2月 252014
 

フォーラムから“少子高齢化は悪なのか”を転載します。

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投稿者:永井俊哉.投稿日時:2014年2月25日(火) 15:00.

日本の子供の数および総人口に占める子供の割合は、終戦直後のベビーブームの時期をピークにして減り続けている。合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子供の平均数)も、1975年以降、人口維持に必要な 2 を下回り続けている。その結果、戦後増え続けていた日本の総人口は、2005年に初めて減少し、2011年には約26万人も減り、今後とも人口減少が続くと予想されている。

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1950-2010年の間における子供の数(15歳未満人口)と総人口に占める子供の割合の変遷[総務省統計局]。

少子化に危機感を抱く政府は、これまで以上に少子化対策に力を入れようとしている。安倍総理は、2013年4月19日のスピーチで、育児休業を一年間から三年間へと延長し、保育園での待機児童を今後五年間でゼロにするなどの少子化対策を掲げ、森雅子少子化担当相は、2014年2月18日に、日本の少子化対策費を国内総生産比で現在の 1% から 3% へと引き上げる目標を掲げ、関連予算の大幅な拡充を目指す決意を示した。

政府のみならず、マスコミも民間の識者たちもみんな「女はもっと子供を産め」の大合唱である。日本の公的年金は、現役の世代が高齢者を養う賦課方式を採っている。だから、公的年金を維持するためにも、子供の数を増やさなければいけないというのだ。年金だけではない。増え続ける医療や介護の費用を賄うためにも、そして日本経済が活力を取り戻すためにも、女性の出生率を高めなければいけないというのが大方の意見である。

しかし、実際には、安倍政権の少子化対策が功を奏し、女性たちが多くの子供を産んだ方が、かえって財政や公的年金が破綻する危機を高める。言うまでもなく、子供が、産まれてすぐ働き、税金を納めるということはない。最低でも十五歳までは働くことはできないし、実際に就業するのはもっと後なのが普通だ。国民年金の保険料を支払うのも、二十歳以降だ。それまでは、子供たちは、税金や保険料を支払うどころか、保育や教育という形で税金の支出を必要とする、いわば財政赤字を作る存在である。もちろん、これに加えて、親が取る長期間の育休は、日本の生産性を低めることになるだろう。

実は、日本の合計特殊出生率は、2005年に過去最低である 1.26 を記録した後、上昇に転じ、2012年には、16年ぶりとなる 1.4 台を回復した。もしもこの出生率が、今後、安倍政権の狙い通り急上昇するとどうなるのかを考えてみよう。新たに大量に生まれてくる子供たちが現役世代の負担となる時期は、1947-1949年に生まれた第一次ベビーブーマー、いわゆる団塊の世代が、退職し、年金を受給し、現役世代の負担となる時期と重なる。つまり、現役世代は、自分たちの上と下の世代に巨大な負担の塊を同時に作ることになるのだ。

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2011年10月1日現在の日本の人口ピラミッド[総務省統計局]。団塊の世代は、2012-2014年に65歳となり、年金の受給を始める。

独身の現役世代の中には、あまりの負担に耐えかねて、海外に逃げる人が出てくるかもしれない。そうなれば、支える人が減るから、事態はさらに悪化する。こうしたタイミングの悪さを考えるなら、財政を悪化させるにもかかわらず、金をばらまいて女に子供を産ませる、民主党政権時代から続いている出産促進政策は、見直す必要がある。

そこで現在、代替的な人口維持政策として、移民の受け入れが政府で検討されている。2014年2月24日に、内閣府の専門調査会「選択する未来委員会」は、外国からの移民を毎年20万人受け入れ、合計特殊出生率を 2.07 にまで上昇させれば、100年後も日本は1億人超の人口を維持することができるという試算を引き合いにして、「異次元政策の1つとして取り組むべきだ」と勧告している。たしかに働き盛りの世代を選んで移民を許可するなら、新生児を増やす時のような負担増の問題は起きない。しかし、こうした試算をもとに移民を受け入れるか否かを議論する前に、本当に日本の人口を1億人台に維持する必要があるかどうかを考えてみる必要がある。

現在の日本の総合食料自給率は、生産額ベースで七割程度、カロリーベースで四割程度であり、エネルギー自給率にいたってはたったの 4% しかない。日本の農業がエネルギーを大量に消費して営まれている現状を考えるならば、現在の日本には、日本の国土が養うことができる以上の人間がいると判断せざるを得ない。将来起きるかもしれない地球規模での食糧危機あるいはエネルギー危機に備えて、人口を適正規模に調節するべきである。

国立社会保障・人口問題研究所は、日本の人口が、50年後に三分の二、100年後には三分の一程度になるという推計を出しているが、これは平均寿命が大きく変わることはないという前提でのシミュレーションである。しかし今後、アンチエイジング技術の進化により、平均寿命が大幅に伸びる可能性があり、その場合、人口はシミュレーションほど減少しないことになる。

まず比較的確実な近未来の予測から始めよう。多くの専門家によると、iPS 細胞を用いた再生医療は、10年以内に実用化される見込みだ。ちょうど故障したパーツを新品と入れ替えることで、コンピュータを長く使い続けることができるように、人間も、不具合のある臓器を自分の細胞から作った臓器で置き換えることで、長生きすることができるようになるだろう。

これよりも不確定性が高いが、注目すべきアンチエイジング技術は、遺伝経路操作による寿命の延長である。Buck Institute of Age Research の Pankaj Kapahi たちのチームは、蠕虫の二つの遺伝経路を微調整することで、その寿命を五倍に延ばすことに成功した。このレートを単純に人間に当てはめると、四百~五百歳まで生き延びることができるという計算になる。まだ動物実験の段階での技術であるが、これまで百二十歳とされてきた人間の寿命の限界が将来打破される可能性がある。

これらの諸可能性を考えるなら、政策的に合計特殊出生率を引き上げたり、移民を増やしたりして、無理やり一億人という意味のない数字を維持しようとすることは賢明ではないと言わざるを得ない。平和で寿命が延びている時に女性が子供を産まないのは自然なことで、敢えて政府がその流れに逆らうことをする必要はない。未来には様々な不確定性があるが、当面、少子化を放置しておいて問題はない。将来は、合計特殊出生率を 2 以上にしなければならないにしても、その時期は今ではないし、急ぐ必要もない。

一つ確実に言えることは、今後日本の人口に占める六十五歳以上(政府が定義する高齢者)の割合が増えることである。このことは、しかしながら、日本の社会保障や経済に悪影響を与えるとはかぎらない。現代のアンチエイジング技術は、たんに寿命を延ばすだけでなく、健康な期間をも延ばすからだ。六十五歳以上が増えても、その年齢層が健康に働き、税金を納める限り、経済や財政に悪影響を与えることはない。

日本企業の定年は、かつて五十五歳だったが、現在では六十歳あるいは六十五歳にまで引き上げられている。こうした引き上げには医学的根拠がある。1992年と2002年の結果を比較した東京都健康長寿医療センター研究所の調査によると、六十五歳以上の身体能力は、日常的な歩行速度が男女ともに 11歳、握力で 4~10歳若返っていた。寿命が長くなるにしたがって、同年齢層の身体能力が若くなるという現象が起きているのである。大阪大学付属病院の老年・高血圧内科の入院患者のデータ(平成12年度)でも「転倒の危険性が増すのは75歳以上」との結果が出ており、 既に六十五歳以上を高齢者として扱うことに疑問の声が出ている。

日本企業は、これまで、新卒一括採用、年功序列、年金を前提とした定年退職という年齢差別に基づく硬直的なシステムを維持してきた。ダイナミックな健康長寿化の流れや多様な個人差を考えるなら、こうした硬直的な年齢差別システムを維持することは、合理的ではない。公的年金制度を廃止し、新卒一括採用、年功序列、定年退職を止めて、雇用を流動化し、報酬が年齢ではなくて結果で決まるエイジレス社会を実現するべきである。そうすれば、健康長寿化がいくら進展しようが、社会保障や経済が危機に陥ることはない。

日本人の中には少子高齢化を悪と考えている人が少なくないが、悪いのは少子高齢化そのものではなくて、少子高齢化に対応できていない現在の社会システムの方である。日本の平均寿命は世界でトップであり、これは世界に誇ることができる。地球規模で資源の浪費と環境破壊が進む中で、日本は、人口を減らしつつも豊かな健康長寿社会を実現し、世界が見習うべき模範を示すべきである。

建設業界の人材不足を解消するために移民を受け入れるべきか

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2014年2月26日(水) 15:53.

第二次安倍政権誕生後、建設業界の人材不足が深刻となっている。足元の景気回復で企業の求人需要が増えたのが主因とされているが、建設業界に関しては、東日本大震災の伴う復興需要に加え、自民党が掲げる国土強靭化計画の実行、さらには東京オリンピックの開催決定で、国内の建設業の供給が急増する需要に追い付かなくなっていることが大きい。

政府はこの問題を解決するべく、建設業で途上国の青壮年労働者を最大三年受け入れる技能実習制度の期間延長を検討している。しかし、外国人技能実習制度は本来「技能実習生へ技能等の移転を図り、その国の経済発展を担う人材育成を目的としたもの」であって、人手不足を補うための制度ではない。外国人技能実習制度は、偽装された低賃金労働だという指摘は以前からあるが、いくら低賃金とはいえ、技能もなく、言葉の壁のある労働者を教育しながら活用することは、経済的に見て合理的ではない。

そこで、技能を持つ外国人労働者が建設業で働くことができるよう、建設分野の労働を、出入国管理法に基づく「特定活動」に法務大臣が指定することでその在留資格を認める案も検討されている。この場合でも、言葉の問題は依然として残るが、即戦力として使えるところにメリットがある。もっとも、有能な労働者は国際市場において引く手あまたであり、相応の待遇でなければ、日本には来ない。

実習生であれ、熟練労働者であれ、外国人労働者の一時的活用は、アベノミクスの趣旨に合致しないという問題もある。アベノミクスの第二の矢である財政政策は、公共事業を通じて労働者に金をばらまき、国内での有効需要を増やすことで景気の浮揚を図るというのが本来の狙いであるが、三年か五年しか日本に滞在しない出稼ぎ労働者なら、稼いだ金の大半を母国に送金し、そこで金を使うということになる可能性が高い。

こうした問題を解消するためにも、外国人を、一時的な出稼ぎ労働者としてではなく、日本に永住する移民として受け入れるべきだという主張もある。例えば、北海道の滝川市は、深刻な労働者不足を打開すべく日本国際交流センターとともに2013年9月、内閣府に外国人移民の受け入れを提案している。しかし、移民の受け入れにも大きな問題がある。

というのも、建設業界の人材不足は、あくまでも一時的な出来事であるからだ。東京オリンピックは2020年で終わる。東日本大震災の復興期間は10 年だから、同じ頃に復興需要も山場を越える。自民党が推進する国土強靭化は、高度経済期に集中的に造ったインフラの老朽化対策を大義としているので、これも一時的なものである。日本の財政の現状からして、大規模な公共工事を長期にわたって持続させることは不可能であり、外国から建設作業員を移民として受け入れても、2020年以降、公的需要の落ち込みにより、失職してしまう可能性が高い。転職がうまくいけばよいのだが、そうではないなら、治安の悪化などの問題が発生する懸念もある。

建設業界は、人材不足を解消するために若手の育成に力を入れるべきだと主張しているが、若手は将来仕事がなくなるような職種を選ぼうとはしないから、なかなか人材が集まらない。だから、建設業界の人材不足を解消する最も良い方法は、高齢者の活用である。日本には、かつて建設業界で働いた経験のある高齢者がたくさんいる。外国人とは異なり、言葉の問題もないし、若者とは異なり、一から教育する必要もないし、2020年以降仕事がなくなることも問題ではない。ここでもまた、問題解決の鍵は、少子化対策でもなければ、移民でもなく、高齢労働力の活用にある。

少子化についての雑感

投稿者:ペンペン.投稿日時:2014年3月01日(土) 12:30.

少子化を放置しても問題はないが、これから婚姻して子どもを持とうとする読者には、ひとつだけ お願いがある。それは、男の一人っ子を生産しないでくれ、ということだ。

政府が支出する少子化対策費も、無意味なバラマキとしかいいようがないが、無駄な公共事業とは異なり、自然破壊・環境破壊の原因とならないだけマシだね。(皮肉)

一人っ子は協調性がないのか

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2014年3月01日(土) 15:39.

リンク先の記事を読みました。保育園に早い時期から入園するなど、幼少時に他の子どもと集団生活を経験するなら、協調性を身につけることができるので、一人っ子だから協調性がないとは限りません。また、協調性がないなら、生きていくことができないということもありません。自営業でやっていくとか、自分で会社を作るとか、いろいろ選択肢があるでしょう。

脱老化時代の課題とは

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2014年5月04日(日) 20:43.

英国ケンブリッジ大学研究員で SENS 研究財団の CSO(Chief Science Officer)であるオーブリー・デグレイ(Aubrey David Nicholas Jasper de Grey; 1963- )は、将来人間は老化を止めることで無期限に生き続けることができる、あと50年もしないうちに、寿命が1000歳になると主張して、注目を集めている。十分な研究資金が集まれば、20年ほどで老化を原因とする病気を防ぐための若返り技術が実現する確率は、50%程度とも言っている。

Seeking immortality: Aubrey de Grey at TEDxSalford

その容姿のいかがわしさ(上の動画を参照)から、不老不死を謳い文句に金を集める詐欺師ではないかと思うかもしれない。しかし、彼が書いた本『老化を止める7つの科学(原著:Ending Aging)』を読む限り、彼のプロジェクトは、実現できるかどうかは別として、荒唐無稽と一蹴できるものではなく、科学的根拠に基づいた真面目なものと判断できる。

デグレイは、従来の医学研究が、病気が発生した後の治療法の開発に力点を置いてきたことを批判する。現代人の死因の多くは、老化を原因としており、老化という根本的な原因を取り除かない限り、老化に起因する病気の治療は対処療法の域を出ない。それにもかかわらず、医者たちは、というよりも人々の大半は、老化を不可避の運命のように考え、老化を遅くすることはできても、止めることはできないと決め込んで、根本的な問題の解決を考えようともしないというのである。

デグレイは、しかしながら、老化を止め、若返りを繰り返すことで、人は無期限に生きることができるという。彼によれば、1982年以来、老化の原因として知られているのは、以下の七つにすぎず、これらの七つの問題を克服することは、技術的には不可能ではない

No老化の原因克服方法
1脳や心臓などの再生不可能な細胞が死ぬこと(Cell loss, tissue atrophy without replacement)幹細胞を用いた再生医療(Stem cells and tissue engineering)
2DNA の突然変異と癌化(Cancerous cells)テロメアを伸ばすテロメアーゼとALTの除去(Removal of telomere-lengthening machinery)
3ミトコンドリア DNA の突然変異とダメージ(Mitochondrial mutations)13のたんぱく質の異地性発現による細胞呼吸の修復(Allotopic expression of 13 proteins)
4アポトーシスに従わない免疫細胞など、死に抗う細胞、老化細胞の残存(Death-resistant cells or cell senescence)ベータ・ガラクトシダーゼによる老化細胞の識別と破壊(Targeted ablation)
5最終糖化産物 AGE によるタンパク質の架橋(Extracellular matrix stiffening)アラゲブリウムによる防止、AGE ブレーカーの設計(AGE-breaking molecules; tissue engineering)
6タンパク質由来のごみ、アミロイドの細胞間での蓄積(Extracellular aggregates)抗アミロイド・ワクチンの接種(Immunotherapeutic clearance)
7細胞質内のごみであるリポフスチンの蓄積(Intracellular aggregates)微生物由来の新しいリゾゾーム加水分解酵素(Novel lysosomal hydrolases)

克服方法の中で最も注目するべきは、そして最も批判を浴びているのは、1番目値2番目である。デグレイは、癌を予防する方法として、テロメアを伸ばすテロメアーゼとALT(alternative lengthening of telomeres テロメア長維持代替機構)の除去を提案している。テロメアを伸ばすことができなくなれば、癌は無限の分裂をすることができなくなるので、無害な大きさで成長を止めてしまう。他方で、それは、骨髄、皮膚、肺、腸といった定期的に分裂して新たに組織を補充しなければならない器官の細胞の分裂まで止めてしまうので、10年で命が危機に瀕する。そこでそれらの器官を10年ごとに多能性幹細胞から作った新しい器官で取り換えるというのである。しかし、骨髄、皮膚、肺、腸を全部取り替えるのは大変なことであるから、もっと簡単な代替策が望まれるところである。

なお、20年後に脱老化が可能になるといっても、ここに列挙した七つの問題がすべて完全に克服されるということではないし、その必要もない。20年後、とりあえず、20歳ほど若返れば、元の年齢に戻る20年の間にさらに医療技術が発達し、さらに先端の技術を用いて若返ることができる。それを繰り返すことで、現在50歳前後の人(デグレイと同じぐらいの年齢の人)でも、寿命脱出速度(longevity escape velocity)を得て、無際限に生き続けることができるというのである。

Aubrey de Grey, "Ending Aging", Talks at Google

人間の寿命を無際限に伸ばすことに異論を唱える人もいる。デグレイは、代表的な反論を五つ挙げている(上の動画の51分頃)。

  1. 過剰人口
  2. アクセスの不平等
  3. 不死の独裁者
  4. 退屈
  5. 年金制度の崩壊

デグレイは、動画の中でこうした反論にちゃんと答えていないので、彼に代わって私が答えよう。

  1. これは、現在世界的に起きつつある少子高齢化の流れをそのまま引き継げばよいだけである。もちろん、無際限に生き続けることができるといっても、たんに老化が原因の病気で死ななくなるだけのことであり、事故などで死ぬ確率はゼロにはならない。死者が出る以上、新生児が不要になることはないが、その数は年々減らさなければならなくなるだろう。
  2. 若返りの技術が実用化されたばかりの時期では先進国の富裕層にしかそれにアクセスできないだろう。出生率は、先進国で低くて、途上国ではまだ高いが、この「貧乏の子沢山」という現象は、アクセスの不平等を準備するものである。途上国でも若返るに技術にアクセスできるようになる頃には、途上国の出生率も、それを準備して低くなるに違いない。
  3. 金正日が死んだことで、北朝鮮の情勢は流動的になった。独裁者が死ななくなったなら、独裁体制が永遠に続くのではないかと危惧する人もいるだろう。しかし、独裁者というのはえてして被支配者の恨みを買い、暗殺の対象になりやすい。長生きできる時代ほど、暗殺されるリスクを負ってまで独裁者になろうとする人はむしろ減るのではないだろうか。
  4. 長生きしても退屈なだけで、意味がないと思う人は、わざわざ若返りの手術を受けることはしないだろう。今でも、人生に意味を見いだせなくなった人は自殺しているが、無老衰死時代でも、人生に意味を見いだせなくなった人は、若返りの手術を受けないという方法で消極的な形の自殺をするだろう。逆に言えば、そうした手術を受ける人は、長い人生を退屈と感じないほどやるべきことがたくさんある人たちということである。
  5. 無老衰死時代は、人々が無際限に働くだけの若さと健康を維持し続けることができる時代であるのだから、そもそも年金制度というものは不要である。そして人々が年齢とは無関係に働き続ける限り、それは経済に悪影響を与えることはない。むしろ、子供を産まなくなることで、子育てや教育にかかるコストが削減され、稼働人口の割合が増えるので、社会的な負担は減る。

私は、脱老化時代の最大の問題は、イノベーションの欠落をもたらしうるところにあると考えている。生命が誕生した時、無性生殖で増殖していた。つまり生命は、誕生した当初、世代というものはなく、同じ遺伝子をコピーし続けることで、遺伝子レベルでは老衰死を迎えることはなかった。有性生殖が誕生することで、世代ごとに遺伝子が組み替えられ、一定の寿命以内で死ぬようになった。有性生殖がその後広がったということは、遺伝子が定期的に組み替えられることには環境の変化に適応できるという進化論上のメリットがあったということだ。

スティーブ・ジョブズは「死は生による最高の発明品である」と言ったが、人が子を産むことなく無際限に生き続けることには弊害がある。それと類似の認識を、デグレイも意図せずして表明している。デグレイは、自分の主張を認めようとしない保守的な老年学者たちを批判し、「科学の進展は葬式ごとに進む」というマックス・プランクの発言を引用している。たしかに、過去の科学史上のパラダイム転換を振り返るなら、新しい科学の真実の勝利は、年寄りの反対派を説得させることによってではなく、むしろ反対派が死んで、新しい真実に慣れた新しい世代が成長してくることによって実現してきたことがわかる。もしもデグレイがプランクのこの認識を共有しているのなら、葬式がなくなるということは科学の停滞をもたらすことに同意することになるのではないか。

科学に限らず、政治でも、経済でも、文化でも、どの分野でも、世代交代は、進化の大きなきっかけになってきた。もしも個人が死なない時代を作るのなら、長老が権力を握る年功序列型の社会を解体すること、意見を変えることを無節制と批判することを止め、変節に寛容になること、個人が生きている間に何度でも人生をリセットして、ゼロからやり直せるフレキシブルな社会を実現することが必要である。

少子高齢化と老齢年金

投稿者:ペンペン.投稿日時:2014年5月25日(日) 19:08.

日本では、定職に就いていて、金に困っていない男性が、30歳を過ぎても独身の場合、狂人扱いされます。また、結婚できても、次は「子どもは まだ?」、ひとり産まれても「二人目は いつ?」と質問されます。

この現象は、日本の社会における強い同調圧力によって発生するものと拙者は考えていましたが、それだけではないようです。それは、官製ねずみ講と揶揄される、賦課方式の老齢年金の存在です。

周知のとおり、少子化が進行すれば、年金は破綻するしかありません。団塊の世代は、なんとか逃げ切れるようですが、それ以降に出生した者では大幅に減額され、昭和40年代以降に出生した者は、死ぬまで働くしかないでしょう。

「存在は意識を規定する」と云われています。読者の中にも、赤の他人から「結婚は まだ?」「子どもは まだ?」と挨拶がわりに質問された経験をお持ちのかたが いらっしゃると思いますが、それは、「金太郎飴」でない者を排除する、という日本人の体質に加えて、年金破綻が囁かれる状況であってもなお、自己の将来の年金受給額を少しでも増加させたい、という醜悪な感情に起因するものなのであります。

生涯未婚率

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2014年5月25日(日) 23:16.

生涯未婚率は、男35%、女27%になるらしいので、もはや金太郎飴でない者を排除しているとは言えない状況です。

少子化対策のバラマキはやめろ

投稿者:ペンペン.投稿日時:2014年11月03日(月) 12:08.

政府が少子化対策を始めてからもう何年もたつが、なんの効果もなかった。大蔵省の主計官が よくこんな予算を毎年 容認しているなあ、と思うが、「将来の年金が破綻してもいいのか」と恫喝されると反論できないのだろう。

厚生省の役人も、本心では こんな政策に効果がないことは認識しているのだろうが、予算獲得・省益拡大のために動いているだけだろう。

無意味な政府支出をするくらいなら減税すべきなのだが、公明党が与党である限り無理だろう。公明党の支持者=創価学会の信者には、課税最低限以下の所得しかない者も多いので、減税しても意味がないからだ。つまり、公明党とは、「憲法20条1項後段に違反する団体」というよりも、無産政党なのだ。

余談だが、創価学会の信者は全国に存在するのだろうが、特に東京、大阪、名古屋などの大昔からの大都会とその周辺地域に、数多く棲息しているようだ。

もし将来、移民を認めるのならば、そのときは、少子化対策のバラマキを廃止してくれー。

2045年問題

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2014年11月03日(月) 19:02.

少子化を阻止するためにはばらまきも止む得ないと考えている人は、公明党だけでなく、自民党にもたくさんいます。与党だけでなく、野党でも(とりわけ、子ども手当を実施した民主党には)同じようなものです。日本の政治家には未来志向の人は少なく、古い発想に基づいて過去と同じ状態を維持することしか考えていない人が圧倒的に多いのです。

ところで私は、前回、オーブリー・デグレイを取り上げ、人類の寿命が大幅に伸びるかもしれないという話をしましたが、今回はもっと過激な未来予想を引き合いにして、子供の数を増やすことが未来志向的ではないということを示したいと思います。

ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき』などを読んで知っている人もいるかもしれませんが、米グーグルのエンジニア部門のレイ・カーツワイルによると、今から30年後の2045年ごろには人工知能の能力が人類の能力を超え、脳機能をコンピュータへ移行させること、すなわち、マインド・アップロードが可能になるとのことです[Google futurist claims we will be uploading our entire MINDS to computers by 2045 and our bodies will be replaced by machines within 90 years | Daily Mail Online Accessed 2014/11/3 18:43:20]。

マインド・アップロードが実用化されると、コンピュータへとアップロードされた科学者たちは、人間の肉体的限界を超えて科学と技術を進化させるでしょう。そうなると、生物のまま留まっているタンパク質の人間は、ちょうど現在の類人猿と同様に、飛躍的進化から取り残され、多数必要とはされなくなるでしょう。そう考えるなら、以下のようなシミュレーションもあながち間違ってはいません。

驚愕の人口・高齢化予測~70年後に日本の人口は半分、40年後に人類未踏の高齢社会 | ビジネスジャーナル さんが書きました:

西暦3000年に、日本の人口は1189人になります。大きめの小学校の校舎に全員収容できる程度です。そして、その年の新生児は8人です。3122年に新生児は誕生しなくなり、そして、遅くともその100年後の3222年には、日本には誰もいなくなります。

もっとも私は、たとえ、マインド・アップローディングが実用化されたとしても、生物のまま留まっているタンパク質の人間がいなくなるとは思いません。ちょうど現在の類人猿と同様に、もっと知的な存在によって作られた野生保護区で管理されながら、伝統的な方法で生殖を続けていくことでしょう。ただ、これまでのように、私たちの社会の進歩の担い手として大量に必要な存在ではなくなるでしょう。

付録

関連トピックとして、フォーラムから“NHKの放送戦略”を転載します。

NHKの放送戦略

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2012年1月07日(土) 07:42.

NHKの番組「特報首都圏」は、2011年11月18日に、「インスタントセックス~さみしさを埋める若者たち~」というタイトルで、今、若者たちの間で安易・即座に性行為に及ぶ“インスタントSEX”が横行しているという内容の放送を行った。また、2011年10月19日には、NHKの番組「あさイチ」が、朝からセックスレスをテーマにした特集を生放送し、番組中、司会の有働由美子アナ(42歳)が自ら膣の締まりを鍛える磁気治療を実演し、「あっ! あ~。何かピクピクする。初めての感覚」と声を漏らしていた。NHKは、これ以外にも、視聴者の性欲を掻き立てるような番組を放送している。

「性」に踏み込むNHK 公共放送の役目?やりすぎ?賛否両論 (date) 2011.12.29 (media) 産経新聞 (author) 織田淳嗣 さんが書きました:

20日に終了した午後10時台の連続ドラマ「カレ、夫、男友達」では、初回から男性が女性にマヨネーズを頭からかける暴力シーンが登場。以降も女性が男性に馬乗りになるなど過激な場面が続いた。NHK広報局は「今回が特別なわけではなく、物語に必要な演出をしただけ」としている。

これについて「過激な内容を最初に放映し、引きつけようとするのは民放の手法」と指摘するのは、同志社女子大情報メディア学科の影山貴彦教授(メディア研究)。「民放がスポンサーを意識して性表現で萎縮する中、その必要のないNHKが実践する硬軟逆転が起きている」と解説する。

ワンセグとEテレで放送中の料理番組「楽ごはん」では11月中旬、グラビアアイドルが胸を強調しながら料理を紹介。同24日のNHK会見では新山(しんやま)賢治理事が「民放の良さを吸収しながら新しいNHKスタイルを考えていくプロセス」と弁明しながらも、「こざかしい演出だった」と身内を批判する場面もあった。

こうした番組の裏には、受信料収入を増やすため、視聴者開拓に取り組むNHKの事情がある。しかし、影山教授は「これまでNHKが培ってきた硬質なイメージを逆手にとった“あざとさ”が見られ、あえて苦情を言う人は少なくても、度が過ぎれば視聴者が離れる結果を招くだろう」と話している。

NHKが受信料収入を増やすために躍起になっているのは事実である。しかし、そのために視聴者を引き付けようとセクシーな番組を放送しているという分析には同意できない。なぜなら、NHKの場合、民放とは異なり、視聴率が上がっても収入は増えないからである。

現行制度では、視聴者は、NHKの番組を全く見なくても、テレビが設置されているだけで、定額の受信料をNHKに世帯単位で払わなければならないことになっている。したがって、NHKが懸念していることは、視聴者がNHK離れをすることではなくて、世帯数が減ることで受信料収入が減ることであるとみるべきである。

日本の一般世帯総数は、2015年をピークに減少することが予想されている[Source: 世帯数の将来推計 (date) 2008年3月 (media) 国立社会保障・人口問題研究所]。だが、もしも若者の間でインスタントセックスが流行して、できちゃった結婚によるカップルが増えたり、セックスレスだった既婚女性が膣の締まりを鍛えてセックスするようになったりすれば、子供の数が、したがって将来的には世帯数も増えて、それによってNHKの受信料収入の減少を食い止めることができるかもしれない。NHKがセックスを煽る本当の狙いはこういうところにあるのではないか。

もとより、世帯数が増えても、その世帯が受信機を設置しなければ、受信料収入は増えない。特に若者の間では、スマートフォンやパソコンは持っているが、テレビは持たないという人が増えていると言われている。NHKもこの現象には注目しており、以下のような結論を得ている。

テレビは20代にどう向き合ってゆくのか – 放送に関する世論調査 (date) 2008年6月 (media) NHK放送文化研究所 さんが書きました:

グループ・インタビュー調査の結果では、視聴時間が長く、テレビの重要度が高いグループでは、テレビがついていることに安心感を得ている一方、番組へのこだわりが薄い傾向がみられ、逆に視聴時間が短く、重要度が低いグループでは、テレビに対する愛着は薄いものの、好きな番組はこだわって見る傾向がみられました。このほか、「確実におもしろい番組だけ見たい」「毎週、同じ時間にテレビを見るのは面倒」といった意見が多かったことから、討論の場では、自分の都合で欲しい情報を手に入れられるインターネットを日常的に利用することで自然に身につけた視聴スタイルが浸透しているのではないか、という問題提起も行いました。

こうした分析を受けて、渡邊氏からは「会話や場の盛り上げ方などを“シミュレーション”してくれる番組が今の若者に受けている」と、いくつか具体的な番組例を挙げながら若者が求めるテレビ番組についての話がありました。また、辻氏からは「テレビは情報メディアとしての評価は落ちているかもしれないが、人と人のつながりを媒介するメディアとして再評価すべき」などの主張が展開されました。

NHKが分析するように、「視聴時間が短く、テレビの重要度が低い」グループに属する視聴者は、テレビに対する愛着が薄い。このタイプの視聴者は、インターネット上でオンデマンドの動画配信が普及するにつれて既存のテレビを捨てるだろうから、テレビ離れ予備軍である。NHKも、NHKオンデマンドというサービスを始めているが、NHKは、ネット上では地上波放送におけるような排他的特権を持っておらず、この流れが加速すると、これまで享受してきた独占的権益を維持できなくなる。

これに対して、「視聴時間が長く、テレビの重要度が高い」グループに属する視聴者にとって、テレビは情報入手のための手段ではなくて、家族のように目的もなく付き合う存在として認知されている[Source: テレビは20代にどう向き合ってゆくのか (media) NHK放送文化研究所 (page) 11]。このグループの視聴者は、今後いくらインターネットが普及してもテレビを見続けるであろうから、NHKとしては大切にしたい視聴者である。

引用文において辻大介が「テレビは情報メディアとしての評価は落ちているかもしれないが、人と人のつながりを媒介するメディアとして再評価すべき」と言っているが、これはテレビの延命策としては正しい。テレビは不特定多数の視聴者に対して一般的なコンテンツを提供しており、地縁的なコミュニティのような、特殊な関心の共有で成り立っているのではない共同体におけるコミュニケーションに役立っている。これに対して、インターネットは、特殊な情報を検索したり、特殊な関心を媒介に超地縁的なコミュニティを形成するのに役立っている。

テレビとインターネットのこうした媒体の性格の違いを考えるならば、なぜNHKが「無縁社会」を問題視する一連の報道キャンペーンを行っているのかが理解できる。場所を共有する共同体から関心を共有する共同体へとコミュニティの重心が移ることが現代のネット時代の流れであるが、この流れを放置すると、メディアの主流がテレビからインターネットに移ってしまう。NHKとしてはこの流れを止めたい。そこで、NHKは、前近代的な地縁的つながりが希薄になることがさも深刻な社会問題であるかのような報道を始めたのだろう。

地縁的な関係が希薄でも、ネット上で人と人とのつながりがあるなら、無縁とは言えないはずなのだが、NHKは、前者の人間関係こそが本物で、インターネットは、それが希薄な人間が逃避する暗くて不健全な場所という印象を視聴者に植え付けようとしている。NHKスペシャル『無縁社会』で取材を受けたニコニコ生放送ユーザーが、そうした結論に強引に持っていこうとする報道姿勢に疑問を呈している。

NHKスペシャル『無縁社会』に出たニコニコ生放送ユーザーが語る“演出への違和感” (media) ガジェット通信 さんが書きました:

私には家族もおりますし、友人もいます。結婚したから連絡が取りづらくなった友人はいますが、友達がいないわけではありません。この番組シリーズでいう「無縁」とは違う状況だと思います。あくまでも「遠くにいる友だちとチャットで連絡を取り合える」ことや「見知らぬ人とでもニコニコ生放送を通してコミュニケーションできる」という新しい「ネット縁」がこれまでにない新しい「縁」を生み出しているという点を知ってもらう一助となればということで取材を受けたつもりでした。

ですが今回の放送を観て、とても違和感を感じました。父の看護で疲れ、友人もおらず、現実逃避のためネット生放送を利用し、ネットの先の見知らぬ人に対して居酒屋や公園でひとりぼっちで話しかける。まるで現実には人と触れ合いの少ない「無縁」な人みたいです。私は接客業をしていますから人との触れ合いもあります。実際にお店で働いているシーンもNHKの方は撮影されていました。しかし、その部分は番組では使われませんでした。

こうした苦情は他にも複数ある。また、ツィッターを使っての自作自演疑惑もある。強引なステルス・マーケティングにはこうした綻びが生じるものである。

NHKが「人と人とのつながり」や「地域社会での助け合い」といった前近代的な共同体主義的価値観を視聴者に押し付けようとするのには、他にも狙いがある。前近代的な共同体主義は近代的な市場原理に基づく自由主義の対極にあるのだが、後者は、NHKの独占利権の廃止を理論的に帰結するから、NHKにとっては危険思想であり、それが国民に支持されないようにするためにも、前者を好意的に広めなければならない。NHKが、市場原理主義は貧富の格差を広げ、人々の心を荒廃させるといった類の主張を頻繁に行うのは、世論がNHKの分割民営化あるいはペイ・パー・ビュー化の方向に動かないようにすることが狙いなのだろう。

2011年9月28日に小宮山洋子厚生労働相が行った国会での答弁によると、NHK職員の平均給与は年間1041万円であるが、NHKでの実際の待遇は、福利厚生が充実しているので、この金額以上のものである。NHKの経営者と職員たちが、独占が可能にするおいしい利権を守るためにあらゆる手段を講じようとするのは、自然なことである。そして、NHKの場合、使える最大の手段が放送なのである。

日本の視聴者の中には、NHKはスポンサーの影響を受けないから中立的な放送ができると言ってNHKを信用している人がたくさんいる。たしかに、事実上のスポンサーである政府を除けば、NHKに圧力をかけることができる組織はないだろう。しかし、NHKの場合、NHK自体の利害によって放送内容がゆがめられる可能性が十分にある。NHKの番組に、他社の広告が入ることはないが、NHKの番組全体がNHKの広告になっているのではないのかと批判的に見る姿勢が必要がある。

Re: NHKの放送戦略

投稿者:ペンペン.投稿日時:2012年4月29日(日) 21:25.

永井俊哉 さんが書きました:

NHKが受信料収入を増やすために躍起になっているのは事実である。しかし、そのために視聴者を引き付けようとセクシーな番組を放送しているという分析には同意できない。なぜなら、NHKの場合、民放とは異なり、視聴率が上がっても収入は増えないからである。

NHKの受信料を払わない人は、たいていNHKの番組を視聴していません。ですから、ある人が、現時点でNHKの番組を視聴して受信料を払っていたとしても、その後、視聴したい番組がなくなって受信料を払わなくなってしまう、という事態は回避したいところです。むしろ、拙者は、「視聴者を引き付けようとセクシーな番組を放送しているという分析」に同意します。

Re: NHKの放送戦略

投稿者:永井俊哉.投稿日時:2012年4月29日(日) 22:36.

かつて紅白プロデューサーが約三千万円の使い込みを行ったという不正経理が発覚した時、あるいは安倍晋三官房副長官(当時)がNHKに圧力をかけて従軍慰安婦問題を扱った特集番組の内容を改変させたという疑惑が生じた時、それを根拠に受信料の支払いを拒否する人たちが続出しました。セクシーな番組を制作すると、公共放送にふさわしくないという理由で受信料の支払いを拒否する人が出てくるリスクがあります。そうしたリスクを冒してまでセクシーな番組を制作する理由は何かというのが私の問題提起です。もちろん、あまりにも視聴率が低すぎると、NHKの存在意義が問われることになるでしょうが、逆に大衆迎合路線で視聴率を高くすると、営利企業としてでも経営が成り立つと判断されて、民営化への圧力が高まることになります。

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  12 コメント

  1. 少子高齢化を推進したければ、産み分けについても啓蒙すべきであります。産ミ分ケノススメ

  2. 私は、少子高齢化を阻止するために積極的に財政措置をとる必要はないと言っているだけで、少子高齢化を推進したいとは言っていません。つまり、レッセフェールで良いということです。

  3. ニッポンの老人は、なぜ「早く孫の顔が見たい」と願うのでしょうか。『たとえ金持ちでも、孫がいない老人は負け組』というのが世間の雑音のようですが、西洋人には そのような思考回路がないようです。西洋人は個人主義だから、で説明がつくのでしょうか?

  4. 「孫がかわいい」と感じるのは日本人に限ったことではなく、世界中どこでもそうであろうと思います。ただ「たとえ金持ちでも、孫がいない老人は負け組」という考えは、世間体を気にし、世間並みでないことを恥と感じる日本人に特徴的にみられる傾向であると言えるでしょう。

  5. えらく不確かで根本的な倫理性の問題がはらむような寿命が5倍に伸びることを前提にしている時点でどうかなと思います。仮にその技術があったとしても、その技術が完成しなかったら、終わりだし、少子化対策を止めるのは技術が完成してからでも遅くないですよね。大学の受験生にすごいカンニング技術ができるかもしれないから勉強しなくてOKと言ってるように聞こえます。

    人口問題研究所が平均寿命が変わらないことを前提に推計を出すのは至極当然で、根拠のない希望的観測で数字を出す方がどうかしていると思いますよ。また健康寿命が延びるので高齢者が負担になるとは限らないというのも、希望的観測ですよね。また、死ぬまで働いて税金払えというのですか?

    どうも、少子化対策問題と少子化「社会」対策問題を混同されているのではないでしょうか。

    少子化問題とは、出生率が2を切る以上、時間の経過とともに、ゼロ人になるまで減り続ける物理現象です。いかに、人口が減り続けるなか最適な社会を作ろうが、人口が減り続けることにはなんら変わりがありません。減り続ける一方の日本人をどう維持し、未来にわたって存続させられるかが少子化問題の要であって、最適な社会を作るかどうかではありません。日本人が将来的にいなくならない為にどんな対策があるかです。

    そのあたりどうでしょうか。

  6. パペポさんが書きました:

    えらく不確かで根本的な倫理性の問題がはらむような寿命が5倍に伸びることを前提にしている時点でどうかなと思います。仮にその技術があったとしても、その技術が完成しなかったら、終わりだし、少子化対策を止めるのは技術が完成してからでも遅くないですよね。大学の受験生にすごいカンニング技術ができるかもしれないから勉強しなくてOKと言ってるように聞こえます。

    寿命延長方法については、「寿命は何によって決まるのか」をご覧ください。当面、最初に実現しそうな寿命延長法は、再生医療です。どの再生医療の技術(ES細胞、iPS細胞、Muse細胞)がいつ実現するかに関しては、不確実性があるものの、再生医療が永遠に実現しないと予想する方がよほど非現実的ではないかと思います。再生医療は、老化を病気として治すという点で、老化に対して対処療法しかしなかった従来の医療とは異なります。それは、本質的に若返りの技術であって、その普及によって、不老不死が実現するかどうかはともかくとして、健康寿命が大幅に伸びることでしょう。

    パペポさんが書きました:

    人口問題研究所が平均寿命が変わらないことを前提に推計を出すのは至極当然で、根拠のない希望的観測で数字を出す方がどうかしていると思いますよ。また健康寿命が延びるので高齢者が負担になるとは限らないというのも、希望的観測ですよね。また、死ぬまで働いて税金払えというのですか?

    パペポさんが、将来イノベーションが何も起きないという前提で考えているのに対して、私はそうではないという違いがあります。今後、人工知能の指数関数的進化により、人間が行わなければならない単純労働はどんどん減っていきます。やりがいのあるクリエイティブな仕事なら人間に残るでしょうが、そうした仕事なら、長期にわたって続けても苦痛にはなりません(というか、苦痛と感じない人だけが働けばよいのです)。若返って、好きな仕事をすることができるという夢のような時代の到来に「根本的な倫理性の問題」があるとパペポさんが考えるのはなぜなのですか。

    パペポさんが書きました:

    どうも、少子化対策問題と少子化「社会」対策問題を混同されているのではないでしょうか。少子化問題とは、出生率が2を切る以上、時間の経過とともに、ゼロ人になるまで減り続ける物理現象です。いかに、人口が減り続けるなか最適な社会を作ろうが、人口が減り続けることにはなんら変わりがありません。減り続ける一方の日本人をどう維持し、未来にわたって存続させられるかが少子化問題の要であって、最適な社会を作るかどうかではありません。日本人が将来的にいなくならない為にどんな対策があるかです。そのあたりどうでしょうか。

    いつの時代にも危機を煽る人はいるもので、私が子供の頃(たしか1970年代)、子供向けの雑誌に「もしもこのまま日本の人口が増え続けるなら、将来日本列島は人間の重みで沈没する」という予測記事を読んだ記憶があります。「もしもこのまま日本の人口が減り続けるなら、将来日本列島の人口はゼロになる」という予測も、それと同様、単純に今の傾向をそのまま延長しただけのナンセンスな予測で、心配するに及びません。一方で健康寿命が延び、他方で人間労働に対する需要が減ることが予測されている中、出生数を減らすことは健全な調節であり、日本の人口減少は、過剰な人口が適正規模にまで調節されれば、終わりを迎えることでしょう。

  7. 永井先生

    まずはじめに、小生ごときに返信いただいたこと、感謝するとともに礼を申し上げます。

    さて、

    >いつ実現するかに関しては、不確実性があるものの

    ここは極めて大事な部分だと思います。少なくとも動物実験の段階でも寿命が5倍に伸びるなどのデータはなく、テロメアを伸ばせば寿命が伸びると主張する学者がいるくらいです。
    こういう類はニュースではよく出ますが、実用に到るまでにほとんどが脱落します。因みに100年後だと日本の人口はすでに半減しており、さらに人口構成は今以上に高齢者が多いという事になります。また、仮に技術ができたとしても倫理的に社会が許容するかは別問題で、やはりそのかなり不確かな希望的観測を前提に、少子化対策をしないでいいという理屈はどうなのでしょうか。5年以内に実現して、人間の老化がほぼ止められるなら、問題ないですが、そうでないなら、仮に技術が誕生して使えるようになるまでは、生産人口は減り続ける一方になります。私も永遠にできないとは言?いませんが、仮に300年後だと、すでに総人口は1/10以下になっていて移民との混血も進んでいるでしょうから、もはや今の日本人はほとんどいなくなっているでしょう。要するに不確実なものにかけると言うのはどうなのでしょうか。実現の目処がつくまでは少子化対策をした方がいいと言う考えはダメですか?

    >将来イノベーションが起きる

    イノベーションは起きるかもしれませんが、問題はいつ、革新的なイノベーションが起きるのかです。すでに自民党は実質的な移民の拡大を打ち出しており、東京の荒川区では
    日本人の倍、外国人の転入者が多いと言う現実があります。大都市の繁華街を歩くと、すでに半数以上は外国人の地域もあります。それでも今はまだ一部と言えるかもしれませんが、
    永井先生が言うところのイノベーションが起きるころにはすでに日本人は回復不能な段階まで来ていて手遅れになっている可能性が高いと思いますがどうでしょうか

    >いつの時代にも危機を煽る人はいるもので、

    出生率がいずれ回復し、人口減少が杞憂に終わるだろうと言う根拠が、過去に増えすぎた出生率が治ったからというのはあまりに論拠として薄弱ではないでしょうか。
    基本的に出生率を抑えることより、出生率をあげる方がはるかに難しいのは先進国に共通していますが。。

    >今の傾向がそのまま延長しただけでナンセンス

    そうは言っても今の傾向が改善するには根拠が必要ですし、さらに悪化する事も考えられます。株価だって、上下はありますが、下がっても企業努力をして業績をアップさせるから上がるのであって、過去に下がったことがあるから、何もしなくても上がる事は基本的にありません。何もしなければ、業績が落ち続けてそのまま上場廃止だってあり得ます。

    確かに永井先生のおっしゃるように、イノベーションで上がるかもしれませんが、対策を打たないと言う判断はそう言う技術が確立された後でも遅くないし、
    確立されるまでは、最悪のケースも考えて備えはしておくべきでないかなと考えますがどうでしょうか。

  8. 私が「最初に実現しそうな寿命延長法」として「再生医療」を取り上げたのに、なぜそれを無視するのですか。日本では、2017年以降、人間を対象とした再生医療の臨床研究や治験が相次いで行われています。

    まずは、iPS細胞に関する最近のニュースを紹介しましょう。

    臨床研究や治験を終え、厚生労働省が承認するまで、5~10年ほどかかりますが、そのころまでは、日本の人口のボリュームゾーンである団塊の世代の大半がまだ生きているでしょうから、その間に人口が急減することはないでしょう。

    もう一つの期待の星、Muse細胞に関しては、株式会社生命科学インスティテュートが急性心筋梗塞を対象疾患とした Muse 細胞製品の探索的臨床試験を開始し2021年度の上市(販売)を目指すとのことです。

    これ以外にも、幹細胞を用いずに、患者の体内で直接細胞を再生させるダイレクトリプログラミングという手法があります。筑波大学の家田真樹教授らは、心臓細胞を再生させるダイレクトリプログラミングの臨床研究を近く始め、5~10年後の臨床応用を目指すとのことです。

    以上は、日本で行われている臨床研究ですが、海外でもいろいろと試みられています。パペポさんはこれらがすべて失敗すると予想しているのでしょうか。

  9. 永井先生

    返信ありがとうございます。
    再生医療は基本的には病気の臓器と取り換えたりする医療で、いまだに臓器いっこ作るような技術は確立されていません。細胞や組織くらいです。しかもガン治療でこのような再生医療や免疫療法は
    おそろしく高額で最低数千万以上かかります。一般的に保険適用で使えることになるまでは5年で実現することはありえませんし、もしそうならすでに逆算して厚労省からロードマップが発表されていないとおかしい。
    ただその再生医療にしても寿命が5倍になったりというのは全く意味合いが異なるものです。寿命が5倍になれば不老不死に近いもので確かに少子化対策は不要になるでしょうが
    これはおそらく数十年ではきかない途方もないレベルの技術で、仮にもし技術が確立されたとしても実用化するとなると、社会の常識もかえるわけですから、議論の時間も要しますし、導入されない可能性もあります。

    >失敗すると予想しているのでしょうか。

    失敗するか成功するか、誰にも未来のことは分からないということです。
    私が言いたいのは分からないのに成功することだけを前提に備えをしないのはおかしいということです。
    成功が分かるまでは、少子化対策はしておくべきだと思いますが、どうでしょうか。

  10. パペポさんが書きました:

    再生医療は基本的には病気の臓器と取り換えたりす2030年代後半での実現を予測していまする医療で、いまだに臓器いっこ作るような技術は確立されていません。細胞や組織くらいです。

    ヒトiPS細胞から生体へ移植できる血管を持った肝臓を作る技術ならあります。こうした臓器を丸ごと交換する方法は、その臓器全体がダメージを受けている場合に有効ですが、若返りという点では、深刻にならないうちから細胞単位で漸次置き換えていく方が望ましい(後述)。

    パペポさんが書きました:

    しかもガン治療でこのような再生医療や免疫療法はおそろしく高額で最低数千万以上かかります。一般的に保険適用で使えることになるまでは5年で実現することはありえませんし、もしそうならすでに逆算して厚労省からロードマップが発表されていないとおかしい。

    毎日新聞の報道によると、「京大のチームは治験の審査を担当する国の機関と事前相談を重ねるなどしており、治験で有効なデータが得られれば、通常より短い審査期間で承認を受け、一般医療として保険適用が認められる可能性もある」とのことです(京大iPS治験 実用化より近く、保険適用も)。がん免疫療法に見られるとおり、新しい技術は、最初のうちは高額ですが、普及するにつれて価格が大幅に下がるのが常です。

    コストの低さと簡便さという点で注目するべきは、静脈に注射するだけでよいMuse細胞です。

    Muse細胞の点滴による慢性腎臓病の新しい治療法の可能性 2017年7月13日 11:00

    Muse 細胞は傷害組織から出される警報シグナルに対する受容体を持つ特殊な幹細胞です。従って、静脈に投与すると何処が傷害部位かを認識することができ、集積します。そして、組織に応じた細胞に自発的に分化をし、最終的に組織の一員となって組み込まれ、修復をします。今回これらの機能が腎不全モデルにおいて示されました。また、免疫調整作用を持つために、他者の細胞を投与しても免疫拒絶を免れます。従って、ドナー細胞の活用が可能です。これらの特性から、Muse 細胞は「点滴による再生医療」を可能とするものと考えています。再生医療には「夢はあるがコストと時間がかかるハードルの高い医療」というイメージがありますが、点滴で再生医療が可能になればどうでしょうか。一般普及をすることができますし、さらには現在の医療を大きく変えることができます。何より、生体に備わる修復機構を最大限に活用する医療は安全性に優れ、「自然の理に叶った」治療を可能とします。自然の理にかなった細胞はうまく生体に適合できるでしょう。こうした、「修復医療」という全く新しい次世代の治療概念を提示します。

    再生医療は、価格が高いうちは、深刻な病気の治療という限られたケースにしか用いられないでしょうが、価格が下がるにつれて、老化の治療といった一般的なケースにも用いられることでしょう。

    パペポさんが書きました:

    ただその再生医療にしても寿命が5倍になったりというのは全く意味合いが異なるものです。寿命が5倍になれば不老不死に近いもので確かに少子化対策は不要になるでしょうがこれはおそらく数十年ではきかない途方もないレベルの技術で、仮にもし技術が確立されたとしても実用化するとなると、社会の常識もかえるわけですから、議論の時間も要しますし、導入されない可能性もあります。

    再生医療は、健康寿命を延ばす技術の第一歩にすぎません。不老不死に向けてのより重要な次の一歩は、マインド・アップローディングです。カーツワイルは『シンギュラリティは近い(日本語訳:ポスト・ヒューマン誕生)』で、2030年代後半での実現を予測しています(Ray Kurzweil. The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology. Kindle edition. Penguin Books; 1st edition (September 22, 2005). Location. 6235.)。私は、それほど早くマインド・アップローディングが実現するとは思っていませんが、再生医療で寿命を延ばすことに成功した人が、その恩恵に与ることができる時期には実現するだろうと考えています。

    社会の常識を変えるということは、導入されない理由にはなりません。「根本的な倫理性の問題」がなぜあるのかと私が聞いても、パペポさんは何も答えない。健康寿命を延ばすことにいったいどのような「根本的な倫理性の問題」があるというのですか。「老人はさっさと死ね」というのがパペポさんが謂う所の「倫理」なのですか。

    パペポさんが書きました:

    失敗するか成功するか、誰にも未来のことは分からないということです。私が言いたいのは分からないのに成功することだけを前提に備えをしないのはおかしいということです。成功が分かるまでは、少子化対策はしておくべきだと思いますが、どうでしょうか。

    たしかに、未来を確実に予測することは、原理的に不可能です。しかし、だからといって少子化対策が必要であるという意見には賛成できません。人口増加にはメリットよりもデメリットの方が多いが、人口減少にはデメリットよりもメリットの方が多いからです。

    人口が減ることによる最大のメリットは、一人当たりの利用可能な資源が増えることです。他の条件が同じという前提では、環境に対する負荷も減ります。石油危機が起き、環境問題が顕在化した1970年代以降、先進国で少子化が始まったのは、偶然ではありません。個々人が享受する文明の豊かさを失うことなく、環境問題を解決するには、人口を減らすというのが最も現実的な解決策なのです。

  11. 永井先生

    返信ありがとうございます。

    正直、そもそも先生が少子化対策が不要だと言う前提の、寿命が5倍になると言う先生が示された蠕虫の実験は追試は成功しているのでしょうか。先生も不確実性が高いと仰ってるように、仮に数十年の間に実用化できない可能性はどの程度あるのでしょうか。そこが重要ではないでしょうか。やはり不確実性の高いものに期待して何も対策をしなくていいのはどうなのでしょうか。

    人口が少ない方が1人あたりの資源が多いのは確かにメリットです。現状の世界の人口は誰がどう見ても環境負荷が高いことも明白でしょう。

    ただ、少子化の問題は、減った後に安定するのではなく、減り「続ける」ことです。適正人口が仮に日本が明治初期頃の3000万人としても、その3000万人をいつかの段階で維持するには出生率2以上ないとできません。現状1.41なので、このままの出生率と仮定すれば、おそらく140年後くらいに3000万人ですが、そこ後も出生率が変わらないと約90年に半減のペースで下がり続けて行きます。しかも、高齢者の割合が多いまま減っていくので、資源が使える、土地が使えるというメリットと同時に、若い世代の一人当たりに対しての高齢者福祉の負担は増え続けることは大きなデメリットで税金もさらに高くなっていくでしょう。先生は、いつか出生率が回復すると見ていますが、いずれにせよ、いつか何かをしないと、私は低いままで変わらないと思います。現にここ30年間はほぼ右肩下がりでここ10年はずっと1.4くらいです。先生は過去高かった時期があるからまた戻るハズとおっしゃいますが、高かった時代には社会的背景があり、低い今も社会的背景があります。その理由が変わらないことには、すごろくのように、運だけでは変わりません。

    また、現在の安倍政権は外国人労働者と言う名の実質的な移民で人口減を補う方針を打ち出しています。人口が減る分を絶えず補っていけば、今の日本人は90年後に総人口の半数以下になるでしょうが、生産労働人口ではすでに逆転され、数百年後にはアメリカに置けるインディアンのような割合に落ちていく計算です。まあこの辺はアメリカにおける白人の割合がどんどん減っていっているのと同じ構図ですが。いかに、移民はいらない、少子化対策をしなくていいと、思っても政府は人手不足に悩む企業の意向を絶谷に聞くため、少子化なら移民は避けられません。したがって、現実的な選択肢は、大胆な少子化対策をして日本人の人口をキープするか、日本列島の住民を移民に置き換えていくか、しか政府はしないでしょう。

    つまり、少子化対策をしなくていい、と言うのは移民に置き換わっても構わないと言うのが、現実的な帰結ではないでしょうか。

    この変は日本人の存続にこだわるか、別にいなくなったっていいではないか、と思うのかは価値観の問題で、いずれにせよ、先生も私もその頃にはあの世でしょうから、関係ないと言ってしまえばそれまでです。ただ、祖先から受け継いできたものが無くなってしまうのは非常に残念で申し訳ないことなので、私自身は、何百年後も今の日本人はずっと日本列島の主流派であり続けていて欲しいと願いますが。。

  12. パペポさんが書きました:

    そもそも先生が少子化対策が不要だと言う前提の、寿命が5倍になると言う先生が示された蠕虫の実験は追試は成功しているのでしょうか。先生も不確実性が高いと仰ってるように、仮に数十年の間に実用化できない可能性はどの程度あるのでしょうか。そこが重要ではないでしょうか。やはり不確実性の高いものに期待して何も対策をしなくていいのはどうなのでしょうか。

    2014年2月25日の投稿では、アンチエイジング技術として、iPS 細胞を用いた再生医療と遺伝経路操作による寿命の延長(蠕虫の寿命を五倍にした技術)の二つを挙げており、私が後者だけを前提としていたような書き方はミスリーディングです。

    遺伝経路操作による寿命の延長とは、リンク先にもある通り、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)複合体を介したDAF-16(FOXO)の経路の調節のことで、所謂カロリー制限で起きる現象です。カロリー制限に関しては「カロリー制限はなぜ老化を遅らせるのか」を参照してください、そこにも書いたとおり、栄養失調のないカロリー制限が老化を遅らせ、寿命を延ばすことは、蠕虫以外でも、酵母、ハエ、クモ、魚、齧歯類、霊長類など多くの種の生物において確認されています。ただし、カロリー制限は、人間の場合、実践は難しいので、カロリー制限をしなくても、カロリー制限と同様の効果を持つ薬剤の開発が行われています。NMN(Nicotinamide MonoNucleotide ニコチンアミドモノヌクレオチド)もその一つです。もとより、NMNを摂取しなくてももっと簡単に同じような効果を狙うことはできます

    パペポさんが書きました:

    少子化の問題は、減った後に安定するのではなく、減り「続ける」ことです。適正人口が仮に日本が明治初期頃の3000万人としても、その3000万人をいつかの段階で維持するには出生率2以上ないとできません。現状1.41なので、このままの出生率と仮定すれば、おそらく140年後くらいに3000万人ですが、そこ後も出生率が変わらないと約90年に半減のペースで下がり続けて行きます。

    一度人口が減り始めると、二度と増えることがないというのは非現実的な仮定です。日本の人口は、縄文時代後半、平安~鎌倉時代、江戸時代中期に減少と停滞を経験したことがありましたが、減り続けるということはありませんでした。一般的に言って、生物個体の密度は、環境収容力を超えると低下し、環境収容力を下回ると再び増加に転じます。人間にも同じ法則が適用されます。

    パペポさんが書きました:

    高齢者の割合が多いまま減っていくので、資源が使える、土地が使えるというメリットと同時に、若い世代の一人当たりに対しての高齢者福祉の負担は増え続けることは大きなデメリットで税金もさらに高くなっていくでしょう。

    イノベーションがこれからも続くと仮定しましょう(確率が高いメイン・シナリオ)。この場合、高齢者が若返って働くようになるので、「高齢者福祉の負担」は若者の福祉の負担と同水準の低さになります。

    イノベーションが停止すると仮定します(確率が低いサブ・シナリオ)。日本の人口のボリュームゾーンである団塊の世代が間もなく亡くなり、それによって「高齢者福祉の負担」が減ります。現在の若者は、将来の高齢者であり、若者が少ないということは、将来の高齢者の数も少ないということです。

    パペポさんが書きました:

    先生は過去高かった時期があるからまた戻るハズとおっしゃいますが、高かった時代には社会的背景があり、低い今も社会的背景があります。その理由が変わらないことには、すごろくのように、運だけでは変わりません。

    私はそのようなことは言っていません。健康寿命が延びることで人口が減らない時期が来ると言っているのです。

    パペポさんが書きました:

    また、現在の安倍政権は外国人労働者と言う名の実質的な移民で人口減を補う方針を打ち出しています。人口が減る分を絶えず補っていけば、今の日本人は90年後に総人口の半数以下になるでしょうが、生産労働人口ではすでに逆転され、数百年後にはアメリカに置けるインディアンのような割合に落ちていく計算です。まあこの辺はアメリカにおける白人の割合がどんどん減っていっているのと同じ構図ですが。いかに、移民はいらない、少子化対策をしなくていいと、思っても政府は人手不足に悩む企業の意向を絶谷に聞くため、少子化なら移民は避けられません。したがって、現実的な選択肢は、大胆な少子化対策をして日本人の人口をキープするか、日本列島の住民を移民に置き換えていくか、しか政府はしないでしょう。つまり、少子化対策をしなくていい、と言うのは移民に置き換わっても構わないと言うのが、現実的な帰結ではないでしょうか。

    本文で既に書いたとおり、私は外国人の単純労働者の受け入れに反対しています。

    パペポさんが書きました:

    この変は日本人の存続にこだわるか、別にいなくなったっていいではないか、と思うのかは価値観の問題で、いずれにせよ、先生も私もその頃にはあの世でしょうから、関係ないと言ってしまえばそれまでです。ただ、祖先から受け継いできたものが無くなってしまうのは非常に残念で申し訳ないことなので、私自身は、何百年後も今の日本人はずっと日本列島の主流派であり続けていて欲しいと願いますが。

    日本の伝統文化を受け継ぎ、日本語を話すという意味での日本人が、この列島の少数派になることはないでしょう。

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