中国のハレム

2002年3月29日

ハレムは、フロイトが未開社会の神話において想定した、息子に去勢を強いて、女を独占する、専制君主的父親を髣髴とさせる。もし去勢を単に服従させることという意味で象徴的に理解するなら、人間の社会どころかサルの社会にまでハレムを見出すことができる。しかし、去勢を文字通り行った専制君主は、私が知る限り、オスマントルコ帝国のスルタンと中国の皇帝ぐらいである。ここでは、中国のハレムを精神分析学的に考察したい。

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トプカプ宮殿のハレムを描いた十七世紀の絵画

1. ハレムの起源

ハレム(harem)という言葉は、アラビア語で「禁じられた場所」を意味する言葉に由来する。どのイスラム教徒の住居にも、ハレム、すなわち、婦人や子供たちが住み、男が入ることが禁じられている場所が存在するが、最も有名なハレムは、オスマントルコ帝国のスレイマン1世がイスタンブールに造ったトプカプ宮殿である。トプカプ宮殿には、各地から贈られたり買われたりしてきたいろいろな種族の女性が暮らしていたが、彼女たちが逃げないように、窓には鉄格子が付けられていたので、宮殿はさながら監獄のようだった。トプカプ宮殿を仕切っていたのは、宦官(去勢された男)たちだった。宦官としては、当初、コーカサスから連れてこられた白人が、後にはアフリカから連れてこられた黒人が採用された。

中国におけるハレムと宦官の歴史は古く、殷の時代にまで遡ると言われているが、当初は、異民族の捕虜を雑役に使うために行われていたようである。漢の時代になると、死刑に代わる代替刑として宮刑と呼ばれる刑罰が制度化され、ハレムは監獄のような機能を果たした。『周礼』の鄭玄注によると、宮刑の内容は「丈夫は則ち其の勢を割ち、女子は宮中に閉ざす」となっている。重犯罪者を皇帝のお膝元で使役するというのは、奇妙に聞こえる[f]が、穢れた犯罪者も、宮刑という通過儀礼を経て清められると、晴れた存在者なって、皇帝とともに、褻の空間である民衆の世界から隔絶された神聖な空間で生活したと考えれば、理解できなくもない。

[f] 実は、ヨーロッパや日本でも類似の奇妙な現象があった。ヨーロッパでは、王侯貴族たちは、小人やせむしなどの肉体的欠陥の持ち主や愚者を道化師(fool)として雇った。これらの道化師たちは、貴婦人たちからはぬいぐるみのようにも扱われた。プルタルコスによれば、ローマの市場では、美少年や美少女よりも不具者の方が売れた。しかも、奇形であればあるほど高い値がついたとのことである。日本書紀によると、日本でも、武烈天皇や天武天皇が侏儒(ひきひと=こびと)を宮廷に集めて娯楽の対象にした。ここに、王侯貴族たちのスケープゴート的性格を見て取ることができる。

本来宦官は、奴隷のような身分であるから、政治に口出すなど、もってのほかのはずなのだが、後漢末・北魏・唐後半などの政治の退廃期には、皇帝の寵愛を受けた宦官が、政治の実権を握り、私財を不正に貯めこむという現象が起きた。このため、宋代あたりから、一攫千金を夢見て、自宮したり、子供を去勢させて宮廷に送り込んだりする者が増えてきた。明の永楽帝が紫禁城を建設し、宦官の需要が増えると、その傾向はますます強くなっていった。

2. ハレムの舞台としての紫禁城

紫禁城は、約500年の間、明・清代の歴代皇帝24人の居城となった。「紫禁城」の「紫」は、北極星を中心とした星座、紫微垣の「紫」に由来する。全ての星が北極星を中心に動くことが、全ての臣民が中国皇帝を中心に動くことの象徴となっている。紫禁城は、禁断の皇宮という意味であり、語源的に言ってもハレムである。

紫禁城に闖入した男が、捕まって、凌遅の刑に処せられたことがあった。凌遅とは、できるだけゆっくり時間をかけて身体を少しずつ切っていく死刑の方法で、反逆罪などに適用される最も残酷な刑罰である。今の日本の法律では、住居侵入罪は重い犯罪ではない。なぜ、紫禁城への侵入は、反逆罪と同じぐらい重い罪なのだろうか。それは、ペニスを持った男が紫禁城という象徴的空間に入ることは、皇帝の権威を否定する反逆と同様、ファルスの唯一性を犯す絶対に許せない行為だからに違いない。

紫禁城に存在する、ペニスを持った男は皇帝だけであり、宮中の女と宦官は、皇帝の寵愛を得ようと、熾烈な出世競争をしたが、これはまさにペニス羨望の現れと見ることができる。ハレムにおいて、ファルスを持たない宮中の女と宦官は、ファルスそれ自体である皇帝と不可分の関係にあった。明の初代皇帝洪武帝は、当初理想に燃えていた頃、宦官の政治への関与を厳しく禁止していたが、晩年宦官を重用するようになった。皇帝は、臣下から宦官の重用を諌められると、「我が翼を断ち切るつもりか」と言って怒った。皇帝と宦官の関係は、鳥にとっての翼であり、ペニスにとっての身体であり、息子にとっての母体である。

3. 中国におけるエディプス三角形

日本では、ペニスのことを俗に「息子」と呼ぶ。これは日本だけのことではなく、ヨーロッパでも、同じような名称があるとのことである。フロイトによれば、生後3-5年の男根期にあたる男の子は、女の子にペニスがないことを発見して衝撃を受け、自分も父親に男根を取り上げられるのではないかという去勢不安に陥る。その去勢不安は、しばしば「いつまでもママと一緒にべたべたしているとおちんちんを切っちゃうぞ」という父親の脅迫によって強められる。だが、ここで「おちんちん」が息子のメタファーであることに気がつかなければならない。「おちんちんを切っちゃう」ということは、「息子を母親から切り離し、自立させる」ということである。

皇帝から宦官を遠ざけることは、去勢を意味する。だからそのような諫言に対して皇帝が怒るのも無理はない。では、皇帝を息子と見立てるならば、父親に相当するのな何か。ここで、皇帝が天空における北極星の対応物であることを思い出して欲しい。中国における最高神、つまり至上の父親は、天に住む天帝で、天帝は人間の中から徳のある者を息子とみなし、「天下」を治めるために地上へ送り込んだとされ、それゆえに、皇帝は「天子」と呼ばれたのである。

紫禁城というハーレムの中では、《皇帝-女-宦官》が《父-母-息子》というエディプス三角形を形成しているのだが、もっと広く見るならば、《天-国家-皇帝》が《父-母-息子》というエディプス三角形を形成していたと言うことができる。

4. 去勢としての易姓革命

中国人は、革命によって皇帝が殺されることを、エディプス的な「息子による父親殺し」とは考えなかった。王朝が滅びるのは、天子に徳がないからであり、皇帝を放伐することは、天命に従うことである。中国の王朝はそれぞれ家系の姓をもっており、王朝が交代すると、姓が易(かわ)ったので、革命は、易姓革命と呼ばれた。中国の王朝の歴史を振り返ると、皇帝が後宮にこもって美女に溺れ、政治を宦官に任せるようになると、王朝は衰退し、易姓革命が起きることに気がつく。易姓革命の思想は、父なる天帝が、ハレムに入り浸る皇帝に対して、「いつまでもママと一緒にべたべたしているとおちんちんを切っちゃうぞ」と自立を促す思想なのである。

現代の中国政府には、もう古典的なハレムはないが、北朝鮮にはハレムもどきがある。「招待所」で行われる金正日の秘密パーティには、宦官のように金正日に絶対の忠誠を誓う一部の側近のみが出席を許され、そこでは、「喜び組」と呼ばれる美女たちが、「将軍様の疲れを癒す」ために、セクシーなダンスを披露する。金正日は、イラクの独裁者フセインと同様に、好んで鉄砲を持つ。鉄砲は武力の象徴であるが、男性性器と形と機能が似ているから、ファルスでもある。独裁者が、ハレムで女を独占することは、武力で国民を征服させることの象徴的反復である。

金正日とフセインのもう一つの共通点は、全国各地に自分の銅像を建てて、国民に偶像崇拝をさせていることである。片手を挙げ、天空に堂々と聳え立つ独裁者の威圧的な立像は、まるで勃起したペニスのようだ。イラク戦争が終結した時、フセインの立像が倒されるシーンが、世界中のメディアで繰り返し放送されたのは、フセインの立像が、権力の象徴だったからだ。金正日の立像が倒されるのはいつのことだろうか。北朝鮮にも「易姓革命」が必要だ。

読書案内
書名 宦官―中国四千年を操った異形の集団
媒体 文庫
著者 顧 蓉 他
出版社と出版時期 徳間書店, 2000/11
書名 紫禁城史話―中国皇帝政治の檜舞台
媒体 新書
著者 寺田 隆信
出版社と出版時期 中央公論新社, 1999/03