8月 262000
 

生命とは、1/fのゆらぎを通して自己組織化するオートポイエティックな開放系である。そしてこの定義に従うならば、社会システムもまた生命であるということになる。社会が生物であることを示そう。

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1. 生命は機能によって定義される

従来の生命あるいは生物の定義は、大きく分けて機能的定義と物質的定義の二つに分けることができる。機能的定義は、1.呼吸、2.環境適応性、3.刺激感応性、4.成長、5.生殖など生理現象に着目し、物質的定義は、6.細胞構造、7.たんぱく質など構成材料に着目する。

哲学的観点からすれば、物質的定義は非本質的に見える。確かに地球上のすべての生物は、水と炭化水素を基盤としている。しかしケイ素やゲルマニウムも炭素と同じような化学反応を起こすことができる。宇宙の知られざる惑星にケイ素やゲルマニウムでできた、その他の点では地球の生物にそっくりの存在者がいるかもしれない。それらをたんにたんぱく質でできていないという理由で生物と呼ばないことにどれほどの意味があるだろうか。

いや、何も宇宙生物のことまで想像しなくても良い。ケイ素やゲルマニウムは半導体の原料でもある。半導体が伝える情報で生命を作ることができる。CPUの利用時間メモリ空間を資源として奪い合いながら、サイバースペース上で進化しつつ繁殖する人工生命ティエラ(Tierra)も、たんぱく質からできているわけではないが、きわめて生物的である。

このようにたんぱく質が材料になっていることは、生命にとってあまり本質的ではない。また細胞から合成されているというもう一つの性質も単細胞生物の場合あまり意味をなさない。ウィロイド(viroid)と呼ばれる核酸だけの生物もいるのである。だから生命を定義する上で重要なことは、生命の担い手が何であるかではなくて、生命がどのような機能をもっているかということなのである。

2. 生命システムの三つの特徴

以下生命にとって本質的と私が考える三つの機能的特徴を列挙したい。

2.1. 散逸構造をもった開放系

開放系とは、外部世界と物質、エネルギー、情報の交換がある、開かれたシステムのことである。雪の結晶のように、平衡状態に達することによって形成される静的秩序とは異なって、生命は熱の散逸を通して自己を維持する、平衡から遠く離れた動的秩序である。生物が呼吸から得られるエネルギーにより成長し、さらに生殖していくことが、環境におけるエントロピーの増大によるネゲントロピーとしてのシステムの維持および発展であることは第32号で述べた。情報も、熱エントロピーの増大を通して可能になる。環境適応性や刺激感応性は、生物の情報システムとしての機能である。あるものを生命とみなすための条件としては、「散逸構造をもった開放系」という基準は不十分である。例えば自動制御式のエアコンが取り付けられた部屋は、発電部分まで含めるならば、散逸構造をもった開放系とみなすことができる。発電機は石油燃焼時の熱の散逸によって発電し、室温を一定に保つネゲントロピーを生み出している。しかしこのようなエアコンシステムを生物とは呼べない。

2.2. ベキ乗則に従った自己組織化システム

しばしば生命はカオスの縁に現れる相転移だといわれる。生命のパターンはモノトーンのような死んだ秩序でもなければ、ホワイトノイズのような死んだ無秩序でもない。生命にはベキ乗則に従ったフラクタルな1/fのゆらぎがあることは、「生命のリズム」で指摘した。最近1/fのゆらぎの家電製品が販売されたりしているが、1/fのゆらぎのエアコンも作ろうと思えば作れるであろう。エアコンシステムが生物でないのは、自己再生産能力がないからである。

2.3. オートポイエーシス

オートポイエーシスとは、その名が示す通り、自分で自分を創造することである。生物が持つ遺伝情報は、たんにたんぱく質の作り方を指令するだけでなく、自己の再生産の情報をも自己言及的に含んでいる点で、オートポイエティックであることは、「オートポイエーシスとは何か」で説明した。ただしオートポイエーシスといっても、単純に自己再生産をしているわけではなく、長い進化の過程で、遺伝子レベルでの変化が見られる。すべての生物の寿命は有限であるが、これは生物の進化を促す要因となっている。

3. 社会システムの三つの特徴

三つの条件をまとめるならば、生命とは、1/fのゆらぎを通して自己組織化するオートポイエティックな開放系であると定義される。そしてこの定義に従うならば、社会システムもまた生命であるということになる。社会システムが、どのように3条件を満たしているかを見てみよう。

3.1. 散逸構造をもった開放系

エントロピーの増大によるエントロピーの減少というとき、物質レベルと情報レベルを区別する必要がある。物質レベルでは、個体的生物が呼吸によって食物を燃焼させ、エネルギーを取り出すように、人類社会は化石燃料を燃焼させて、エネルギーを取り出す。情報レベルでは、脳が環境適応や刺激感応を司るように、組織のトップが、組織の維持・発展のために情報の受発信を行う。しばしば貨幣は血液に喩えられるが、生物において貨幣の役割をしている普遍的な価値の単位はATPであって、養分や老廃物を運ぶ体液循環に相当するのは、輸送インフラである。神経系に相当するのが、通信システムと言語システムであることは言うまでもない。

3.2. ベキ乗則に従った自己組織化システム

人類の社会は、社会主義者が夢想するような金太郎飴的平等社会(モノトーン)でなければ、無政府主義者が理想とするような完全に自由で個人主義的な無秩序社会(ホワイトノイズ)でもない。つまり社会システムもまたカオスの縁にあってフラクタルな秩序を形成しているのである。都市の規模とその順位、市場指数の変動幅とその頻度など、社会システムのさまざまな現象でジップの法則に従う1/fのゆらぎが確認されている。

3.3. オートポイエーシス

社会において生物の遺伝子に相当するのは、社会規範である。遺伝子に「コピーする情報」と「情報のコピー」の相互産出が見られるように、社会規範には「正当化する権力」と「権力の正当化」の相互産出が見られるという意味において、生物システムも社会システムもオートポイエティックである。

遺伝子にしたがってたんぱく質が作られるように、社会規範によって社会的行為が産出される。けがや病気をしても生物にはそれを自力で治癒する能力があるし、社会規範から逸脱する行為があっても社会システムはそれを処罰して秩序を回復することができる。しかしけがや病気がひどくなると生物が死ぬように、違反者が増えすぎると社会秩序は壊滅する。個体が死んでも遺伝子が子孫に受け継がれるように、社会秩序が乱れて一時的に無政府状態になっても、秩序が回復すれば、社会規範もまた受け継がれる。もちろん、遺伝子が変化しうるように、社会規範も、変化する。競争力のない遺伝子や社会規範は、その担い手とともに淘汰される。

4. 結論

よく考えてみれば、私たちの身体を構成している細胞は、かつては単細胞生物として単独で生命として存続できた。だから、生物の集合が一つの生物となっていることはそれほど驚くべきことではないのである。こうした重層的でフラクタルな自己相似性もまた生命の特徴なのである。

読書案内
書名生命とは何か―複雑系生命論序説
著者金子 邦彦
出版社と出版時期東京大学出版会, 2003/11
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私が書いた本

  3 コメント

  1. 僕は生物物理/生化学の分野に身を置く一研究者なのですが、ちょっと興味があるので質問させてください。例えば、(1)散逸構造をもった開放系 (2)ベキ乗則に従った自己組織化システム (3)オートポイエーシスの定義を基準として、ウィルス(より生物学的な意義を尊重してコンピュータウイルスは考えないとします)を生物ととらえますか。御存知だと思われますが、ウィルスの自己再生機構は特殊で、これを生物としてとらえるかどうかというのは生物学者の間でも意見が分かれるところです。

  2. 1.外界とエネルギー交換がない virion 2.遺伝子情報をもたない prion 3.遺伝子に寄生する intron、こうしたウィルスは、生物かどうかで問題になるのは、ウィルスも生物であると前提して、生命とは何かを定義するべきなのか、ウィルス以外の生物をモデルに生命とは何かを定義して、ウィルスを生命と非生命に分類するべきなのかということでしょう。私は後者の立場をとっています。私は多くのウィルスは生物だと考えていますが、まだ不勉強なのでそれ以上具体的なことはいえません。時間の単位を定義する時、まず太陽の運動から1時間を決め、次に原子時計でさらに厳密に定義すると、最初の定義は不正確だったということになります。パリにおいてあるメートル原器も、今では分析的に1メートルとはみなされません。このように、定義項と被定義項のどちらか一つを固定することはできず、学の発展とともに相互修正するべきです。生命の定義も作業仮説として提示したまでです。

  3. DNAが合成できたとすると、生命が人工的に誕生することになる。
    合成までに、何百年もかかる?その前に地球が滅亡?
    心は脳である。脳は、DNA、細胞のITで異なる。
    ITはDNAと環境から作られる。

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