無騒音自動車の問題とその抜本的解決方法
未来の交通システムにおいては、多くの自動車が走っているにもかかわらず、静かだろう。なぜならば、必要な情報が必要なところにしか流れないからだ。情報が無差別に流されると、情報がノイズと化し、必要な情報が埋もれてしまう。情報社会は、そうした情報エントロピーの増大に抗する社会でなければいけない。

1. 無騒音自動車の問題とその抜本的解決方法
電気自動車や燃料電池自動車の登場で、将来の自動車は、より静かで、騒音を出さないようになると期待されている。しかし、反面、無騒音だと、接近しても、歩行者は気がつきにくくなるという新たな問題が発生する。この問題を解消するにはどうすればよいか。交通システムの将来像を思い描きながら、考えよう。
1.1. 無騒音自動車の問題
自動車の騒音は、長い間大きな環境問題の一つであった。特に高速道路の沿線では、防音壁を築いたり、建物の窓を二重サッシにするなどの手段を講じる必要があり、社会的なコストを高める結果となった。将来電気自動車や燃料電池自動車が普及すれば、こうした騒音問題は解消されると期待されている。ところが、自動車が無騒音化すると、思わぬ問題が出てくる。発車時に接近しても、歩行者は気がつきにくくなるのだ。

これらの車はまだ普及していないが、ハイブリッド車ならかなり普及している。ハイブリッド車とは、ガソリンエンジンと電気モーターの長所を組み合わせた自動車で、ガソリンエンジンは強力ではあるが、低回転域では効率が低下するので、発進時には電気モーターを使用する。また、減速時に回生ブレーキを用いて運動エネルギーを電気として回収し、停止時と減速時にエンジンを停止して、燃料を節約する。だから、停車時と発進時は電気自動車や燃料電池自動車と同様に、音を出さない。
ガソリンエンジンと電気モーターを組み合わせた「ハイブリッド車」は、音が静かで、視覚障害者にとっては、停車中や発進の際1メートル以内に近づいても気づかないケースのあることが、東京大学の実験でわかりました。
この実験は、東京大学先端科学技術研究センターのグループが28日大学構内で行ったもので、ハイブリッド車2車種とガソリン車3車種を使って、6人の視覚障害者が車の動きをどの程度把握できるかを調べました。その結果、ガソリン車については、走行中だけでなく停車している場合も、10メートル程の距離に近づけば全員がエンジン音に気づきました。 また、ハイブリッド車についても、時速20キロ以上で走行している場合は、タイヤの音などでおよそ10メートル離れていてもわかりました。
しかし、一時停止や低速走行時に電気モーターで動くタイプのハイブリッド車については、停車中や発進の際、視覚障害者は1メートル以内に近づいても誰一人として気づきませんでした。
また、この車を時速10キロ未満で視覚障害者の目の前を走らせた実験では、6人のうち4人までが車が通ったことに気づかず、ほかの2人も直前まで認識できませんでした。ハイブリッド車は燃費がよく音が静かなのが特徴で、グループでは今後車の長所を生かした対策のあり方を検討したいとしています。[2]
米国の運輸省道路交通安全局(NHTSA)は、米国の視覚障害者団体である全米視覚障害者連合の要請を受け、歩行者の安全のため電気自動車とハイブリッド車に最低限の音の発生を義務付けることを検討しているとのことだが、トイレ用擬音装置「音姫」のように、ガソリン自動車の擬音を撒き散らす装置を無騒音自動車に搭載することはしてほしくない。
1.2. 高度道路交通システム
自動車に音を出させるというローテクな方法ではなくて、もっとハイテクな手段で根本的にこの問題を解決する方法はないだろうか。自動車の騒音やクラクションは、必要な人に必要な情報だけを届けるという、情報社会にふさわしいシステムではない。これは、工業社会的な情報の伝達方法である。日本の電車のホームでは、電車の到来から傘の置き忘れに対する注意にいたるまで、あらゆる情報が無差別に流される。親切といえば、親切だが、一種の騒音公害をもたらしている。同じものを画一的にばらまくという工業社会的方法からそろそろ決別した方がよい。
おそらく、今後、高度道路交通システム(Intelligent Transport Systems)が少しずつ進むだろう。日本語訳には“intelligent”の意味が正しく反映されていないが、英語の“intelligent”は、「…の間から選ぶ」という意味のラテン語に由来していることをかんがえるならば、「選別的知性を備えた道路交通システム」といったところだ。必要もない情報を無差別に受け取るのではなく、選別して、必要な情報だけを受け取ることが必要になってくる。
現在のところ、国土交通省が推進する道路交通の情報化としては、カーナビゲーションシステムや自動料金収受システム(ETC)などがあるが、これらは、中央集権型情報管理システムであり、インターネットのような分散型情報伝達システムではない。分散型情報伝達システムにするには、GPS 衛星という中心に各自動車が端末として依存するのではなくて、自動車相互をインターネット的な情報網でつなげることで、各自動車の位置と短期的な進行方向を相互に認知させなけれなばらない。もちろん。固定物の情報も取り込む。そうすれば、自動車を自動運転可能なロボットにすることができる。
自動車に自動操縦機能を持たせようとする試みは既になされている。トヨタ自動車は、自動運転技術の1つとして、高速道路や自動車専用道路向けの次世代高度運転支援システム「オートメイテッド ハイウェイ ドライビング アシスト(AHDA)」を開発したと2013年10月11日に発表した。AHDAは、従来のクルーズコントロール機能に用いられているミリ波レーダーとともに、プラチナバンドの車車間通信技術を用いて、先行車両の加減速情報などを取得し、加減速を同時に行うなどして車間距離をより精密に制御することができる。2010年代半ばを目標に商品化するとのことである。この技術はあくまでも「アシスト」であるが、完全な自動操縦に向けての第一歩である。
他方で、日産自動車は、2013年8月27日に、米国カリフォルニア州アーバインで開催した自社イベント「NISSAN360」において、電気自動車(EV)「リーフ」に自動運転技術を組み込んだ試作車を公開した。試作車には、車両の周囲を検知するレーザースキャナーや、車両の前後左右に搭載した車載カメラを使って車両を上から見た状態で周囲の状況を確認できる「アラウンドビューモニター」といったセンサーとともに、これらのセンサー情報を基に周辺環境に対応した運転判断を下すための制御装置と、制御装置の決定を運転操作として反映するためのアクチュエータが搭載されている。日産は、2020年までに自動運転技術を搭載した車両を量産販売する予定である。
1.3. 歩行者をも含めた道路交通システム
一般道路では、高速道路とは異なり、自動車のみならず、歩行者も含めたインタラクティブなコミュニケーションが必要である。スマートフォンの普及により、歩行者も自動車間の情報網の中に組み込むことが可能になっている。実際、専用ソフトを入れるとスマートフォンが車の接近をキャッチし、歩行者を交通事故から守る新しいシステムが開発されており、2013年10月11日に、国土交通省と国内の自動車メーカー各社が東京・お台場の駐車場で実験を行った[3]。
実験では、車が交差点に近づくと、横断しようとした歩行者にスマートフォンが「車に注意しましょう」と音声で危険を知らせ、他方で、運転席に取り付けられたタブレット端末には、音声と共に、歩行者が接近していることを知らせるシンボルが表示される仕組みだ。だが、この方法は、GPS の位置情報をもとにしているので、十メートル前後の誤差が出る。このプロジェクトは、国土交通省主導という意味でも中央集権的であるのだが、もっと車と人が直接情報交換できる分散型のシステムを考えるべきである。
国土交通省は、2020年代の実用化を目指すとしているが、その頃には、スマートフォンに代わって、グーグル・グラスのようなウェアラブルな携帯機器が普及しているだろう。現在普及しているスマートフォンは、歩きながら利用するには危険である。これに対して、ウェアラブル・コンピュータは、現実の視界を壁紙にしたようなコンピュータであり、音声コマンドでハンズフリーに使うことができるので、歩きながら利用しても問題はない。通常の眼鏡と同様に、外出時に常時装着しているなら、スマートフォンのように、カバンの中に入れていて、警告を見逃すということはない。たんに危険物の接近をテキストや音声で告げるだけでなく、危険物をビジュアルにハイライト表示するといったことも拡張現実の技術として可能だろう。
動物のように、ネットワークに組み込まれない移動体もあるから、ロボット化された自動車は、そうした情報を発しない存在者をも認知できる機能を持たなければいけないが、人間が、限られた範囲の可視光を頼りに運転する自動車よりも、全方位を幅広い電磁波で認知するロボット化された自動車の方が安全である。もちろん、故障するリスクは、人間にもロボットにもあるが。意図的にルール違反をするリスクは、ロボットにはない。
以上、未来の交通システムを思い描いてみた。このシステムにおいては、燃料電池自動車や電気自動車の無騒音性のメリットは十分生かされる。未来の道路では、多くの自動車が走っているにもかかわらず、静かだろう。なぜならば、必要な情報が必要なところにしか流れないからだ。情報が無差別に流されると、情報がノイズと化し、必要な情報が埋もれてしまう。情報社会は、そうした情報エントロピーの増大に抗する社会でなければいけない。
2. 国交省が自動運転時代に向けて法整備を検討
国土交通省が、将来の完全自動運転時代に向けて法整備の検討に入った。
「目的地を指定したらあとは眠るだけ」。そんな「完全自動運転」は実現するのか。国土交通省のオートパイロット検討会は「2020年代初頭ごろまでに高速道路本線上で車線変更を含む連続走行を目指す」としたが、一般道などは対象外。「完全自動運転の早期実現は困難」とみる。日産自動車も「完全自動運転がゴールだが、実現時期など具体的な検討はまだ」という。
専用道路をつくって完全自動運転車だけを走らせたらどうか。国交省・自動車局技術政策課の衣本啓介専門官は「それなら現在でも技術的には実現可能だと思うが、コスト的に無理」と話す。通信制御が多くなるとテロ対策なども必要になるだろう。
実用化には法制度などの大掛かりな見直しも必要になる。ヒトの安全運転義務がなくなるなら、道交法や運転免許制度をどうするか。衣本専門官は個人的意見として「道交法などを改正するより、新しい法律を制定した方が早いのではないか」と話している。[4]
専用道路を造らなくても、現存する高速道路の走行車両に車両間情報交換機器の搭載を義務付けることにより、高速道路を専用道路化することができる。問題は、車両と歩行者が混在する一般の道路である。オートパイロット技術が相当に発達しないと、実現が不可能である。それでも、完全自動運転時代には、今よりも交通事故は減るだろう。改造や故障でもない限り、自動車が速度超過や信号無視といった交通違反をすることがないからだ。また、事故が起きた時に責任が求められるのが、運転手ではなくて車両のメーカーになるから、保険に入らなければならないのは、自動車のユーザではなくて、製造者もしくはタクシーサービス提供者ということになるだろう。
3. 追記(2021年)自動運転の現在
日本では、2020年4月に道路交通法と道路運送車両法の改正が行われ、条件付自動運転(レベル3の自動運転)が可能になった。経済産業省と国土交通省はドライバーレスの自動運転(レベル4の自動運転)を市街地で実用化するために、2022年度までに法改正を行い、モデルとなる地域の選定や調査を進め、2023年ごろに実証実験を始める方針だ。レベル4の自動運転がそんなに早く実現するのかと懐疑的な人もいるだろうが、海外では技術的には既に可能になっており、試験走行が行われている。
米国では、Alphabet 傘下の Waymo が、2017年10月から運転手なしの完全無人自動運転のテスト走行を開始している。Waymo の安全性は高く、事故を起こしたケースのほぼすべては、別のエージェントによる道路規則違反やその他の不注意な行動によるものである[5]。2021年3月8日の Waymo の報告によると、米国の交通事故多発地帯でシミュレーションした結果、人間のドライバーが交通事故を起こす場面でも高い確率で事故を回避することができたとのことである[6]。
アリババが支援する創業4年の中国の新興企業、AutoX は、2020年7月に、Waymo に続き、2番目にカリフォルニア州の公道上で完全無人運転を実施した企業となった。AutoX は、中国でも、12月に深圳で招待客などを対象に試験走行を開始し、2021年1月には、その対象を一般客に拡大した。こうした世界の情勢を見るなら、日本でも自動運転が普及するのは、時間の問題と言えるだろう。自動車を運転するのが人間ではなくなるなら、車が出す音という情報を頼りに人間の脳が判断する必要はなくなるだろう。
4. 参照情報
- 深尾三四郎, クリス・バリンジャー『モビリティ・エコノミクス ブロックチェーンが拓く新たな経済圏』日経BP (2020/10/16).
- 日高洋祐, 牧村和彦, 井上岳一, 井上佳三『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』日経BP (2018/11/22).
- 日高洋祐, 牧村和彦, 井上岳一, 井上佳三『Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命 ―移動と都市の未来―』日経BP (2020/3/5).
- ↑本稿の初出は、2007年01月12日に公開した『連山』の記事「無騒音自動車は危険か」である。本ページは、その後、改訂を加えて、システム論フォーラムに転載したものである。
- ↑「ハイブリッド車 接近気づかず」『NHKニュース』2006年1月29日.
- ↑「スマホで歩行者を交通事故から守る」『NHKニュース』2013年10月11日.
- ↑“「完全自動運転」なら法整備必要"『日本経済新聞』2013年10月14日.
- ↑“Sharing our safety framework for fully autonomous operations.” The official Waymo blog. October 30, 2020.
- ↑“Replaying real life: how the Waymo Driver avoids fatal human crashes.” The official Waymo blog. March 8, 2021.
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エコノミスト誌によれば、これからは電気自動車の時代だそうな。トヨダはEV開発に乗り遅れており、衰退していくだろう。