アベノミクスの三本の矢
アベノミクスの三本の矢のうち、第一の矢は正しいが、第二の矢は財政支出拡大という点で正しくなく、第三の矢は、国家主義的な産業政策と構造改革の混合となっており、総じて「小さな政府」を目指しているのか「大きな政府」を目指しているのか不明確である。[1]

アベノミクスとは、2012年12月26日に成立した第2次安倍内閣の経済政策の俗称である。1月11日に、「日本経済再生に向けて、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」で、長引く円高・デフレ不況から脱却し、雇用や所得の拡大を目指す[2]」ことが閣議決定されており、この三本の矢がアベノミクスの内容と一般に理解されている。
アベノミクスの一本目は正しいが、二本目は間違っている。三本目は雑多な内容で、まだその詳細な内容が明らかになっていないが、正しいものもあれば、間違っているものもある。アベノミクスは成功し、それが安倍内閣の高い支持につながっているというのが世間の認識であるが、成功しているのは一本目だけである。インフレ期待に働きかける安倍の手法は、首相就任前から功を奏し、現在の円安株高につながっているが、だからといって二本目と三本目も正当化されるというわけではない。二本目の矢である財政政策としては、2月26日に可決した総額13兆1054億円の大型補正予算を挙げることができるが、その内容は、国家社会主義的な公共投資がメインとなっている。三本目の矢である成長戦略にも官民ファンドの設立などの計画経済的な産業政策が目につく。

開発独裁型政府による計画経済や国家社会主義的政策は、ヒトラーの経済政策がそうであったように、石油危機の頃まではうまく機能した。しかし、1971年8月にブレトン・ウッズ体制が崩壊し、1973年3月から主要国のほとんどが変動為替相場制に移行して以来、公共投資の増額による経済成長がうまく機能しなくなった。官僚によるターゲティングポリシー型の成長戦略も失敗続きである。ところが、自民党は相変わらず高度成長期の成功体験の呪縛から逃れることができないでいる。アベノミクスの二本目と三本目の矢を見る限り、そう言わざるを得ない。
ボーダレス化した変動為替相場制のグローバル市場経済のもとで先進国が経済成長を続けようとするならば、大きな政府から小さな政府へ、官僚主導の経済から民間主導の経済へと社会システムの構造を改革しなければならない。政府の仕事は、政府にしかできないことに限定し、民間でできることはできるだけ民間で行わなければならない。量的金融緩和は、一般の民間にはできないことである(勝手にやれば、通貨偽造罪となる)から、政府の子会社である中央銀行がするしかないのだが、インフラ投資をも含めて、どこにどれだけ投資するかは、民間に任せるべきである。
それゆえ、日本がデフレから脱却するために放たなければならない三本の矢は、金融緩和(調整インフレ)、財政政策(法人税・事業税減税)、構造改革(市場原理の徹底)である。私は、1999年3月に、この三つを日本経済再生のための三つの処方箋として位置付けた「日本経済再生のために」というコラムを書き、honya.co.jp という電子書籍出版サイトに掲載したことがある(その後契約を解除したので、著作権は私にある)。14年ぶりに読み返してみると、細かい論点に関しては同意できないところがあるにせよ、大筋で今の考えと変わらない。リンク先の Wayback Machine によるキャッシュがいつまでもあるかどうかわからないので、このスレッドに再録することにしたい(三ヶ所マイナーな修正したが、それ以外はそのままとする)。
バブル崩壊後、不動産や株などの価格が下落する資産デフレにより含み損が発生し、含み益を担保にした融資が滞ってマネーサプライが減少し、それが設備投資と生産を萎縮させ、雇用と賃金水準のリストラと消費の減退を惹き起こしている。日本経済を再生させるために必要なことは、デフレがデフレを呼ぶデフレスパイラルを阻止することとバブル崩壊後年々低下する日本の生産性を高めることである。この論文では、金融政策、財政政策、構造改革の三つの側面から日本経済再生のための処方箋を提案したい。
今年1月にスイスのダボスで開かれた国際経済会議で、アメリカ側が日本に「プリント・モア・マネー」と提案したことをきっかけになって、日銀による国債引受や買い切りオペレーションを行うか否かをめぐっての議論の応酬が活発になった。小渕政権が積極財政を行うために国債を増発したが、債券市場での需給関係の悪化が長期金利を上昇させ、民間投資を圧迫するクラウディングアウトを引き起こし、財政政策の深刻な副作用となったために、その対策が求められている最中のことだった。
この議論の不可解なところは、調整インフレが長期金利の上昇を抑えるための手段として論じられている点である。日銀が主張しているように、インフレになれば、長期金利はむしろ上昇するはずである。しかしそれを根拠に調整インフレを行うべきではないという結論を出すのは早計である。調整インフレの本来の目的はマネーサプライの伸び率を引き上げることである。マネーサプライ(M2+CD)の伸び率は80年代には円高不況のときを含めて6%以上だったのに対して、バブル崩壊後の90年代には6%未満、場合によってはマイナスにすらなっている(99年3月の発表で前年同月比3.5%)。不況から脱出するには、マネーサプライの伸び率を10%近くまで引き上げなければならない。
日銀にできることは、名目マネーサプライを増加させることである。これには次のようなメリットがある。
- 政府と民間の債務額が減価されるので不良債権の償却が容易になる。事実上の徳政令であるが、銀行が特定ゼネコンなどの債権放棄をする場合と違って平等である。
- 債権者である個人預金者は打撃を受けるが、それによって個人消費が落ち込むことはない。インフレは貯蓄を吐き出させ、耐久消費財の購入や株式の購入を活性化させる。
- 通貨の減価により、為替相場は円安になる。輸入物価の上昇は、更なるインフレ要因として機能する。日本は輸出主導型経済であるから、円安はある程度までは景気回復の好材料となる。
- 国債残高は、名目でも実質でも減少する。政府は、自分が消化する国債の額だけ新たな歳入を得ることができるので、それを財源にして法人税の税率を減らすことができる。
要するに、調整インフレを行えば、単価の大きい耐久消費財の国内消費が拡大し、輸出が容易になり、企業の債務が減価し、法人税が減税になり、株が上昇するので、民間投資が活発となり、景気回復が回復すると期待される。
これに対して、調整インフレには次のような反論が予想される。
- 財政出動に歯止めがきかなくなり、ハイパーインフレになる。
- 金利が上昇し、企業の債務返済が困難になる。
- 円安が加速し、マネーの海外流出が加速される。
- 銀行の預金残高の減少は、貸し渋りを激しくする。
以下順次反論したい。
1.新規国債の日銀引き受けは、戦前の高橋是清蔵相が昭和恐慌を乗り切るために使った手法だが、その後財政感覚の麻痺による軍事費増大とハイパーインフレを招いた。この前例に対する反省から、現在では政府の発行する国債は、市中消化が原則で、新規発行国債を日銀が引き受けることは財政法・日銀法で禁止されている。歯止めなきインフレはもちろん望ましくはないが、バブル崩壊後のデフレを中和する程度のインフレなら許容されるのではないのか。財政法第5条に「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない」とあるが、「但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない」と例外も認めているので、あらかじめ引き受け額の上限を設定した上で行えばよい。時間がかかるのであれば、買い切りオペでもかまわない。
2.インフレになれば、名目利子率は上昇するが、実質利子率は上昇しない。現在名目金利は、短期金利はほぼゼロで、長期金利も2%以下に抑えられていて、超低金利だが、デフレだから実質金利は高い。金利をマイナスにすることはできないので、名目金利がゼロでも、デフレがひどくなるとデフレになった分だけ実質金利は上昇していく。日銀の低金利政策は、今まさに限界に来ている。今後の不当な実質金利の上昇を抑制するためにも、調整インフレは必要である。
3.調整インフレによって将来円安ドル高が進むことになれば、外貨建て投資が魅力的になる。実際90年代の後半から、通貨安・低金利の日本から通貨高・高金利の米国へ大量のマネーが流れた。アメリカは世界の投資信託銀行として日本と欧州から資金を集め、エマージングマーケットに投資してきた。ところが、98年のロシア経済危機をきっかけに、アメリカへのマネーの流入が滞るようになった。そして今年1月12日には、円は1ドル108円まで上昇した。この時日銀は円売りドル買いを行ったが、円安にするためには、調整インフレをするべきではなかったのか。今後日本が調整インフレを行っても、次のような理由から、アメリカへのマネーの飢餓輸出が再開されるとは思われない。第一に中南米の経済危機が去っておらず、アメリカの株式相場には高値警戒観がある。第二に99年4月1日から生保会社に対する早期是正措置が導入され、生保会社のリスクテイク能力が低下するため、日本の生保が為替リスクのある外債を減らすと予想される。第三にヘッジファンドの監視強化によってマネーロンダリングが制限され、米国への資本流入が容易でなくなりつつある。以上から急激な円安を懸念する必要はないと判断できる。
4.期待物価上昇率が銀行預金の利率を上回るようになれば、預金の解約が相次ぐことになり、銀行による融資の回収がひどくなると心配する人がいるであろう。だが貸し渋りと呼ばれる債権回収は本当に望ましくないことなのか。先進諸国において、一般企業の資金調達額がGNPに占める割合は、どこでもだいたい150%前後と同じであるが、間接金融による借入金の割合は、アメリカが19%、イギリスが27%であるのに対して、日本は112%もある。だから日本の銀行は貸し渋りどころか貸し過ぎている。長期にわたる安定した融資を必要とする資本集約的な重化学工業が中心的な役割を果たした時代では、間接金融中心でよかった。しかし知識集約的な情報産業が中心的な役割を果たすようになると、より機動性に富む直接融資が重要になってくる。調整インフレを行えば、インフレヘッジとしての株式に買いが集まる。銀行は今後銀行業務を縮小し、投資信託に力を入れなければならない。
もちろん間接金融から直接金融へマネーが移動しても、国内産業の収益性が低ければ、投資は海外に向かってしまう。また放漫財政が是正されなければ、調整インフレはハイパーインフレになってしまう。この問題の解決が次の主題である。
92年8月以来100兆円を超える規模で行われてきた経済対策は、主として公共事業と所得税減税に力を注いできた。しかし所得税・住民税減税は、日本では貯蓄性向が高く、減税分がすべて消費に回らないので、景気対策として有効ではないし、公共投資は、費用対効果の面で問題がある。資本集約的産業から知識集約的産業へと基幹産業のトレンドが代わるにつれて、土木建築によるインフラ整備の波及効果は限られたものになってくる。
これに対して、法人税・事業税減税は、所得税・住民税減税の場合と違って貯蓄には回らないので、即効性があり、民間投資を活性化する。さらに民間投資は公共投資とは異なり、費用対効果が大きい。政府は、旧来型公共事業だけでなく、環境、情報通信・科学技術、福祉・医療・教育を三本の柱とする新型社会資本整備にも力を注ぐと表明しているが、看板は新しいものの、中身を見てみると、環境問題対策の研究所の建設など従来型のハコモノ造りが目立つ。実際、小渕内閣が決めた公共投資17兆7000億円の予算のうち、14兆5000億円が従来型土木建築事業である。
情報通信分野の目玉は、光ファイバー網だが、光ファイバー網はNTTがすでに整備しているのだから、建設省主導で同じものを作る必要はない。NTTは、光ファイバー網の完成が自社のマージンを薄くすることを嫌って、なかなか取り組もうとしない。政府がむしろするべきことは、規制緩和により通信分野での競争を促進することである。
福祉・医療・教育に関しても、女性の社会進出が進むにつれて、保育園が不足することは事実だが、逆に幼稚園が不用になるのだから、新たに保育園を作らなくても、既存の幼稚園に保育園サービスをオプションで加えたらよい。また高齢者の増加により特別擁護老人ホームの需要が増加することは事実だが、小中学校の廃校が相次ぐ中、新たに特擁ホームを建設する必要があるのかどうか疑問である。どちらの場合も文部省と厚生省の管轄の違いが大きな壁になっている。
新型社会資本は民間投資によって蓄積されるべきであって、政府がするべきことは法人税・事業税減税と投資を誘発するための規制緩和である。財政出動は、広く薄くするよりも、最も効果的な政策(法人税・事業税減税)に重点的に力を入れたほうが効果的だし、財政も放漫にならなくてすむ。
現在の需給ギャップを需要不足と設備過剰に分解すると、概ね3対7の割合で設備過剰が大きな原因となっているのだから、民間企業にとって必要なことは、過剰設備と過剰雇用のリストラであり、法人税・事業税減税によって過剰投資を促進するようなことはすべきではないと反論する人もいることであろう。たしかにバブルの時期に行われたゴルフ場開発などの過剰投資をスクラップしなければならないが、同時に技術革新のための研究開発など新たに投資を拡大しなければならない分野もある。日本の消費者の貯蓄は大きいので、魅力的な商品が現れれば、消費税減税などしなくても消費は自然と拡大する。
ただし法人税・事業税減税が、リストラを遅らせる一時的な救済策にならないように、税制のあり方を変えなければならない。すなわち、法人税事業税に累進性のある外形標準課税方式を取り入れ、税の性格を収益に対するペナルティから独占に対するペナルティに変える必要がある。税率が規模に関して累進するようになれば、大企業は不採算部門を売却して得意分野に特化し、不得意分野をアウトソーシングするようになる。同時に独占が困難になるので競争が活発になる。企業は、量から質への転換、即ち従来のように売上高を伸ばすことよりも利益率を上げることを迫られる。その結果企業は利潤を収益性改善のために投資することになるであろう。
ここでいう構造改革とは、社会主義的な経営が行われている生産分野に行政改革を通して市場原理を導入することである。日本の産業の収益性を改善するためには、財政投融資や補助金や税制上の優遇措置を受けている現業部門・特殊法人・認可法人・公益法人・公営企業・地方公社・第三セクター・その他農業や建設業などの過保護産業に一般企業なみの自立性を持たせる必要がある。
しばしば橋本行革の挫折を引き合いにして、景気対策と行政改革は同時にするべきではないという議論を耳にする。橋本内閣の失敗の原因は行政改革なき財政再建にある。財政再建のために増税することは大きな政府がすることなのであって、小さな政府は民営化の売却益で国債残高を減らす増税なき行革を目指さなければならない。保護主義の放棄と外郭団体の民営化によってビジネスチャンスを増やし、財政負担を軽減するだけでなく、日本の産業の国際競争力を高めることは、景気対策に矛盾するどころか景気対策そのものである。
行政改革を公務員定数の削減と同一視する人もいるが、他の先進各国と比べて日本の対人口比での公務員数は決して多くない。日本の行改で最も重要なことは、官の独占性と民の営利性の結びつきから生まれた、官でも民でもない「境界線上の家」の帰属をはっきりさせることである。例えば累積債務が3兆円を超えている国有林野事業に関しては、木材伐採などの収益事業は民営化し、森林資源の保全と監視などの公益事業は環境庁が引き受けるなど、官と民の役割分担を明確にした上で、民の領域に最大限市場原理を導入しなければならない。
市場競争が激化すると、敗者のためのセーフティネットが必要になる。本来一番下に完全なセーフティネットが一枚あればいいのだが、現在の社会保障制度では、中間に不完全で穴だらけのセーフティネットが何重にも張り巡らされている状況である。公的に必要なセーフティネットは、生活保護と医療融資と奨学金の三つだけである。生活保護は、住民票コードの導入によってホームレスにまで適用可能な、消費税を掛け金とする生活保険として整備されなければならない。経済的に自立できない原因は、老衰の場合を除けば、疾病か失業かのどちらかであって、前者には医療融資を、後者には奨学金貸与を無担保低金利で行うことにより自立を促せばよい。
従来の社会保障制度の欠陥は、弱者をフローの面でしか定義していないことから生じている。病人、失業者、高齢者はフローが皆無でもストックまでが皆無とは限らない。フローだけでなく、ストックまでがゼロの本当の弱者だけを公的に保護すればよい。医療保険、雇用保険、労災保険、年金など生活保険以外の社会保険は、すべて民営化して独立採算制にするべきであるし、社会福祉もすべて民間の福祉ビジネスに委ねるべきである。
セーフティネットがあれば、大胆な自由化が可能である。公的特権を剥奪しなければならない過剰保護産業は多数存在するが、紙面の制約上、1.郵政三事業、2.教育と研究、3.医療と福祉、4.農業の四つに絞って市場原理導入のための方法を提案したい。
1.郵政事業は国営であるから、法人税・事業税や固定資産税や印税を払っていない。郵貯は、銀行業務を行っているにもかかわらず、預金保険機構に積み立てる保険料や日銀に預ける支払準備預金が免除されている。簡保は保険契約者保護基金負担金や危険準備金を支払っていない。また株式会社ではないので配当金は支払う必要はない。もし民営化すれば、9300億円が国と地方自治体に入ってくると通産省は試算している。逆にいえば、郵政事業は、9300億円の補助金を受け取っていることになる。
郵貯は、融資や債権回収といった銀行の仕事の半分をやっておらず、不良債権の穴埋めに税金を使うことができるなど、民間の金融機関と比べて、明らかにイーコル・フッティングでない。この特権のゆえに郵貯と簡保に個人金融資産の3割弱が集まっているが、金融が自由化され、自己責任が求められる時代にあって、郵貯と簡保は個人預金者のモラルハザードを引き起こすので、速やかに分割民営化されるべきである。
97年9月に出された行政改革会議の中間報告では、郵便事業だけは国営維持だった。民営化されれば、全国均一料金制が維持できず、地方の料金が高騰し、過疎地の切り捨てになるというのがその理由である。だが家賃・地価は過疎地の方が安いのに、通信コストだけはユニバーサル・サービスと称して全国均一にするのはかえって不公平だ。電話料金の場合と同様に、コストに応じた負担を求めるべきである。そもそも地方は大都市よりも弱者であるというのは偏見で、経済企画庁が発表する「豊かさ指数」の都道府県別総合順位を見てもわかるように、都市部よりも農村地域の方が豊かなぐらいである。
また宛先別料金にすると、郵便物は投函地点に関して無記録扱いだから、郵便ポストが使えなくなるという批判もある。だがこれも次のようにすれば、現在よりも便利になる。従来の切手は廃止して、代わりに自分が口座を持っている銀行でIDバーコードを発行してもらう。はがきや封筒をポストに入れる時、そのバーコードを貼って出す。郵便物を回収し、7桁の郵便番号で宛先別に振り分ける時、つまりまだ郵便物の投函地区がわかっているうちに、重さを量って料金を計算し、機械に差出人IDバーコードを読み取らせ、後で口座から料金をまとめて引き落とす。そうすれば、これまでのように郵便料金や消費税率の変更のたびごとに切手を買い直したり、料金をいちいち計算したりする必要がなくなる。
郵政審議会は『郵便局ビジョン2010』で、不採算の地方の郵便局を安易に切り捨てることなく、ワンストップ行政サ?ビスの窓口として活用するなど郵便局ネットワークを「国民共有の生活インフラ」として、活用していくべきであると提言している。しかし郵政三事業はいずれも情報産業だから、宅配業を除けば、究極的にはインターネット上のオンラインサービスに取って代わられるであろう。その意味で21世紀の「国民共有の生活インフラ」は、郵便局ではなくて光ファイバー網と宅配ネットワークである。行政手続きも大半は自宅の情報端末でできるようになるだろう。
郵政省の調査によると電子メールが普及してもペーパーメールは減少するどころか逆に増大している。それは日本でもインターネット先進国であるアメリカでも同様である。日本もアメリカも補助金でペーパーメールの料金を不当に下げているから、一向に減らない。市場原理に任せれば、ペーパーメールの料金は上昇し、それが郵便量を減らし、さらに料金が高くなるというネガティヴ・フィードバックが生じるであろう。ペーパーメールは電子メールに比べて、たんにコストが高くて遅いだけでなくて、環境問題や資源問題という点でも好ましくない。補助金をつぎ込んで環境破壊を促進することは止めるべきだ。
もちろんインターネットが普及するまで時間がかかる。それまでの「国民共有の生活インフラ」の最有力候補はコンビニエンス・ストアである。今コンビニでは宅配便を受け付けたり、住民票の受け渡しサービスをしたりしているが、今後民間金融機関がコンビニを使って、インストア・ブランチを展開することが増えるに違いない。こうした《コンビニの郵便局化》に対抗するには、《郵便局のコンビニ化》が必要だ。各郵便局を、それぞれに民営化された従来の三業務を業務委託という形で、自店舗で取り扱う代理店としつつ、それ以外の収益性が望める営業も行えるようにする。『郵便局ビジョン2010』は一人暮らしの高齢者などに日用品や雑貨等の買い物,あるいは薬の受け取りなどを代行して宅配する「ひまわりシステム」を提案している。国営だと郵政省の管轄範囲がネックとなるが、民営化されれば、どんなビジネスでも自由にできる。郵政三事業の将来のためにも民営化は断行されるべきだ。
2.国公私立の学校も典型的な保護産業である。憲法第26条が規定しているように、国民には教育を受ける権利があるし、子供に教育を受けさせる義務がある。しかしこのことは、国や自治体が教育を行わなければならないとか特定の民営学校に助成金を出さなければならないということを意味しない。生産者が消費者のニーズを無視して画一的商品を押し付ける時代は終わった。政府は国公立の学校を株式会社として売却し、私学助成金を廃止し、その資金を基にして奨学金制度を作るべきだ。但し6歳から15歳までは義務教育であるから、国庫から返還義務のない資金を提供すればよい。平成7年の調査によると、国と地方による子供一人当たりの年間教育負担額は、小学生で76万円、中学生で83万円である。この額をID番号入りの電子マネーで子供に手渡して、好きな学校と好きな教師を選べばよい。
日本の教育産業の特徴は、政府によって保護された、フォーマルで中身のない公教育と塾・予備校・カルチャーセンターなどの市場原理にさらされているがゆえに中身はあるがインフォーマルな私教育が併存する点にある。このような二重の出費を要求する経済的に非合理なダブルスクール現象が生じる原因は、現在の公教育には、学校が教育機能と同時に公的権力によってオーソライズされた評価機能までを持つために、在籍が自己目的化し、同時に教育が殿様商売化するところにある。ここで謂う所の評価機能とは、単位の認定や学位の授与などの個人が一定の能力を持っていることを保障する権威付与機能のことである。私教育に求められるのは教育機能だけであるから、もし生徒が教師や教育方針に不満があるのなら、いつでも退塾できる。ところが公教育、なかんずく義務教育には、選択の自由はほとんどない。子供は多種多様なのに公教育は全国画一だから、当然の事ながら不適合を起こす子供も出てくる。近年の登校拒否や保健室登校の増大は、もはや一部の特殊な子供が学校に合わなくなったのではなく、学校自体が時代に合わなくなってきたことを示している。
教育に市場原理を導入するには、教育機能と評価機能を分離し、教育機関をすべて私教育化することから始めなければならない。教育は民に任せ、官は試験だけする。すなわち、小学校から大学院にいたるまでの科目をすべて難易度に応じた数の単位にし、文部省実施の資格試験にする。資格試験であるから、通学の有無や年齢は一切関係ない。得意科目は平均より速く進めばよいし、苦手科目は平均よりゆっくりと進むか、あるいはペンディングにしておけばよい。現在文部省は、学年制の弾力化を検討中だが、飛び級にせよ留年にせよ、それがフルセット式であるところに問題がある。フルセット式は、スペシャリストの時代にはふさわしくないし、生徒に不必要な優越感や劣等感を与えることになる。だから生徒の個性を尊重して、単位修得はアラカルト式にするべきである。アラカルト式で単位数の合計が一定に達したら、卒業証書を出す。
高等教育の場合、学位授与のためには単位とは別に論文審査が必要であるが、学位授与の権限は、大学から切り離して学会に委譲する。学位論文をいったん学会に集め、名前を伏して会員の適任の研究者に送って審査させる。ゴーストライターを防ぐためにも、口頭試問も必要である。このように公教育から評価機能を取り上げて民営化すれば、どこの学校にいっても取れる資格(学位)は同じであるから、生徒は学校を従来のように形式的権威ではなくて、教育の中身で選ぶようになる。
単位の資格試験化と並んで、資格試験の単位化も必要である。就職に密着した既存の実用技能検定などにも、その難易度に応じて単位数を振り分ける。またコンテストなどで一定以上の成績を上げた者にも単位を出す。このように単位修得の選択肢を増やせば、子供たちの多様な才能を早い段階で引き出すことができるようになる。これに対応してクラブ活動も、プロを指導者とする有料オプションコースとして充実するであろう。学歴・コネ社会から資格・受賞社会への移行が必要である。
大学に市場原理を導入する際、どのように研究へ公的資金を補助するかが問題になる。日本の大学に国際競争力がないのは、研究費を研究者の業績に対してではなく、地位に対してばらまき的に与えているからである。研究活動を活性化させるためには、「有望な」計画への予算としてではなく、優れた研究成果に対する賞金として研究費を出せばよい。具体的には、レフェリーの付いた学会誌で採用された論文に対する掲載費という形で出す。そうすれば、研究者は競って論文を書くようになるであろうし、実績を上げることができた研究者にのみ資金が提供されるし、研究費の使い道に関して官僚が介入することもなくなるから、自由な研究ができるようになる。学会が今以上に権限を持つことになるが、公的性格を強めるのだから、入会に制限を設けないとか、理事や審査員を会員の選挙で選ぶなどの改革をする必要がある。
3.少子高齢化の進展に伴い、健康保険、国民健康保険、共済組合などの医療保険は年金と同様に破綻の危機に瀕している。現在9兆円に膨れ上がった老人医療費の7割は企業が健康保険組合や政府管掌健康保険などを通して負担しているが、健康保険組合連合会のシミュレーションによれば、2025年には5人に1人が高齢者で、社会保険料の企業負担は経常利益の49%になると計算されている。経済成長にこれ以上負荷をかけないようにするためにも、安易に国民と企業の負担を引き上げることなく、医療産業の高コスト構造にメスを入れなければならない。
日本の医療機器の価格は、他の先進国と比べてきわめて高く、そのマージンは、医療機器メーカーから医療機器を選定する権限を持つ担当診療課の医者の手に渡る。日本の製薬流通には公定価格と自由競争価格が併存し、その格差である薬価差が消費者に還元されずに病院の利益になっている。薬を売れば売るほど儲かるので、薬漬け医療が慢性化する。政府は診療報酬を出来高制から定額(償還基準額)制に変えようとしているが、患者によって病気の重さが違うのだから非合理だし、手抜き診療につながる可能性もあり、またコストを定額まで下げてもそれ以上下げるインセンティヴにならないなどの問題がある。
医療費高騰の最大の原因は、医療保険によって消費者である患者がコスト意識を持たなくなったことである。1961年に導入された国民皆保険や1973年から始まった老人医療費無料化の制度で医者と患者の金銭感覚が麻痺し始めたことが諸悪の根元なのである。医療に市場原理を導入するためには、医療保険を民営化するところから始めなければならない。日本の被保険者が外国の医療機関での診療に適用されないことから明らかなように、現行の医療保険は患者のためにあるのではなく、医療機関の既得権益を守るためにある。公的な弱者保護は、医療融資とミーンズテストのある「生活保険」だけで十分である。
年金と医療保険は戦略的に同時に民営化される必要がある。年金を民営化すると、採算を取るために支給年齢の引き上げが行われる。また企業の社会保険負担が減少し、雇用能力が増大する。その結果、より多くの高齢者が働くようになり、ボケや寝たきりが減少し、老人医療費や介護費用が減少する。現行の年金制度では、65歳でリタイヤしたほうが有利であるが、今後SOHOの普及や業務のアウトソーシング化の進展などによって身体不自由な高齢者が自宅で働くことができるようになる中、公的な年金制度によって定年隠居を奨励するシステムを維持するべきではない。
政府は国公立病院を株式会社として売却し、医療法人からも軽減税率制度などの特権を剥奪するべきである。病院の株式会社化に対して医療関係者は、医療が利潤追求に走る恐れがあるとして反対している。しかし医師の給与が高いことからも明らかなように、医療は既に利潤追求を行っている。医療活動は非営利でなければならないと言われるが、謂う所の非営利とは非効率以外のなにものでもない。経営を効率化するには、医療機関経営者として、医者よりもMBAなど経営のスペシャリストのほうが適任である。レセプトを不正請求するなど、とかく従来の医療機関の財務会計は不透明であったが、株式会社化すれば、外部の評価に晒されるようになる。医療機関を株式会社化するもう一つのメリットは、後継者不足問題の解消だ。医療機関を自分の所有物として子供に継がせるという前近代的な所有形態を改めない限り、後継者問題は解消しない。人事に関しても大学医局に拘束されることない自由な労働市場を形成する必要がある。
政府は介護保険制度を新設して、医療だけでなく福祉まで高コストにしようとしている。福祉業者が公的介護保険の恩恵に与かろうとするならば、厚生省所管の社団法人からシルバーマークを取得しなければならない。官僚の天下りと業者の癒着を阻止するためにも、介護保険を公的保険とするべきではない。公的資金を導入することなく福祉事業を民間に任せ、消費者がコスト意識を持つようになれば、特別擁護老人ホームを中国農村部に造って、超低価格で「人海戦術」の充実したサービスを提供するなど、民間の知恵で魅力的な商品が出てくるはずだ。
4.日本には、公的セクターには属さないが、規制によって保護され、国際競争力がない産業がある。その典型が農業である。日本の米に対する過剰な保護主義は国際世論の批判を浴びている。これまで食料輸入自由化論者は、農業のような後れた産業は発展途上国に任せて、日本はハイテク産業に専念すればよいと主張してきた。これに対して食糧輸入自由化反対論者たちは、農業は後れた産業だから保護する必要があると反論してきた。こうした議論はどちらも誤っている。農業はバイオテクノロジーによって技術革新が可能なハイテク産業であるという認識に立って、日本の農業の生産性を高めていくことを考えなければならない。
日本の農業の生産性向上を妨げているのは、農家における労働者と経営者と所有者の一体化、農業における生産と流通と金融の一体化、農政における農政族議員と農林水産省と農協系組織の一体化という三つの一体化である。この三つの一体化を解体しなければならない。
第一に農業経営の株式会社化が必要である。日本の農家一戸あたりの平均耕作面積は、海外のそれと比較して著しく小さい。また家族経営であるため高齢化と後継者不足の問題が深刻化している。農地を証券化して、零細農地の所有者である兼業農家は、株主として経営を専業農家に委託し、農業の機械化と大規模化を進め、都市部の失業者を賃金労働者として雇用するシステムを作るべきだ。
第二に流通と金融面での改革が必要である。日本の米の小売価格は、外国と比べて10倍高いと言われているが、小売価格は農家の出荷価格より10倍高い。集荷手数料約300億円、適正集荷奨励金約20億円が、全農系の手に落ちるなど、農協が不当に高いマージンを取ることによって、日本の農業が高コストになっている。流通を自由化して、農家→農協→経済連→全農→卸売業者→小売業者→消費者という従来の食管法のルートを短縮すれば、日本の米も価格面で競争力を持つようになれる。また農家への融資はこれまで農協系金融機関が独占してきたが、帳簿の読み方すら知らない農民上がりの理事や幹事がずさんな運用を行って住専問題等を引き起こした過去の経緯を反省して、一般の銀行の参入を認めるべきである。
第三に農業にばらまかれる補助金のあり方が反省されなければならない。ウルグアイラウンド国内対策費6兆100億円が農道空港を造ったりするなどして浪費されていることは、周知の通りである。基盤整備事業の補助金をもらって政府の指導を仰ぐよりも、自費で農地を拡大した方が安くつくという事例も報告されている。補助金をバイオテクノロジーの研究開発に使うなど有効な活用が望まれる。
以上本稿では、金融政策、財政政策、構造改革の三つの側面から日本経済再生のための処方箋を提示した。別掲の図は三つの処方箋がどのように有機的に連関しあっているかを説明している。

- 調整インフレを成功させるためには、企業が高金利に耐えられるように生産性を高めることとハイパーインフレにならないように財政支出を節度あるものにする必要がある。構造改革によって日本の産業の収益性が改善されれば、調整インフレによって増大したマネーが大量に海外に流出することがなくなる。また財政政策を法人税減税に限定し、公共投資を削減することにより、無際限な国債発行をする必要がなくなる。
- 法人税減税を成功させるためには、国債発行のための財源が必要であり、また税率を下げても極端に税収が減らないようにするために課税ベースを広げる必要がある。日銀が国債の買い切りオペを引き受ければ、ある程度財源を確保できる。また国公営事業や外郭団体を完全民営化すれば、外形標準課税制度の下で課税対象法人が増える。
- 民営化を成功させるためには、大量の株式を売却できるだけの需要が証券市場にあることと民営化に伴う新たな設備投資を促進する環境が必要である。調整インフレは、人々をインフレヘッジとしての株式への投資に向かわせる。また法人税減税で民間投資が活性化され、外形標準課税に累進性があるので、市場競争が活発になる。
三つの政策を一つのポリシーミックスとして実行に移せば、日本経済は必ず不況から脱出することができるようになる。
自民党は、法人税を20%台に引き下げることを参議院の公約にするそうだ。
法人税、35%から中韓なみの「20%台」に 自民党が参院選公約 (date) 2013年4月25日 (media) 産経新聞 さんが書きました:
企業が払う法人税について、自民党は24日、国と地方をあわせた実効税率を大幅に引き下げて「20%台」にすることを参院選の選挙公約に明記する方針を固めた。アジア諸国に比べて高い税負担を軽減することで企業の経営を後押しして経済成長につなげる狙い。工場建設などの投資意欲を刺激するとともに、日本企業の国外流出の防止にも効果があると見込んでいる。平成26年度の税制改正に反映させたい考えだ。
自民党は昨年末の衆院選公約で「法人税の大胆な引き下げを行う」と明記していたが、参院選では具体的な税率にも踏み込み、安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」の成長重視の姿勢を印象付ける。
法人税の実効税率は、23年度税制改正で40%強から35・64%に引き下げられたが、中国や韓国の20%台半ば、シンガポールの17%、ドイツの29・48%に比べれば高く、経済団体からも「アジア諸国並みに引き下げるよう議論すべきだ」(経団連の米倉弘昌会長)との要望が強い。
税金が高いと、コスト削減のために海外移転する企業が増えたり、新規投資を抑制する原因にもなってしまう。23年度の国内設備投資額は30兆円程度で、リーマン・ショック前の19年度に比べて2割以上減った一方で、海外への直接投資は約1・5倍に拡大。日本企業の海外シフトが鮮明だ。
自民党は減税で国内企業にとって不利な競争条件を改善、外資系企業の誘致も活発にさせる考えだ。
3年前の4月にも、鳩山由紀夫首相(当時)が法人税をシンガポール並みに引き下げると表明した[4]が、彼の他の唐突な約束と同様に、その後立ち消えとなった。果たして、自民党は、財務省を説得して、法人税を引き下げることができるだろうか。
以下の日経の記事によると、三本の矢は、竹中平蔵が安倍に助言してきたものだが、微妙に換骨奪胎されているとのことである。竹中が進言した三本目の矢は構造改革だったが、構造改革が死語になっている自民党では、それが成長戦略という似て非なるものになってしまったというのである。
「劇薬」にきしむ安倍官邸 竹中再登板の舞台裏 (date) 2013年1月1日 (media) 日経新聞 さんが書きました:
金融政策はインフレ目標2%の緩和路線で一致するが、財政政策で竹中は「短期的に出動するが、中長期的な財政の信認回復と一体で」と指摘。
民間投資につながるのは「成長戦略」ではなく「構造改革」だと説いて一線を画す。
実は竹中は小泉の下で「成長戦略」を策定したことはない。
「官から民へ」を旗印に郵政などの民営化路線を進め、規制改革や改革特区に力を注いで「構造改革」を名乗った。
当時、竹中を支えた1人が菅だ。今の自民党で「構造改革」は死語に近い。
政府が補助金や税の減免で特定分野の産業を戦略的に育てるターゲティングポリシー型の「成長戦略」が好まれがちだ。
竹中が参画するのは、内閣に新設した日本経済再生本部の中核になる産業競争力会議。元経済産業相の甘利が司令塔役だ。
「新しいターゲティングポリシーで国家プロジェクトを次々に創る」と政府主導の「成長戦略」の旗を振る。
同本部を発案したのが経産官僚なら、事務局の切り盛りを狙うのも経産省だ。
竹中は、大都市限定の規制緩和特区を設定したり、有料道路、上下水道、空港、公営地下鉄といった官製インフラの運営権を売却して民間企業を参入させたりするといった内容の竹中ペーパーを提言しているが、国家主義的な傾向の強い安倍内閣の中で浮いているようだ。
「竹中ペーパー」が首相に迫る規制改革の踏み絵 (date) 2013年4月9日 (media) 日経新聞 さんが書きました:
1月23日の競争力会議の初会合。竹中は「企業の自由」をキーワードに規制改革の断行を説いた。返す刀で、経済産業省主導で公的資金を投入しながら、破綻したエルピーダをヤリ玉に挙げた。政府出資の官民ファンドなどを通じて特定産業を支援するような官主導の成長戦略は「国家資本主義」だと批判し、対決姿勢をあらわにしたのだ。
当初は経産官僚主導の会議事務局に不信感をのぞかせ、民間議員の代理を事務局に参画させろと求めて実現した竹中。経済人が大半を占める10人の民間議員の一部に対しても「補助金の増額や税の減免を陳情する演説ばかりの『民間族議員』も目立ってきた」と周辺にいら立ちを漏らし始める。
2月18日の第2回会合。科学技術を巡って、2つの民間議員ペーパーが温度差を露呈した。
東レ会長の榊原定征、コマツ会長の坂根正弘、みずほフィナンシャルグループ社長の佐藤康博、東大教授の橋本和仁は「科学技術振興費の拡充」を主張。竹中と楽天社長の三木谷浩史、ローソン社長の新浪剛史、サキコーポレーション社長の秋山咲恵は「予算増額の検討に際しては、政府を肥大化させないよう各省から相応のスクラップを提供すべき」と予算を差配する官僚の焼け太りにクギを刺した。
二手に分かれた民間議員同士のミゾはその後も埋まらない。次々に浮かぶ成長戦略のメニューも予算や税制など政府の裁量的政策手段の活用と、規制改革などの自由化路線が混在。柱が見えづらい。戦略特区と官業開放の「竹中ペーパー」は「産業競争力会議を『産業陳情団会議』にすべきでない」という竹中が自由化路線にぐっと引き寄せようと投じた高めのボールだ。
本来、細かな政策論議は議員に任せるにしても、「大きな政府」で行くのか「小さな政府」行くのかといった基本的な哲学は首相が決めるべきことなのである。ところが、安倍はこの点をあいまいにしたまま人選を行った結果、経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議という安倍が立ち上げた三つの官邸政策会議で、混乱が起きているのである。
「三本の矢」になれぬアベノミクス官邸会議 (date) 2013年4月23日 (media) 日経新聞 さんが書きました:
18日午前、首相官邸での諮問会議。経済財政・再生相の甘利明が臨時に招いて意見陳述を求めたのは、ベンチャーキャピタルのデフタ・パートナーズグループ会長である原丈人だった。
「革新的な技術を実用化し、新産業を創り出すには中長期の投資が不可欠だ。短期の投機のための米国型規制緩和はこれを阻害する。米国型株主資本主義でも中国型国家資本主義でもない新しいルールづくりを日本が主導し、世界に発信すべきだ」
原が目指すのは「公益資本主義」だと強調。「法律上、会社の公器性と経営者の責任を明確にする」「中長期の株主を優遇する制度を作る」「株価連動型報酬や自社株買いにルールを設ける」など企業統治や証券市場の関連の法規制強化を唱えた。
諮問会議の民間議員から「日本だけが制度を変えても、外資が来なくなる」「公益重視の経営は今もやっている」と異論が出た。それでも安倍は「道義を重んじ、真の豊かさを知る日本らしい資本主義のあり方を追求し、主要国首脳会議などで発信したい」と評価。「日本型資本主義」を模索する専門調査会を諮問会議に新設し、原を含む委員の人選を急ぐよう指示した。
安倍は、TPP の参加に意欲を示しているが、自動車の対日関税の温存を認めることで日本の農業を聖域として守るなどの骨抜きを行おうとしており、交渉参加の意思表明は、安倍が自由主義者であることの証拠にはならない。規制改革会議では、雇用流動化も検討されたようだが、安倍総理は「失業なく雇用の流動性を確保していきたい」と言うにとどまっている。企業が再就職先の面倒まで見なければならないというのであれば、これまでと何も変わらない。私は、以前「橋下徹は自由主義者か国家主義者か」というトピックを立ち上げたが、今度は、「安倍晋三は自由主義者か国家主義者か」という問題提起をしなければならないようだ。
金融緩和は麻薬だという人がいるが、麻薬も医師が適度に使えば麻酔として機能する。これに対して、構造改革は、手術に喩えることができる。麻酔を使わなくても手術はできるが、それだと患者が痛がって、手術が完了しないうちに強制終了という最悪の事態になる恐れがある。だから、麻酔は必要だ。他方で、金融緩和で景気が良くなると、構造改革は不要だという人も出てくるが、これは麻酔が効けば、手術は不要だというようなものである。麻酔が効けば、たしかに患者は苦痛から解放されるが、病気が治ったわけではないから、麻酔の効果がなくなると、また痛みに襲われる。そのたびごとに麻酔をかけていると、依存症となり、患者は、病気が治らないどころか麻薬患者になってしまう。
三流大学出の世襲政治家である安倍に、構造改革と成長戦略との違いなんか理解できるわけねえんだよ。
ペンペン さんが書きました:
三流大学出の世襲政治家である安倍に、構造改革と成長戦略との違いなんか理解できるわけねえんだよ。
安倍総理の知的水準は、世間でそう言われるほど低くはないと思います。以下の答弁を文字通り受け取るなら、安倍は「大きな政府を目指す保守主義」と「小さな政府を目指す保守主義」を一応区別したうえで、将来は前者から後者に切り替える予定と理解することができます。
みんなの党:山内国対委員長「アベノミクス」を批判 (date) 2013年2月5日 (media) 毎日新聞 さんが書きました:
みんなの党の山内康一国対委員長は5日、衆院本会議での代表質問で、安倍晋三首相が掲げるアベノミクスの柱である成長戦略について「特定の産業を育成するのは社会主義計画経済的な発想だ」と批判。「首相は保守主義者と言われるが、経済政策は保守主義の王道から外れるのではないか」と指摘した。
首相は「経済再生を目指すのは、自助努力で頑張る人が報われるという社会の基盤を守るためだ」と反論、「財政出動はいつまでも続けられない。企業の自助努力と創意工夫を通じ民間投資と消費が持続的に拡大することが必要だ」と批判をかわした
たしかに、安倍が言う「基盤」が公共財としてのインフラストラクチャーだとするならば、それは公共投資という形でしか作ったり保守したりすることができないのですが、問題は、自民党が官民一体で投資しようとしている「基盤」が、公共財ではなくて、本来民間だけで投資するべき非公共財にまで及んでいることです。また、安倍が、近い将来、大きな政府を目指す保守主義者の筆頭である麻生を抑えて、小さな政府を目指す保守主義に路線を転換できるかどうかも不透明です。
安倍が敢えて「大きな政府を目指す保守主義」と「小さな政府を目指す保守主義」の違いを無視しようとするのは、左翼やリベラルという共通の敵を倒すための大同団結を目論んでいるからと推測できます。国会での答弁を見ていると、安倍は民主党に対しては敵意をむき出しにするのに対して、日本維新の会やみんなの党には、同類扱いの態度を示しているという印象を受けます。その最大の理由は、安倍の悲願である憲法改正にこの二つの政党が賛成しているからでしょう。石原慎太郎は、安倍に対して公明党との連立を解消することを忠告しました[5]が、これは、自分たちとの連立を暗に提案しているとも受け取れる発言です。
自民党が「大きな政府を目指すリベラル」である公明党との連立を解消し、日本維新の会やみんなの党と連立を組むことは、憲法改正にとって必要なだけでなく、構造改革が死語になっている自民党を牽制し、小さな政府を目指す保守主義に路線を転換する上で必要なことだろうと思います。
永井俊哉 さんが書きました:
自民党が「大きな政府を目指すリベラル」である公明党との連立を解消し、日本維新の会やみんなの党と連立を組むことは、憲法改正にとって必要なだけでなく、構造改革が死語になっている自民党を牽制し、小さな政府を目指す保守主義に路線を転換する上で必要なことだろうと思います。
自民党には、公明党=創価学会との選挙協力がなくては当選することができない国会議員が大勢います。自民党が、公明党との連立を解消する、ということは考えられません。
たしかに公明党はそう言っています。
「敵に回せば政権とれない」 公明選対委員長が改憲論で自民牽制 (date) 2013年5月2日 (media) 産経新聞 さんが書きました:
公明党の高木陽介選対委員長は2日、BS11番組の収録で、今夏の参院選で自民党や日本維新の会などが、憲法の改正要件を緩和する96条改正を目指す勢力の拡大を目指していることに関し「公明党が敵に回ったら、自民党は政権を取っていない」と牽制(けんせい)した。
党内きっての武闘派で知られる高木氏が96条改正に慎重な党の立場を強調したものだが、選挙協力の打ち切りまでちらつかせる露骨な“脅し”ともとられかねない。
高木氏は「自民党が連立を組み替えてまでやれば、次の衆院選で自公の選挙協力はない」と明言した。さらに昨年の衆院選を例に「選挙区で(自民党候補の)大半を推薦したが、(次回は)1選挙区2万~4万票がなくなる」と述べた。
自民党と民主党の支持率が拮抗している時には、公明党の支持は勝敗を決する上で重要な役割を果たします。しかし、現在の世論調査が示すように、自民党の支持率が他の政党の支持率を圧倒するほど高く、もはや公明党の支持がなくても、自民党の候補が勝てるようになりました。ちなみに以下は、2013年4月における各種世論調査での政党支持率の平均値です[6]。内閣支持率の平均は、69.5%で、不支持率の18.2%を大きく上回っています。
政党名 | 自民 | 民主 | 維新 | 公明 | みんな | 共産 |
---|---|---|---|---|---|---|
支持率 | 43.6% | 6.1% | 4.2% | 3.8% | 2.5% | 1.9% |
去年の7月頃までは、自民党も民主党も支持率は20%前後で拮抗していたのですが、秋ごろから急速に差が開き始め、自民党はもはやどの政党の援助も必要としなくなっているというのが現状なのです。支持者の近さという観点からすると、自民党は公明党よりも日本維新の会と連立を組んで、選挙協力をした方が、より多くの議席を取ることができると予想できるぐらいです。むしろ連立解消で危機に直面するのは公明党の方です。公明党は、2012年の総選挙で、自民党と日本維新の会という、比例代表の獲得票という点で一番と二番だった政党から選挙区を譲られ、おかげで小選挙区で9名が当選しました。もしも次の総選挙で自民党と日本維新の会が公明党の選挙区に候補を立てたら、小選挙区は全滅になるかもしれません。
2013年4月19日に、安倍総理が都内の日本記者クラブで、「成長戦略に向けて」をテーマに講演を行いました[7]。
この講演の中で、安倍総理は、政府主導で行った新幹線の建設が高度成長期の日本の発展に役立ったことを指摘し、政府主導の成長戦略の重要性を強調しているが、こういう発言を聞くと、「自民党は相変わらず高度成長期の成功体験の呪縛から逃れることができない」という印象を強く持ってしまう。安倍総理の祖父は岸信介(第56・57代総理大臣)で、麻生副総理の祖父は吉田茂(第45・48・49・50・51代総理大臣)なので、この二人は祖父の時代の栄光をもう一度「取り戻す」という意気込みでやっているのだろう。目標はそれでよいのだが、その目標を実現するための手段までが祖父の時代と同じであってはいけない。高度成長期と現在では経済の構造が異なるからだ。
安倍総理は、10月1日に、消費税の3%引き上げを表明したが、景気回復の腰折れを懸念して、法人税の引き下げを検討している。
復興法人税廃止、賃金上昇見通しが条件 12月に結論 (date) 2013年 10月 1日 (media) Reuters さんが書きました:
自民・公明両党は30日、断続的に与党税制協議会を開き、復興特別法人税の1年前倒し廃止について「足元の経済成長を賃金上昇につなげることを前提」に検討することで決着した。法人実効税率引き下げについては「速やかに検討を開始する」ことで合意した。
終了後、関係者が明らかにした。
復興特別法人税の前倒し廃止の検討にあたっては、「税収を見極めて復興財源を確保すること、被災地の十分な理解を得ること、復興特別法人税の廃止を確実に賃金上昇につなげる方策と見通しを確認すること」などを条件とし、「12月中に結論を得る」としている。
賃上げの確約がないとして慎重論を展開していた公明党の意向を強く反映し、「廃止が前提の検討」を条件付きの検討に修正。「『結論を得る』との表現は、条件に達しなければ最終的に(復興法人税を)廃止しないこともあり得る」(与党筋)ことを含意したとして、政府に賃金上昇を実現するよう強く迫った。
私も14年前の原稿で法人税の引き下げを提案したが、その直接の目的は賃金の引き上げではない。もしも法人に減税した分を賃上げに使わせることが趣旨なら、最初から企業を経ずに、直接労働者に金をばらまけばよい。しかし、そうした方法が日本経済の成長を促す上で効果的とは思えない。労働者に金をばらまいても、その多くは貯金に回るだろうし、その貯金の多くは国債の購入に向かうだろう。たんに金が空回りするだけでは、経済は成長しない。安倍総理は、貯蓄に回るという理由で所得税減税に否定的であるが、それなら同じ理由で、賃上げを条件とした法人税減税も行うべきではない。
政治家たちが法人税減税に消極的なのは、減税で増える法人の収益が株主への配当に向かうことを懸念しているからであろう。株式会社は、従業員のためにではなくて、株主のために存在しているのだから、収益が増えれば、それを投資に回して企業の株主価値を高めるか、配当として株主に還元するのが普通である。正当な理由もなく従業員の賃金を引き上げに使ったなら、背任になる可能性もある。安倍総理は、ニューヨーク証券取引所で「投資を喚起するため、大胆な減税を断行する」と演説したが、海外からの投資を喚起することが目的なら、従来の日本で支配的であった従業員重視型経営から世界標準の株主重視型経営への転換をメッセージとして表明するべきである。法人税減税と引き換えに賃上げを企業に求めるなら、株主重視とは逆の姿勢を示すことになる。
日本が株主重視の姿勢を示せば、海外から日本への投資は増えるであろう。法人税率を引き下げて、税収が減ったとしても、それを大きく上回るマネーが日本に流れ込むなら、経済政策としては成功ということになる。日本政府が動かすことができるマネーの額はたかが知れている。大きな経済効果を望むなら、小さな金を動かすことで大きな金を動かすレバレッジの効いた政策を打ち出さなければいけない。もちろん、企業は税率の低さだけで投資を増やすことはないので、投資を喚起するには、市場原理の阻害要因を取り除き、ビジネスチャンスを増やさなければならない。さもなければ、たんなるバブルで終わってしまうことはこれまで指摘したとおりである。
リベラル系の政治家やエコノミストは、経済政策の課題として、失業率の低下、賃金の上昇、家計消費の増大を最重視するが、これらは遅行指数(景気の動きに遅れて反応を示す指標)であり、経済成長の原因というよりもむしろ結果である。だから、消費者に直接金をばらまいて、消費を増やそうとしたり、企業に雇用を増やせとか賃金を上げろと命令したりすることは景気回復のために最初にやらなければならないことではない。政府が要請しなくても、景気が過熱すれば、労働市場の需給が好転し、失業率が低下し、賃金が上昇し、家計消費も増大するものである。価値的に最も重要という意味での優先度の高さと、時間的順番として最初にやらなければならないという意味での優先度の高さを混同してはいけないのである。
日本維新の会大分県総支部代表代行の桑原宏史さんからコメントを頂きました。
Hiroshi Kuwahara (date) 2003年10月3日 (author) 桑原宏史 さんが書きました:
規制緩和を推し進め市場にチャンスを供給しない限り、政府のやることは全て裏目にでるんじゃないでしょうか・・・
おっしゃる通りです。私も「企業は税率の低さだけで投資を増やすことはないので、投資を喚起するには、市場原理の阻害要因を取り除き、ビジネスチャンスを増やさなければならない」と書きました。規制にはいろいろな種類があり(例えば、独占禁止法など)、一概に緩和すべしとも言えないので、市場原理の阻害要因を取り除くべしという書き方にしました。
安倍総理は、消費税率引き上げ声明で、毛利重就が新田を開拓し、塩・紙・ろうといった新たな産業を育成して、財政再建を行った事例を取り上げ、「未来への投資」の重要性を説いていました。しかし、問題は、新たな産業を立ち上げる主体は官なのか民なのかというところにあります。安倍政権はこの点をあいまいにしています。もちろん、安倍総理は、毛利重就がやったように、政府に直接新たな産業への投資をさせようと思っているのではないのでしょうが、自民党は、大きな政府を目指す利権派と小さな政府を目指す改革派がごちゃまぜになった政党なので、今後、麻生路線で行くのか、竹中路線で行くのかはっきりしません。実際、法人税減税にせよ解雇特区にせよ、まだ政権内でコンセンサスが得られていない状況です。
自民党は、労働組合と共闘して、企業に賃上げと雇用拡大を求める「国民運動」を起こすのだそうだ。これでは、まるで左翼政党みたいである。
自民若手ら、消費増税で全国行脚 賃上げと雇用拡大要請へ (date) 2013年10月5日 (media) 北海道新聞 さんが書きました:
自民党は5日、来年4月の消費税率8%への引き上げに伴う政府の経済対策を賃上げと雇用拡大につなげるため、安倍晋三首相(党総裁)直属の「国民運動本部」を近く設置する方針を固めた。本部長には、小渕優子元少子化担当相を起用する方向で調整。若手中心のメンバーが全国を行脚し、企業や労働組合に協力を求める。
自由民主党の英語名は、Liberal Democratic Party of Japan で、直訳すると「日本のリベラルな民主党」ということになる。日本に無知な外国人の中には、政党名だけを聞いて、日本の左翼政党かと思う人もいることだろう。この英語名を考案した人は、当時の常識からそう思われることを想定していなかったに違いないが、この記事を読むと、それもあながち誤解ではなく、日本語名もリベラルな民主党でよいのではないかという気にさえなる。実際、米国の基準で判断するなら、自民党は、政治的には右派的だが、経済に関しては伝統的に左派的な傾向が強い。
「リベラルな民主党」がまた統制経済的な法案を出す予定だ。
都市部でタクシー削減義務付け、議員立法で提出へ (date) 2013/10/22 (media) 日本経済新聞 さんが書きました:
自民党は22日開いた国土交通部会で、国が指定する「特定地域」でタクシー事業者に減車を事実上義務付ける法案を了承した。公明、民主両党とも大筋合意しており、月内にも今国会へ議員立法として提出する。国土交通省は今年度中にも、制度運用の指針作りに入る。都市部で課題となっている過剰供給を是正する狙いがある。
事業者に自主的に営業車両を減らすよう促したタクシー適正化・活性化特措法を改正する。年内の改正法の公布、来年初にも施行を目指す。
タクシーの供給過剰が問題になってきたことを受け、国は2009年に都市部などの供給過剰な地域で事業者が新規参入や増車をするには国の許認可を必要にした。だが、罰則規定がないため、タクシー削減に向けた取り組みには十分につながっていない。
今回の法案では、都市部など競争が激しい地域を「特定地域」に指定し、新規参入と増車を原則3年間禁止する。地域内の事業者で構成する協議会が減車計画を作成し、この計画に基づく減車は独占禁止法の適用から除外する。協議会に参加しない事業者には国が減車などを勧告・命令できるようにして、減車が着実に進むようにする。
国交省は協議会の運営を円滑に進めるための指針作りに入る。中小・零細企業が減車の協定によって経営が苦しくならないような措置を検討する。過度な低価格競争の是正にも乗り出す。国交省が定めた運賃の下限よりも安く設定した事業者に対し、強制力のある変更命令を出せるようにする。
この日の国交部会に出席した議員からは、タクシー削減が課題となっている地域では「減車が事業者の努力目標となっていたため、対策を強化したい」「台数を適正水準に是正し、運転手の賃金の向上をはかる」などの意見が出た。一方、減車法案について中小のタクシー事業者では反対の声が多い。100台程度を保有する都内のタクシー会社は「もともと台数が多い大手と一律で減らされたら経営への影響が大きい」と危機感を募らせる。
タクシーの供給が過剰で、経営が苦しいなら、そういう業者が廃業すればよいだけのことである。市場原理に委ねれば、生産性が低い(消費者の評価が低い)業者から先に市場から撤退するので、同じ減車であっても、政府が生産性を無視して一律に台数削減を義務付ける場合よりも弊害は少ない。タクシー業界は中高年の再就職の受け皿だから、保護するべきだという意見もあるようだが、中高年の再就職を促進するには、労働市場全体の流動化を促進するべきであって、現在受け皿となっている特定産業だけを保護するべきではない。
メディアの中には、これを小泉内閣時代の行き過ぎた規制緩和の是正と評するところもある。たしかに、台数規制を行うのだから、その点では規制強化であるが、独占禁止法の適用を緩和するのだから、その点では、規制緩和と言えなくもない。このように、規制緩和という言葉は曖昧である。二つ前の投稿で「規制にはいろいろな種類があり(例えば、独占禁止法など)、一概に緩和すべしとも言えないので、市場原理の阻害要因を取り除くべし」と書いた通り、重要なことは、規制を緩和するか強化するかではなくて、市場原理が機能するかどうかである。
タクシー業界の競争が過熱すると、事故が多発するという弊害を指摘する人もいる。それならば、ドライバーに一定以上の睡眠時間や休憩時間を義務付けるなど、安全性を確保するための規制を強化すればよい。そうした規制は、すべての業者に公平に適用される限り、市場原理を阻害することはない。かつてあるリバタリアンとの論争の中で主張したことだが、安全性確保のための注意義務を法として成文化しないと、業務上過失致死傷罪に問うことが困難になってしまう。ただし、規制があまりにも細かいとイノベーションを阻害するので、仕様規定より性能規定を重視するべきである。
安倍内閣は、都市部を国家戦略特区として、外国人医師の受け入れ促進など実験的な規制改革を検討しているが、都市部限定でのタクシーの減車義務付けは、これとは逆の動きである。有識者が提案していた解雇ルールの明確化などは見送られ、成長戦略の内容の乏しさから、これまで日本に投資してきた外国人投資家の中には、日本から投資を引き上げる動きも出ている。
英RBS傘下のクーツ、「第3の矢」懸念し日本株を売却 – Bloomberg (date) 2013年10月23日 (media) Bloomberg さんが書きました:
クーツでアジア・中東の最高投資責任者(CIO)を務めるガリー・ドゥーガン氏はブルームバーグ・ニュースの電話取材に対し、日本銀行の黒田東彦総裁が就任時に示したような迅速な実行力が安倍晋三首相にはなくなってきているとし、日本株の判断を「オーバーウエート」から「ニュートラル」へ下げたことを明らかにした。
同氏は、来年4月の消費税増税を前に、その重荷を和らげる対策が十分ではないと指摘。「アベノミクスの『第3の矢』は目標を外れつつある」とし、「政府サイドの決定力がなくなってきている。日本は圧力団体にコントロールされているのではないかと心配だ」と述べた。
昨年末の安倍政権誕生と、マネタリーベースを従来の2倍にする政策を日銀が4月に打ち出したことなどで日本の経済成長とインフレ は加速傾向を見せ、TOPIX は5月におよそ5年ぶりの高値を付けた。10月21日時点での年初来上昇率は4割を超し、主要国の中でトップパフォーマーの座を維持する。一方で5月高値と比べれば、日本の成長戦略や構造改革案を盛り込んだ「第3の矢」を待つ格好で、現在は5%調整した水準にある。
他方で、まだ期待を持ち続けている投資家もいる。ダニエル・ローブ氏率いる米国のヘッジファンド大手サードポイントもその一つである。
第3の矢の実現に慎重な見方=サードポイントのローブ氏 (date) 2013/10/25 (media) WSJ さんが書きました:
サードポイントは「安倍首相は、日本を前進させる改革を実現する数十年ぶりの絶好の機会を手にしていると思う。彼が成長戦略を実施に移すならば、我々は日本株を積極的に買い増すつもりだ」と述べた。ローブ氏をはじめ多くの外国人投資家は日本に対し、企業が雇用・解雇をもっと容易に出来るように労働規制を緩和することともに、先進国で最高水準である現在38%の法人税の引き下げを求めている。
安倍総理が「圧力団体にコントロールされ」ることなく、構造改革を進めることができるかどうか、今後も注目していきたい。
Google+ で松田昌彦さんからコメントを頂きました。
Toshiya Nagai – Google+ (date) 2013年11月23日 (author) 松田昌彦 さんが書きました:
「安全性を確保するための規制を強化…」台数規制ではなく、まさにこれが正しい道だとタクシー業界にいる私も、そう思います。タクシーの新規参入を容易にし、市場原理で淘汰を進め、適正な台数に落ちつかせるはずが、なかなかどうしてタクシー屋はしぶといものです。運転手一人一人の水揚げが減っただけでタクシー会社はほぼ一つもつぶれませんでした。理由は大変簡単なことです。今まで一日200km走って達成していた水揚げを、300km走って達成するようになっただけだからです。新規参入は簡単にするのと同時に先生仰る通り勤務時間と走行距離の規制をモーレツに厳しくすべきだったのです。後からそれに気がつき、大阪では陸運局が現在監査を厳しくしておりますが、見るのはほぼ改竄の容易な点呼簿だけであり、そのような処でタクシー屋が簡単に尻尾を出すわけは御座いません。私の所属するタクシー屋は、書類の改竄を一切しない方針をとっており、なかなか収益には苦しいものが御座います。ですが安全面での規制をきっちりやって貰えれば、我々元よりルールの上で営業している会社は、自動運転自動車がまだしばらく出来そうにないことと、運転出来る人間がこれから減ってくることから、当分は生き残れる、そう考えています。私はタクシー屋のゴキブリ的しぶとさというのを、禄を貰って仕事をしているお上の方々は、イマイチわかっておられないように感じております。このたびの法案で台数規制が決まった事で、またも、所謂ヤタケタな、なんでもあり会社が生き残る事に決定してしまったと考えています。あと、タクシー運転手の待遇向上に関していいますと、入社時にお金を貸付、借金で縛って走らせるという時代劇の女郎屋みたいな方式がまかり通っている事も、お上は手をつけるべきだと思っております。年齢経歴性別国籍一切問わないタクシー業界というのは、雇用の最後の受け皿になっておるのは間違いありません。そして大手サラ金が銀行に吸収され、審査が厳しくなりお金を借りることが出来なくなった人達の受け皿にもなっている、これもいえると思います。
たしかに、安全規制を遵守しているかどうかを外部が平時において監視するということは困難でしょうし、費用もかかることですから、それをする必要もないと思います。しかし安全規制を軽視する業者は、そうでない業者よりも事故を起こす確率は高いはずです(そうでないなら規制の内容の方に問題があるということです)。事故が起きてから捜査が行われ、安全規制の違反が発覚すれば、その業者に対して業務上過失致死傷罪を適用しやすくなります。また、事故が多発する会社は社会的信用を失うでしょうから、長期的にはそうした業者は市場からの退出を余儀なくされるでしょう。そうした新陳代謝を促すためにも、新規参入を阻むことはするべきではありません。
借金前借で働いているタクシー運転手がいるという話は初めて聞きました。貸金業法の規制を厳しくして、お金の貸し借りをしにくくした結果、かつての遊郭や慰安所のような強制労働が復活しつつあるということですね(自分が作った借金だから、遊女や慰安婦よりはましでしょうけれども)。政治家たちは、労働の規制も金融の規制も国民の保護になると思ってやっているのでしょうが、そうした規制の強化は、結果として雇用の受け皿と金融の受け皿を小さくし、国民をかえって苦しめることになるのですから、皮肉なものです。
週刊現代がタクシー規制を批判し、行き過ぎた規制緩和により弊害が生じたというよりも、むしろ、中途半端な規制緩和により弊害が生じたと考えるべきだと言っている。
自公民が決めたタクシー規制がヒドすぎる (date) 2013年12月28日号 (media) 週刊現代 さんが書きました:
小泉政権時代の2002年法改正では、需給規制は廃止したものの、官僚が抵抗して運賃については認可制のもとで制約が残された。その結果、運賃の弾力化が十分には進まなかったという経緯がある。そのため、十分に価格が下がらないうえ需要が増えないまま供給が増加し、需給ギャップが生じた。
タクシー事故率の高止まりという問題についても、小泉政権下の規制緩和の前後、民主党政権の規制強化の前後を見ると、いずれも影響がなく増え続けている。つまり、事故率の高止まりは規制の緩和・強化とは別問題のものであって、労働時間の規制や運転手に対する技能研修・車両の点検といった安全規制の強化によって対処すべきものだといえる。
要するに、こうしたことを理由として、タクシーの台数を減らして料金を値上げさせるというのでは、運転手の健康や処遇、さらにタクシーの安全性そのものを改善させる効果を何らもたらさない。
逆に、運転手の雇用機会を奪うことやタクシー利用者の犠牲の下に、主としてタクシー経営者の利潤を増加させることを意味し、特定の既得権業者の利益を守るだけである。一般消費者や労働者の利益を害する政策と言わざるを得ず、昭和30年以来の古めかしい規制への回帰にほかならない。
タクシー業界では、世界の主要都市でタクシー台数制限があることをタクシー規制の理由ともしているが、世界の主要都市でのタクシー料金が日本より安いという事実を伏せている。海外旅行でタクシーを利用すればわかることだが、東京のタクシーの料金の高さは世界でトップクラスだ。つまり、世界では価格を弾力的にして、タクシー経営者の超過利潤を抑えているわけで、一般消費者の利益を害していない。
ではなぜこんな法改正がなされるのかといえば、タクシー利権を求める与党と、市場原理を忌み嫌う民主党。その〝相乗り〟の結果ということだ。
たしかに運賃の認可制は温存されたものの、2002年の規制緩和では、たんに新規参入や増車が自由化されだけでなく、料金設定も自由化され、初乗り料金が500円の所謂ワンコイン・タクシーが登場したのだから、価格切り下げ効果もある程度あったというべきである。しかし、2009年のタクシー適正化・活性化法(現行法)で国の基準より低い運賃を申請する事業者への審査が厳しくなり、今回の法改正により、2014年1月末以降、ワンコイン・タクシーは消滅する。タクシーの台数も減らされるのだから、これまでよりも見つけにくくなる。明らかに消費者の利益を無視した規制の強化である。
Nagai Toshiya さんが書きました:
安倍が敢えて「大きな政府を目指す保守主義」と「小さな政府を目指す保守主義」の違いを無視しようとするのは、左翼やリベラルという共通の敵を倒すための大同団結を目論んでいるからと推測できます。国会での答弁を見ていると、安倍は民主党に対しては敵意をむき出しにするのに対して、日本維新の会やみんなの党には、同類扱いの態度を示しているという印象を受けます。その最大の理由は、安倍の悲願である憲法改正にこの二つの政党が賛成しているからでしょう。
つまり、安倍は、「憲法改正をした後に、構造改革をすればよい」と考えているわけだ。しかし、永井様が『調整インフレは有害か』で指摘されるように、金融緩和と構造改革とは、同時に行うべきものである。「日銀の国債引き受けによる公共事業」という構図は、70年前と同じであるが、戦争という有害な公共事業とは異なり、国民の生命・身体が危険に曝されることはない。(皮肉)
永井先生は,マサチューセッツアベニューモデルとアベノミクスの関係についてどのようにとらえられておられますか?
マサチューセッツ・アベニュー・モデル(Massachusetts avenue model)とは、1991年に「ポール・クルーグマンが、マンデル・フレミング・モデルに、市場での期待が現実に外国為替相場などに影響を与えるという考え方を加えたもの」ということになっているのですが、“Massachusetts avenue model”で検索すると主として日本のページがヒットします(英語の本で見つけた数少ない例 )。たぶん、この用語は。提唱者がクルーグマンではあっても、もっぱら日本でもてはやされている用語なのでしょう。ここでは、アベノミクスとマンデル・フレミング・モデル+外国為替相場についてお話しすることにします。
アベノミクスとは、一方で積極財政を、他方では量的金融緩和を行うデフレ克服策です。これはクルーグマンが、バブル崩壊後の日本に対して推奨してきたポリシー・ミックスなので、クルーグマンは、かつての自分の提案を実行しているアベノミクスを絶賛しています。
積極財政は、自民党が伝統的に行ってきた景気回復策ですが、マンデル・フレミング・モデルによれば、変動相場制のもとで積極財政を行うと、金利の上昇によるクラウディングアウト、あるいは通貨高による輸出の減少を惹き起こすので、景気回復の効果を無効にしてしまいます。そこで、量的金融緩和を行うことで、金利の上昇と通貨高を阻止(それどころか低金利と通貨安を促進)しようというのです。
このポリシー・ミックスは、今のところうまくいっています。2015年5月末現在、日経平均株価は15年ぶりの高値を更新し、円相場も対米ドルで12年半ぶりの円安となりました。資産インフレと通貨安は、安倍政権発足以前から始まっており、まさに期待の自己実現により、この二年半の間に先行的に起きたということができます。これらと比べると、消費者物価の上昇や産業の国内回帰には時間がかかるものですが、その動きは着実に起きているということができます。
もっとも、アベノミクスにも問題はあります。それは安倍総理が第三の矢と位置付けている分野での停滞です。クルーグマンは、デマンドサイド重視のリベラル派経済学者なので、サプライサイドの改革には興味がないのでしょうが、日本におけるサプライサイドの改革の遅れは極めて深刻であり、今のままでは、たとえ短期的に資産バブルを起こすことに成功したとしても、長期的には日本経済の衰退を阻止することはできないのではないかと危惧します。
日本の経済成長率は、1992年を境に米国を下回るようになりました。スイスの研究教育機関である、IMDによれば、日本の国際競争力ランキングは、1989年から1993年まで1位でしたが、2015年現在では、27位にまで低下しています。これに対して、米国は1位を維持しています。「日本の生産性の動向2014年版 」によると、2013年の日本の労働生産性は73270ドルで、OECD加盟34カ国中22位です。これに対して、米国のそれは115613ドルで、3位です。就業1時間当たりでみた日本の労働生産性は41.3ドルで、OECD加盟34カ国中20位です。これに対して、米国のそれは65.7ドルで、4位です。
今後、米国は、高い生産性、高い利益率を背景に、金利を引き上げることでしょう。現在の円安ドル高は、それを先取りした動きということができます。そうなると、せっかく金融緩和をしても、日本のマネーは米国に流れることになります。これと似たことが、90年代後半のドットコムバブルの時起きました。当時の米国は、強いドルにより世界からマネーを集め、情報技術革命を起こしました。それ以来、IT先進国の米国とIT後進国日本との格差は広がるばかりです。
金利を下げることは、一時的な対策としては有効ですが、長期的に続けることには弊害もあると思います。低金利を長期的に続けると、生産性の低い産業を温存させることになります。市場原理を導入し、非効率な産業を淘汰し、金利の引き上げに耐えるような生産性の高い経済を作るように努力することが必要だと思います。
永井先生金利の引き上げに耐えるような生産性の高い経済を作るように努力することが必要だと思います。と言うことですが,それは今日本社会にとって必要な産業となるのでしょうか?米国での新規産業の成長を追従するようなかたちでの成長はないのでしょうか?それはダメなのでしょうか?
前園和伸b さんが書きました:
それは今日本社会にとって必要な産業となるのでしょうか?
市場原理は必要な産業を成長させ、不必要な産業を退場させます。結果として生き残るのは必要な産業ということになります。
前園和伸b さんが書きました:
米国での新規産業の成長を追従するようなかたちでの成長はないのでしょうか?
工業社会の時代では、それでうまくいったのですが、情報社会は、Winner takes all の世界ですから、たんなるモノマネでは高成長は無理です。世界最高の独自製品、独自サービスを提供しなければなりません。
2020年9月16日、安倍内閣は総辞職し、菅義偉内閣が成立した。7年8カ月におよぶ安倍政権の経済政策、所謂アベノミクスは、功罪半ばする結果をもたらした。功は、アベノミクスの三本の矢のうちの第一の矢、金融緩和であり、罪は、第二と第三の矢、財政政策と成長戦略というのが私の認識である。
バブル崩壊後の日本経済をデフレから脱却させるために量的金融緩和(当時の呼称で言えば調整インフレ)を行うべきだという主張は90年代からあった。私もそうした主張をしていた一人だったので、開始時期が遅れたとはいえ、2013年4月から黒田日銀総裁が異次元緩和を始めたことを素直に評価したい。低迷していた日本の株価は、2012年9月に安倍自民党総裁が誕生した時から、量的金融緩和の予想により上昇し始めた。そうした資産デフレの解消は、実体経済をも改善した。2012年11月以降71か月にわたって持続した景気のおかげで、2019年のGDPは、2012年比実質で7.4%、名目で11.9%増加した。有効求人倍率は、2018年に1.62というバブル期を超える高さにまで上昇した。
黒田日銀総裁による異次元緩和は、物価上昇率2%という政策目標を達成できなかったから失敗だったと批判する人もいるが、リフレ政策にとって重要なことは、物価上昇率や期待インフレ率を負から正にすることであって、それを実現した以上、異次元緩和は、リフレ政策として成功したと評価することができる。もしも2014年に消費税増税をしていなければ、リフレ政策はもっと成功していたであろう。消費税は、安定財源として必要というのが財務省の言い分であるが、デフレから脱却しようとする時にデフレ効果のある消費税率引き上げを行うことは、政策的矛盾である。デフレ効果のある税金は減らし、不足分はインフレ税で補う方がリフレ政策としては正しい[8]。
異次元緩和は好景気をもたらしたが、日本経済が抱えていた問題をすべて解決したということはない。実質賃金指数は、7年間で105.3から99.6に下落した。政権の初期に1%近くあった潜在成長率は、コロナ禍前に0.5%以下に沈んだ(コロナ禍後はマイナス)。2012年に27位だったIMD世界競争力ランキングでの日本の順位は、2020年では34位に落ち、2012年に20位だった時間当たり労働生産性のOECD加盟諸国36ヶ国中の順位は、2019年には21位となった。デフレからの脱却は、日本経済復活のための必要条件ではあるが、十分条件ではないということである。
日本の潜在成長率、競争力、労働生産性を高め、実質賃金を上昇させるために必要なことは、構造改革、すなわち、日本型社会主義を排して、市場原理の導入を徹底することである。ところが、安倍政権が第三の矢として打ち出した成長戦略は、新ターゲティング・ポリシーという構造改革とは似て非なる産業政策であった。国家が成長分野を選択し、そこに集中投資を行って、新産業を育成するというソ連型の計画経済が現代でうまくいくはずがない。実際、政府主導の原発の海外輸出や産業"革新"投資機構によるゾンビ企業の延命など、どれも有害な結果しかもたらさなかった。
安倍前首相が模範とした祖父の岸信介は、ソ連型の計画経済を日本に導入しようとした革新官僚で、商工省(後の通商産業省、経済産業省)から政界入りした。安倍前首相が経済産業省を重視し、国家主導の産業政策を好んだのは、祖父の影響かもしれない。経済産業省は、「民間の経済活力の向上及び対外経済関係の円滑な発展を中心とする経済及び産業の発展並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保を図ることを任務とする」組織で、小さな政府という観点からすれば、真っ先に廃止もしくは縮小するべき省庁なのだが、それを重視したということは、統制経済的な志向を持っていたということだ。
こう言うと、安倍前首相は、医学部や獣医学部の新設を認可するなど、規制緩和に積極的に取り組んだと反論する人がいるかもしれない。しかし、それは規制緩和と呼べるものなのか。規制緩和というのなら、現行の規制の下での運用を見直すのではなくて、許認可制度という規制それ自体の廃止を考えるべきだ。文部科学省が認可した大学で六年間の専門教育を受けなければ、国家試験を受ける受験資格が得られないという現在の規制を撤廃すれば、医師不足や獣医師不足の問題は解決できるのだが、安倍前首相はそうした自由主義的な改革をする気はなかった。
ポスト安倍に求められるのは、安倍政権が怠った構造改革を進めることだ。菅義偉新首相は、前首相の継承を使命とすると公言していたが、実際には、独自色を出している。安倍前首相が重用した今井尚哉首相補佐官兼首相秘書官、佐伯耕三首相秘書官、長谷川栄一首相補佐官といった経済産業省出身の官邸官僚がすべて退任となり、経済産業省の官邸への影響力が低下した。菅首相は16日の就任会見で「行政の縦割り、既得権益、そして悪しき前例主義、こうしたものを打ち破って、規制改革を全力で進めます」と述べ、改革への意欲を語った。
それは大変結構なことなのだが、問題は、改革の中身である。新政権の目玉政策の一つは、携帯電話利用料金値下げだ。就任会見でも「国民の財産の電波の提供を受け、携帯電話の大手3社が9割の寡占状態を長年にわたり維持して、世界でも高い料金で、20パーセントもの営業利益を上げ続けている」という問題が指摘されている。しかし、四割値下げしないなら、電波利用料を引き上げるといった脅しを使う方法が良いのかどうか考える必要がある。
どのような方法であれ、携帯電話利用料金が大幅に安くなれば、消費者の利益になると考える人もいるだろう。しかし、料金はサービスの質に対する対価であり、サービスの質が低下するのなら、意味がない。実は日本の携帯電話利用料金は、通信エリアの広さ、速度、接続の安定性などのサービスの質を考慮に入れると、海外と比べて高くはない。キャリア三社の利益率が高いことは事実だが、利益が出ないほどの値下げを強要すると、キャリアが通信網設備への投資を遅らせ、移動通信システムが第五世代の時代を迎える中、日本がIoTで世界に後れを取るという結果になりかねない。
もとより、サービスの質を犠牲にすることなく携帯電話利用料金を引き下げることは可能だ。これまでキャリアは自前の基地局をそれぞれ設置していたが、重複投資による無駄をやめて、インフラ・シェアリングを行えば、5Gへの設備投資の負担を減らすことができる。他方で、競争がなくなることで、独占の弊害が懸念される。その弊害を減らすために有効な方法は、自然独占となるインフラを、インフラを利用する各事業会社から分離し、中立性を持たせることだ。
2013年に楽天の三木谷浩史会長兼社長がインターネットの基幹ネットワークの国有化を提案した時、規制緩和や競争促進を求めてきたこれまでの彼の立場と矛盾すると批判された。だが、ネットワーク外部性ゆえに自然独占が帰結する基幹インフラを国有化するというアイデアは、市場経済を重視する自由主義とは矛盾しない。それは、電力自由化を促すための発送電分離と比較すればわかることだ。
発送電分離を行わなければ、送配電部門を独占する企業が、発電部門や小売部門でも優位に立てる。発電部門や小売部門でイコール・フッティングな競争を促そうとするなら、送配電部門を独占する企業を発電部門や小売部門から分離させなければいけない。分離には、会計分離、法的分離、所有権分離があり、国有化はもっとも徹底した分離である所有権分離にあたる。
現在、政府(自治体をも含める)は、NTTの株式の三分の一を所有しているが、本来政府が所有するべきは、NTTの経営権ではなくて、公共性の高いインフラである。NTTの光回線は、六割を超えるシェアを持っており、公共性が高い。だから、政府は、光回線と5G用の基地局だけ所有し、NTT自体は純粋な民間企業として自由に営業させればよいだろう。ちなみに、政府は、2021年度までに光回線未整備地域を解消するために、500億円の投資を行っている。それなら、光回線の基幹インフラは、公有で良いのではないか。公有化に加えて公営化まですると、イノベーションを阻害する恐れもあるが、PFI方式で、民間企業に事業を委託すれば、そうした懸念も払拭できる。
無線アクセスが増えると、光回線は時代遅れになると言って光回線の公有化に反対する人もいるが、これはおかしい。4Gから5Gへと世代を経るごとに電波の飛ぶ距離が短くなり、それとともに基地局が小セル化・多セル化するため、基地局をデータセンターとつなぐ光回線網の役割がかえって重要になる。つまり、無線アクセスの進化と普及に伴って、有線ネットワークのインフラがさらに必要になるという皮肉な現象が起きている。それゆえ、光回線は今後も重要な公共の財産であり続ける。
光回線と5G用の基地局を公有化して、各事業者のインフラへのアクセスの平等を確保すれば、MVNOとMNOの格差がなくなり、イコール・フッティングな競争が促される。首相が「値下げしないなら電波利用料を引き上げる」などと言って経営者を脅さなくても、公平な競争ができる環境を整えてやれば、価格は自然と低下する。菅首相は、総務大臣時代、NHKに受信料の値下げを要求したが、政治家がやるべき仕事は、そうした企業経営への直接介入ではなくて、特定放送局に受信料を強制的に徴取させる権利を認めた放送法を見直すことだ。
安倍前首相は、企業経営者に対して、やれ賃金を上げろ、やれ働き方改革をしろ、やれ女性を活躍させろと注文を付けてきたが、経営者たちにこうした命令をすることは、市場経済というよりもむしろ計画経済において権力者がやることである。私としては、菅新首相には、安倍前首相のような自由主義者の仮面をかぶった国家主義者になることなく、市場原理を導入することにより、もっと根本的に社会の仕組みを変える改革を行ってくれるよう願いたいところである。
- 鯨岡仁『安倍晋三と社会主義 アベノミクスは日本に何をもたらしたか (朝日新書) 』朝日新聞出版 (2020/1/10).
- 軽部謙介『官僚たちのアベノミクス-異形の経済政策はいかに作られたか (岩波新書)』岩波書店 (2018/2/20).
- 高橋洋一 『リフレが正しい。FRB議長ベン・バーナンキの言葉 (中経出版)』KADOKAWA (2013/5/23).
- ↑ここでの議論は、システム論フォーラムの「アベノミクスの三本の矢」からの転載です。
- ↑「日本経済再生に向けた緊急経済対策」について (media) 平成25年首相官邸ホームページ
- ↑“Japan’s Economic Revival (at Guildhall, London) 20 June 2013" by Chatham House. Licensed under CC-BY
- ↑政府「法人税ゼロ」検討 (date) 2010年4月21日 22:32:41 (media) 日経ビジネスオンライン
- ↑“国家基本政策委員会合同審査会 石原慎太郎 – YouTube.” 2013/04/17.「あえて忠告するが、必ず公明党があなたがたの足手まといになりますな」と発言する石原慎太郎(日本維新の会共同代表)。議場からは「失礼だ!」とのヤジも飛んだが、石原は「本当のことを言っているんだ」と言い返した。
- ↑世論調査 (date) 2013年5月4日 (media) REAL POLITICS JAPAN
- ↑首相官邸チャンネル. “安倍総理「成長戦略スピーチ」 – 平成25年4月19日 – YouTube.” 2013/04/19.
- ↑2019年の消費増税は、その後に出来したコロナ不況を悪化させてしまった。安倍政権はさまざまなバラマキ策を乱発したが、そうした非効率で不公平な補助金支給よりも、消費税減税の方が良かったと私は考えている。これに関しては、「未知のウイルス感染症にどう対応するべきか」を参照されたい。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません