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人間学、自然人類学、文化人類学、民俗学に関する記事。

2016年8月4日

ヒトにとって出産は痛くて苦しくて、場合によっては命にかかわる危険な営みであるが、他の動物にとってはそうではない。奈良貴史著の『ヒトはなぜ難産なのか』によると、直立二足歩行と頭脳の巨大化のおかげで、ヒトの出産は難産になった。難産という代償を払ってもこうした形態変化が起きた理由は何かを進化論的に考えたい。加えて出産の医療化という近年の傾向が新たな問題を作り出していることも取り上げたい。

2005年8月24日

このページでは、2002年11月1日にメールマガジンで公開した「なぜ人は性器を隠すのか」の初出原文とその後の改訂の経緯を説明する。また、この記事に関する読者との質疑応答もここにまとめる。

2005年4月24日

哺乳動物の毛皮には、温度調節、保湿、紫外線遮断などの機能がある。だから、毛皮を失った個体がたまたま生まれても、そうした機能を持たないがゆえに、子孫を残さずに死滅するはずだ。では、なぜ人間は、他の霊長類とは異なって体毛が極端に少ないのか。島泰三が『はだかの起原―不適者は生きのびる』で提唱した新たな仮説の妥当性を検討しよう。

2003年12月1日

人は、悲しいとか嬉しいといった感情的な原因で涙を流す。涙を流す動物は、他にもいるが、こうした感情的涙は、人間特有の現象だと言われている。私たちは、どういう時に、そして何のために涙を流し、泣くのかを考えてみよう。

2003年11月1日

私たち人間は、しばしば、たわいもない冗談を言っては、口を横に広げ、腹筋を収縮させながら「あっはっはっはっ」と断続的な呼気を発する。この奇妙な動作は、生物としてのヒトが生きていくうえで何の役にも立っていないように見えるのだが、一体なぜ、何のために私たちは笑うのだろうか。

2003年8月1日

2003年7月2日、長崎市万才町の築町パーキングビル敷地内で、前日から行方不明になっていた4歳の男児、種元駿ちゃんが、頭から血を流し、全裸で倒れて死亡している状態で発見された。犯人が同市内に住む12歳の中学生であったことで、この事件は社会に大きな衝撃を与えた。この12歳の少年は、なぜ何の罪もない駿ちゃんを7階の立体駐車場から落として殺害したのか。

2003年2月1日

人間の社会においては、有史以来、男が女よりも主導的な働きをしてきたというのが常識である。現代でも、建前はともかく、相変わらず男社会が続いている。女性が要職に就くたびに、「これからは女の時代だ」とマスコミが騒ぐのは、逆に、女性が依然として低く見られている証拠である。しかし、人類の歴史全体を通して、常に男尊女卑であったわけではない。有史以前は、むしろ女尊男卑の時代だった。

2002年12月1日

私たちが、人間と他の動物との間にある最も重要な違いと考えている属性は、高い知性である。しかし、知性が高いということは、具体的にはどういうことなのか。人はなぜ知性が高くなったのか。なぜネアンデルタール人が滅んだのかを考えながら、知性の本質を探ろう。

2002年11月2日

私たち人間は、自分の性器が他者、とりわけ異性の他者に見られることに強い羞恥心を感じる。植物は、自分の性器である花を、それこそ「はなばなしく」誇示し、動物も、自分の性器の露出を恥ずかしいとも何とも思っていない。なぜ人間だけが恥ずかしそうに自分の性器を隠さなければならないのか。

2002年10月1日

人間は、海中生活を送ることで、直立二足歩行や無毛性といった人間特有の性質を獲得したとエレイン・モーガンは言う。このアクア説は、学界ではほとんど支持されていないが、はたして正しいのだろうか。彼女の説を詳しく検討しよう。

2001年6月16日

人類は、いつから農業を始めたのか。農業を始めたことで、人類の生活水準は本当に向上したのだろうか。狩猟と採取で生計を立てている民族を参考に、かつての人類の姿を想像しつつ、この問題を考えてみよう。

1999年12月4日

ルソーやマルクスは、文明成立以前の発展段階に戦争も階級もないユートピアをノスタルジックに想定した。今でも人類学者や考古学者の多くは、未開社会や原始社会は、本来平等で平和であったと考える傾向にある。しかし、このノスタルジーに科学的な根拠はない。

1999年11月27日

かつてレヴィストロースは、結婚を女の交換と捉えたが、プリミティブな社会では、女の交換である結婚は、物の交換である貿易と密接に関わっている。そして貿易と結婚という平和なコミュニケーションは、略奪と強姦をともなう無法な戦争におけるコミュニケーションを止揚したものである。