特定秘密保護法はどうあるべきか
特定秘密保護法案の賛成派は、日本は機密漏洩に対する罰則が甘いので、外国から軍事機密を提供してもらいにくいという事実を指摘し、外国から機密情報をもらうためにも、情報漏洩の罰則を強化するべきだと主張している。もしもそれがこの法案の目的であるならば、外国が提供する機密情報だけをこの法案の対象にすればよい。[1]

1. 特定秘密保護法はどうあるべきか
特定秘密保護法案が2013年11月26日、衆院本会議において自民、公明、みんなの党による賛成多数で可決した。現在でも国家公務員等には守秘義務があり、違反すれば、国家公務員法では懲役1年以下、自衛隊法では懲役5年以下の処罰を受けることになっている。特定秘密保護法案では、特定秘密の取り扱い従事者が特定秘密を漏らしたときは10年以下の懲役および1千万円以下の罰金に処せられ、過失により情報を漏らした者も、2年以下の禁錮または50万円以下の罰金に処せられることとなっており、罰則が強化されている。
この法案の賛成派は、日本は機密漏洩に対する罰則が甘いので、外国から軍事機密を提供してもらいにくいという事実を指摘し、外国から機密情報をもらうためにも、情報漏洩の罰則を強化するべきだと主張している。もしもそれがこの法案の目的であるならば、外国が提供する機密情報だけをこの法案の対象にすればよい。それなら、反対する人はほとんどいなくなるだろう。なぜなら、現在この法案に反対している人の大半は、安全保障上の機密を罰則で守るという考えそのものに反対しているのではなくて、秘密指定の基準があいまいで、外部の人間が不適切な秘密指定を批判することが原理的に不可能であることを理由にしているからだ。特定秘密の指定や解除の運用状況をチェックする第三者機関の設置を求める向きもあるが、第三者機関が適切に仕事をしているかどうかを外部が監視することができないので、あまり事態は改善しないだろう。

なお、外国の中でも米国が提供する機密情報については、刑事特別法第六条により、十年以下の懲役に処すことが既に規定されている。それでも情報源は米国だけでは不十分であり、例えば、2013年1月に起きたアルジェリア人質拘束事件のような場合には、フランスから情報を提供してもらう必要がある。もしも、外国が日本に提供してくれる機密情報を、特定秘密として、その国で設定されている罰則で守るというだけなら、基準がはっきりしているから、日本の政治家や官僚たちによる恣意的な運用を防ぐことができる。機密の範囲も限定的で、日本のジャーナリストたちは、どのみち外国の機密情報を知ることができないのだから、今以上に知る権利が制限されるということはない。むしろ日本政府の知る権利が拡大されるのだから、日本国民にとってメリットがある。
外国からもらう機密情報だけでなく、日本が独自に収集した情報も厳罰で守るべきだという反論もあるかもしれない。しかし、日本には、米国の中央情報庁(CIA)や英国の秘密情報部(MI6)のような対外情報機関は存在しない。米国家安全保障局(NSA)や英国の政府通信本部(GCHQ)のような通信傍受組織もない。安倍内閣は日本版国家安全保障会議(NSC)を設置するが、これは国の外交や安全保障の戦略を決定する機関であって、情報収集機関ではない。英米のように守るべき貴重な独自の対外情報がそうあるわけでもないのに、罰則だけは英米並みに強化するというのはおかしくはないだろうか。本年10月22日に、森内閣府特命担当が、特定秘密保護法の適用事例として西山事件を挙げていたが、結局のところ、日本政府が隠したいのは、西山事件で暴かれたような、外国に知られたくない情報というよりもむしろ国民に知られたくない情報ということなのか。
特定秘密保護法案の成立で、日本は米国に一段と隷従するようになったと評する人もいるが、私はそうは思わない。通念とは逆に、日本の政治家や官僚は、米国の外圧に簡単には屈しない。外圧にあっさり屈するように見える時は、実際にはそれが自分たちにとっても都合が良いと判断する時である。かつて80年代に米国が貿易不均衡を是正するために内需の拡大を求めてきたとき、日本の政治家たちは、地元にばらまきをする絶好のチャンスととらえ、全国各地に必要もない娯楽施設を作った。今回もそのパターンと似ている。外国との連携の強化という大義名分を掲げながら、それに便乗する形で、政治家や官僚にとって都合の良いように秘密指定を行うことができる法案を通すということなのだろう。
2. 特定秘密保護法が成立
特定秘密保護法案の採決が本日(6日の深夜)参院本会議で行われた。民主、共産、生活、社民は反対し、維新、みんなは退席(みんなの川田龍平、寺田典城、真山勇一の三議員は、出席して反対)したが、与党の賛成多数で可決・成立した。法案成立を受けて、このトピックのタイトルを「特定秘密保護法案」から「特定秘密保護法」に変えることにした。
安倍晋三首相や菅義偉官房長官は国会答弁で、秘密指定の妥当性をチェックする機関として「保全監視委員会」と「情報保全監察室」(いずれも仮称)の設置を表明したが、どういう性格の機関になるかはまだよくわからない。法律を可決した後で考えるということなのか。
産経新聞政治部の高橋昌之が、朝日新聞と毎日新聞に対して「特定秘密保護法案に反対するほど取材しているか」と反論している。
産経、読売両紙が何度も書いているように、現在そして今後の国際的な安全保障、つまり国民の安全にかかわる外交、軍事の分野においては今や、「情報戦」が最も重要になっています。どんなすばらしい兵器をもっていたとしても、情報で後れをとったら外交、軍事の分野で優位に立つことはできません。それが国際社会の現実です。
その際、重要な情報を他国から得ようと思えば当然、その機密は守られることが前提になります。その国に機密情報を伝えたら、すぐに表に出てしまうということになれば、提供する必要があっても提供できないということになるからです。とくに日本には諜報機関がありませんから、そうした活動による機微な情報は、他国に頼るしかないのが実情なのです。[3]
私はむしろ日本政府に対して「特定秘密保護法を制定するほど独自に情報収集しているか」と問いたい。安倍政権が内閣情報局を新設するという今年の8月30日に出た朝日新聞のスクープは誤報だったようで、その後そうした動きは報道されていない。日本には、内閣官房内閣情報調査室(通称、内調)があるが、規模が小さくて、独自に外国の機密情報を入手するほどの能力はない。高橋昌之が言うように「他国に頼るしかないのが実情」なのである。それならば、なぜ特定秘密を外国政府から提供される機密情報に限定しないのか。なぜ濫用に懸念を示す野党はそうした対案を出さなかったのか。特に与党に協力する姿勢を出していた維新とみんなはそうした修正案を提案するべきだっただろう。
3. 参照情報
- 毎日新聞社『ドキュメント・特定秘密保護法』毎日新聞社 (2014/7/14).
- 宇都宮健児, 堀敏明, 足立昌勝, 林克明『秘密保護法――社会はどう変わるのか』集英社 (2014/11/19).
- 佐藤優, 福島みずほ『特定秘密保護法案と日本版NSC』株式会社金曜日; 第1版 (2013/12/8).
- ↑ここでの議論は、システム論フォーラムの「特定秘密保護法」からの転載です。
- ↑Peter J. Souza. “Government and international leaders at the G8 Summit in Lough Erne, Northern Ireland on 18 June 2013“. 2013年6月18日.
- ↑高橋昌之「朝日・毎日への反論(3)特定秘密保護法案に反対するほど取材しているか!」『産経新聞』2013.12.7.
ディスカッション
コメント一覧
これは、本当にご指摘の通りだと思います。日本政府の痛いところを的確に突いていて感銘を受けました。結局のところ、政治家と官僚が都合よく利用すると思われます。ところで、永井さんは日本に諜報機関は必要だと思いますか?先程、YouTubeでホリエモンと竹中平蔵が対談している動画を見たのですが、竹中平蔵が日本の安全保障のインフラについて徹底的に議論してほしい(現政権に対しての要望?)とおっしゃっていました。その中で、内閣官房調査室と自衛隊のサイバー要員はアメリカのCIAや中国のサイバー軍と比べて規模が小さいことを現実問題として挙げていました。日本もアメリカや中国とでまでは言わずともそれなりの規模を持った諜報機関を持つべきでしょうか?
ええ、そう思います。諜報機関というと、非合法な工作活動をする闇組織をイメージして拒否感を持つ人も多いようですが、諜報活動の中にはオープン・ソース・インテリジェンスのような合法的な活動もあります。日本は、人工知能、ビッグデータ、データ解析の分野で遅れているので、オープン・ソース・インテリジェンスも弱いのが現状です。たんに国防力を強化するためだけでなく、ITの競争力を高めるためにも、この分野にもっと投資すべきでしょう。