民主主義のパラドックス

2016年10月22日

民主主義は多数決で結果を決めるが、多数決では、数は力なりで、少数派は切り捨てられる。少数の弱者を数の暴力から保護することが民主主義の課題である。政治学の教科書は、このように多数決原理に基づく民主主義の問題点を指摘するのだが、この古典的議論は正しいだろうか。現実の代議制民主主義を見れば、事態は逆であることに気がつく。実際に民主主義政治を動かしているのは、補助金や規制がなければ存立できない経済的弱者が結成した少数の圧力団体である。

image

1. 少数派が多数決を支配できる理由

なぜ少数派である弱者が、民主主義政治を動かすことができるのか、単純な例でシミュレーションしてみよう。今1万人の住民を1人の住民代表が治めていて、住民は住民代表の決定に対して、1回20円の電話料金を払って、投票する権利を平等に持つと仮定する。住民代表が、住民全員から1人10円を徴収して、コミュニティで一番貧乏な弱者の助成に使うという決定をしたとき、誰がこれに反対するだろうか。

もし住民が経済合理的であるならば、誰も20円の電話料金を支払ってまで10円を失うことに反対しない。これに対して、助成される弱者は、10万円を受け取るわけであるから、電話で支持を表明することはもちろんのこと、受け取る補助金の一部を住民代表に献金する約束をしてでも、この助成を実行させようとする。これが、少数の経済的弱者がサイレントマジョリティを搾取できる仕組みである。

2. 多数派が多数決を支配できない理由

では、古典的理論が想定しているような、多数派による少数派の搾取が可能かどうかを同じような例で検討してみよう。住民代表が、コミュニティ一番の金持ちから10万円を徴収し、それを住民に1人10円づつ配分するという決定をしたとき、誰がこれに賛成するだろうか。

もし住民が経済合理的であるならば、誰も20円の電話料金を支払ってまで10円もらうことに賛成しない。これに対して、10万円を徴収される金持ちは、電話で抗議することはもちろんのこと、賄賂を住民代表に手渡してでも、この搾取を阻止しようとする。これが、多数派が少数派を搾取できない理由である。つまり少数派は、少数派であるにもかかわらずではなくて、少数派であるがゆえに、多数決原理に基づく民主主義を支配することができるのである。

もちろん、多数決の参加者が少ないならば、このようなことは起きないかもしれない。しかし、多数派の人数が増えれば増えるほど、利益であれ不利益であれ、自分への影響は減少し、また投票者としての存在も薄くなるので、「自分が投票しなくても結果は変わらない」と棄権するようになる。つまり「数は力なり」ではなくて、「数は無力なり」なのである。

3. どうすれば投票率は向上するのか

実際、先進国の有権者の投票率はきわめて低い。多くのサイレントマジョリティが投票所に足を運ばないのは、投票で得られる利益が、投票に必要な費用より少ないと判断しているからだ。

今ある有権者が、法案Bが議会で成立することを希望しているとする。その時、代議制民主主義では、次のような不確定性がある。

  1. Bを公約にしている代議士Cがいるかどうか不確定
  2. Cがいても、当選するかどうか不確定
  3. Cが当選しても、Cが公約を守るかどうか不確定
  4. Cが公約を守ろうとしても、実現するかどうか不確定

Bが法律となることの価値が大きくても、それにこうした4つの不確定性の確率係数を乗ずると、その積は限りなくゼロに近づく。その結果、多くのサイレントマジョリティにとって、情報を収集したり、投票所まで外出したりするのに必要な時間の機会費用の方が投票の利益を上回ってしまうのである。

サイレントマジョリティを公共選択に参加させるには、一方で投票の費用を削減し、他方で投票の利益を増加させなければならない。そうした選挙制度改革に、インターネットは重要な役割を果たすことができる。インターネットは社会を中抜きにするが、民意の伝達者としての代議士も不用にする。ネット投票で、直接民主主義を実現すれば、投票結果の不確定性が減少するので、投票の価値が上昇する。他方で、自宅の端末の画面上で簡単に情報収集や投票を行えるので、投票の費用は減少する。その結果、より多くの有権者が政策決定過程に参加し、民主主義は本来の姿に近づくことになるであろう。

読書案内
書名 Hidden Order: The Economics of Everyday Life
著者 David Friedman
出版社と出版時期 Harpercollins, 1997/09/01
書名 日常生活を経済学する
著者 デイビッド フリードマン 他
出版社と出版時期 日本経済新聞社, 1999/11