住めない、洞窟の奥に描かれた。だから、洞窟壁画は、住居の装飾として描かれたわけではない。そうした世俗的な絵は岩陰などに描かれたのであって、洞窟内部に描かれた絵は、宗教的な性格を帯びている。

宗教的な絵が洞窟の中に描かれるのは、この時代の宗教が地母神崇拝であることと関係がある。すなわち、洞窟の中は、母なる大地の子宮の中として表象されていた。フランスとスペインの国境付近にあるニオー洞窟は、床が粘土で、その上には小さな足型がたくさん残っている。ここで成人式が行われたのかもしれない。胎児が子宮の中から出てきて産まれるように、子供たちは、地母神の「子宮」の中から、狭い通路を通って出てくることで、成人式という第二の出産の通過儀礼を行ったと考えることができる。

洞窟に描かれているのは、牛、馬、鹿、ヤギなどの動物で、これは当時の自然崇拝を反映している。日常的な食料となったトナカイはあまり描かれていない。描かれている動物は、トーテム的な性格を持つと考えられる。人間が描かれることは少ないが、ラスコー洞窟には、まるでそれが秘事であるかのように、一箇所、見つけにくい深い堅坑に、鳥の顔をした奇妙な人間の絵が描かれている。近くには、鳥が杖に止まったような物と腹から腸が出ている瀕死の野牛が描かれている。少し離れた左の方にはサイの絵がある。

ラスコー洞窟の壁画
 [Le Ministère de la culture et de la communication: Le Puits, vue d’ensemble]

ラスコー洞窟を世界に紹介したブルイユ神父によると、野牛を傷つけたのはサイで、怒り狂った野牛は狩人を角にかけて殺し、そして鳥の杖は狩人の死体が埋葬されている場所を示しているとのことである。しかしこの説明では、なぜ狩人の顔が鳥の形をしているのかが分からない。さらに、もしこの鳥人が狩りで死んだとするならば、なぜ彼のペニスが勃起しているのかも説明できない。牛の内臓が露出している所には、槍が突き刺さっているのだから、牛を殺したのは、サイではなくて、人間ではないのか。

ドイツの考古学者、キルヒナーは、狩猟中の事故という常識的解釈を斥け、シベリアのヤクート族に、牛を生贄として屠る、氷河時代から続く儀式があることを手掛かりに、鳥人をシャーマンとして解釈しようとする。ヤクート族は、鳥の杖を、犠牲となった牛の魂を天国に導くための補助の精霊として使っている。そして、ヤクート族のシャーマンも、その性質を分け持つために、鳥の衣装を身につけている。ラスコー洞窟の鳥人も、同様の理由で鳥の仮面をかぶっている。鳥人が倒れているのは、死んだからではなくて、トランス状態になっているからだと理解しなければならない[l]

[l] ミュンヘン大学のラッペングリュックによると、ラスコー洞窟の壁画に描かれている牛の目、鳥人、棒の上の鳥は、それぞれ、夏の大三角を構成するべガ、デネブ、アルタイルに相当するとのことである。だから、この三つは、独立した絵ではなくて、相互に密接な関係がある。反面、これらの三点セットとサイトの関係は不明確だ。バタイユは、『ラスコーの壁画』の中で、キルヒナーの解釈ではサイが説明できないと言って、シャーマン説に難色を示しているが、だからといって、キルヒナーの解釈を受け入れるわけにはいかない。そもそも氷河時代のヨーロッパにサイがいたはずがない。氷河時代のヨーロッパ人にとって、サイは直接見たことがない伝説の動物であり、あの世でしか出会えない獣神ではなかったのか。こう考えれば、トランス状態のシャーマンと関係付けることができる。

私も、このキルヒナーの解釈に賛成である。ラスコー洞窟の鳥人が、長崎の少年と同様に、生贄を屠ることで、エロティシズムのエクスタシーを体験していることは、彼の勃起したペニスを見れば明らかである。鳥人の肉体は、地に倒れるが、彼の魂は、それこそ鳥のように昇天する。実際、彼の両手は、鳥が羽ばたくように、大きく広げられている。

4. ジル・ド・レ

エロティシズムへの欲望は、個体発生的にも系統発生的にも、父権的段階で抑制されるが、決して消滅するわけではない。象徴的な意味での父の権力が揺らぐ時、文明社会の大人であっても、快楽殺人に走ることがある。快楽殺人の過去の実例は枚挙に暇がないが、ギネスブック掲載ものの快楽殺人の世界記録を樹立したのは、15世紀のフランスの大貴族、ジル・ド・レである。

ジル・ド・レは、部下に命じて領内の男児を誘拐し、城内の自室に引き入れ、ひもや縄を用いて男児の頸を棒や鍵などに吊るした。男児が苦しんであえぐと、ジル・ド・レは性的に興奮した。男児の頸の血管を切って、血がほとばしると、エロティシズムは頂点に達し、ジル・ド・レのペニスからは精液がほとばしった。殺害方法の残忍さは、次第にエスカレートしていったのだが、こうして生贄として殺された無垢の男の子は、死体の数から少なくとも150人はいたことが確かめられている。犠牲者は1000人を超えるという説すらある。長崎の少年や酒鬼薔薇聖斗など、ジル・ド・レの足元にも及ばない。

ジル・ド・レは、いつからこのような野蛮な儀式を楽しむようになったのか。ジル・ド・レは、22歳の時から、キリスト教が禁止する降魔術にのめりこんだが、これは男児殺しを始める6年前のことで、直接的なきっかけではない。直接的なきっかけは祖父の死である。ジル・ド・レが11歳の時、父が戦死したので、祖父がジル・ド・レの後見人になった。男児殺しが始まるのは、祖父が死んだ年からである。祖父は、ジル・ド・レにとっての唯一の重石であり、祖父の監視から解放されたジル・ド・レは、手綱から解放された荒馬のごとく、存分にエロティシズムを楽しみ始めた。当時のフランス国王は、国王としては有名無実の存在で、ジル・ド・レの領地は、事実上彼の独立国だった。

このように、ジル・ド・レの狂った犯罪の背景には、イエス・キリストや祖父や国王といった、象徴的な意味での父の権力の不在があったと考えることができる。父の権力が強すぎると、別のタイプの犯罪を惹き起こすことになるが、弱すぎると、快楽殺人が横行するようになる。

読書案内

ジル・ド・レに関しては、この本がお薦め。

書名 ジル・ド・レ論―悪の論理
媒体 単行本
著者 ジョルジュ・バタイユ 他
出版社と出版時期 二見書房, 1969/12

バタイユのエロティシズム論に関しては、この本が詳しい。

書名 エロティシズム
媒体 単行本
著者 ジョルジュ・バタイユ 他
出版社と出版時期 二見書房, 1973/00
追記

日経新聞(2006年8月18日夕刊)の「プロムナード」というコラムに、仏領タヒチ島在住の直木賞作家、坂東眞砂子が子猫殺しを告白して、日経新聞社に抗議の声が殺到している。

こんなことを書いたら、どんなに糾弾されるかわかっている。
世の動物愛護家には、鬼畜のように罵倒されるだろう。
動物愛護管理法に反するといわれるかもしれない。
そんなこと承知で打ち明けるが、私は子猫を殺している。
家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生れ落ちるや、そこに放り投げるのである。
タヒチ島の私の住んでいるあたりは、人家はまばらだ。
草ぼうぼうの空地や山林が広がり、そこでは野良猫、野良犬、野鼠などの死骸がころころしている。
子猫の死骸が増えたとて、人間の生活環境に被害は及ぼさない。
自然に還るだけだ。

[坂東眞砂子:子猫殺し]

子猫を高所から落として殺す方法に注目して欲しい。これは、長崎の少年と同じではないのか。非難を浴びた後、坂東は子猫殺害に関して次のように弁明している。

タヒチ島に住みはじめて8年経ちます。この間、人も動物も含めた意味で『生』ということ、ひいては『死』を深く考えるようになりました。7月から開始した日本経済新聞社紙面『プロムナード』上での週1回の連載でも、その観点からの主題が自然と出てきました。『子猫殺し』のエッセイは、その線上にあるものです。ことに、ここにおいては、動物にとって生きるとはなにか、という姿勢から、私の考えを表明しました。それは人間の生、豊穣(ほうじょう)性にも通じることであり、生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからです。

[日経新聞:2006年8月24日]

これは、エロティシズムを「死にまで至る生の称揚」と捉えていたバタイユの考えと同じではないだろうか。