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言語学、記号学、修辞学、文献学に関する記事。

2012年5月28日

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古文の用言の活用を習得する時、活用語尾だけを切り離し、そのリストを朗読して覚えるという方法よりも、現代日本語の用言の活用を習得する時と同様に、後続語とセットで、いわば文脈の中で有機的に覚えた方が、速く習得できる。私は、そのために、独自の活用表を作ったので、それをここに公開しよう。

2009年12月6日

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英語における進行形は、継続や進行や反復を表す相と一般には認知されているが、もっと本質的なことは、他のようでもありうる不確定性を示すための相であるということである。英語における進行形の現代的用法は、18世紀の末、産業革命が進行する中、確立され、かつその使用頻度が急速に伸びた。これは、社会が急激に変化し、他のようでもありうる不確定性が増大するにつれて、それを表現する言語需要が増えたからである。

2009年11月6日

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冠詞は中世ヨーロッパの共通言語であったラテン語には存在しなかったし、英語をはじめとするヨーロッパの近代言語でも、最初から独自の品詞として存在したわけでもなかった。定冠詞は「あれ」を意味する指示形容詞から、不定冠詞は「一つの」を意味する数量形容詞から分離独立した後発の品詞である。このうち、定冠詞は古典ギリシャ語やアラビア語にも存在するが、不定冠詞は、近代の西ヨーロッパで発展した特異な冠詞である。不定冠詞の誕生は、西ヨーロッパで発展した個人主義と関係があると考えることができる。

2009年5月9日

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言語は、その話者の数、経済力、文化力などに応じて、重要度に違いがあります。このページでは、さまざまな基準による言語のランキングを紹介しながら、どの言語が最も重要であるかを考えます。コンテンツを何ヶ国語に翻訳しようか迷っているパブリッシャーや、第二外国語をどれにするか迷っている大学生は、参考にしてください。

2005年10月16日

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日本人は、外国人と比べて長文が嫌いな人が多い。ブログでも、文章は1600字以内が好ましいというルールすらあって、短文が投稿される傾向がある。短文化の傾向は、Twitter のようなソーシャル・メディアの普及でさらに促進されている。他方で、海外では、グーグルが長文のウェブページを重視するなど、逆の傾向がある。日本人がなぜ短文が好きで、長文が苦手なのかを考えたい。

2002年8月30日

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“It must be true.”の否定文は何か。これは、英文法の問題というよりも、様相論理学の問題である。答えは、“must”という法助動詞(modal auxiliary)を使う以上、二値論理学的にではなくて、多値論理学的に求められなければならない。

2001年3月11日

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自給自足の経済を想像することができるように、他者の力を借りずに自分だけで情報収集や創作をする文化も想像可能である。だが、実際には、私たちは貨幣を通じて商品交換をするし、言語を通じて意見交換をする。

2000年9月30日

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「私」という言葉の使い方は、生得的ではなく、学習によって習得されるものである。多くの幼児は、自分のことを言及するのに、当初固有名詞を使う。「私」「ぼく」「おれ」といった一人称代名詞は、言語の使い方を学び始めて20ヶ月ほどたってからでないと習得されない難しい言葉なのである。では、私たちは、いつ、どのようにして、そしてなぜ一人称代名詞を使うようになったのだろうか。

2000年9月9日

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もしも、言語が世界を忠実に写し取り、それを他者に伝達するための手段だとするならば、そこには二つの不完全性がある。しかし、その不完全性は、私たちにとって必要な不完全性である。

1997年9月3日

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サールは、米国生まれの哲学者だが、オックスフォード大学で博士号を取得したこともあり、オックスフォード大学の日常言語学派の一人と目されている。同じオックスフォード大学のヘアーとは異なり、事実と価値の二元論を否定し、言語行為論を通じて倫理学を自然化した。だが、その試みは正当化されるのだろうか。哲学的に考えてみたい。

1997年9月3日

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分析哲学は、ラッセルやムーアを中心としたケンブリッジ分析学派による言語分析に端を発し、フレーゲの言語哲学やウィーン学団の論理実証主義の影響を受けつつ、ヨーロッパで広まり、第二次世界大戦後、英語圏で主流となった哲学である。哲学史家の間で、分析哲学の創始者が誰なのかに関しては意見が一致しないのとは対照的に、もっとも影響力があった哲学者が誰であるかに関しては、ほぼ意見が一致している。ヴィトゲンシュタインである。このページでは、ヴィトゲンシュタインと彼以降の言語哲学の成否を超越論的哲学という観点から検討したい。