日本の富裕層

2018年8月27日

福祉国家と社会主義の崩壊により、個人単位での貧富の格差が増大しつつある。それにともなって、ビジネスのあり方も、大衆のために安く大量に商品を作るフォーでリズム的なやり方よりも、金持ちのために高額な商品を少量作る前近代的なやり方のほうが有望になっている。そんな時代の流れを反映して日本の富裕層という本が出た。この本を参考に、日本経済の活性化のための一案を考えてみた。

1. 金持ちは何に金を使うのか

臼井によれば、金持ちは次のような「富裕層市場の五大ニーズ」[臼井 宥文:日本の富裕層,
p.89] に積極的に金を使う。

  1. 資産防衛
  2. セキュリティ
  3. 健康・美容・アンチエイジング
  4. 教育・社会貢献
  5. エンタテインメント

たとえハイリスクな方法で金を稼いだとしても、いったん金持ちになると、攻めから守りへと運用方針が保守化する。資本の限界効用は逓減するので、経済的資本が増大すると、さらに増やそうという意欲が少なくなり、まだ十分ではない他の資本
、すなわち、文化的資本、政治的資本(ブルデュが謂う所の社会関係資本 =コネ)、身体的資本を増やそうとするようになる。

金はあるけれども名誉がないという人は、文化的資本の限界効用よりも経済的資本の限界効用のほうが大きいので、例えば、慈善団体への寄付によって名誉を得ようとしたりする。金を失うことによって減る効用よりも、名誉を得ることによって増える効用の方が大きいのである。

この観点から、金持ち好みの支出項目を見ていこう。

1.1. 資産防衛

金持ちが関心を持つ資産防衛とは、節税と資産のリスク分散である。スイスのプライベート・バンクなどは、こうした金持ちの需要を満たす典型である。プライベートバンクは、決して、アグレッシブな運用はしない。彼らは、慎重に、かつ着実な成果を挙げている。

資産のリスク分散というと、多くの人は、財産を、株、債権、外貨、不動産など複数の形態で分散して保有することを思い浮かべる。それももちろん、リスク分散なのだが、経済的資本を他の資本に転化することもまた、一種のリスク分散である。なぜなら、経済的資本を他の資本に転化することができるのみならず、他の資本を経済的資本に転化することもできるからである。

1.2. セキュリティ

これは、身体的資本の保護のための支出であるが、金持ちは、強盗や身代金目当ての誘拐のターゲットになりやすいので、一種の資産防衛でもある。

金持ちが貧乏人の近くに住みたがらないのは、セキュリティ上の問題からである。ガードマンを雇って、身の安全を図るという方法もあるが、ガードマン自身は貧乏人であり、逆にガードマンに資産を狙われるということもある。

だから、一番安全な方法は、金持ちどうしで住むことである。金持ちが、金目当てで強盗などをすることはまずない。これについては、また後で取り上げよう。

1.3. 健康・美容・アンチエイジング

これは、経済的資本を身体的資本へ転化する典型である。いくら金があっても、死ねば無意味だから、健康に金を使うのは当然である。金持ちの場合は、さらに美容やアンチエイジング(老化防止)にもふんだんに金を使う。
美しさや若さがあれば、社交界でも有利であり、身体的資本を政治的資本へと転化できる。

1.4. 教育・社会貢献

教育への支出は、経済的資本を文化的資本へと転化させる。文化的資本を増殖させるには、自分自身や自分の分身である子供の教育に投資をする直接的な方法以外にも、文化人のパトロンとなるなどの社会貢献によって、その名誉を獲得するという間接的な方法もある。
環境破壊をやっている会社が、環境保護活動に寄付することで企業イメージを高めることは、経済的資本を文化的資本に転化させる好例である。

富裕層が寄付を好むのは、必ずしも名誉という文化的資本が目的というわけではない。むしろ、寄付をせがまれるのを避けるために、匿名で寄付する場合もある。多くの国は、寄付を税制上優遇している
ので、富裕層は、何に使われるかわからない税金 を自分のビジネスに有利な非営利分野に寄付するということがしばしばある。この場合、経済的資本を経済的資本のために投資していることになる。

1.5. エンタテインメント

エンタテインメントは、もちろん個人的な楽しみのために行うものではあるが、彼らの遊びは、表面上消費活動に見えて、実は生産活動ということがよくある。

例えば、ダイヤモンドを身につけ、豪華な衣装に身を包み、高い料金を払ってボールルームパーティで踊る金持ちは、たんなる浪費をしているだけに見えるかもしれない。しかし、そうした社交会では、敷居が高ければたかいほど、ランクの高い富裕層と人脈を築くことができる。

富裕層との人脈があれば、一般では手に入らない商談のチャンスを手に入れたり、政治家と懇意になって、政治を動かしたりして、金をもうけることができる。経済的資本は、政治的資本に転化することができるし、逆に政治的資本を元手にして、経済的資本を増やすこともできる。

もっとも、金があって、ダンスが踊れるだけでは、上流階級に受け入れられない。オペラや絵画やクラシックなどの話題で、上流階級と会話ができるだけの教養がなければならない。だから、文化的資本も必要である。

金持ちがアートコレクションに熱心であることはよく知られているが、これもたんなる娯楽のためではない。優れたアートは、資産として価値の上昇が期待できる経済的資本であり、コレクションのセンスを示すことで、自分の文化的資本を披露することができる。

アートという経済的資本兼文化的資本は、政治的資本にもなる。アートについての洗練された会話をすれば、ビジネスの世界でも一目置かれ、普通ならアポをとることができないような大物と会うことができたりするようになる。富裕層の生まれでないビル・ゲイツも、成功した後は絵画の勉強をし、今では立派なコレクションを持っている。

金持ちは、 無節操な浪費をしているように見えて、実は計算された投資をしているのである。大衆が、パチンコや競馬で破産するのとはわけが違うのである。そして、ここに、富裕層は金を使えば使うほど金持ちになれるというパラドックスの秘密がある。

2. 格差社会を是正するべきか

流行語を使って言うならば、かつて「一億総中流社会」といわれた日本も、「富裕層」と「下流社会」へと二極分化しつつある。貧富の格差を嘆く人は多いが、格差社会を是正するべきかどうかを論じる前に、そのようなことができるのかどうかを考えてみよう。

グローバル化が進む現代において、富裕層から高い税金を取って、それを貧困層に補助金としてばら撒く、従来型の福祉国家政策を採ろうとしても、富裕層は、より税率の低い国に移住するだけだから、富裕層を搾取しようとすればするほど、その国は貧しくなる。エリートに対するルサンチマンに基づいて左翼的な政策を強行しても、結局は自分たちをさらに貧しくさせるだけに終わってしまうの
のだから、自分の国を豊かにしたいのであれば、富裕層を敵視するのではなくて、むしろ大切にしなければならない。

スイスのオプワルデン州のように、金持ちほど税率低くする新制度を導入しているところすらある。

新税制導入は貧しい小さな州を一躍有名にした。スイスはもともと、欧州最低水準の税率で世界中のお金持ちを引きつけてきた。節税対策でスイスに居を構える大富豪は3000人に上るとされる。そのスイスでも同州が打ち出した“優遇策”は際立っている。

連邦制のスイスの税制は連邦税と州税の2本立てで、州税の税率は各州が独自に決める。同州の新税制では年間の課税所得が30万フラン(約2700万円)以上になると所得税率が下がる。課税所得100万フラン(約9000万円)の人が支払う州所得税は従来より3割少ない11万6013フラン(約1040万円)。電車で1時間強の距離にあるチューリヒ州の税額の43%にすぎない。

法人税も13・1%と欧州最低水準に引き下げたオプワルデン州の新税制は他州や外国に住む富豪や大企業の誘致を狙っている。州の税務責任者ブランコ・バラバンさんは、納税者ではなく「顧客」という言葉を使いながら「顧客を獲得する他州との競争だ。外国の企業や富豪がスイスに来ようと思った時、わが州が一番有利だと売り込める。すでに数社から相談が来ている」と自信満々だ。

[毎日新聞
:2006年3月4日(東京夕刊)]

近代化→民主主義化→社会主義化(福祉国家化)は、人々の生活水準を向上させ、人類社会の進歩を示す方向だと考えられてきた。しかし、富の増大と配分の平等化は人口爆発をもたらし、それは資源問題と環境問題を顕現化させた。このため福祉国家と社会主義は行き詰まり、新自由主義が台頭した。富の再配分は弱められ、世界の人口増加率は、年々減少しているし、この傾向は長期にわたって続くと予想されている。

福祉国家と社会主義の崩壊により減少する人口増加率と増加数
[BBC
NEWS | Americas | World population growth ‘falling’
]

だから、貧富の格差の増大は、人類という種が、増えすぎることで絶滅しないように作動している適応反応であると解釈できる。貧富の格差の増大は、憂鬱な現象ではあるが、前向きに捉え、その上で、どうすれば、日本
の下流社会の底上げができるのかを考えてみよう。

3. 日本はモナコになれるか

臼井は、「日本はアジアのモナコになれ」というおもしろい提案をしている。モナコ公国は、フランスの地中海沿岸地方にある小国で、19世紀以来、富裕層の誘致に国を挙げて取り組み、レーニエ大公がアメリカの著名女優、グレース・ケリーと結婚するといった広報活動などにより、セレブの町としてのステータスを確立した。

今、中国や韓国でも富裕層が育ちつつあります。しかし、アジアにはモナコ的な場所はありません。戦前から連綿と続く長い富裕層暦を誇る日本こそ「アジアのモナコ」にふさわしいのではないでしょうか。

[臼井 宥文:日本の富裕層,
p.196]

モナコのような場所はなぜ必要なのか。それは、金持ちは、金持ちどうしで集まりたがるからである。金持ちは、平均3000万円台の普通のマンションの最上階にある1億円以上の
部屋よりも平均1億円以上のマンションの部屋に住みたがる。

セキュリティや建物の構造、立地まで含めてマンションは評価されるものです。3000万円台が主流のマンションは全体のお金のかけ方も3000万円クラスがベースになっているはずです。すべてが富裕層のために考えられたマンションの一億円だからこそ価値があるのに、それを勘違いしては売れるわけがありません。

[臼井 宥文:日本の富裕層,
p.37]

ここで「3000万円台が主流のマンション」をアジアの発展途上国、「すべてが富裕層のために考えられたマンション」を日本に置き換えてみよう。臼井がなぜ「日本はアジアのモナコになれ」と言っているかがわかるだろう。

アメリカでは、モナコの代わりに、ゲーティッド・コミュニティ(gated community)がある。ゲーティッド・コミュニティは、富裕層が安全に暮らせるように、周囲をゲートとフェンスで囲って、部外者の無許可の立ち入りを禁止している高級住宅街である。モナコも、街のいたるところに監視カメラを設置し、犯罪があれば、直ちに警察が駆けつけるようにしている。モナコは、国単位でゲーティッド・コミュニティになっているのである。

4. 日本の将来は高級住宅街かスラムか

日本は、現在、アジアの都会であるが、将来、良い意味で都会的になるのか、悪い意味で都会的になるのか、つまり、スラムになるのか、ゲーティッドコミュニティになるのかという岐路の前に立たされている。
富裕層が住んでいた都会がスラム化した例として、ヨハネスブルグを挙げることができる。

現在のヨハネスブルクは「世界最悪の犯罪都市」とも称され、外務省が注意を喚起することも多い。南アフリカ共和国全体の治安が悪いわけではないが、ヨハネスブルクの危険性は突出している。アパルトヘイトの廃止後に多くの黒人が街へと移住したことで、白人富裕層がヨハネスブルクから近郊へと住居を移した。そのために街の一部はゴーストタウンと化し、治安が著しく悪化した。放棄された高層ビルには住居を持たない人々が住み着いている。とりわけ駅周辺を歩くことは昼間であっても大変危険である。

日本政府は、観光立国を目指して、ビジット・ジャパン・キャンペーン を行っているが、中国や韓国の観光客の便宜を図るために、ビザを免除するというのはいかがなものだろうか。短期的には、それで日本の観光業は潤うだろうが、無差別的に観光客を受け入れると、国内の犯罪が増えてしまう。国内の治安が悪くなると、日本の富裕層が海外に脱出するようになるので、国内が貧しくなり、さらに治安が悪化し…という悪循環が繰り返され、日本がスラム化・ゴーストタウン化し、観光を含め、すべての経済活動が低迷してしまう。

日本で仕事をしているのだから、治安が少々悪化しても、日本の富裕層が海外に逃げることはないと、たかをくくってはいけない。今後、巨額の退職金を手にして富裕層の仲間入りをする、団塊の世代のトップクラスの退職者たちが、日本に住み続けなければならない理由は何もない。また日本で仕事をしている富裕層でも、妻子を海外に住ませるという人が少なくない。

ゆとりの教育のおかげで、かつて高い水準にあった日本の学校も、とめどもなく堕落している。教育という点でも、海外のほうが良いぐらいである。

英国王室のウィリアム王子やヘンリー王子が通ったイートン・カレッジやブッシュ親子が学んだアメリカのフィリップ・エクセター・アカデミー、世界各地から王侯貴族や富裕層が集まるスイスのロゼスクールといった名門校が世界にはあります。

日本ではまだそれほど知られていないかもしれませんがニューリッチの子弟が毎年、少なからず日本を飛び出し、こうした世界の名門ボーディングスクール[全寮制学校]へ通い始めています。

[臼井 宥文:日本の富裕層,
p.93]

日本には、官僚を育てるための高偏差値な名門校はあるが、帝王学を授け、世界的な人脈を築くことができる名門校はない。日本の文部科学省には、そうした学校を育てようという発想がまったくない。

5. どうすればアジアのモナコになれるのか

日本をアジアのスラムではなくて、アジアの高級住宅街にするには、冒頭で説明した「富裕層市場の五大ニーズ」が、日本で満たされるようにしなければならない。そのために行政がしなければならないことは、税制上の優遇とセキュリティである。これ以外は、アジアの富裕層が集まれば、民間ベースで、自然と供給されるようになるだろう。

日本は、モナコと比べると大きすぎるので、モナコ的な特区を、それも、言語別に、中国語圏富裕層特区、主としてインド人を対象にした英語圏富裕層特区、さらには、アラビア語富裕者特区などを国内に作る。中東は、日本から遠すぎると思うかもしれないが、中東は欧米と関係が良好ではないので、日本に住居を持ちたいと考えるアラブの富豪もいるだろう。

富裕層は、税金を嫌い、投資と寄付を好む。だから、特区に住む外国人に対しては、税金面では優遇する一方、国内への巨額な投資もしくは国内での非営利活動への一定額以上の寄付を条件付ける。もちろん、これとは別に、彼らの消費活動は、地元経済を潤す。税金以外の方法で、富裕層から貧困層への金の流れを作ることが重要である。

次にセキュリティであるが、富裕層特区をゲーティッドコミュニティにすることは好ましくない。それでは「平均3000万円台の普通のマンションの最上階にある1億円以上の部屋」と同じであり、日本に来る意味が何もない。日本全体をゲーティッドコミュニティにし、日本全体の治安を良くしなければならない。そのためにも、韓国や中国から来る観光客のビザを免除するなどといった無差別的な開放はするべきではない。

将来、日本がアジアのスラムになるのか、それともアジアの高級住宅街になるのか、私にはわからない。ただ、日本の言論界は、社会主義的傾向が強いので、日本が大胆な金持ち優遇策を打ち出すとは思えない。だから、日本がスラム化する可能性のほうが高いのではないかという気がする。

読書案内
書名
日本の富裕層―お金持ちを「お得意さま」にする方法
媒体 単行本
著者 臼井 宥文
出版社と出版時期 宝島社, 2006/02