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ネガティブな交換の貨幣は何か

2001年11月10日

物々交換が、快楽の交換という意味でポジティブな交換であるとするならば、復讐は、苦痛の交換という意味でネガティブな交換である。ポジティブな交換の媒介者が貨幣だとするならば、ネガティブな交換における貨幣は何か。

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忠臣蔵での夜討ちのシーン。前近代社会では、主君への仇討は称賛された。Source: 安藤広重.「忠臣藏 夜討二 亂入

1. 復讐における等価交換はいかにして可能か

物々交換には、自分が交換しようと思っている商品を相手が欲望しているかどうかという不確定性と相手が交換しようと思っている商品を自分が欲望するかどうかという不確定性がある。同様に、復讐には、自分の行為を相手が苦痛と感じるかどうかという不確定性と相手の反応がそれに対する報復であるのかどうかという不確定性がある。

もっと重要な問題は、物々交換においては、商品にどの程度の価値があるかに関して不確定性があるということである。一般的に言って、売り手は、買い手が望む以上に高いレートで交換しようとする。私的復讐においては、加害行為にどの程度の罪があるのかに関して不確定性がある。一般的に言って、被害者は、加害者以上に大きな罪を認めさせようとする。

もし貨幣や公的刑罰といった普遍的で公的な第三者によって媒介されなければ、二重の不確実性を縮減することは困難である。物々交換が成り立たないと、略奪などの不等価交換が頻発するようになる。このような犯罪に対して各人は私的復讐で不等価交換を等価交換にするほかないのだが、復讐は復讐を呼ぶので、等価交換はいつまでたっても成立しない。

2. 復讐の貨幣は公的刑罰である

等価交換を成立させるためには、交換媒体(コミュニケーション・メディア)が必要である。物々交換における不確定性を縮減する交換媒体が貨幣であるのに対して、私的復讐における不確定性を縮減する交換媒体は公的刑罰である。

貨幣は、商品の具体的な使用価値を捨象し、抽象的な価値一般を代表象するがゆえに、商品の価値を計測する基準となる。刑罰は、犯罪行為の具体的な罪の内容を捨象し、抽象的な罪一般を代表象するがゆえに、犯罪行為の罪の重さを計測する規準となる。

貨幣には価値を貯蔵する機能があるが、刑罰にも同様の機能がある。被害者が死んだからといって、加害者の「借り」が消えてなくなるわけではない。長い時間をかけた裁判を経た後であっても、刑罰は執行される。

このように、ポジティブな交換において貨幣が交換媒体・価値尺度・貯蔵手段としての機能を持つように、ネガティブな交換において刑罰は交換媒体・価値尺度・貯蔵手段としての機能を持つ。

典型的な貨幣は、中央銀行が発行する銀行券であるが、実際には民間でも信用創造により貨幣に相当する交換媒体が創られている。同様に、裁判所が科す刑罰だけが刑罰なのではなく、民間レベルで、ルール違反に対して様々なペナルティが科せられている。このように、純粋な一対一の私的交換と国家が介入する交換との間には、いくつかの中間的な形態の交換が存在する。

3. 世界共通の貨幣と刑罰は存在しない

国家は国内では公的存在だが、国際社会では私的な存在である。地球規模で公的な通貨や公的な刑罰は存在しない。米ドルと米軍による軍事介入がそれに近い働きをしているが、アメリカという国家はデ・ファクトな交換媒体であってデジュールな交換媒体ではない。第二次世界大戦以後アメリカ(イスラエル)とイスラム諸国の間で果てしなく繰り返されるネガティブな交換を見ればわかるとおり、国際社会でダブル・コンティンジェントな複雑性を縮減する完全に公的なコミュニケーション・メディアは存在しないのである。