10月 312008
 

最近、ローライズパンツをはいた女性が、しゃがんで腰の地肌を見せることがはやっているが、あのしぐさが男を性的に刺激するのはなぜなのか。男が、女とは異なってネクタイをしめるのはなぜなのか。デズモンド・モリスの性的自己擬態説を参考に、これらの問題を考えることで、人類の表象文化の起源を探りたい。

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1. 自己擬態による性的誘惑

自分の体の一部を他の部位に模造することは、自己擬態(automimicry/self-mimicry)と呼ばれている。例えば、ある種のヘビは、尻尾が顔そっくりであるが、このヘビは、自己擬態をしているということができる。ヘビの危険部位は噛み付くことができる頭の部分であるから、尻尾を頭とそっくりにすることで、敵を効果的に牽制することができる。自己擬態という言葉は、同一個体内だけでなく、同一種内での擬態に対しても使われる。例えば、ミツバチのオスは、メスとそっくりな外観を持つことで、メスのミツバチのように針で刺す能力があるかのように偽装し、敵を威嚇することができる。

自己擬態の機能は、敵を威嚇することにのみ限定されない。異性を惹きつけるための自己擬態もある。デズモンド・モリスによれば、人間の女性の乳房と口唇は、尻と陰唇の擬態になっている。

The protuberant, hemispherical breasts of the female must surely be copies of the fleshy buttocks, and the sharply defined lips around the mouth must be copies of the red labia.

女性の突出した半球形の乳房は、肉質の尻のコピーに違いないし、また口のまわりのはっきりと区切られた赤い唇は赤い陰唇[女の外部生殖器の一部]のコピーに違いない。

なぜこのような擬態が生じるのか。モリスは、性的自己擬態のもう一つの例として、ゲラダ・ヒヒを挙げる。ゲラダ・ヒヒの胸には、以下の図の上部に描かれているように、尻と同様に、白い毛に縁取りされたひょうたんの形をしたピンクの皮膚があり、かつ、その中で、赤い乳首が、赤い陰唇のように中央でくっついている。このように、性器とそっくりの形状を胸に作り出すのは、ゲラダ・ヒヒが、他のサル科の動物と比べて、長い時間尻を地面に付け、性器が隠れる姿勢で座っているからだとモリスは言う。

Automimicry: Big Boobs, Ruby Lips and Pendulous Noses
図1 ゲラダ・ヒヒ(上)とマンドビル(下)における自己擬態
[R. Dale Guthrie:Body Hot Spots
The Anatomy of Human Social Organs and Behavior, Chapter 13 Automimicry: Big Boobs, Ruby Lips and Pendulous Noses
]

人間の性的自己擬態も同じ理由で説明できる。もしも人間が、他のサル科の動物と同様に、四足歩行をし、性器が顔と同じ高さにあって、よく見えるなら、このような擬態は不要である。しかし、直立二足歩行をし、後背位ではなくて対面位でセックスをするようになると、尻も陰唇も見えにくくなる。そこで、ちょうどフェロモンが、性器から以外に、鼻の高さにある腋の下からも分泌されるようになったように、尻と陰唇も、本店とは別にその代理店を体の上部に作ったと考えることができる。

性的自己擬態に対応して、性交にも擬態が生じる。陰唇の代わりに口唇にペニスを挿入するフェラチオや、尻の間にペニスを挿入する代わりに、乳房の間に挿入するパイズリは、性的自己擬態ゆえに生まれた性交の象徴的反復であり、前戯として使われている。アナルセックスでは、アナルが陰唇の代わりになっている。相手の口の中に舌を挿入するフレンチキスや陰唇に舌を挿入するクンニリングスでは、舌がペニスの代わりになっている。勃起した乳首を口に含む場合、乳首がペニスの代わりとなっている。

ところで、モリスは、自己擬態のもう一つの例として、マンドリルというヒヒの顔を挙げている。マンドリルの顔には、引用した図の下部に描かれているように、青い皮膚に挟まれた真っ赤な鼻があり、黄色いあごひげが生えているが、これは臀部における真っ赤なペニス、その横にある青い陰嚢、その下にある黄色い陰毛の擬態になっている。モリスは、この自己擬態の理由はわからないと言うが、これは、敵の攻撃に対して脆弱になりがちな尻の部分を顔に似せて、敵を威嚇するためだろう。つまりヘビの自己擬態と同じで、顔の擬態が臀部に生じていると考えるべきだ。

2. 人工物による性的自己擬態

人間は自然的存在であると同時に文化的存在でもあり、性的自己擬態を人工物で強調したり新たに作ったりする。ブラジャーで、たるんだ乳房を寄せて、上げて、尻のような外観にしたり、口紅を塗って、唇を、性的に興奮して、膨らんで濃い赤色になる陰唇のようにしたりすることは、人工物による自然的擬態の強調である。

2.1. 性的自己擬態としての腰見せ

近頃、ローライズパンツと丈の短い上着という組み合わせが女性の間ではやっている。この組み合わせだと、以下の写真にあるように、座ったり、かがんだりすると、ウエスト部分で腰の地肌とパンツが露出してしまう。女性が、腰周りの肌を見せることにどのような意味があるのだろうか。

ローライズパンツ
図2 ローライズパンツをはき、座って、ウエスト部分で腰の地肌とパンツを露出させる女性の写真。[News Web Japan「ゲーム脳」の影響はここまで来た!? 女たちはなぜパンツを見せるのか(取材・文:草薙厚子 取材:島田健弘、渡辺江麻)]

このファッションを取り上げた“News Web Japan”の記事は、以下のような澤口俊之のコメントを引用して、「脳の障害によるれっきとした病」と言っている。

「ファッションというのは、どんな意識的な理由(口実)があったとしても、無意識な『繁殖戦略』が隠れています。よくいわれる本能というものです。男性に訴えかけるような体型とかファッションをする、わざとセクシーに見せるとか、逆に慎ましく見せるとかは、人を意識している行動なのです。これは問題ではない。ただ、無意識に下着が見えるような格好や行動をしたりするのは、周りに対して無頓着、かまわなくなるということなので、脳の障害でおこるれっきとした病です。パンツが見えようが、ブラジャーが見えようが気にしないというのは、それはうつ病の傾向を疑うか、人間としての本来的な働きが落ちていることなのです。実際、分裂病のかたは身なりを気にしなくなります。外界に対する意識の障害ですね。ある状況に対して、自分はどういう立場なのかという意識がないんです。そういう人たちが目だってきています。周りにどう思われているか意識しない、自己意識がなくなるというのが、『ゲーム脳』といわれている正体でもあります。若者が切れやすいというのも前頭前野の働きがにぶっているからです」

この澤口のコメントの前半には同意できる。ファッションには、意識的な口実が何であれ、無意識な「繁殖戦略」が隠れているというのは、そのとおりである。だが、下着を見せるという行動には、「繁殖戦略」がないといえるだろうか。澤口のような、年配の男性は、女性が下着を見せることに性的な魅力を感じず、むしろだらしがない程度にしか感じないだろう。しかし、若い男性は、必ずしもそうではない。彼女たちの腰見せファッションが、繁殖のパートナーとして、性的魅力の劣る中高年の男性を予め排除して、若い男性にターゲットを絞った誘惑であるとするならば、それは立派な「繁殖戦略」であると言うことができるのではないか。

ところで、この記事が書かれた2002年には、森昭雄の著書『ゲーム脳の恐怖』が出版され、「ゲーム脳」がマスコミの流行語になったが、この仮説は、未だに科学的には実証されていない。そもそも、日本の女性の大半が「分裂病」ということはないだろう。

モリスは、腰見せファッションがはやっているのは、女性がスカートをはく代わりにズボンをはくようになったからだと言う。

The result of this is that female legs have largely lost their role as areas of exposed flesh and some new zone was needed as a replacement. Low tops that expose shoulders and breast cleavarage have been employed in the past, but that solution had become too familiar. Something novel was required and somewhere, someone had the bright idea of wearing a top that was too short to reach the trousers.

この結果、女性の脚は、露出された肉体領域としての役割をほぼ終え、代わりに新しいゾーンが必要とされた。肩と胸の谷間を露出させるロートップが過去に使われたことがあったが、そのやり方はすでに陳腐になっている。何か新しいものが求められていたところ、どこかで誰かが、短くてズボンに届かない上着を着るというすばらしいアイデアを思いついたのだった。

たしかにそうではあるが、肌の一部を露出するのであれば、どのような方法でもよいというわけではない。

モリスは、胸の谷間を尻の性的自己擬態で説明したが、スカートを履いて足を露出することも、性的自己擬態で説明できる。

男の関心を惹きつけようとする女が、なぜ冬の寒い時でも、ミニスカートをはいて太ももを露出するのか、その理由を考えてみよう。ミニスカート・露出した太もも・X脚という男好みの三点セットがそろうと、尻と性器を連想させる肉の山と谷ができる。それは女陰の擬態なのだ。

ズボンをはくと、この性的自己擬態が無効になるとするならば、それを代替する腰見せルックスは、それに取って代わる性的自己擬態ということになる。実際、女性がしゃがんだ時、上着とパンツの間がぱっくりと開いて、地肌が露出すれば、まるで、女が両脚を開いた時にぱっくりと開く陰唇を縦にした時のようである。肌だけでなく、複雑なふち模様のパンツまで露出させると、それはまるで、陰唇の襞のようだ。だからこそ、それは、男にとっては、妙にエロチックに感じられるのではないか。

女の腰の肌自体は全然エロチックではないし、ビキニ姿の女が露出する肌の中で特に注目されている部分でもないのにもかかわらず、しゃがんで腰の地肌を露出させることが男を悩殺するのは、それが性器の擬態になっているからではないだろうか。

2.2. 性的自己擬態としてのネクタイ

他方で、男は、背広とワイシャツとネクタイというフォーマルな服装で性的自己擬態を行っている。フロイトは、ネクタイはペニスの象徴であると言った [Sigmund Freud:Gesammelte Werke Bd.2/3, p.361] が、男の胸の中央でぶらぶらしているネクタイがペニスの擬態であるとするならば、そのペニスの付け根の横に広がる二つの襟は、睾丸に相当し、それらを囲む背広の左右の前身頃(まえみごろ)は、両脚に相当するということになるだろう。人間の男は、ゲラダ・ヒヒと同様に、胸に性器の類似物を作って、異性の注意を惹き付けようとしているのである。

ネクタイは、ペニスの見本としては長すぎるのではないかと思う読者もいるだろう。その通り。男たちは「自分のあそこはこんなに長いのだぞ」と誇大広告をしているのである。長くて大きなペニスは男たちの憧れの的である。ペニスが少々短くても、セックスする上で何の問題もないにもかかわらず、短小ペニスに悩んで病院を訪れる男性は少なくない。

男が大きなペニスを欲望するのは、短小なペニスでは、女にもてないと思っているからである。澤口によると、ペニスの大きさと背の高さは比例する [澤口俊之:モテたい脳、モテない脳, p.112]。そして背の高さと知性の高さも比例する。プリンストン大学のアン・ケースとクリスティナ・パクソンによると、3歳の頃から、背の高い子供の方がそうでない子供よりも認識力のテストで良い結果を出す [Anne Case, Christina Paxson: Stature and Status: Height, Ability, and Labor Market Outcomes]。

もしもこれが本当ならば、背が高くてペニスの長い男を欲望する女は、知性の高い男を欲望しているということになる。男の性的自己擬態は、そうした女の欲望を満たそうと「背伸び」をした結果と解釈できる。もとより、澤口の説の科学的根拠は明確ではないし、だから、私は、「指の長い男はなぜもてるのか」では、生物学的説明ではなくて、象徴論的な説明にとどめておいた。

3. 表象文化の起源としての性的自己擬態

性的自己擬態は、視覚的手段以外に言語的手段によって行われる。そもそも言語は、その本来のありかたにおいて擬態的である。言語は、対象そのものではないが、対象を代表象する(represent 代理し表象する)機能を持つからである。漢字のような表意文字はもちろんのこと、アルファベットのような、今日純粋な表音文字として機能している文字も、その起源にさかのぼってみると、象形文字であったりする。象形文字は、本物である対象を模倣した擬態と言ってさしつかえない。

人間が最も発達した言語能力を持つ動物であることと、人間が意図的に性器を隠す唯一の動物であることは無関係ではない。性器の希少価値を高めるために異性に対して性器を隠蔽しなければならないと同時に、異性を誘惑するために性器の存在をほのめかさなければならないという相反する要求に答えるべく、人間は性的自己擬態を増殖させ続けてきた。そしてその延長上に、言語という最も洗練された表象文化を位置づけることができる。

考えてみれば、これまで新しいメディアを先導してきたのは、いつもポルノであった。インターネットが1996年に日本で爆発的に普及したのは、インターネットに接続すれば、無修正のポルノ画像が見ることができたからであり、だから、当時は男性のユーザーの方が圧倒的に多かった。ビデオデッキが一般家庭に普及することができたのも、アダルト・ビデオを自室で鑑賞したいという男たちの飽くなき欲望があったからである。CD-ROMも、映画も、写真も、そして活版印刷術も、不可視の性器を代表象させるためなら金に糸目を付けない消費者がいたからこそ、大衆規模までに市場を拡大することができるようになったのだ。

これまで新しいメディアの普及にポルノが果たしてきたパイオニア的役割を考えるならば、メディアの起源をポルノに求めることすら可能かもしれない。そこまで言ってよいかどうかは別として、もしも人間が性器を隠蔽しないようになるならば、性器の存在は水や空気と同じくありふれた存在になり、ちょうど水や空気を消費するために金を払う人がいないように、それを見るために金を支払う人はいなくなるであろうことは確かだ。人類が性器を隠蔽し続けてきたおかげで、人類は性的自己擬態を増殖させ、さらには豊かな表象文化一般を築き上げることができるようになったのである。

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  3 コメント

  1. 本論の主旨とは、ほぼ関係ない用語について、で恐縮です。
    文中使用されている「分裂病」という用語は、現時点では「統合失調症」で統一するようになっていると、私は理解しています(多分ご存知でしょうが)。
    おそらく引用元の文章が、「分裂病」という語を使用しているため、あるいは「統合失調症」という表現が、医療現場はともかくその他の領域では一般的でない(常用されていない)というお考えのためかとも推察します。
    もしよろしければ、再考いただければ幸甚です。

  2. 日本精神神経学会が、2002年に、「精神分裂病」を「統合失調症」に名称変更したことは承知していますが、そこは、引用文に対する論評ですので、別の名称を使うわけにはいきません。そこで、その点をはっきりさせるために、分裂病を「分裂病」と表記することにします。

  3. ポルノが、新しいメディアや技術の普及に貢献したのは、知っていましたが。
    まさか古代からとは、考えても見ませんでした。
    そういえば、服を着る習慣が(そんなに)生まれなかった地域では(南米のジャングルとか)、文明も技術もあまり進んでないようですね。

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